今の自分がやるべきは不名誉の挽回。 当主である自分自身に付けられた汚名を晴らす。 ワイヴァーンなど、もはやどうでもいい。 名門ウォーデン家の名に、自分自身の代で泥を塗るわけには行かないから。 マーン家にだけは負けられない。 「ウォーデン家当主、ケルマ・ウォーデンが望みます・・・わたくしと戦いなさい、ミニス・マーン!!」 ウォーデン家の当主、ケルマはそう告げた。 金の鎧を纏った兵士たちと、勝つために手段を選ぶことを放棄した彼女が雇った敏腕アルバイターを従えて。 彼女はただ、自分自身のプライドを、誇りを守るために、憎きマーン家の少女に、最終決戦を望んだ。 「・・・わかったわ、ケルマ。相手をしてあげる」 彼女の申し出を、少女――ミニスは受け止めた。 それが、自分自身の誇りを掲げて勝負を望んでいる彼女に対する、相応の礼というもの。 本来であれば祭を楽しむとき。 本当であれば先行したバルレルを追いかけなければならないとき。 ユエルが・・・大切な仲間が、友達が苦しんでいるのだから、助ければならない。 そんなことは当然、幼い彼女も理解していた。 しかし、状況がそれを許さない。 何より、これは正当なる『決闘』なのだから。 「ごめん、みんな・・・急がないといけないのはわかってるけど、お願い・・・」 相手が誇りを以って臨んでいるなら、それ相応の敬意を表し、礼を尽くし、誇りを持って答えを返す。 ミニスが学んだ貴族とは、そういうものであったから。 「アイツ、今回は本気みたいだから・・・力を貸して」 彼女は真摯に、その申し出を受け止めたのだ。 サモンナイト〜美しき未来へ〜 第47話 怒りの矛先 「ずいぶんと手間をかけさせてくれた・・・さあ、いくぞユエル」 クライアントたちがしびれを切らしてしまったのだよ、と彼は笑みを浮かべた。 それはユエルに安心を与えるものではなく、ようやく手駒が戻り仕事を行えることによる高揚感と、今後の仕事への期待感。 ユエルが自身の召喚獣として優秀であったからこそ、思ったとおりに事が進む今の状況を彼は、楽しんでいた。 常に仕事をしている自分だから。 時には娯楽も必要だ、と。 彼は一時の娯楽をただ、楽しんでいた。 「やだぁ・・・っ!! こ、こないでぇ・・・っ!!」 楽しい。目の前の少女の怯えた声が。 楽しい。自分を見る少女の目が。 楽しい。自分の手のひらでころころと舞い踊る目の前の少女が。 もはや、笑顔がとまらない。 「アンタみたいな、ウソつきなんか・・・ユエルっ! 大キライだもんっ!!」 「ふははっ! 道具でしかないお前に好かれたいなどとは思わんよ? ただなァ・・・」 しかし、楽しいときももう終わり。 ギルドの幹部たちが、自分の奇行にしびれを切らし始めているのだから。 「そろそろ、私は仕事に戻らねばならぬのよ」 その言葉に、ユエルは耳を逆立てた。 大きく見開かれた青い瞳からとめどなく涙があふれ出る。 枯れるほど泣いたというのに。泣いても無意味であることくらい、わかりきっていたというのに。 「さあ、お前の標的たちがお待ちかねだ」 「イヤだぁっ! もう、誰もころしたくなんか・・・」 ここは路地裏。 祭の喧騒に乗じて、助けを呼ぶ声も届かないはずなのに。 広い広いファナンの街で、人ごみで前に進むことすら困難な今このときに。 通りへと続く路地裏の出入り口に見える影に、ユエルは叫ぶ声が止まる。 「あ・・・」 それが自分がもっとも信頼する青年であっても、同じだと思っていた。 だから、助けを呼ぶこともできなかったのに。 彼は。 「見つけた」 顔中に珠の汗を流しながら。 「どこから現れたかは知らないが・・・私たちはこれから仕事に行かねばならん。邪魔はしないでもらおうか」 「申し訳ないけど、はいそうですかとこの路地から簡単に出すつもりはないんだよ」 自分を、見つけてくれたのだ。 「五体満足で、この路地から出られると思うなよ」 彼の目が、鋭く細められた。 ● ようやく見つけることができた。 街中は祭で、人ごみで思うように前に進むこともできやしない。こっちはタイムリミットがあるというのに。 だったら、と両足に力をこめてその場から跳躍、屋根づたいに探すことにしたのがどうやら正解だったらしい。 大きな瞳から涙を流すユエルと、楽しげに、蔑むように笑う男の姿。それを取り囲む男たちは傭兵だろう。鍛え上げられた体躯に無骨な武具を手にしている。 でも、そんなんことは関係ない。 「見つけた」 彼らは、大切な娘を傷つけた。 「申し訳ないけど、はいそうですかとこの路地から簡単に出すつもりはないんだよ」 それだけで、十分だった。 「五体満足で、この路地から出られると思うなよ」 言うと同時に、疾走。 身体を傾げて地面を這うように。 傭兵たちが自信を全面に押し出しながら、迎撃しようと武器を構え、男を守るように立ちはだかっているのが見える。 あくまで、邪魔をする気か。 なら。 「・・・っ!」 1人の頭をひっ掴むと、横の壁に叩きつける。 めこ、と音を立てて身体ごとめりこんで動かなくなる。 背後を向きもう1人。反対側の壁に押し付け、ひびを走らせながらもなおその頭を押し込んだ。 「ひ・・・」 にらみつけた先で怯えた声を上げるのが聞こえたが、速度を上げてその傭兵の頭をつかみ地面へ。 ごっ、と鈍い音と共に左右の壁と同じくひびが走り、その頭が地面の下へと消えた。 宙に舞う砂煙をそのままに、残りの傭兵たちを・・・否、その先で驚愕する男を射抜く。 もとより彼は、男からユエルを救うためにここまで来た。 彼女は自分が召喚した召喚獣であり、頼もしい戦友で、大切な家族なのだから。 「貴様、何者だ?」 「お前は知らなくていい。・・・ていうか、教える気なんかない!」 つい今しがたと同様に地面を蹴る。 先の3人の光景を目の当たりにしながらも自分の仕事をするため、彼の進路を阻むように立ちはだかる傭兵たち。 自身よりも身体の大きい男たちを前に、止まらない。 武器を振り上げているにも関わらず走り、振り下ろされた大剣を交わすと下から上へ、剣を地面に叩きつけた傭兵の顎へ目掛けて蹴り上げた。 傭兵の巨躯が浮き上がる。 その身体が地面に着陸するその刹那、さらに1人。ナイフを構えた傭兵がその切っ先を突き出す。 蹴り上げた状態のため片足立ちの彼に刺さるように突き出されたそれは、腕をつかんだ両手が軌道をそらし、上げられた足を思い切り地面に振り下ろす。 ばきん、と地面に足がめり込みながら、そのエネルギーを腕を掴んだ両手にこめて身体ごと半回転。 地面に両足をつけた巨躯の傭兵に向けて、投げ飛ばす。 ナイフを取り落とし、飛ばされた身体は巨体に激突したが止まることなく、頭をめり込ませた傭兵の隣に叩きつけられた。 2人は壁に円形のひびを走らせ、ずるずると崩れ落ちて意識を飛ばした。 計5人。 男が雇っていた傭兵たちはみな、たった1人の青年によって無力化されてしまった。 しかも、圧倒的なまでの力の違いを見せ付けて。 これで、男を守るものは無くなった。あとは、ユエルを傷つけたあの男を・・・。 「・・・・・・、にゲ、て・・・」 まだ、もう1人。 首にかけられた首輪と、男の手のひらに乗せられたサモナイト石が明滅する。 ユエルが、男の盾として青年――の前に立ちはだかった。 「役に立たぬ傭兵たちだ。高い金を払って雇った割に、大した仕事もできやしないではないか」 彼女の意思を無視して。 「まあ、いい。コレは、仕事を一度もしくじることが無かったのだ。それほどに高い戦闘力を持ち合わせているのだから、貴様に遅れをとることも無かろう」 男は勝利を確信し、笑う。 彼はただ、今までと『同じように』しただけだった。 ユエルの戦闘力を最大限利用し、依頼された目標を仕留める。万一自身が不利な状況に陥ったら、ユエルを盾にさっさと現場を離れる。 生き抜くため、仕事を完遂するために最良の選択であると、彼は自負していた方法だった。 事実、ユエルを召喚してからの依頼の達成率は100%。クライアントも満足の結果を残せていた。 だからこそ今回も、と。彼はそう考えた。 の目的はあくまで、ユエルなのだから。 「さあ、やれ! ユエル!!」 「グルルルル・・・ッ アオォォォォォッ!!」 男の命令と同時に、両手に爪を装備したユエルが咆哮を上げる。 「さあ、思い出せ・・・お前にかけられた誓約の重みを!!」 ● 「うくっ!?」 鋭い斬撃に表情がゆがむ。 フォルテやシャムロックが持つ長剣よりも軽い刀でさえ、彼女のナイフ捌きには追いつけない。 元々の武器の軽さも相乗しているのだろうが、それにしても早すぎる。 戦いとは無縁のただのアルバイターだと思っていただけに、余計に早く見える。 ていうか。 「っ・・・、そういえば」 スルゼン砦で、あのゾンビの大群の中を逃げ切れるほどの身体能力の持ち主だっけ。 自身の命の危険性を自覚する前に、そんなことを考えてしまっていたり。 でも、見えないわけじゃない。 捌ききれないわけじゃない。 このところ感じる、溢れるような力なら。 「いけるっ!!」 手に握る黒い相棒が、力をくれている。 その確かな力が自分に自信を与えてくれる。 だからこそ、この目の前の敏腕アルバイターさんにも、勝てると確信した。 ケルマに雇われた、といって出てきたときには驚きこそあれど、ここまでの強さを持っているとは思っても見なかったが。 「笑ってる場合じゃありませんよ、マグナさんっ!!」 「そうだったね!!」 ナイフの連撃。 鋭い一閃を受け止めて、攻勢に転じるために左手を伸ばす。 彼女の戦闘スタイルも剣筋も見えてきたからこそ、防戦から一気に攻めへと向かうのだ。 繰り出されたナイフを腕ごと左手で払い、無防備になった相手にその刀を振るう。 「しま・・・っ」 その首筋に、刃を立てた。 「俺の勝ちだね、パッフェルさん」 「あちゃー、負けちゃいましたねえ」 たはは、とパッフェルはばつの悪そうな笑みを浮かべた。 お互いに殺意がなかったからこその彼女の表情。 これが私闘であり、相手を殺すことが目的ではないからこそ、笑い合えた。 「でも・・・」 「ん?」 「・・・あ、い、いえいえ! なんでもありませんよう! そういえば、なんか急いでませんでしたか?」 「あ! そうだった!!」 周囲を見やる。 倒れている金色の鎧兵たちの中、立っているのはケルマとミニスと、仲間たちのみ。 戦況は明らかだった。 「ケルマ、もう貴女1人だけよ」 「っ!?」 ミニスの一言に、ケルマは眉間にしわを寄せた。 状況は不利。自身の敗北が明らかなのは、彼女も身をもって理解していた。 でも、負けるわけにはいかない。 マーン家の人間にだけは負けられない。 かの家との間柄は、一言で言えば『宿敵』だった。 長年、両家は互いに負けぬために切磋琢磨し、互いの力を高めあい、競い合った。だからこそ、自分が当主であるうちに負けを認めるわけにはいかないのだ。 「まだ・・・っ」 「ケルマ殿、もうやめるでござる」 「カザミネさま・・・」 「あの時、拙者は申したであろう。いつまでも私怨をもつものではない、と」 かつて、ミニスと一騎打ちをしたときのこと。 鍾乳洞が崩れて、彼に助け出されて、言われた言葉だ。 「それを忘れたのでござるか!?」 「・・・貴方に救われた御恩、忘れてはおりません。愛するお方のご不況をかおうとしているのですから」 「まあ!?」 ケルマの返答に声を上げたのはカイナだった。 同時にじとり、とカザミネをみやる。いったい彼女に何をしたのか、と。 「なな、何を言ってるでござるか!?」 「私を抱きとめてくれた逞しいその腕へと、全てを投げ出してしまいたい」 「わーっ、わーっ!?」 慌てるカザミネを眺めてくすりと笑うと、ケルマは表情を引き締めた。 「ですが、これは私怨ではないのです」 けしてミニスが憎くて、こんなにも彼女を追いかけていたわけじゃない。 ただ、負けたくなかった。 マーン家が宿敵であるからこそ、自分の代で負けるわけには行かない。 それは、彼女の矜持そのものであった。 「だから・・・負けられないっ!」 『っ!?』 膨れ上がる魔力。 彼女の足元に浮かぶ召喚陣。 手に握られたサモナイト石は緑を灯す。 あまりに強い魔力に吹き付ける風。 それは最高位の召喚術発動の前兆。この街をいともたやすく破壊せしめるほどの。 当然、そんな暴走、させるわけには行かないのだが。 「やめてケルマっ! 街を壊すつもり!?!?」 「幻獣界の王よ、我が呼びかけに応えなさい・・・その咆哮をもって、目の前の敵を」 ミニスが声を上げると同時に。 とん。 緑の光と風が突然、消え去った。 よろけて倒れ掛かるケルマを抱えたのは、黒い刀を手にしたマグナだった。 「マグ兄!?」 「の真似、してみたんだけど・・・うまくいったみたいだな」 いつか見た移動術。 コツもなにもまったくわからないまま、見よう見まねでやってみたら運よくできただけのこと。 今、街は活気に包まれている。人も多く集まっているからこそ、ここでケルマを暴走させると大惨事になってしまう。 膨れ上がる魔力の奔流を受けた瞬間に、彼はパッフェルを捨て置いて走ったのだ。 事が大事にならないようにと。 「急ごう。とバルレルを追わないと」 ● 見慣れた爪が振るわれる。 自分の命を刈り取ろうと急所を狙い、こちらが攻撃できないのをいいことに防御を捨ててただ両手の爪を、ユエルは振るっていた。 狩りに飢えた獣の顔。 大きく見開かれたその目に、涙を流しながら。 「・・・ちっ」 大きく舌打つ。 敵が今まで違い戦いづらい今の状況に今はただ、防戦一方となる以外に彼の行動は著しく制限されてしまっている今の状況に。 相手は首輪の力で我を失ったユエルだ。その能力の高さは自分が一番よく知っているから、助けるべき相手だからこそ、攻め手に回れない。 「ガアアッ!!」 「くっ」 ユエルから放たれた渾身の一撃は、の胸元を浅く斬り裂き、距離を生んだ。 とっさに背後に跳んだのが功を奏したというべきか。 どうする・・・? 彼女の背後でせせら笑っているあの男の元へたどり着くには彼女をどうにかするしかないのだが、ユエルを無力化できない以上、その可能性は限りなくゼロに近い。 激昂し熱を持ってしまった頭では正常な思考ができるわけもなく、良い考えも浮かばない。 できるなら、外から手が借りられれば一番なのだが・・・ 「だったら・・・っ!」 突然響く背後からの声。 感じたのは魔力の奔流と、頼もしい気配。 ユエルの先にいる男を睨み付けの背後から、彼を飛び越えて現れた小さな影は。 「借りればいいだろうがぁぁぁっ!!!」 自身の身長よりも高い長槍を、着地と同時にユエルへと振り下ろした。 突然の出来事にとっさに防御の構えを取ったユエルの爪と、槍の穂先が激突する。 甲高い金属音と共に、朱い火花が散った。 「バルレル!?」 「怒ってンのはテメェだけじゃネェ。この俺様も、同じなんだよ!!」 彼はかつて、ユエルにかけられた首輪と同じものをつけていたことがある。 もう10年以上前の話だが、誓約のためにニンゲンたちに強引に従わされる召喚獣の気持ちは、彼が一番よく理解していた。 だからこそ、そんな道具を使っているニンゲンが許せない。 霊界サプレスの悪魔王であったとしても、リィンバウムで・・・だだ甘い人間たちに囲まれていたため、という気持ちもなくはない。 ただ、大半を占めていたのはただの自己満足だった。 首輪を見るだけで、あの時の記憶が蘇る。心では否定していても身体が自分の命令を聞かない悔しさがふつふつと湧き上がり、結果覚えたのは怒りだったから。 「本当なら俺様の手であのニンゲンを消し潰してやりてえところだが、テメェに譲ってやる」 どこにも向けることができない悔しさを、に託す。 今回の当事者は明らかに、彼とユエルなのだから。 「ユエルのこと、頼む」 「ケッ・・・知らねェよ」 は、2人の横を駆け抜ける。 守るものは何も無く、無防備な男へ向かって。 時間にしてたった数秒。 「お前に、ユエルと同じ苦しみを・・・味わってもらうぞ」 「ぐぎゃああああっ!?!?」 今まで抜いていなかった刀を鞘から引き抜いて、男の肩口へと突き刺すには、十分だった。 |
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