「ぐぎゃあああっ!?」 肩口に鋭い刃を突き立てられた男は、あまりの激痛に声を上げた。 当然であろう。正常な痛覚の持ち主であれば、身体を突如として貫いた異物に脳が強い信号を送る。 身体的に正常であったからこそ、男は自分を貫く刀身に恐れを抱く。 反射的に上げられた声は感じる痛みを発散するための、人としての本能であると同時に、痛みと共に感じた恐怖によるものだった。 突き立てられた刃を中心に、じわりと赤い染みが広がる。 土作りの壁を背に磔るように貫いた切っ先を壁へと突き刺された。男の背後に走る亀裂こそ、その力の強さを如実に表していた。 相対する青年は表情は変わらない。 「同じ苦しみを味わってもらう」、そう口にしたそのときと。 青年は半ば叩きつけられた男へ顔を突き出す。互いの鼻先同士が触れる寸前まで近づいて、その視線が交差する。 「やめ・・・」 「やめない」 「ひぃっ」 自分が今まで何をしてきたか、その身をもって叩き込むために。 有無を言わせるつもりも毛頭ない。それだけのことを、この男はしてきたのだろうから。 事実、自分自身がその場に居合わせたわけじゃない。しかし、彼女の様子を見てみればそれは自ずと理解できるだろう。 言いなりになるのが嫌で、その手を血に染めるのが怖くて。何より、自分の意思を問答無用で曲げられてしまうことがどうしようもなく悔しくて。 だから彼女は・・・ユエルは今もずっと、理性なくバルレルを襲う目に涙を浮かべているのだ。 「泣いて謝ろうが、お前のやってきたことはなくならない・・・だったら、話は簡単だ」 手に握る柄に、力をこめる。 相手が召喚獣だったら、召喚師は何をしても許される。それは一部の外道召喚師たちが持っている幻想に過ぎないことを、この男は知らないのだ。 この世界に『はぐれ』がいる理由を。 自分自身が何も知らないということを。 だから、彼は同じ立場である召喚獣として、この『ニンゲン』を許さない。 「お前にも・・・お前がユエルにしてきたことを、するだけだ」 『知らない』という1つの罪を、許さない。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第48話 大切だから 人が多すぎて、前に進めない。 10人以上の大所帯が街中を、人ごみの真っ只中を進もうとしているのだからなおのことだった。 それでも、ようやくここまでたどり着いた。 ハサハが指差した先。『怖いモノ』がいるその場所へ。 「おにいちゃんっ!」 どこ!? 声を荒げたのはハサハだった。 普段寡黙な彼女でさえ、焦りから周囲を省みず声を上げていた。 喚び、喚ばれた関係でありながら、彼の存在がそれ以上に大切なのだろう。 うらやましいなあ。 そんなことをトリスは思う。 自分の召喚したあの子悪魔は、自分の言葉には反抗するしそれ以前に護衛獣としての自覚すらないような気がして。 事実、そのとおりなのかもしれない 今も一人でを追いかけているから彼女の隣には兄マグナの姿のみなのだから。 やはり、自分では役不足なのだろうか。 これでも派閥ではそれなりにがんばってきたと自負している。出生が定かでない自分たちが、ただ才能があるからと連れてこられたあの場所で。 視線は蔑むものや、邪魔者扱いするものばかり。 それでも、自分と兄はがんばったと思うのだが。 にもかかわらず、やっとこさ召喚したバルレルは自分よりもむしろの隣にいることが多い。主として、嫉妬すら覚えてしまうのは無理もないことだった。 でも、それ以上には自分たちを守ってくれていた。 ゼラムからの脱出や、スルゼン砦。自分と兄にとっては、かつてのヴァンドールで。 ヴァンドールの件について、助けてくれたのがであるという確証はないのだが、トリスはそうであると信じていた。だからこそ、心から嫉妬することはできなかった。 そのぶん、口惜しさがこみ上げる。 これだけ心配されていながら、彼はその行動を考え直すことをしないから。いくら言われても行動に変化が見られないから。 ハサハがこれだけ心配しているというのに。 少し、お灸をすえる必要があるかもね。 と、トリスがそんなことを考えたときだった。 『っ!?』 突如立ち上る光の柱。 緑に輝き天を貫く光の柱を、道行く誰もが眺め見る。 その光景に目を丸めた。 それが何の光であるか、よく知っているから。 「・・・っと、この感じって、まさか!?」 ミニスが声を荒げる。 召喚の光に応じて感じる確かな質量は、彼女が一番よく知っていた。 「シルヴァーナ!!?」 ● 突き立てた刀を力任せに引き抜く。 せき止められていた血液があふれ出し、にじませていただけのローブをさらに赤く染め上げる。 「ぐああっ!?」 「次は、歩けなくしてやる」 狙いをつけたのは、男の右足。 立って、歩くための筋肉や骨を断てば、この男はもはや人として生きていくのも難しいだろう。 この男が、ユエルに対して行った仕打ちを、は知らない。だからこそ、彼の人としての尊厳をつぶすのだ。彼が、ユエルのことを道具として見ているように。同じ『生き物』としての尊厳を踏み躙ったように。 赤く染まった切っ先を、彼の大腿へ突きつけ、 「ぐっ・・・このまま、終わることなど・・・っ!?」 「煩いぞ・・・黙ってろ」 突き立てた。 「ぐぎゃああっ!?」 大腿の中心、骨の脇を通るように純白の刃が貫く。どろりと溢れる鮮血が刀身を伝い、地面に斑点を作り出した。 脂汗を流す男の痛みに耐える必死な顔を横目に、手に力を込め刀身をひねる。 ぐりゅ、という生々しい音と共に、 「があああっ!?!?」 男は痛みに耐え切れず声を荒げた。 「アイツ・・・」 ユエルと武器を衝突させたバルレルは、の行っている彼らしからぬ行動を訝しげに眺めていた。 彼女からの抵抗はほとんどない。 ない、というよりはさせないようにバルレルが抑えている、とでも言うべきか。 彼女がはめている『首輪』が、彼女自身の理性を押さえ込んでいるのだから、戦術などないに等しい。バルレルにとってすれば、戦い方を知らない子供が分不相応な力を振るっているだけにすぎないのだ。 止めるだけならたやすい。 「いつまでもウジウジしてんじゃねェよ」 「グルル・・・ッ!?」 理性のない目じりに、大粒の涙を見た。 身体は操ることができても心まで完全に制御することは、いかに召喚師でも出来なかったのか。あるいは、今の状況で集中力が切れたのか。 どちらにせよ、今のユエルは正気と本能の狭間にいる。 そのことだけがバルレルにも理解できた。 くやしいなら抗ってみせろ。 負けたくないなら奮い立て。 「テメェはいい加減・・・」 いつまでも、俺様にでっけェ迷惑かけンじゃねェよ。 「おとなしくしてろや!!」 合わせていた爪を巻き込むように、プロペラのごとく槍を旋回。 行き場のない力が地面へと向かいユエルはバランスを崩す。それを見逃すはずもなく、むしろ待っていたとばかりに彼女の側面へ回り込むと首根っこを掴み、 「あぐっ!?」 だん、という強い衝撃と共に、ユエルを叩き伏せたのだった。 「ぐぅぅ・・・っ」 苦悶の表情を浮かべる男を一瞥する。 自分はそれだけのことをしてきたのだから、当然だ。 力を振るえるのは、討たれる覚悟のある者だけ。 それを“知らない”男だからこそ、その結果が今の状況なのだ。 どちらにせよ、彼にはユエルにした仕打ちをそのまま返してやるだけ。 「っ!!」 ひねった刀身をそのまま横へ。 刃が肉を斬り裂き、鮮血を伴って、刃は再び空気に触れた。 「があぁっ!?」 びしゃり。 身体からあふれ出た赤が地面を汚す。 半分千切れた左足で膝をついて、流れ出す血がローブを染める。表情には痛みと怒りが入り混じっている様子。 それでも、は揺らがない。 表情に変化もない。 ただ、その目が気に入らない。 「まだ、足りないみたいだな」 目を細めた。 痛い。 何だこの体たらくは。 俺は誰だ。依頼主からの依頼を失敗なく遂行する、裏の世界でも名の通った暗殺召喚師だぞ。 その俺が。 なぜこんな所で膝をついている? なぜこんなにも血を流している? なぜこの男にこんなにも・・・・・・ 「ユエルゥッ! 殺せ・・・この男を殺せェェェ!!!」 許せるはずがない。 この俺がこの男に■されるなどと、認められるはずもない。 ユエルはどうした!? 主である俺を守らず、どこで油を売っている!? 「ケッ、テメェのご所望はコイツかよ?」 顔の横に赤い長槍を突き立て、その動きを封じるように身体を極められたユエルの姿と、彼女の動きを封じるように首元を抑えた少年が不敵な笑みを浮かべていた。 その光景に瞠目した。 圧倒的な強さを誇り、対象を音もなく殺してみせたユエルが、たった1人の少年に押さえつけられて身動きが取れていない始末。 「くっ・・・っ!?」 悔しげに歯を立てた男が感じたのは、浮遊感。 が襟を掴んで持ち上げたのだ。片手で、男を、大の大人を。 表情はなく、突きつけた刃に戸惑いもない。明確な『死』を前に、同様は微塵も感じられなかった。 「次は、その煩い口を潰す」 「ひぃっ!?」 感じたのは恐怖。 その吸い込まれんばかりの赤く爛々と輝く瞳にただ、恐れを抱いた。 やめろ。 やめろ。 無傷の右手に感じた、確かな手ごたえ。 以前、たまたま拾った緑のサモナイト石。 そこに誓約されていた召喚獣を見て、歓喜したことすら、忘れていた。 ただし、分不相応な力は時に身の破滅を呼び込む。 滅多なことでもない限り、使わないつもりだった。 その、滅多なことというのはが今であると気づくのに、今の今までかかってしまった。 男――カラウスは、ただ自分が助かりたいがためにその『力』を手に。 「やめろぉぉぉっ!!」 緑のサモナイト石が明滅する。 今持てる全ての魔力を石に注ぐ。 足りない。 足りない。 でも大丈夫だ。 そんな確信があった。 だから。 「俺を助けろぉぉぉ!!」 赤の混じった緑光の柱が、天を貫いた。 その激しい魔力の風に当てられてか、は男を手放し距離を取り、そして。 「っ!」 空を見上げた。 天を貫き光り輝き、雲を吹き飛ばす。 その空の先に顕現したのは、他でもない。 ミニスが探し続けた、彼女が追い続けた彼女の友達。 も少なからず面識があったから、その姿に瞠目した。 彼女だけでなく、自分たちにとってかけがえのない異世界の友人が。 「■■■■■■■■■■ッ!!!」 美しい純白だった体表が赤く膨れて異形を醸し、目は血走り、獣としての本能のままに咆哮を上げて。 「ははっ、ひゃ、ひゃはっ!? ハヒャハハハハハハ!!! やれワイヴァーン! すべて破壊しつくしてしまえェ!!」 今、牙を剥いた。 「ま、マジかよ・・・」 「うぅ、うぅぅぅ! バルレル! どいてよー!」 「お、正気になりやがったか」 暴れるユエルを押さえつけていたバルレルは、正気に戻ったユエルの首から手を放した。 ワイヴァーンを召喚するために魔力を使い果たして、彼女の制御に回す分がなくなってしまったのだろう。だからこそ、彼女はこうして正気を取り戻すことが出来た。 ぴょん、と飛び起きると、まずはバルレルの身体を見て目を丸めた。 「ど、どうしたのその傷!? 誰に・・・って」 仏頂面のバルレルから視線をはずし、周囲を見回せばその傷を誰がつけたか位理解できた。 「そっか、ユエルがやったんだね」 「そーだよ。腕力しか脳がねェから手加減ってモンを知らねーんだからよ・・・」 押さえンのに苦労したぜ。 状況だの何だのという前に、バルレルは大きくため息をついた。 ただでさえ面倒なことになっているにもかかわらず、暴走したケモノ少女の次はお空の上の真紅の飛竜。 まったく、不幸の星の加護でも受けているんじゃなかろうかと本気で思うバルレルだが。 「正気に戻ったんなら、さっさとのトコ行ってこいや」 「うんっ!!」 に頼られて、悪い気はしていなかった。 「さーて・・・」 空を見上げる。 咆哮をあげるワイヴァーンの雄々しい姿を忌々しげに眺めて、再びため息。 今はお祭。たちを探している間に、たくさんのニンゲンたちがうろついているのが見えた。そんな中に登場したのがあのワイヴァーン。 こりゃかなりやべーんじゃね? そう考えるのも無理はない話で、まだ暴走ユエルを抑えていた方がどれだけ楽だったか。 「・・・・・・」 小さい手のひら。 今のこの姿のままじゃ、とてもじゃないがあのデカブツを抑えることなどできはしない。 やるなら、トリスに誓約を解いてもらわないと。もっとも、そんな願いはまずかなわないだろうが。 だとすれば、あとはにまかせるべきか。 そもそも、自分にとってニンゲンたちなどただの食べ物に過ぎない。 黒い負の感情を大好物としている悪魔にとって、意識的に出されるニンゲンから出される負の感情が至高の食事であることは召喚師ならば誰もが知っていること。 だからこそ、むしろここはワイヴァーンに暴れてもらった方が、よりよい食事にありつけるはずなのだが。 「・・・らしくねェ」 なぜかそのワイヴァーンを止めようと考えている自分に気がついた。 知らないうちに染まっていたか、悪魔である自分にも情けと呼べるような感情があったのか。 どちらにせよ、よくない傾向だった。 悪魔的に。 「バルレールッ!」 そんなときに聞こえたのは我がスバラシキご主人サマの声。 忌々しさを吐き出しながら、 「あァ?」 不機嫌を丸出して、あくまで『適当』に応じてやることにした。 シルヴァーナが、何者かによって召喚された。 そんな情報がミニスからもたらされた。 一見、普通のワイヴァーンに見えるシルヴァーナだが、本当の主であるミニスには直感的に理解できたから。 シルヴァーナは彼女にとって初めての友達だったから。 「どうしちゃったの!? シルヴァーナ!!!」 だからこそ、ミニスは変貌した友達の姿にただ、声を上げることしかできないでいた。 「あれは・・・」 普段のそれとはまったく異質な召喚獣の雰囲気のせいか、思わず出たケイナのつぶやきに答えたのは他でもない召喚師のネスティだった。 「暴走召喚・・・契約した召喚石を破損させる危険性を代償にして、召喚術の威力を底上げする禁忌の術だ」 「威力を底上げ!? マジかよ!?」 フォルテの驚きをよそに、ネスティは少し離れた現場を見やる。 とユエル、そしてバルレル。自分たちのそばにいない彼らは、やはり無事であった。 暴走召喚を起こしたのは、シルヴァーナの真下の壁に背を預けている召喚師風の男であろう。 左肩と右足からおびただしい血を流し、魔力も空になったために動くことすらままならない状況であることが予想できた。 傷は十中八九、がつけたもの。つまるところユエルの召喚主はあの男であり、仲間を大事にするだからこそ、ユエルにひどいことをしてきた男が許せない。 事実、彼女と再会したときに詳しい事情を聞く中で、その怒りが強く感じられたから。 大切な仲間・・・家族が傷つけられて、黙っているほど薄情な人間ではないことくらい、十分に理解できていたからこそ、その抱いている怒りも一入だろう。 ヘタをしたら、男を殺しかねないほどに。 「とにかく、あの召喚獣を野放しにしていては街に被害が及んでしまいます!」 「そうだよ。ただでさえ祭が近いんだ。さっきの人ごみ、みただろ!? このままじゃみんな死んじまうよ!」 ナとモーリンの言葉に、一同は口ごもる。 相手はメイトルパの飛竜なのだ。大空を自由に駆る彼に、自分たちに太刀打ちが出来るかと問われれば、当然無理だと答えるだろう。 人間には、空を飛ぶ術などないのだから。 そんなときだった。 「あぁっ!」 ルウの驚き混じりの声を耳にしながら見た先で。 がユエルをしがみつかせたまま、刀をゆっくりと振り上げて。 「ぎゃああああっ!!!」 男を斬ったのは。 ● 「なんでまた」 こんな男の下に転がり込んだのやら。 頭上で咆哮を上げたシルヴァーナを眺めて、その巡りの悪さについ、そんな一言をつぶやいていた。 かつて見た勇ましさは見る影もなく、今の姿はまるで人々を脅かす化け物のそれ。 あの様相では、街の人たちじゃなくてもそんな風に思うだろう。 全ては暴走召喚が原因なのだろうが、とにかく今のままでは街に被害が及ぶ。ただでさえ祭の最中、街中が人で溢れているのだから。 しかもそれらが原因で、金の派閥の兵士たちもここまでくるのは大変だろう。守るべき人垣が、このときばかりは邪魔な存在に成り果てている。 だから、今この場を納めるのはバルレルか、自分以外にできないのだが。 「・・・ひゃ、ははっ!? 壊れろ、コワれろぉ!! みんなまとめて消えてなくなってしまえェ!!」 召喚したはずのこの男、すでに術の制御を放棄していたのだから厄介だ。 少ない魔力をすべてシルヴァーナに吸い取られ動くことすらままならない中、狂ったように笑う彼はただシルヴァーナにすでに枯渇しつつある魔力を注ぐ。 彼はただ、シルヴァーナが存在するためだけに生きながらえている。 そうたとえてもあながち間違いではないだろう。 「・・・お前、やりすぎだよ」 放っておけば、間違いなくシルヴァーナは街を破壊し尽くすだろう。 同時に、『友達』であるミニスはその現実を目の前にして耐え切れるだろうか。 自分の一番の友達が、暴走していたとはいえ犯罪に加担するのだから、きっと悲しむ。彼女自身もつらい思いをするかもしれない。 「っ!」 そんな思考をめぐらせていたとき、背後からかかる声。 誰かなど、わからないはずがないだろう。 目の前の男はシルヴァーナへの魔力供給だけで精一杯なのだから、こちらに手が回らなくなるのは当然の結果だった。 振り向いた先で自分に駆け寄ってくる姿は、まさに五体満足。傷もほとんどないまま、彼女は元気だったことに安堵する。 「、その・・・ごめんなさいっ」 「なんだよユエル。いきなり頭なんか下げてさ」 「だって、ほとんど覚えてないけど・・・ユエル、知らないヒトたちだけじゃなくて、にまで」 表情は暗い。 うつむいて、ただ自分の今の気持ちを言葉に乗せて、また悲しげに眉尻を下げる。 自分はただ、家族であるユエルにそんな顔をさせたくなかったからこそ、ここにいるのに。それでもなお、ユエルの表情には陰りしか見えなかった。 それが、にはただ辛かった。 「ユエルは、『敵』を排除しようとしただけだろ?」 彼女もまた、暴走していた。 だからこそ彼女はただ、目の前の『敵』を排除しようとした。 その『敵』がたまたまであったというだけの話だ。 「君は何も悪くない」 ユエルもまた、被害者なのだから。 悪いのは全部、この男だから。 の一言にこらえきれず涙を流す。 悔しいのも、辛いのも、もうすぐすべてにカタがつくから。 ユエルの背丈にあわせてしゃがんでいた身体を起こす。 視線を向けた先には、力なく座り込んで声を上げている男。 「・・・?」 「今は、あんまり話してる暇ないだろ?」 うつむいていたユエルが泣き顔のまま顔を上げる。 大丈夫だから、と諭すように彼女の頭を撫で付けて、は男の元へと歩き始めた。 顔に無表情を貼り付けて。 あまりの魔力に当てられて、つい距離を取ってしまった。 本当なら、あのまま全部終わっていたはずなのに、こんなにも手間取ってしまった。 でも、これできっとユエルは笑顔になる。 大事な家族を守ることが出来るのだ。 「■■■■■■■■■■■■―――ッ!!!」 シルヴァーナが咆哮を上げる。 口元に炎が宿り、いつその高熱の炎を吐き出すかすらもわからないほどに赤く紅く光輝く。 その様子にあせりを覚えてか、は地面を『蹴ろうとした』。 「うぅぅ―――っ!」 背後で自分にしがみついてきている小さなシルエット。 独特のうなり声は、一緒にいて何度も聞いたことがある声だった。 「アイツになにするつもりなの!?」 「・・・」 ユエルは、今のの思考を鮮明に理解していた――否、できてしまった。 理解しないままだったらどれだけ楽だったろう。 知らないままでいられたらどれだけ楽だったろう。 アイツは自分を縛った張本人。 本来なら憎みこそすれ、庇う必要などないはずなのだ。 首に巻かれた輪は未だ外れていない。もしかしたら、この一件が片付いてもついたままかもしれない。これこそがすべての元凶なのだから、その元凶を嬉々として自分に取り付けた男はそうなって当然なのだと割り切れるはずなのに。 ユエルは、それよりもむしろのらしからぬ行動に思わず身体が動いていた。 「きるつもりなんでしょ?」 「放してくれないか、ユエル」 「やだ! ちゃんと答えてよ!!」 そんなユエルの言葉に従うことなく、は彼女を引きずったままさらに歩を進める。 元々の体格差が歴然としているのだから、しがみついただけで止められるはずがないことくらいすぐにわかる話だったが、彼女はそれ以外にととどめる方法を知らなかった。 戦うなんて論外。 「ダメだよ。きっちゃダメ」 自分と同じになってはいけない。 それだけは、見過ごせない。 はやさしいから、今までずっと『そう』せずにいてこれた――否、『それ』を自分からしようと考えることはなかった。 だから『それ』をして、自分と同じになることが、ユエルは許せなかった。 「シルヴァーナを開放するには魔力の供給源を絶たないといけない。それをするだけでも、街の人たちの犠牲がなくなるんだ」 そのために、は男を斬る。 街の人たちを守るために、1人の男の命を犠牲にすることを選んだ。 「・・・いや、それは言い訳か」 街の人たちなんかどうでもいい。 街がどうなろうが知ったこっちゃない。 ただ、自分がしたいことの結果として街を守ることにつながるだけ。 俺はただ・・・ 「ユエルと同じになりたいだけだよ」 「え?」 たくさんの人たちを手にかけた彼女と同じ視点で、同じ気持ちを享受する。 「俺たちは家族だから・・・大切だから」 ただ、同じモノを背負いたかっただけ。 「俺は、この男を斬るんだ」 「どうしちゃったの!? シルヴァーナ!!!」 の最後の一言と、背後からのミニスの一言が重なる。 ユエルをぶら下げたまま、疾走。 抜き身の刀を構え、大上段に振り上げる。 結局のところ、これはただのわがままだ。 同じものを背負うなら、ほかにもやり方などいくらでもあるだろう。 でも、今のにはこれ以外の方法が思いつかなかった。 「ぎゃああああああっ!?!?」 両手に、生々しい感触だけが残った――― |
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