シルヴァーナが、落ちた。
 度重なる召喚術のダメージで、身体中がぼろぼろになっていた。
 ちょっと目を離した隙になくしてしまったサモナイト石は、崩れ倒れて男の手から離れた今もまだ輝き続け、すでに吸い尽くしたであろう男の魔力を吸い込み続けている。

 何でこんなことになってしまったのだろう。
 友達が苦しんでいるのに、行動を起こせない自分に腹が立つ。
 大事なのに。
 何者にも代えがたい大切なものだったのに。
 それを思い知っていたはずなのに、忘れていた自分にさらに腹が立つ。

 でも、動けなかった。
 自分のせいで、友達が悪いことに『使われた』から。
 それがショックで、そうさせてしまったことが悔しい。

「今、君を還すよ」

 聞こえたのは、そんなときだった。
 低い建物の屋根の上、膨大な魔力の渦の中心に佇む青年の声。
 貼り付けられた表情とは裏腹にやさしく、相手を安心させるかのような声だった。
 一瞬、目が合って。

「!?」

 大丈夫。全部、丸く収まるから。

 赤く輝いたその目が、そんな一言を告げているようにミニスには見えた。
 まるで彼の中に吸い込まれていくかのように風が吹き荒れる。
 彼の周りを渦巻くように猛る風は彼の魔力に感応してか黒へ、緑へ、赤へ、紫へと色を変える。
 立ち上る光の奔流を残し、跳躍。
 放物線を描いたその先には、地面でうめくシルヴァーナ。
 なぜか刀身の見えない刀の柄を真下に構えて、

 ズッ・・・

 着地と同時に、刀身の見えない刀をシルヴァーナへと突き立てる。
 咆哮は上がらない。その代わりに上がったのは、緑色の粒子・・・それが魔力であり、と認識することに時間はかからなかった。
 また、それがシルヴァーナの在るべき世界へ送還される光であることも。
 召喚師が召喚術を行使する場合、媒体となるサモナイト石へ魔力を直接注ぐ。空気中に魔力を散らせるなど、運用する上で効率が悪いといわれてきたから、やってみようとも思わなかった。
 だからこそミニスも、空気中に漏れ出た魔力を目にしたのは初めてだった。

「シルヴァーナ!?」
「あれは・・・送還の光!?」
「バカな、送還術はすでに廃れて行使できる者はいないはずだぞっ!?」
「・・・っ」
「なんということを・・・っ!」

 ネスティの言葉に、カイナとカザミネは息を飲み込み、歯を立てる。
 この後彼がどうなったかを2人は良く知っていたから。
 徐々に身体が透けて消えていくシルヴァーナを見下ろしながら、はゆっくりと立ち上がり、元の通りに確たる質量を持った刀を鞘へと納める。

 気づけば、あたりは夕焼けに染まっていた。
 緑の粒子は多く舞い、夕日の届かぬ路地裏を照らしている。

「よっ・・・と」

 シルヴァーナが完全に消えて、の足元に残ったのは一粒のサモナイト石。
 それを拾い上げて、

「ミニス!」

 ひょいっ。

 と、力なく放り投げた。
 小さく放物線を描いた石はしかし、彼女の元まで届かずに地面に落ちてしまう。
 彼は、彼にしては珍しい、力ない笑みを浮かべて。

「今回は、コレが代償かぁ」

 黒くすす汚れた白いシャツと、紺色のズボンがどす黒く染まっていく。
 まぎれもない自身の血液で染まった手を眺めながら、そんなことを思う。

 まあ、相手が魔王じゃなかっただけマシか。

 痛みが増し、力が徐々に抜けていくのがわかる。
 血がたくさん出てるんだからまあ、当然か。

 意識が、暗転した。





  
サモンナイト〜美しき未来へ〜

  第50話  送還の代償





「おにいちゃんっ!!」

 力なく倒れたを眺めて、最初に声をあげたのはハサハだった。

 今まで一緒にいる機会の少なかった彼女は、誰よりものことを見ていた。
 普段の行動を、表情を。
 彼女にとっては、他に頼れる人などいなかったから。
 
 だからこそ、一緒にいられなかった分、その表情の違いが人目で理解できた。
 浮かんだ汗と痛みを堪えて浮かべた笑みは、普段のそれとはまったく違っていたから。

 駆けていく。
 大量に流れ出る夥しい赤をものともせずに、地面に膝をつき、力なく横たわったの身体をゆすり続ける。
 その目には涙を溜めて。

「ハサハちゃん、どいて!」
「あ・・・」

 そんな彼女を押しのけたのは、険しい表情をしたアメルだった。
 赤く染まった彼のシャツを強引に破り捨てると、その傷を見るや否や目を丸める。
 身体についた傷の量と、その深さに。
 手でふさごうにも傷が深すぎて止まる気配は無く、1つずつ対処するにも数が多く時間が足りない。

「・・・っ!」

 両手を突き出し、目を閉じる。
 同時に彼女を包み込んだのは淡く蒼い光。人々が『癒しの奇跡』と呼んだ力を行使する。

「こりゃ、やべえな・・・」
「古傷から何から、身体中の傷っつー傷がいっせいに開いたって感じだな、こりゃ」

 フォルテのつぶやきもその通りで、出血に回復が追いついていない。
 レナードは心配げに見つめながら、しかし自分ではどうしようも出来ずただ状況を見ているだけ。
 治療に参加できるはずもなく、の苦しげな表情とアメルの必死な表情を眺めていた。
 そのアメルは、必死に奇跡を行使し続けている。額に浮かんだ珠のような汗がその証拠といえるだろう。
 しかし。

「傷が多すぎる・・・っ、私だけじゃもたないです!」
「なら、あたしも!」

 彼女の力だけでは足りなかった。
 だったら、とトリスが声を荒げて紫のサモナイト石に魔力を注ぐ。
 現れたのはサプレスの天使は、杖を振り癒しの力を未だに苦悶の表情を見せるへとかける。
 2つの癒しの力は彼の身体を確実に癒し、傷と出血を抑えていく。
 それほどに傷は深く、多かったのだ。

 それこそが彼の辿ってきた旅の記録。
 楽しかったことからつらかったこと、苦しかったことまで、彼が今まで進んできた道の上で刻まれた傷。彼が得てきた力の代償ともいえるだろう。
 傷は男の勲章などという言葉はあるが、勲章というにはさすがに多すぎる。

 そんな彼の心の奥底を見ているアメルは、苦しさを多少なり緩めたを眺めては自身の表情に険を宿した。

「・・・今の力は何だ? シルヴァーナが送還されているとすると、やはり送還術・・・いや、送還術は術後に全身の傷が開くなんて現象はどの文献でも読んだことが無い。とすると、これは別の力か?」

 の様子を伺いつつ、ネスティは今しがたの現象についての考察を深めていく。
 彼の性質タチといっても良いであろうが、彼にとってその現象は不可解なもの。理論も何もわからないものこそ、場の空気を読まずに深く考え込んでいた。
 そんな彼をじとりと眺めて、

「ネスティ・・・お前、空気読めよな」

 リューグにそんな一言を言われてしまうのだ。


 ●


「ぐ・・・」

 痛い。
 熱く、焼けるように、肩口から、わき腹まで。
 俺はただ、今までどおりやってきただけ。ユエルのことだって、ただの戯れで。
 戯れの・・・はずで。
 なのになぜ、俺は今こんなにも痛い思いをしなければならない?

 ユエルと自分の、ただの楽しい鬼ごっこ。
 鬼は俺で、逃げるのはユエルで。
 俺はただただ、追いかけて追いかけて、ユエルの怯えた表情を見たかっただけなのに。

 薄く開いた目に映ったのは、倒れて動かない『自分を斬った』男と、ユエルと、その他大勢。

 ・・・そうだ。
 全部ヤツが悪いのだ。すでに死に掛けているあの男が、俺とユエルのタノシイ楽しい鬼ごっこの間に割り込んできたから、俺は今こんな目に遭っている。

 ――あのニンゲンが憎いですか? なら、■してしまいましょうか。貴方の■■を使ってでも。
「くくクカカ・・・ああ、それでいい」

 ほとんど力の入らない手で、腰のサモナイト石をつかみとる。
 身体の魔力はとうに尽きた。・・・それがどうした。ヤツを消すためなら、何だってしてみせる。使えるものがあるなら、何だって使ってやるさ。
 たとえそれが、自身の生命いのちであろうとも。

「来たれ、シャイン」

 喚ぶは名も無き異界の剣の群れ。
 しかし。

「喚ばれては困ります」
「グギャアァァァァッ!!!」

 それらが喚ばれることは無く、代わりに傷ついた身体を走り抜ける痺れ。
 意識が暗転した。



『!?』

 突然聞こえた雷撃の轟音に、全員が視線を向けた。
 丸焦げになりながらかろうじて命をつなぎとめているある意味しぶとい男と、その脇に霊界サプレスの雷精の姿。
 ケケケと楽しげに笑って見せた雷精は、

「ご苦労様でした」

 そんな声と共にサプレスへと送還されていた。
 顔には微笑を貼り付けて、彼女はヒールを鳴らしてゆっくりと歩み寄る。

「血、止まりました!!」
「ふぃー、ぢかれたぁ〜」

 アメルとトリスの必死の治癒が彼の命をようやくつなぎとめたと同時に、彼の脇にかがみこむと。

「わたくしの目の届かないところで無茶はしないでくださいね。わたくし、困ってしまいますから」

 お友達がいなくなってしまうのは、とてもさびしいものですから。

 やさしげに、そんな一言を放った。
 慈しむように頬をなでて、満足したかのように立ち上がり、向き直ると。

「あんた、今まで何を・・・」
「皆さん、ありがとうございました。おかげで、下町の人々を無事に避難させることが出来ました」
「え」

 来るのが遅いとばかりに憤慨するモーリンの言葉を抑え付けて、女性――ファミィはそう一同に向けて言い放った。
 彼女は自分の知る、信頼のおける人間に敵を任せて、下町を守ることを最優先として行動していた。
 以前、ジャキーニ一家を止めたときのように。
 だからこそ到着が遅れた。それは、下町の人々を大事にしているモーリンの言葉を抑え付けるには十分な理由であった。

「皆さんには、またご褒美をあげなくてはならないわね」
「いえ、自分たちは別に何も」
「何もしていなくても、あなた方はこのファナンの街を守ってくださったのだから、領主として、金の派閥の議長として当然のことよ」

 とにかく今は、とファミィは視線を下へ向ける。
 未だ目を覚まさないを、安全な場所で休ませることが最優先であると、全員が判断していた。

「気になることや聞きたいこともあるでしょう? まずは彼が目を覚ますまで、安全な場所で休ませてあげましょう」







 戻ってきたのは、拠点であるモーリンの家だった。
 ファミィは、

「今回の件の事後処理がまだ残っていますので、後ほど伺いますわ」

 と言い残して金の派閥へと戻っていった。
 ただでさえ大人数なのだ。そのモーリンの家へ兵士ともども押し寄せてきたら、と考えていたモーリンは内心安堵していたり。
 は彼自身にあてがわれた部屋で未だ眠っている。
 ハサハとユエルは当然、彼のそばに付き添っている。彼の様子を逐次知るために誰かがここにいなければ、という話に、真っ先に立候補したのだから、2人ともよほど彼のことが心配で仕方ないのだろう。

「でさ」

 と、道場で腰を下ろして休息をとっていた一行であったが、不意にマグナが口火を切った。
 視線はまっすぐ、まるで当然とでも言わんばかりに居座っている敏腕アルバイターさんに。

「パッフェルさんなんでいるの? 仕事は?」
「ようやく気づいてくれましたか!?」

 気づいてくれることを期待してくれていたらしい。
 眠ったままのを心配して、というのは当然のことで、彼女にはここにいるのにはもう一つの理由があった。
 先のケルマとの一戦で彼女に雇われていたパッフェルだが、ケルマ自身がその働き振りを不十分と感じたのだろう。今後は自分たちの手伝いをして、それが終わったと判断されて初めて給料が払うとのこと。
 つまり、

「後生ですから、私もお仲間に入れてくださいよぉ〜」

 ということである。
 そんな彼女もパーティの輪に加えて、一行は話を始める。
 内容は、先のが使った力の正体と、今後の行動方針について。もっとも、の件はあくまでついでだが。本人にしかわからないことを、この場のメンバーが知るわけも無いのだから。

「聖王都への伝令役?」
「はい」

 その方針案を示したのは、トライドラの一件で唯一生き残ったシャムロックからだった。
 伝えるべきことはすべて急使が請け負って、すでにゼラムへ向けて走っているところであるが、シャムロックいわく「それとは別の文書を届けて欲しい」とのこと。
 カラウスの一件の事後処理のために金の派閥へ戻る直前、ファミィがシャムロックに伝えたこと。それが、今この場で提案されているものであった。

「ファミィ議長が、マグナさん、トリスさんとネスティさんに是非、運んでいただきたいと仰って、これを」

 懐から、1枚の封筒を取り出した。
 それには、1人の人間の名前と、差出人であるファミィの名前が見て取れる。

「わざわざ僕たち3人を指名するということは、その書状は蒼の派閥に宛てたものですね?」

 ネスティの鋭い推察に、シャムロックが小さくうなずいた。
 蒼の派閥総帥へ宛てた、金の派閥議長からの親書。元来、その思想の違いから蒼の派閥と金の派閥は対立し合っており、手を取り合った例は過去にも極めて少ない。
 その少ない例に該当するほど、現状は芳しくないのだろう。

「そんな重要な役目、俺たちなんかに任せていいのか?」
「マグナ、君はバカか? 本来、僕らと金の派閥は対立関係にあるんだぞ」
「あ、そか・・・」

 対立しているからこそ、そう簡単にコミュニケーションが取れるわけも無い。
 正式な使者を出すことは可能だが、内部手続きに時間がかかり、その親書を受理するにもまた面倒な手続きが多くある。
 その分、無為に時間を喰い潰してしまうことになるのだから、使者などの手続きが不要かつ蒼の派閥内部に親書を容易く持ち込める彼らに、ファミィは白羽の矢を立てたのだ。

「そだね。ウチは外部、というかはみ出し者を差別するしね」
「ニンゲンってのは、やたらと差別すんのが好きだからなァ」
「ば、バルレル君・・・ちょっと言いすぎじゃ」
「うっせェぞ羊。俺ァ間違ったこと言っちゃいねェ」
「バルレルの言うことはある意味正しいよレシィ。俺たち人間は、変化を恐れる生き物だから」

 認めたくないけどね、というマグナの弁護にレシィは返す言葉を失ってしまった。
 もっとも、すべての人間がではない。
 知性や感情があるからこそ、誰であれそういった黒い感情を持っているものなのだ。

「派閥ってなんだかおかしな集まりねえ。同じ召喚師なら仲良くすればいいのに」

 もちろん、ルウのように例外もいるわけだが。

「まあ、アレだ。政治の駆け引きってのは、どこの世界も大変ってこったな」
「聞いてて胸糞悪くなるのも同じかい?」

 フォルテのそんな問いかけに、レナードはタバコの煙を吐き出しつつ、ノーコメントを貫いた。
 それが問いかけの答えになってしまうことを理解していながら。
 どこの世界であれ、人間は同じ人間なのだと、実感させられてしまうから。

「いかがでしょうか?」
「俺たちは別にかまわないけど・・・な、トリス?」
「そーだねえ」

 うなずきつつ、トリスは兄弟子であるネスティを見やる。

「僕も異論は無い。一度、聖王都へは戻る必要があると思うしな」
「派閥だ何だとか、そんなことはどうでもいいんだが・・・村がどうなったかは確かめておきたいぜ」

 ネスティの答えに呼応するように、リューグもその方針に同意した。
 事の発端であるレルム村が今、どうなっているのか。
 途中で分かれたアグラ爺さんやロッカが未だ健在かどうかも確かめたい。彼はさらにそう付け足した。

「どうせ他にアテもないしね。ここでじっとしてるよか、やれることやったほうがいいって」

 最後のモーリンの一言が、一行の行動方針を決定付けた。
 シャムロックはマグナに親書を手渡し、このことをファミィに伝えるため金の派閥へ。そして、一行は遠出の準備へと走る。

「あとは、が目覚めてくれればいいだけなんだけどね」

 全員が思い思いの場所へ散っていく中、道場に残ったケイナがそんな一言を口にした。
 皆、あえて口にしなかったのだろう。
 旅立ちのときは近いが、だけが未だ目を覚まさない。
 開いた傷はすべてふさがった。安静にしているし、診たときは顔色も悪くなかった。今すぐにでも目覚めそうな、そんな雰囲気もあった。

「いえ・・・さんは、しばらくお休みさせてあげた方がいいかもしれません」

 しかし、治療中に彼の心の奥底を見たアメルは、そんな状況を否定する。

「アメルちゃん、それはいったいどういうことなの?」
「ケイナさんはご存知のはずです。私の癒しの奇跡は、相手の心に干渉して傷を癒しますから」
「つまりアメル殿は、殿の心の中を見たと?」

 カザミネの問いに、アメルはうなずく。

さんは、これまでずっと戦いっぱなしなんです。長い休息も取ることなく、ずっと、ずっと」

 アメルは見ていた。
 とある島で、とある都市で、とある街で起こった事件のすべてにおいて、彼が深く関わっていたことを。
 強大な敵を前に、戦い続けてきたことを。
 そのたびに傷つき、苦しい思いをしてきたことを。
 そんな行動の奥底にある強い思いが、今まで彼を突き動かしてきたことを。

 自分が生きているうちは、自分の目の前で誰も死なせやしない。

「もしかしたら、先の大怪我は酷使し続けた身体が悲鳴を上げていたのかも・・・」



 そんな一言を、彼女が口にしていた時。

「・・・・・・」

 静かな部屋の片隅で、がゆっくりと目を覚ましていた。





というわけで、夢主乙(笑)。
この後、お祭イベントを経て舞台がゼラムに戻ります。
・・・あれ。
このあとの展開どうなるんだっけ・・・?


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