手には生々しい感触がこびりついていた。 握り締めた刀を振るって刀身の赤を振り飛ばし、空を見上げる。 青い空、白い雲。それらにそぐわぬ赤黒い翼竜のシルエット。 泡を吹いて意識を失った、自分が斬った男の姿を視界に入れないようにと背後を振り向くと。 「・・・はぁ」 向けた視線の先に、仲間たちの姿があった。 人を斬り捨てた自分を見つめる驚愕の視線と、空の竜の心配をする表情。 大事な友人の変わり果てた姿にどうしていいかわからないミニスと、あくまで召喚獣の暴走と割り切って、どう対処するべきかと思考を巡らすネスティやフォルテや、ケイナや、みんなの顔。 そして、蚊帳の外に置かれさびしい思いをしたハサハの悲しげな顔。 首筋にしがみついているユエルはといえば、うーうーうなりながらぽかぽかとの頭を殴っていた。 痛くはない。痛くはないが、ハサハの悲しげな顔と、ユエルの悔しげな声が自分自身の心を激しく揺さぶった。 彼女はやめろと言っていたのに、それを聞かずに人を斬った。 「ユエル」 「うー!」 ぽかっ。 「ユエル」 「うーうー!」 ぽかっぽかっ。 弱い衝撃が頭に響く。 今回は確かに自分が悪い。ただ大事な娘たちが悲しむ姿を想ったら、いても立ってもいられなくなった。湧き上がった衝動が、ヤツを斬れと語りかけた。その言葉に、二つ返事で従ってしまった。 その結果が、今の状況。暴走召喚によって異形と化したシルヴァーナも、の頭をぽかぽか叩くユエルを泣かしてしまったのも、ハサハにまたさびしい思いをさせてしまったことも、すべては、彼が招いた所業であった。 「さん」 「・・・パッフェル」 隣に降り立ったパッフェルに、やっちまったとばかりには苦笑を向ける。 その表情に驚きを浮かべ、しかし彼女は。 「ちょーっとばかり貴方らしくないですが・・・まー起こっちゃったものは仕方ないですねえ」 少しばかりぎこちない、営業スマイルを見せた。 とにかく、今は。 「パッフェル、ユエル」 「はい」 「うーうーうーうー!」 「いたたっ、少し、手伝ってくれないか?」 「うー! ・・・う?」 お空の飛竜サマを、なんとかせねばなるまい。 暴走召喚は、術者と召喚獣への代償を以って召喚術を通常以上の威力に引き上げる、いわば諸刃の剣。サモナイト石の破壊――誓約の強制解除もまた、代償の1つとなる。 また、暴走と名のつく限り召喚獣に理性はなく、ただ本能がままに破壊を繰り返す。 そうなる前に。 「シルヴァーナを・・・還す」 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第49話 気持ちをこめた咆哮と 「還すって言っても・・・いえ、聞くだけヤボと言ったところですか」 どこか呆れたかのように、パッフェルは苦笑を見せる。 これからやることを彼女がどれだけわかっているかは知らない。むしろ、わからないのが当然ともいえるのだが、その表情に曇りはない。 貴方の事だから、なにか考えがあるんでしょう? まるでそんなことを言っているかのようにも見えて、も同じく苦笑して見せた。 「この男はこのまま捨て置いても問題ないでしょう。私もお手伝いしましょうか」 「・・・わるいな」 「いえ、これも貴方から受けた恩に比べれば、対してことなんてありませんから」 パッフェルが見せた目には、迷いなどなくて。 人を斬った自分を責めるわけでも、暴走気味だった自分を嗜めるでもなく、彼女はそれでも自分を信じてくれている。 ただ目を見ただけで、それが理解できた。 「私も同じく、人を殺めた身です・・・それも、貴方よりも多くの命を奪ってきました。強制されてね」 幼い頃、物心ついた頃には殺し方を教わっていた。 年が10を越えた頃、初めて人を殺した。 身体が女性らしく成長した頃には、人の命を奪うことに抵抗がなくなっていた。何も感じなくなっていた。 それに比べればたった1人の人を斬ったくらいでなんだ、と言えるだろうが、そんなことは今この場では関係のない話。 「ですが・・・思い悩むのは後です。時間、ないでしょう?」 「・・・ああ!」 空を見上げれば、シルヴァーナの口元には炎の塊。 あの姿は、街の人にはまず目撃されているだろう。しかし、相手は制御を失い暴走した召喚獣。街の中にいたのでは危険なことは間違いない。しかも、今は祭のまっ最中。逃げ惑う観光客でパニックになっていることだろう。 「・・・ここで、呆けてるわけにゃあいかなくなっちまったなあ」 つぶやいたのはレナードだった。 初めて見た人の死に際。 鮮血の舞う光景はあまりに鮮烈で、その場を動くことも出来なかった。 「そうだな。あれ、止めねーと」 「フォルテの言うとおりね。ミニス、いいわね?」 「でも・・・」 「でももストもねー。だいたい、こうなったのはお前の責任でもあるんだぜ、ミニス」 「え・・・」 こうなってしまったそもそもの原因。 それは、彼女がシルヴァーナとの絆ともいえるサモナイト石を落としたことにある。確かにあったはずの、肌身離さず持っていたはずのものを、忘れてしまっていたことにある。 それはたまたま起こってしまったことなのかもしれないが、その“たまたま”が今の状況を生み出したのだ。 たまたま、ミニスがサモナイト石を落とした。 たまたま、それを拾ったのが召喚師だった。 たまたま、その召喚師が外道召喚師だった。 たまたま、召喚師が術を行使したのが、今この瞬間だった。 すべては“たまたま”が起こした偶然の産物。しかし、それは起きてしまったのだから。 「覚悟、決めろや」 「・・・・・・」 ミニスは、リューグから放たれたその一言に、言葉を失った。 「や、ヤバイっ!」 そんなときだった。 モーリンがシルヴァーナに向かって駆け出したのは。 時間はもはやなかった。 シルヴァーナの炎を止めることも、今にも放たれるであろう炎を止めることも、どう足掻いても。 その光景を見て、にしがみついてぽかぽか頭を叩いていたユエルはいても立ってもいられなかった。 「やめてよ・・・」 「っと、ユエル!」 から離れて、駆け出す。 配管を伝って、屋根へ。 「やめろ・・・」 しかし、止まらない。 ユエルのせいだ。 ユエルが逃げたからだ。 「あああぁぁぁァァァーッ!!」 ユエルがここにいるからだ。 ユエルのせいで、誰かが傷つくなんて―― が、みんなが傷つくところなんて―― ――見たくないっ!! 「っ、ヤメロ――――!!!!」 時間はすでにゼロを過ぎた。 息を大きく吸い込むように頭を反り。 「ガオオォォォォッ!!!!」 巨大な火球を。 「ガッ・・・」 吐き出す寸前で、とまった。 まるで何かに縛り付けられたかのように、突然に。 「っ! パッフェル、行こう!」 「了解です!」 それは好機だった。 シルヴァーナの動きが鈍ったこの短い時間が、最初で最後のチャンスであることは、だけでなくとも理解できた。 だからこそ、跳んだ。 「、ヘルプは必要だろう!?」 その声は、レナード。 手には無骨な拳銃を持っている。跳べない代わりに、地上からの飛び道具で援護してくれるのだろう。 アメリカでも日本までとはいかないにしろ、殺し殺されなんて世界ではないはずなのに。 「助かります!」 彼の背後で剣を抜いた仲間たちを頼もしく感じながら、屋根へと降り立った。 大きく空気を吸い込んで、刀の切っ先を天へ。 「パッフェル、みんなと一緒にシルヴァーナを弱らせてるんだ!」 ミニスの悲しげな表情が頭をよぎる。 今の状況を自分せいだと思って、責めているのだろうか。 「大丈夫だ、ミニス。君の友達に、無茶はさせないから」 ちょっとだけ、痛くしてしまうだろうけど。 「絶風・・・いくぞ」 時間を置けば魔力が枯渇して勝手に送還されるかもしれない。でも、それでは遅いのだ。 放っておけば暴走したまま街を破壊するだけ破壊してしまうから。 そうなれば街はせっかくの祭どころではなくなってしまうし、なによりミニスが可愛そうすぎる。 彼女は“たまたま”、シルヴァーナのサモナイト石を落としてしまっただけなのだから。 まだ幼い彼女に、悲しい思いはさせたくない。 強い風が、吹き抜けた。 まるで空から吹き付けるような、頭上から降り注ぐような強い強い、魔力の風。 「何、コレぇ!?」 「大きい、魔力の塊みたいだ!」 ルウとネスティの驚きを帯びた声が聞こえた。 事実、世界そのものから流れ込んだ魔力を風に変換して渦を巻いているのだから。 「殿・・・まさか!?」 「やめてください!! 貴方はまた、私たちの前から消えるつもりですか!?」 カザミネは、これからがやろうとしていることを知っていた。 カイナは、これをしたことで起こった結末を目の前で見ていた。 だからこそ、2人は声を上げた。 に向かって、制止を呼びかけた。 しかし、彼は止まらない。 他に方法がないし、他の方法を模索するにしても時間もそんな余裕もない。 だから、唯一“還す”ことのできる自分が、仮にもリィンバウムの守護者である自分がやらねばならないことだから。 開いたその目は、真紅に染まる。 それは、かつて宿した『意思』の残り香。 世界を駆ける魔力の河へと干渉し、その一部を受け取る、彼のみが成し得る業。 リィンバウムの守護者の名を冠するにふさわしい、その力は。 「・・・第二開放」 召喚獣をあるべき場所へ還す、今は失われた秘術であった。 ● 両手にナイフを構えて、パッフェルは跳躍する。 彼女がシルヴァーナの元へ到達する直前に、シルヴァーナは自身を縛る何かから開放され自由を得ていた。 当然、それでもパッフェルには退くつもりはない。 「はあぁっ!」 ナイフを逆手に、シルヴァーナの鼻先へ刃を立てた。 しかし、その刃は通らない。硬い鱗に覆われたシルヴァーナの皮膚は、磨きぬかれた刃すら通さず、甲高い金属音を立てるだけだった。 あまりの硬さにパッフェルは目を丸め、同時に感じたのは溢れんばかりの獣じみた殺気。 「やっば・・・!?」 気づいたときには、目の前にシルヴァーナの鋭い牙が迫っていた。 唾液を滴らせ、パッフェルに襲い掛かる。とっさに止まった腕を振り抜いて距離を開ける。同時に、パッフェルとシルヴァーナの間に銃弾が走り抜けた。 勢いを止めたシルヴァーナを眺めつつ、パッフェルは再び地面へ足をつけた。 「助かりましたよぉ!」 「なァに、このくらいたいしたことねえよ」 2人、目を合わせてうなずき合い、再び空へと目を向けた。 「パッフェルさん! 俺も手伝います!!」 「お願いしますマグナさん!」 「がんばってください、ご主人様ーっ!!」 「届けえーっ!!」 続いて、レシィの力を借りて跳んだのはマグナだった。 雰囲気の割に強いレシィの腕力をもって、己の跳躍力を高めたのだ。 腰の黒刀を抜き放ち、大きく横に振り構えると。 「おおおぉぉぉっ!!」 到達と同時に、フルスイングよろしく斬り掛かる。 表面は硬くても、中ならばやわらかいだろうと踏んで繰り出された刃はシルヴァーナの口元へまっすぐ向かうが、その勢いは金属音と共に歯で受け止められていた。 甲高い音と共に見られるその光景は、まさに白歯取り。 シルヴァーナが刃を放したと同時に今度は刀を大上段に構え、間髪いれずに思い切り振り下ろす。 首を振って硬い鱗の防御をもって応戦する。けして防戦一方になっているわけではなく、隙を見つけては鋭い歯の生えた口を突き出し襲い掛かる。 「マグナ離れろ!!」 手にサモナイト石を乗せ魔力を注いだネスティの声に、マグナは両腕に力を込めてパッフェルと同じように距離を取る。 瞬間。 「来たれ、エレキメデス!!」 落下するマグナを援護するかのように、召喚されたエレキメデスの電撃がシルヴァーナに向けて飛来する。 身体をひねって着地すると、強烈な電撃に咆哮を上げるシルヴァーナの姿が見えた。 頭上から溢れる強烈な魔力の風を気にしつつの援護だ。 ユエルの声が届いたのか、火球の発射を阻止できたのだから、そのチャンスを逃す手はない。 が言っていた。「シルヴァーナを弱らせてほしい」と。 剣による物理攻撃が届かない以上、召喚術による援護射撃が必要だと判断したからこそ、彼は考えるより先に行動したのだ。 「色々と言いたいことは山ほどあるが、何とかできるんだな、!?」 膨大過ぎるほどの魔力を持っていたことや、先のカイナの発言などなどなど。 ネスティが言うように、聞きたいことは山ほど出来てしまった。 しかし、状況はそれを許さず、時間は刻一刻と過ぎていく。 だから、彼はまず現状の打破を優先した。 「当然!!」 返ってきた答えに安心したかのように、手に乗せていた黒いサモナイト石が強く明滅した。 「ラチがあかねえな」 地上から銃を撃つレナードは、殺傷力の高いはずの銃撃がまったく効いていないことにイラつきを隠せずいた。 そのイライラを吹き飛ばすかのようにがしがしと髪を掻き乱して、忌々しげに空を見上げる。 唯一の攻撃手段は召喚師陣による召喚術のみ。しかも、相手は巨大な召喚獣。火球が飛んできた日には当然防ぐことなど出来ないし、かといってその巨体で突っ込んできたらあっという間にスプラッタなことになる。 武器を持って戦うことを得手としているフォルテやモーリンは、四方八方に手詰まり。かといって、レナードをはじめとして飛び道具である銃や弓を武器としていても、敵の鱗が硬すぎて攻撃がまったくといっていいほど通らない。 結局のところ、重力という見えない力には抗えず、召喚師たちに頼る以外にどうしようもないのが現状だった。 マグナやパッフェルのように、跳べるのであれば話は少しだけ変わってくるが。 「シル、ヴァーナ・・・」 「ミニス・・・」 しかし、その召喚師の中でも戦うことが出来ない者もいた。 暴走召喚によって異形と化したシルヴァーナと友達になったミニスだ。 彼女はやはり、変わり果てた友達の姿に動揺を隠せず、動くこともできずにいた。 無理もない。暴走しているとはいえ大事な友達が、街を破壊し、仲間を傷つけようとしているのだから。 「異界の盟友よ、あたしの呼びかけに応えて! 来たれ、プチデビル!!」 紫のサモナイト石を掲げて、トリスが召喚したのは霊界サプレスの悪魔。 現れた小悪魔は楽しげにキシシと笑いながら、その手を掲げる。 具現したのは一振りの槍。 穂先はシルヴァーナへ向き、鋭い刃が光を反射する。 「いっけぇーっ!!」 トリスの声と同時に槍は放たれ、シルヴァーナの翼を射抜くと。 「シルヴァーナ・・・っ!」 苦しげな咆哮と、ミニスの声が重なった。 風穴の開いた羽はその機能を失い、巨体が落下を始める。 ある意味、ここが路地裏で助かったかもしれない。 ずしん。 まるで地震でも起きたかのように揺れる地面。 シルヴァーナの落下による衝撃が、揺れを引き起こしていた。 「行くよぉっ!」 「当然だっての!」 飛び出したのはモーリンとリューグ。 装備した手甲にはストラを纏い、振り上げた戦斧はしかし、甲高い音と共に硬い鱗によって阻まれた。 首だけを動かし、大きな口を開き、噛み付こうとリューグに襲い掛かる。 「俺を忘れてもらっちゃあ、困るなあ!!」 シルヴァーナの頭を叩き潰さんばかりの衝撃。 フォルテの跳躍、さらに大上段からの重力加速度をも込めた渾身の一撃が、シルヴァーナの首を叩き伏せたのだ。 リューグに襲い掛かろうとしていた首が直角に地面に叩きつけられる。 斬れないなら、殴ればいい。 その手の剣が本来の役目を果たせないのであれば、他で補う。剣の使い方は、斬るだけではないのだから。 「っ!!」 頭上からの強い衝撃にうめき声を上げたシルヴァーナを見るや否や、フォルテは叫んだ。 どうだ、といわんばかりに。 刀身が消える。 魔力が溢れる。 条件は、すべて満たした。 あとは開放するのみ。 「・・・」 眼下でうめくシルヴァーナを眺める。 赤く膨れ上がった体表は禍々しく、爛々と輝く目は真紅に血走り、苦しげに声を上げた。 「今、君を還すよ」 もう十分にさびしい思いをした。 それ以上に苦しい思いもした。 だから、しばらく休んでいよう。 君の友達は、君をとても心配しているから。 早く、彼女の元へ――― 「っ!!」 跳躍。 着地地点は言うまでもなく、シルヴァーナの身体の上。 透けて消えた刀身を真下に構えて、 「■■■■■■■■■っっっっ!!!」 その身体に、突き刺した。 |
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