問題なのは、デグレアが軍事侵攻を開始したこと。 その布石としての砦の陥落。 先遣した『黒の旅団』が砦を潰し、迎撃の芽を摘む。 弱体化しきった聖王国に、侵攻の準備を整えたデグレアに悠々と入国されれば、聖王国はそれこそ瞬く間に滅ぶだろう。 だからこそ、砦の陥落を知るシャムロックが、トライドラ本国への伝令に走らねばならなかった。 トライドラは聖王国の盾だから。 彼が、砦を守る騎士だから。 王国の危機を知らせるため、盾が、盾としての責務をまっとうするためにも。 ケガをしていようとも、陥落した砦の生き残りであるシャムロックがいる自分たち以外にその資格を持つ者は存在しないのだから。 つまり、ここにいる十数人の男女が、聖王国および旧王国の間に介入する『第三勢力』となりうるのだ。 あくまでたった十数人。 十数人で何ができる、と疑問も懐くことだろう。 しかし、その彼らの働きで先遣隊である黒の旅団の侵攻を少なからず阻めているのは事実。 ゆえに、彼らの行動の仕方によって、今後の世界の流れを大きく変えていくこともできるのだ。 キーとなるシャムロックはしかし、先の襲撃戦で大怪我。体力も底辺を走り、精神体力ともにギリギリの状態。 そんな彼を1人でトライドラへ向かわせて、無事でいられる保障はどこにもない。 「まかせてよ。あたしらで、ちゃんと貴方をトライドラまで送り届けるから!!」 だからこそ、トリスは全力で胸を張った。 そしてそれが、パーティの総意。 「な、シャムロック。言っただろ?」 唖然とするシャムロックに、フォルテは笑って見せる。 さも当然だといわんばかりに。 「俺の“仲間”は、きっとこうするってな」 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第45話 トライドラ トライドラへの道中は、何事もなく過ぎ去った。 知り合いに会うこともなく、はぐれや敵に襲われることもなく。 まるで、嵐の前の静けさのように、何もなかった。 眼前にそびえ街を守る壁が、広大な荒野に一つの穴を作り出していた。 城砦都市トライドラ。 外敵からの襲撃から仕えるべき主である王国を守る聖王国の盾。 「ちょっと、肌寒いわね」 「年中雪に覆われた旧王国が目と鼻の先だからな。その上、この街の周りは荒野。風を遮るものもなにもなく、僕たちにそのまま吹きつけてきているのも寒く感じる要因だろう」 両腕を摩擦し暖をとるケイナに、基本的に博学なネスティが、言葉を返す。 全身を覆っている巫女服を着ているケイナはさておき、問題なのは。 「ざ、ざむ゛い゛・・・」 鼻水たらして両腕を抱えてがちがち震えていたりする。 確かに寒い。でも、耐え切れないほどでもないはずなのだが。 は風でバタつく前髪を押さえつつ、表情を軽くゆがめ周囲をゆっくりと見回した。 感じたのは覚えのあるいやな空気。 異様なほど静まり返っている街並み。 そしてなによりも、 「・・・・・・」 空気の変化に敏感なハサハが、シャツの裾を握って震えていたのだから。 何かある、あるいは何かあったという答えに行き着くまでに時間はかからなかった。 「とにかく、中に入ろうよ。あたしたちの目的は、この街の一番偉い人なんだし・・・シャムロックさん、もう行っちゃってるし」 「まあ、はやる気持ちはわかるがねえ・・・」 無理してなきゃいいんだがねえ。 トリスの苦笑に、レナードはタバコの煙を大きく吐き出す。 ケガは満足に治っていないにもかかわらず、焦り、先走って。その後にはいいことなど、きっとないはずだから。 「とにかく、シャムロック殿を追いかけるでござるよ」 「・・・だな」 このままじゃ俺らが迷子になっちまう、とのたまいつつ、いち早く歩を進めたのはフォルテだった。 彼の後に続いて街への門をくぐると、肌に感じる空気がより生々しさを増した。 その空気に嫌悪感を感じながらも、街中のあまりの静かさに眉根を寄せる。ハサハが裾を引っ張る力も、どことなく強くなっているような。 その異様な静かさには、誰もが気づいたようで。 「な、なんだかコワイですよぉ」 「いやな予感がするねえ・・・」 こわがりのレシィが震え上がり、モーリンは険しい表情で両手にナックルを装備する。 彼らだけでなく、この場にいる全員が、今のこの雰囲気に先の危険性を感じ取っていた。 なによりも、それを助長したのが。 「我々ノ周囲ニ、生命反応ガアリマセン」 レオルドのこの一言だった。 あまりの街の静けさの原因は、住人たちがこぞって不在にしているだけか、あるいは―――――すでに、この世に存在していないか。 「シャムロックはもう先に行っちゃったみたいだよっ! 急ごう!」 有力なのが後者であることは、流れる空気が教えてくれていた。 ● 「なんだ、これは・・・っ」 領主の下を訪れたシャムロックが目にしたのは、惨状だった。 崩れた壁、抉れるように砕けた床、端がすすけて黒くなった絨毯。 そんな場所に感じた人間の存在は1つだけ。 それは尊敬すべき領主のものではなく、瓦礫の中を杖を片手に悠然と立ち尽くしている金の髪の女性のもの。 シルエットはスレンダーで華奢。しかし、この惨状の中を立つその姿は力強く、懐いたイメージを払拭していた。 「り、リゴール様は・・・っ」 しかし、今のシャムロックにとっては女性の存在などどうでも良いことだった。 今必要なのは安心感。ローウェン砦で仲間を失い、さらにトライドラという国そのものを失ってしまったのではないか、という最悪のシナリオにはなっていないという安心感だった。 だからこそ、トライドラの象徴である領主――リゴールの姿を確認したかったのだ。 「残念だけどっ」 しかし、そんな考えは目の前の女性の声で音もなく崩れ去る。 「貴方の言っているリゴールさんは、もうこの世界のどこにもいないわ」 彼女が忌々しげににらみつけた視線の先を見て、シャムロックは目を見開いた。 その先に立っていたのは、 「グルルルル・・・」 「あ・・・あぁっ!?!?」 自分が敬愛していた領主だったのだから。 「彼はもう貴方のことを覚えていないし、そもそも理性なんてものもトんじゃってる」 たどり着いたときには、すでに遅く。 なにもできず、させてすらもらえないまま。 「・・・残念だけどもう、助からない」 シャムロックは、自身が持っていた何もかもを・・・ 「無事か、シャムロック!?」 「ああああぁぁぁぁっ!!!!」 すでに、失っていたのだ。 「ちょっと、なによこれぇ!?」 シャムロックに次いで謁見の間に現れた一行は、そこで展開されている激しい戦闘の跡に目を見開いた。 室内であるからこその密室空間に漂う砂煙は砕けた床が細かく砕かれ舞い上がったもの。 えぐれた床や玉座への階段は召喚術の攻撃を受けて粉々。 声を上げてひざをつくシャムロックの向こうで対峙する黒い影と金色の髪。 その光景から求められる答えは、誰もが理解できた。 「・・・うるさくなってきちゃったなあ」 さっさと終わらせよっと。 『金色の髪』がそんな一言を小さくつぶやくと同時に、走り幅跳びの選手も真っ青な跳躍を見せた。ドレスの裾をはためかせ、すらりとした脚線美が見る者を魅了する。 なんらかの召喚術で両足を強化したのだろう。豪腕ピッチャーが投げるストレートのようにまっすぐ、黒い影を肉薄。 右手の杖を遠心力として腕を振るい、跳躍距離を伸ばす。 対峙していた黒い影、リゴールだったモノは、赤く染まった眼球を動かし、金を追い、 「力を貸してね・・・エレキメデス!!」 杖の先を、黒い影の額に突きたてる。 左手に握り締めた黒いサモナイト石が輝き、杖の先を電撃が迸った。 「グゴアアアァァァッ!!!!」 耳を貫いたのは、黒い影―――異形と化したリゴールの断末魔。 ファミィ顔負けの強烈な電撃の閃光に、やユエル、バルレル、そしてミニスの表情が固まる。 丸焦げになった影に背を向け、バトンのように杖をくるくると回し、小さく息つく。 同時、謁見の間の出入り口で2人の攻防を目の当たりにしていた一行と面と向かい合う形となり、 「・・・えっ?」 途端、凛々しく引き締まっていた表情から、緊張が抜けて。 「 お化けでも見ているかのような、信じられないような、きょとんとした表情に変化していた。 ・・・ の、だろうと。 このとき、は考えていた。 「まちがいない・・・まちがいないよ!」 彼の・・・彼らの視界は、先のエレキメデスの閃光から回復しきっていなかったのだから。 目が眩んで、みえるわけもなく。 「おにいちゃーんっ!!!」 「おぶっ!?」 は何の抵抗もできないまま、弾丸のごとく飛び掛ってきた金の髪を、躱すこともできず床に押し倒されたのだった。 ● 「・・・つまり、彼女もの知り合いなわけか」 ネスティはため息すらも混じった声で、そんな一言を口にした。 自身の今の事情を話せば、彼女もまた納得 手のひらがパリパリしていたのが、妙に気になるが。 「かわいい人ですねー」 そんな言葉が、アメルから漏れる。 年齢的には彼女の方が上なのだが、華奢かつスレンダーな身体と年齢に合っているとはとても言い難い、綺麗というよりは可愛げのある顔つき。 見てくれだけなら、十分同年代を感じさせることができる。 ・・・下手をしたら、年下に見られるのではなかろうか。 それほどに、身体も、顔もしぐさも 「この感触何年ぶりだろ〜、懐かしいなあ」 「ううぅぅぅぅっ!!」 先ほどの凛とした力強い彼女はいったい、どこへいったのか。 目尻に涙を溜めてくやしがっているユエルがなんとも珍しいこともあり、また彼女に抱きつかれて困っているようでどことなく複雑な表情のもまた珍しくて。 「・・・・・・だれ?」 彼女は、の上着の裾をつかんだまま小さくつぶやいたハサハににっこりと笑いかけて、しかし思い出したかのように表情を引き締める。 おもむろにから離れ、背を向ける。 視線の先には、黒焦げになり倒れ伏したリゴールと、その傍らにひざをついたシャムロックの姿を納め。 「その人、私がここまでたどり着いたときにはもう・・・鬼に取り込まれてたの」 「鬼、ですって!?」 「助けられるなら助けたかった。救えるなら誰でも、何をしてでも救いたかった。でも・・・」 カイナの驚愕を背後に、彼女はシャムロックの向かいにひざを落とす。 かろうじて聞きとれるほどの呼吸音。その生命力に軽く驚きはしたものの、今のままではもう助からないと確信していた。だからこそ、シャムロックの装備している鎧を見、ゆっくりと瞼を閉じる。 「貴方、この国の騎士様ね?」 「・・・・・・」 沈黙を肯定と見なし、彼女は言葉を続ける。 「この人を・・・いや、この国をこんなゴーストタウンにしたのは、キュラーっていう召喚師よ」 「え・・・?」 「貴方はこの国の騎士であり、この国唯一の生存者。だから、貴方には事の次第を知る権利があるわ」 聞いてほしいの、と口にしつつ、彼女は話を続ける。 シルターンの召喚術を得意とする召喚師であるキュラーと名乗った召喚師、彼は「すでに自分の仕事は終わっている」と言っていた。その仕事こそがリゴールの・・・領主の排除、ひいては聖王国の盾であるトライドラそのものの陥落にあった。 屈強な兵士たちを事前に排除しておけば、侵攻など容易い。そうすることで、デグレアの部隊をすんなり聖王国内へ侵攻させるために、彼は動いていたのだ。 「手始めに街の人間。鬼神憑依で邪鬼を憑依させて、自分たちに忠実なコマを作り出した。今頃、街の人間たちはみんな、デグレアの陣営に降ってるだろうね」 「・・・っ」 「街が静かだったのはそのせいよ。その後は見てのとおり、領主である彼の始末。あのキュラーって男、貴方のことを知っていたみたいね。だから、彼に憑依させた邪鬼に1つの命令を下したの」 その命令こそが、いずれここにくるであろうシャムロックを排除すること。 そのためだけに、この謁見の間には十数体の召喚獣が蠢いていた。もっとも、それらはあらかた彼女が対処してしまっていたが。 「私、今回の出来事とは別件で仕事に来てたんだけど。いつまでたっても謁見させてもらえないから、ここに忍び込んでみればこのとおり、ってわけ」 だからね、と。 彼女は言葉を続ける。 そして、シャムロックにとっては酷すぎる一言を放つ。 「彼・・・この後の領主リゴールの処遇は、貴方に任せるわ・・・貴方にこそ、その資格があると思う。・・・生かすも殺すもお好きにどうぞ」 「なっ!?」 彼の気持ちを知ってなおの、この一言。 フォルテが激昂し声を荒げたように、憤りを感じたのは彼だけではないだろう。 そんなとき。 「しャム・・・ろク、よ」 か細い、しかし落ち着きを取り戻した異形の声が、耳に届いた。 「領主様!?」 「すマ・・・ぬ・・・わシは、ワしは・・・」 「しっかりなさいませ、リゴール様っ!」 自身に向けて伸ばされた手を握り、シャムロックは必死に呼びかける。 「あなたの力でなんとか元にもどせないの、カイナ!?」 「もう、手遅れです・・・ここまで鬼に侵食されてしまっていては、命を絶つより他に、この方を救う方法はないのです・・・!」 「・・・くそぉっ!!」 悔しげなマグナの声と、叩きつけられた拳の乾いた音が謁見の間に響き渡った。 「下手に癒したところで、それは憑いてるモノを蘇らせることにもなってしまうから! ・・・わかって、アメル」 「でもっ、でもっ!!」 アメルはルウにその腕をとられつつも、リゴールを助けようと腕を振り解こうとする。 しかし、強く叩きつけられたのは無常な現実。 ルウ自身の悔しさが混ざった声を聞くや否や、振りほどこうとする腕の力を弱め、俯いた。 「・・・・・・」 シャムロックは、ゆっくりとリゴールの手を置く。 視点も定かでない彼の表情は、一片の無念が見て取れた。 「下がっていてください。皆さん」 だからこそ、貴方の願いは―――。 腰の鞘から剣を抜き放ち、大きく掲げる。 視界は涙で定まらない。でも、相手は動かぬ異形。皮肉にも、異形というだけで狙いをつけられてしまう自分が悔しい。 「リゴール様・・・お許しくださいっ!!」 ―――私が継いで行きます。 謁見の間に、生々しい切断音が響き渡った。 「しャむ、ロ・・・感謝、する・・・ぞ・・・っ」 ―――だから貴方は安心して、お休みください。 「今、この時より・・・私は、この剣に賭けて誓います・・・っ」 曇天に、剣の切っ先を掲げる。 ローウェン砦で無残に散った部下たちのためにも、守ることすらできなかった街の人々ために。 「・・・トライドラ最後の騎士として、デグレアと戦い続けると!!」 復讐は何も生まない。 仇討ちは結果、すべて自分に跳ね返ってくる。 どこかのライトノベルにありそうな文句ではあるものの、人の怨み辛みはそれだけ根強く深い。 だからこそ、復讐をすることはおろかなことだと、今も思う。 でも、シャムロックの誓いを応援したいと思うのは・・・間違いだろうか。 その誓いの光景を背に、 「金の派閥所属、イリス・アルフェルト。召喚師だよー」 まだ名乗ってなかったね、と。 金の髪の女性が、自身の名を告げる。 その名を知らぬ者は、この場には存在しなかった。 彼女もまた、ファミィと同様、金の派閥内では取り分け異彩を放つ、有名人であったから。 金の派閥所属でありながら私利私欲で動くことなく、世界中を旅しては面倒ごとに首を突っ込み、いつしか『輝ける 黒い機械兵士とを相棒としているはずの彼女は、一行に向けてにっこりと笑って見せた。 |
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