「ねえ見て見て! ファナンが見えてきたよ!」 いつまでもここにいても仕方ないですから。 そんなシャムロックの一言で、一行は新たに『輝ける金色』を加えてファナンへと帰還した。 アメルの祖母の家を訪ねるために出発したのが、ずいぶんと昔に感じられる。 実際は1週間と経っていないはずなのだが。 それだけ、内容の濃い日々を過ごしてきたのだろう。 アルミネスの森で悪魔に追いかけられ、ローウェン砦陥落の一部始終を目撃し、トライドラの滅亡を肌で感じた。 「・・・まったく」 悪いことばかりだ。 「どしたの?」 隣の金色からの言葉が耳を通り抜ける。 彼女もまた、いいことばかりの旅だった、というわけでもないだろう。 請け負っていた任務の内容こそわからないものの、トライドラが“終わる”瞬間を目の当たりにしてきたのだから。 「・・・や、別に」 ようやく故郷に戻ってこれたことが嬉しそうなミニスの声を聞きながら、小さくため息。 任務の話など一般人である自分に話せるわけもなし、万一話してもらったところで厄介ごとに巻き込まれかねない。 だから、聞かない。聞く気すら起こらない。 それが大正解なのだと、心の奥底から自分を肯定しているのが自分自身で理解できた。 ・・・・・・人間の本能って、なんともスゴイよね。 「ん?」 街に近づくにつれて、喧騒が耳に入ってくる。 それは、どことなく楽しげな喧騒。街全体が活気づいているかのように。 「なんか、楽しそうな音だねっ!」 事実、街門をくぐると、ファナンの街は活気に満ち満ちていた。 通りのあちこちが綺麗に飾られ、街の人たちは忙しそうに、しかし楽しそうに働いている。 そんな彼らにに感化されてか、ユエルはピンと立った耳を動かし、楽しげにぴょんぴょん跳ねる。 「あ、そっか」 「あーっ!!」 小さくつぶやく金色――イリスの確信と、モーリンの大声が重なる。 綺麗に飾られた街並み、忙しいながらも笑顔で仕事する街の人たち。 彼らは。 「もうすぐ、豊漁祭だった!」 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第46話 祭りの日に 豊漁祭。 ここファナンの街では、漁師たちが毎年の海の恵みに感謝を示す祭りがある。 この街は海に面し、その海で取れる海産物は聖王国内に輸出されている。王国内で食せる海産物はすべて、ここファナンのものなのだ。 つまるところ、ファナンにとって海産物はライフライン。 街を反映させるために無くてはならないもの。 だからこそ、ファナンでは海の恵みに感謝する。 豊漁祭は、そのためのお祭りだった。 「夕暮れから夜遅くまで、街いっぱいに灯りをともして騒ぐんだ」 「街の祭ってのは、ずいぶんと大掛かりなんだな」 そうだよー、とモーリンはリューグの一言に笑って答えてみせた。 毎年毎年、それほどに楽しいのだろう。楽しいからこそ、目の前に迫っている祭に胸を高鳴らせ、高揚させる。 自然とテンションも上がってくるというものだ。 「やれやれ・・・祭などしている場合ではないはずなのだが」 「やはり、トライドラの敗北はまだ、この街には伝わっていないのでしょうか?」 もっとも、そうならない人間もいないわけじゃないが。 「じゃ、私はこれで」 姉さんに報告しないと。 イリスはそんなことを口にして、一行から距離を取る。 彼女は金の派閥の召喚師で、トライドラに居合わせたのは偶然で、任務の報告をしなければならないのだから。 しかし。 「俺の腕を取るのはちょっと違うんじゃないでしょうか?」 なぜか、はイリスに腕を取られていた。 「別に違わないよ? だって、本当に、ほんっとーに久しぶりだったし」 「・・・・・・」 その一言に、は返す言葉を失していた。 実際、彼女にとってはその通りだったし……というか、不可抗力だから仕方ないといえば仕方ないのだけど。 過去にかかわった『あの事件』―――邪竜事変が収束したのは実に、今この日から10年以上前の話なのだから。 以降、は彼女に会っていない。会うことができなかったともいえるが、その空白の時間を、彼は不本意にもを跳躍してしまった。 それ自体は彼の体質か、ただの不幸だとしか言えないが、イリスにとっては過去の仲間に再会できたことが嬉しいわけであって、彼女の言葉に嘘偽りは当然ない。 「・・・わかったよ。というわけで、俺は金の派閥に行っとくので。あー、ハサハとユエルは無理してこなくていいからね」 「なっ、なんでなんで!?!?」 「・・・・・・(ふるふるふるふるふるふるふるふる)」 突き放すように言った一言に、2人は声を上げた。 普段から寡黙なハサハは、いつもより首を振る勢いが大きい上に数も多い。 一緒にいてくれようとする気持ちは素直に嬉しいのだが、 「ビリビリしたいなら、来てくれていいけど?」 「あ、やっぱりいいやがんばってね」 薄情な奴。 「・・・ハサハは、いっしょ」 健気な娘だ・・・。 「気持ちだけ受け取っておくよハサハ。でも、大丈夫だから。危ないことなんてないからさ、君はみんなと一緒に祭を楽しむといい」 「でも・・・」 食い下がらないハサハを撫で付けて、無理やり食い下がらせる。 一緒に来たところで過去話に花を咲かせることになるのだろうし、レルムの村に落っこちてからの付き合いであるハサハが来たところで退屈なだけだから。 一緒に来てもらって退屈させるより、みんなで楽しんだほうがよっぽどいい。 そもそも、ビリビリは冗談だし・・・・・・やりそうで怖いけど。 「な?」 「・・・・・・(こくり)」 ぽんぽん、と軽く叩いてやると、長い間を空けて、まだ納得しきれていない様子のハサハが小さくうなずいた。 ・・・ 「ユエルも連れてくればよかったのに」 金の派閥への道中、イリスはそんな一言を口にした。 過去話を咲かせるならば、彼女もいて然り、のはずなのだから。 途中までとはいえ、ともに戦ってきた仲間であることは確かで、 「今はさ、楽しませてやりたいんだよ。ずっと、苦しい思いをしてきたみたいだから」 でも、としては昔より今。 豊漁祭というこのにぎやかな時間を楽しませてあげたかった。 「このところ、つらいこと続きだったしさ」 「そっか・・・やさしいね、お兄ちゃん?」 「別にそんなんじゃ・・・ってか、今はもう君のほうが年上なんだから、『お兄ちゃん』はおかしいって」 「これでいいんだよーっ♪」 でも。 その配慮が、逆に彼女を苦しめることになるとは、は思いもしなかった。 「あ……」 楽しい楽しいお祭りの日を前に、楽しむはずの今を“放棄”することになってしまう。 はぐれないよう固まって歩く一行の中、ふと視点を変えた先を見やる。 忙しなく働いている人々の向こう。 祭り前であるにもかかわらず立ち並ぶ出店のさらに奥。 本来ならば誰も近づくことはないであろう路地裏に。 ミ ツ ケ タ ゾ 視線を背けることができない。 よみがえるのは過去の恐怖。暴れる自分を力で押さえつけて、無理やりつけられた首輪の力で■■を強要されたあの時を。 抗うことができない自分が歯痒くて、恐怖に怯えるニンゲンたちの声が辛くて、逃げることさえ許されなかったことが悔しくて。毎夜、ただ謝ることしかできなかったあの時を。 「・・・・・・どうしたの?」 オモイダシテシマッタ。 「ああああああああああああああああっ!!!!!!」 ハサハの問いに答えることなく、ユエルは来た道を引き返す。 ただ逃げたいがために、走り出す。 怖かった。 頼れるモノのないあの時に戻りたくなかった。 ようやく逃げることができて、大好きなヒトに会えたのだから。 「来るなアァァァっ!!!」 みんなの制止の声を聞かず、ただ走った。 『ユエル!?』 悲鳴を上げて、走り去って行ったユエルの突然の行動に、全員が驚愕した。 せっかくの豊漁祭。どこを回ろう、何を食べようと、これから始まるであろう楽しい時間に思いを馳せていた時に突然、断末魔に近いような声を上げたのだから。 「な、なんだなんだ?」 突然の出来事に誰もが反応しようもなく、人ごみに消えていく彼女をただ呆然と見送っていくばかり。 そんな現状を打開したのは、年長者のレナードだった。 「わかりません・・・突然、悲鳴を上げて」 「理由はわからねえが、ただごとじゃねえなアレは・・・」 一番近くにいたアメルとリューグがそんな返答をしてみせるが、当然有効な情報ではないわけで。 結局、理由はわからないままで。 でも、尋常なことではないことは確かで。 今はただ、追いかける必要があるわけで。 「・・・あそこ」 「え?」 す、と。 ハサハはまっすぐ、路地裏を指差した。 全員がその先を見やると、そこには1人の召喚師と黒ずくめの人影が複数、一瞬だけ見て取れた。 遠めだからか表情はわからず、その姿をくらませてしまう。 「あのヒトたちのこと、みてた。それから、ようすがおかしかった・・・よ?」 「あれは、召喚師か・・・?」 つぶやかれたネスティの一言に、 「もしかして、ユエルの召喚主じゃ・・・」 ミニスはそんな結論に至る。 元々彼女を喚んだのはだ。でも、彼らはついこの間まで離れ離れだった。激しい戦いの中で消えてしまったユエルを探していたはようやく、再会できたのだ。 そのときのユエルのうれしそうな顔といったら。 そんな彼女が、悲鳴を上げて逃げていった。 2人が再会するまでの空白の時間。トリスとアメルが最初に出会ったころ、ユエルはぼろぼろだった。 今考えればそれは、自分を脅かす“なにか”から逃げてきたからではないだろうか。 彼女があれほど恐怖する存在とは、なにか? 「あの野郎か」 思考のにもぐる前に、吐き捨てるようにつぶやかれたのは、バルレルの一言だった。 彼の表情には、怒りのみが感じ取れる。 彼は憤っていた。 過去の自分と同じように苦しんでいる存在がいたからではなく、あんな首輪を使っている愚かなニンゲンがいることに。 「おいニンゲン! いつまで呆けてやがる!?」 「なっ、なにバルレル?」 「に知らせろ! ユエルの“主”が来たってな!!」 それだけを告げて、彼は走り出した。 ユエルの行く先に奴らがいると、それだけを考えて。 召喚主であるトリスの制止も聞かず、ユエル同様人ごみに消えていった彼に憤慨しながらも、のっぴきならない状況に歯噛んだ。 せっかく楽しいお祭の日なのに、と。 「とにかく、2人を追いかけよう! モーリン、に伝言お願い!」 「あいよっ!!」 ファナンの街に一番詳しいモーリンに伝言を任せて、彼らは走り出す。 人ごみをすり抜けて、ユエルを、バルレルを追いかけ・・・ 「ようやく見つけましたわよ、チビジャリっ!!」 ・・・ようとした。 反転した彼らの目の前に立っていたのは、金の軍団であった。 その中心で仁王立ちしていたのは、ほかでもない。 「ケルマっ!?」 こめかみに青スジ立てて、いかにも私怒ってます、という風な雰囲気を出したケルマ・ウォーデンの姿があった。 緊迫した状況だというのに、空気の読めないこの女をどうしたものかと思うのもつかの間、ケルマはミニスに対して、貴族の名誉をかけ決闘を申し込んでいた。 こんなコトしてる場合じゃないのに、と声を上げたミニスだったが、その言葉はケルマの琴線に触れてばかりで戦え、戦えの一点張り。しかも、金の鎧を着込んだ兵士たちに囲まれていて、逃げることすらできない状況。 今、やるべきことすらできない状況に、歯を立てるしかなくて。 「決闘を受けるしかないな。・・・どうせ逃がしてくれないのだろうから、おそらくそれが最速でユエルのところへ行く方法だろう」 「ネス・・・でもさっ!」 「マグナ、あの兵士たちの数を見ろ・・・彼女は本気だ。今ここで、最後の決着をつけようとしているんだ。・・・逃がしてくれると思うか?」 「くっ・・・」 仲間が苦しい目に遭っているというのに。 はやる気持ちを押さえ込むしかなかった。 ● 「ッ!!」 目的地はわかっていたから、モーリンの行動は早かった。 そこまでの最短経路を、細道だろうが路地裏だろうが突っ切り進む。結果、目的地である金の派閥に入る前にとイリスを捕まえることができていた。 「ど、どうしたんだよモーリン。そんなにあわてて?」 「どうしたもこうしたもないよっ!!」 モーリンの様子がおかしいのは、明らかだった。 つい今しがた別れたときは、今のようなそぶりは少しも見せていなかったというのに。 額には大量の汗をつけて、肩で息をし、酸素を取り入れる間すら惜しいといったように、モーリンは告げた。 「ユエルが突然、悲鳴を上げてっ・・・あのコの“主”が来てるんだよっ!!」 その言葉に、の目に険が走り抜けた。 「どこだ・・・モーリン」 小さく、低く。 伝えるべきことだけを伝えたモーリンに尋ねる。 「ユエルはどこにいった!?!?」 「詳しくは、わからないけど・・・っ、裏路地の、方に・・・さっき、バルレルも追いかけていったよ!」 聞くや否や、はその場にモーリンを置き去り、走り出した。 自分にできる最速で。 イリスの声を耳に残しながら、でも止まることはできない。 「・・・ユエルっ!!」 この世界での大事な『家族』が、今も苦しんでいるのだから。 |
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