シャムロックの覚醒は、ローウェン砦陥落の時から実に2日という時間を要した。

 自身が体感した事実そのものが、彼の身体だけでなく心をも容赦なく引き裂いたのだ。
 その“痛み”は、どれほどのものか。
 『喪失』を知らぬ彼らには、未だ理解など出来るわけもない。
 共に訓練し、共に笑い、共に食し、共に切磋琢磨してきた彼らだから。

「くぅ・・・っ、うあ、ぁぁぁ、ぁっ!!!!」

 目覚めてみれば、すべてが終わっていた。
 彼は、ただそんな現実を突きつけられた。
 1人生き残った彼は悔しさを、自身の無力さを、そして心に大きくのしかかった悲しみを嗚咽に乗せ、声を上げて涙を流す。

「・・・っ」

 そして、それを目の当たりにしたフォルテは、心に静かな怒りの火を灯す。
 彼は同門の騎士。
 かつては互いにライバル同士で、決着をつけることが出来ないほどに互いの剣を高め合った。
 片や自由気ままな冒険者、片や砦の守備隊長。立場や肩書きを違えても、目指す先は同じだからと杯を交わした。
 人は、そんな関係を『親友』と呼ぶ。
 確かに結ばれた絆は、嗚咽を漏らす片割れを目の前にしても、けして切れることはないだろう。
 だからこそ、フォルテは許せない。

「ゆるさねえ・・・」

 魔獣を放ち砦の兵士たちを蹂躙したビーニャと、それを指示したルヴァイドを。
 小さくつぶやいた一言。
 その一言が、心の奥底に灯った種火にゆっくり火をくべる。
 くべられた種火が着実に大きくなっていくのを、彼自身強く感じていた。

「イイカンジに負の感情が漏れでてやがんな」

 扉を隔てた先で、バルレルは自身の鉱物とも言える雰囲気を感じ取って、小さく舌なめずり。
 身体は小さかろうが、彼はサプレスの悪魔。
 その主な食事は、ニンゲンの感情なのだから、扉の奥から漏れ出るマイナスは感情はきっと、極上の食事なのだろう。

「もぉ、空気読みなさいよ。バルレル?」
「わーってるっつの。ったく、コレだからニンゲンつーのは」

 トリスにたしなめられた彼は、小さくため息をついたのだった。

 トリスの言葉どおり、部屋の雰囲気はまさに底辺を突き進んでいた。
 陥落したローウェン砦をそのままに、一行はとにかく逃げの一手を取った。砦を囲うほどの軍勢に加え、ビーニャの従える魔獣が、あの場にいた。
 対する自分たちは、怪我人であるシャムロックを加えてもせいぜい十数人。
 まともにぶつかったところで、勝ち目などほとんどなかったのだから。

 森の中に位置し、敵の目もくらませやすいと帰還先をルウの家と定めてから、一行はとにかく無言。
 黒の旅団――ひいてはビーニャの、あまりに凄惨な所業に絶句せざるを得なかった。
 その空気は、帰還したルウの家でも、続いていて。

「み、みんな! 元気だそうよ! 元気になってさ、アイツラみんなケチョンケチョン、にぃ・・・」
「私たちを元気付けてくれようとしてるのはうれしいけど・・・ごめんね、ユエルちゃん」

 元気付けようと声を張り上げたユエルをケイナはやんわりと止め、力なく笑って見せる。

 きぃ・・・。

 そんな沈痛な空気に響く、蝶番の軋む音。

「・・・?」

 ぱたん、と閉じられた扉が、呼び声に対する応えを拒む。
 扉の脇で壁に背を預けていたはずの青年が1人、仲間たちへ背を向け外へ出て行った。ただ、それだけのこと。

 彼は彼で、1人になって考える時間がただ、欲しかっただけ。



    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    第44話  囁き



「・・・」

 空を見上げる。
 鬱蒼と茂っているはずの森で、ここは唯一、吹きぬけたように空が見える。
 太陽は燦々と照り、その光をリィンバウムに注いでおり、はまぶしさに思わず手で視界を覆う。

 気分は最悪。
 ローウェン砦に行って、帰ってきただけでいろんなことが矢継ぎ早に起こって、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
 敵のことや、シャムロックを残して逝った兵士たちのこと。シャムロックとの約束を違えた黒の旅団の真意。
 そしてなにより。

「君は今、何を考えてる?」

 自身の肉親とよく似た、あの女性のこと。
 先の砦での戦いで、彼は勝利を確信し油断していた女性の背後を取った。そのまま一閃すればそれで終わったはずなのに、実際にその一歩を踏み出せずにいた自分がいた。
 彼女が退いてくれなければ、命を落としていたかもしれない状況で、だ。
 本来であれば、抜き身だった刀を納めるべきではなかったのだ。
 戦うにしろ戦わないにしろ、その切っ先で威嚇することで、敵に戦意を削ぐことだって出来たはずなのだから。

 まるで意中の異性に問いかけているかのような物言いで発された一言は、受け先を見失い、虚空へと消えた。

 ・・・

 らしくない。

 そんな言葉が浮かんでは消え、女性の姿が単語を塗りつぶす。
 特別な感情を抱いているわけでもなく、ただ純粋に、彼女の真意が知りたかった。
 つい先日まで、他愛ない雑談を交わして笑いあっていたのだから。

「おう、どんなもんだ。騎士の兄ちゃんの具合はよ?」

 そんな彼に声をかけたのは、周りに気を遣い外でタバコを楽しんでいたレナードだった。
 すい終えたばかりの吸殻の火を携帯灰皿でつぶしつぶし、ルウの家から現れたに言葉をかける。
 そんな彼の背後には、それぞれがそれぞれの理由で自主的に外で待機する面々が、自身の様子を伺っている光景が見えた。

「・・・ああ、今さっき目が覚めたみたいだ」
「そうかいそうかい、そりゃ僥倖だな。剣士の兄ちゃんもひと安心、ってところだな」

 レナードはまるで自分のことであるかのように、安堵を混ぜた笑みを見せていた。

「・・・でだ」

 接続される言葉を続け、レナードは視線を外して新しいタバコに火を灯す。
 その煙を一度、おおきく吸い込んで吐き出すと、外していた視線を再びと合わせる。
 向けられた視線は、どことなく温度が低い。

「お前さんは、どうなんだ?」
「え」

 わからいでか、とレナードはさらに煙を吐き出す。
 ローウェン砦を出てとにかく、少しでも黒の旅団と距離を取ろうと全員が駆け足していた、そんな時。

 彼はしっかりと見、認識していたのだ。
 必死さだけを醸し出す周りの仲間たちとは違い、の表情にはどこか違う“色”が紛れていることを。少しでも遠くへ、といった考えとは別の“何か”を考え続けていることを。

の仕事、ってのはよ。何もドラマや映画みてえに容疑者の住処に張り込みしたり、を追い詰めて手に縄をかけるだけじゃねえんだよ」

 人の真意、思考を読み取り、会話を『誘導』する。
 取り押さえた犯人の事件への動機や、嘘で塗り固められた言葉の奥に潜む『本当』を言葉にさせる。
 尋問をする彼らにとって、それらのスキルは必須能力。
 働き始めて十数年。がまだ自我も持たないほどに幼いころからこの職に就いている彼のスキルは当然、の思考を察することなどさほど難しくもないことだった。

「騎士の兄ちゃんのことも心配だったが・・・俺様としちゃあ、今はお前さんも心配のタネなんでな。ちょっとばかし、『おせっかい』かけてやろーかと思ったわけだが」

 かなわないな、とは思う。
 相手は経験豊富な大人であり、年齢的にも精神的にも、彼はの遥か上を行っている。
 子供を支える『大人』という存在を改めて、見せ付けられたような・・・それ以前に、自分を心配してくれているという気持ちが伝わってきて。

「心配してくれてありがとう、レナード」

 抱えているもやもやが少し、晴れたような気がした。

 しかし、これはとにかく個人的な問題。
 仲間とはいえ、それに巻き込んで迷惑をかけるのは気が引けた。

「でも、大丈夫」

 だから、未だ心のうちを占めるもやもやをは、強く抑えつける。
 それは例え相手が信頼置ける仲間であっても・・・仲間だからこそ、巻き込んではいけない。巻き込むべきではないことだから。

「俺は、そんなにないよ」

 は差し伸べられた手を、払っていた。
 散歩してくるから、と言い残し、は森の中へと足を踏み入れる。
 そんな彼の後姿を眺めて、

「ったく、わかってねえなあ・・・」
「わぷっ、おいレナード! タバコの煙、こっち向けて吐くんじゃねえよ!!」
「おおっと・・・すまんすまんぎゃあああ!!」

 レナードはため息と一緒にタバコの煙を吐き出し、その煙をもろに吸い込んだリューグに触覚で思いっきり刺されたのだった。
 さくっと。

「さまぁぁぁ〜〜〜〜〜!?!?」
「あわわわわぁーーっ!」

 なんか家の中からケイナの素っ頓狂な声とフォルテの慌てた声が聞こえるが、頭から血をぴゅーぴゅー飛ばすレナードはむしろ、それどころではなかったり。


 ●


「なによあいつ、身勝手ねえ・・・」

 素っ頓狂な声が家から響いてからさほども時間をおかず、玄関の扉が音を立てて開いた。
 ぞろぞろと出てくる面々の表情にはどこか、不満やらなにやらが織り交ざったなんとも表現しにくいもので。

「・・・なにがあったでござるか?」
「うーん、私にも何がなにやら」

 風見根にたずねられたトリスも苦笑を返した。
 事情を知らない外組は、ただただ首を傾げるばかりであった。

 くい。

 ふと、カザミネは自身の袖が軽く引っ張られる感覚を覚え、視線を下方へ。

「・・・」

 視線の先では、ハサハが彼を見上げていた。
 つぶらな瞳を揺らして、

「おにいちゃん、は・・・?」

 自身の主の行方を尋ねていた。
 自分やユエルに何も言わずに外に出て行った彼が見せていた表情は、ハサハにはどこかゆがんでいるように見えた。
 彼は、自分を『家族』だと言ってくれた。なのに、彼は自分たちに何も言わず、背を向けた。
 だからこそ、自分たちの知らないうちに、何か大変なことがあったのだと。

殿なら、先ほど浮かない表情で森の中へ・・・」

 誰もが、察することが出来るだろう。



 ●



 ルウの家から言うまでもなく道筋を覚えながら、気がつけばずいぶんと遠くまで来てしまった。
 周囲は見渡す限り分厚い木々に覆われた森の中。
 気を抜けばはぐれ召喚獣に襲われかねない状況の中、は1人、1本の木の幹に腰掛けうなだれていた。
 どうしても、『彼女』のことが頭から離れない。

 今考えるべきはじゃない。
 今やるべきはこんなことじゃない。
 それは、わかっているはずなのに。

「・・・っ!」

 どうしても、“心”がそれを許さない。
 それほどまでに、過去の自分が犯した所業が深く根付いているのだ。
 今まではただ、やるべきことをやってきた。考え、答えを見つけ、行動した。それでいいと思っていたし、それこそが自分にできることだと思ってきた。

 でも、今回ばかりはそれではダメだと思い知らされた。
 相手は他人。血のつながりもなければさほど親しいわけでもない。
 ただ、2,3度言葉を交わして笑い合った・・・それだけの話なのに、彼は戦場でその足を止めてしまった。
 その行為が、命取りでであることを承知しながら。

「あああダメだ、自己嫌悪が止まらない」

 まったくもって、情けない。
 今までの自分が今の自分を見ていたら、さぞかし大爆笑したに違いない。
 それほどに、自分自身がどうしても『弱く』感じてしまった。
 ・・・レナードの言葉は、全部が全部当てはまっていて、笑えない。

「おや、これは奇遇ですねえ」

 そんなときだった。
 こんな森の置く深くで出会った青年は。
 手に竪琴を携えて、美しい銀髪がなびかせて。
 整った顔には微笑を浮かべていた。

「たしか、レイムさんでしたっけ?」
「はい。吟遊詩人のレイムと申します。いやあ、このような森の奥で人に出会えるとは思いもしませんでしたよええ・・・トライドラに向かう道中、気が着けば森の中・・・ぶっちゃけ、迷ってしまいまして」
「・・・・・・」

 なんか、みょーに親近感。


 ●


 レイムと別れ、がルウの家に戻ってくると。

「おにいちゃん・・・っ!」

 いち早く、ハサハが飛びついてきていた。
 それだけのことが心配だったのだ。
 眠っていた騎士――シャムロックも目を覚まし、今後の行動がちょうど決まろうとしていたところでが帰還を果たしたわけだ。
 宝珠を抱きしめて、えずくハサハをあやしながら、は仲間たちに視線を向ける。

「何があったかはわからないが・・・大丈夫なのか?」
「大丈夫。勝手に離れてごめん」

 ネスティの問いに答え、許可なく個人行動に走ったことを素直に謝罪し、今後の行き先を尋ねる。
 ローウェン砦から逃げ出してから2日、あまり休む暇もなく、今度はトライドラへと向かう。
 目的はたった1つ。
 砦の陥落を領主に伝え、迅速に敵の侵攻を阻止すること。
 すでに砦は敵の手に落ち、次なる戦への準備を始めている今のこの時を無駄にしないためにも、騎士であるシャムロックが急使として走る必要があったのだ。

もあんまり休み取れてないと思うけど、身体のほうは平気かい?」
「ああ、以上らしい以上もないし。・・・しいて言えば、ちっちゃい傷がたくさん」
「ああっ、シャムロックさんの治療に夢中ですっかり忘れてました!!」

 の答えにアメルが声を上げて駆け寄るが、はそんな彼女をやんわりと止める。
 すでに血は止まっているし、そもそも痛みがほとんどない。道中で戦闘が起きても、特に障害なく立ち回れるという確信もあったから。
 そして、もう1つ。
 彼女の癒しの力は、人の心に働きかけるものだと聞いた。
 それが本当であれば、今の自分の心の中を覗かれるのがどうにも、嫌だったから。

「俺のことは気にしなくて大丈夫だから・・・」
「そっか。じゃあ、トライドラに向けて出発!」

 マグナの声に一同が了解の意思をもって頷き、森を抜けた。


 ●


「何やら、悩み事でもあるようですね」
「え?」
「吟遊詩人として色々な人の顔を見てきましたから。なんとなくわかるんですよ・・・さて、ここで出会えたのも何かの縁ですし」

  レイムとの別れ際。
 彼は、海の微かなその雰囲気を察し、竪琴を静かに弾き鳴らす。
 まるで自分を安心させてくれるようなきれいな笑顔を乗せて。

 彼は他人。
 親しいわけでもなく、もはや知り合いともいえる間柄ともいえない。
 強いて言うなら、『顔見知り』といった程度のものだろう。
 そんな彼に、自分の心の根底を曝け出すか?
 答えは、言うまでもなく否。何も知らない彼に自分の『本当』を曝け出すのは、どうしても憚られた。

「そんなに複雑な話じゃないですよ。ただ・・・」

 だからこそ、表層の薄皮を1枚だけ簡単に説明するのだ。

「知り合いに良く似た人と、戦わないといけなくて」
「なるほど。貴方は、その方が大事なのですね?」
「う〜ん、どうでしょう? そんなに親しい間柄でもないですし。まあ、普通だと思います」
「ふむ・・・」

 それなら、とレイムはその言葉を告げる。
 その何気ない言葉が、弱った彼の心を大きく揺さぶることになる。

「それならいっそ、獣になってしまえば良いのでは?」
「・・・え?」

 呆けたに、レイムは「非情なことを言っているかもしれませんが・・・」と言葉を付け加えつつ笑いかける。

「あなたは召喚されてきたのでしょう? であれば、“ヒト”を演じる必要はないはずです・・・そこにあるのは己の矜持のみ。あとは思うまま、剣を振るえば良いのですから―――」




というわけで、強引にレイム登場です。
少し前のメイメイによる占いの結果を、ようやく少しばかり反映できそうです。


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