昔の人は言った。 『世の中にはそっくりな人が3人はいるものだ』と。 もっとも、それは彼がいた世界での話。このリィンバウムにおいて、その法則が果たして適用されるものなのかは、調べてみなければわからない。無論、そんな時間も方法もないわけだが。 元いた世界とこの世界が『同じ世の中』なのかと聞かれれば、誰もが否と答えるだろう。それ以前に、異世界なんて突拍子もない話を突然されて、「そんなものあるもんか」と鼻で笑うに違いない。 だから、目の前の彼女はただ、自分の肉親だった女性と同じ顔をしているだけ。さほど気に留める必要もない些細な事象に過ぎないのだが。 「なんで、こんなところに・・・っ!」 甲高い金属音が耳を貫く。 言葉を紡ぐと同時に、彼女が間合いを詰め、手に携えた小太刀を振るい、交差する刃からは火花が散る。 かつて見た、ケーキ屋でのバイト姿。パッフェルのそれとよく似たスブルーの制服が、戦場では当然、不釣合いに見えた。 表情には微笑。自分を見たの反応をどこか、楽しんでいるようで。 「ほらほら、さっきみたいに反撃しないと死んじゃいますよぉ?」 発された声もまた、アルバイトを楽しんでいたあのときと同じで。 「・・・っ」 高速で繰り出される小太刀に、防戦に必死になっていた。 戸惑いと、抵抗。 それらが彼の中で鬩ぎ合い、反撃の機会を、そしてその意思を完全にに失していた。 「おにいちゃんっ!!」 「おっと」 表情に影を落したを援護するため、ハサハは再度中空に幾振りかの刀を具現させる。 切っ先は言うまでもなく彼女に向かい、合図と同時に降り注ぐ。 それに彼女が気付いていないはずもなく、表情を変えることなく背後へと跳躍。着地と同時につま先を地面にかませて跳躍の勢いを殺すと、二筋の砂埃を上げて停止した。 地面に向けていた顔がゆっくりと上がる。 「次は、ちょっと疾いですよ?」 そんな言葉が紡がれてた瞬間、 「くっ・・・!」 彼女は、忽然と姿を消した。 その驚異の身体能力にが驚きを感じ得ないはずもなく、しかし彼はそれを表情に出すことなく、刀を鞘に納めその柄を手に取った。 一撃の威力よりも速度を重視した結果ともいえる行動だ。 鞘の内部で刃を走らせ、抜刀の速度を上げる。相手がどこから現れても対応できるように。 神経を全身に張り巡らせ、彼女の気配を探る。同時に赤黒い瞳をしきりに動かし、彼女の姿を探す。 ぴくん。 彼の身体が小さく揺れると。 「っ!!」 次の瞬間には耳を貫くほどの剣音が鳴り響いた。 同時に現れる彼女の姿。 目前に迫った顔と顔を突き合わせ、その視線を数瞬交差させると。 「・・・え」 2人の姿は、ハサハの目から忽然と消え去っていた。 聞こえてくる甲高い剣音だけが2人の存在をハサハに確信させたが、今の彼女にできることは目の前で剣を交えている2人をただ見守ることだけ。 はじける火花。 耳を貫く金属音。 幾度もの繰り返しの後、一際強い光と音がはじけ、ハサハは2人の姿をようやく認めることができた。 その姿は、満身創痍。 無数の傷をつけ息を荒げていると、無傷で涼しい表情の彼女――シエル。 小休止、と言わんばかりに互いに距離を作っている状況で、彼女は自分を見るの瞳を望む。 赤くもあり黒くもあるその瞳は力強く輝き、しかしどこか虚ろに見えた。 事実、あふれかえる感情での頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。 パッフェルとケーキ屋を切り盛りするんだと意気込んでいたシエル。 人ごみの中でも速度を落とさず元気に走り抜けるシエル。 目の前で小太刀を携え、自分に襲い掛かるシエル。 かつての母と同じ顔をしていたからか、無意識に目で追いかけていた彼女が今。 「この程度ですか・・・現代のエルゴの守護者の力というのは」 今までになく冷えた視線を、自分に向けていた。 「・・・そんなわけ、あるか」 「嘘ですね。今までの立会いだけでわかります」 出会い頭の急襲から始まり、高い身体能力がものを言う高速戦。 ただでさえ短い時間に詰め込まれた攻防の数々を思い返す。ずっと、頭の中を整理することに必死だった。 だからこそ、防御に徹することしかできなかった。 「・・・反撃する機会はいくらでもあったはずなのに、貴方は攻撃に転じることもできなかった」 もちろん、攻撃の機会はあったと思う。 しかしそれができなかった理由は、ただ頭の中を整理することだけではなかった。 反撃しようにも、できなかったのだ。 目の前に彼女の顔が迫ったから。どうしても彼女に刃を向けることに抵抗を感じ、攻勢に転じることができなかった。 彼女の顔が、記憶の奥底の“顔”と重なってしまうから。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第43話 ひとつの決意 「・・・っ」 明確な事実を突きつけられ、は返す言葉を失う。 「ま、こちらとしては好都合なんですけどね〜」 戦闘中とは思えないほど雑談でもしているかのような軽い口調で、苦々しげに自身を見るを見下ろして、静かに、そしてゆっくりと小太刀を振り上げる。 「私たちはただ」 彼女が口上を垂れている今もまだ、ぐちゃぐちゃに絡みついた思考は解くこともできない。 解こうとすればするほど逆に絡み付いてくるようだ。 身体中につけられた無数の傷が痛む。その刺激が身体に熱を与え、自然と肺が空気を欲している。 「“計画”が狂う前に・・・」 でも、1つだけ確実なことがある。 「『不確定要素』を排除するだけなので・・・」 それは―――。 「それでは・・・さよ〜なら」 「おにいちゃんっ!!」 シエルの小太刀が、空を切り裂く。 彼女はたしかに、目の前でうずくまる彼を捉えていたはずだった。しかし今、目の前には誰もいない。 ハサハの声に応じるかのように、まるで霧のように消えてしまった。 ・・・ように、見えた。 「っ!?」 かしん、という音が、背後から聞こえたことに気づき振り向くと。 「今は、おとなしく帰ってくれ」 ハサハの隣で、満身創痍のが苦虫噛み潰したような複雑な表情のまま、立ち尽くしていた。 いつの間に、という問いはまちがいなく意味を成さないだろう。どうせ、返ってくる答えはたった1つしかないのだから。 自身の目が捉えていたはずの彼が、自分の背後にいた。 逆に突きつけられた現状に、シエル見開かれた目を閉じて。 「・・・わかりました。今は退きましょう」 抜き身の小太刀を、鞘へと戻した。 彼女自身、背後を取られた時点で負け。本来であればその命すら刈り取られていたはずなのだから。この結果は、今の彼女にとっては僥倖以外の何者でもない。 選択の余地など、ないというものだった。 「計画とか不確定要素とか、それ以前に今までどうしていたとかパッフェルが心配してたとか、聞きたいことは山ほどあるけど・・・今は聞かないでおく」 今までのやりとりを鑑みれば、近いうちにまた対峙することは目に見えていたからこそ、ふん捕まえてパッフェルの元まで連行したりするつもりはにはない。 「わかって言ってると思いますけど・・・いくら聞かれても答えませんよ?」 「いいさ。・・・君が折れるまで、会うたびに聞き続けるから」 「・・・しつこいのは嫌いですよ?」 「どう思われようが結構。俺はこういう性格だ」 そんなやり取りを最後に、シエルはとハサハの前から姿を消した。 一瞬の突風で視界が覆われているうちに、まるで霞のように。 耳を澄ませる。 魔獣たちの咆哮もなりを潜め、戦闘が終了していることがわかる。 彼らがたかだか魔獣などに負けるなどとはもちろん思っていないが。 「・・・!?」 「ぅぅっ!」 大きな召喚術が発動したのだろう。爆音が一発、耳を貫いた。 仲間が緊急事態かもしれない。 しかしは耳を塞ぐことも、その場を動く気にもなれなかった。 人のことよりも、自分のことだけで手一杯だったから。 頭の中をかき回す思考の渦はいまだにぐるぐるぐるぐる暴れ周り、どうすれば収まるかどうかもわからないほど、自分自身を制御できていない。 眉間に自然と寄るしわは、彼の思考が定まらず自身にイラついている証拠ともいえるだろう。 「おにいちゃん・・・」 だからこそ、心配顔を露にしつつも爆音に耳を塞ぐハサハの声も聞こえない。 ● 「!!」 爆音が響いてすぐ、あわてて砦から飛び出す仲間たちが視界に飛び込んできた。 いの一番に飛び出してきたのはユエル。 突然の襲撃者と対峙するを残して焦っていた彼女はまず、 「無事みたいだけど、いっぱいケガしてる!」 の周りをぐるぐる回って、彼そのものを案じてやまない。 自分が離れたことでこれだけの無数のケガを負ったのかもしれないと、肩を落とす彼女に、は薄く笑ってその頭を撫で付けた。 「俺は大丈夫だから・・・あと、ハサハもサポート助かったよ」 「・・・(こくり)」 のそんな一言に小さくうなずいたハサハは照れているのか、頬をほのかに赤く染めて宝珠で口元を隠す。 「ところで、なにか・・・」 「っ! ハサハっ!」 上であったのか、と訪ねようとして、割り込まれた声に言葉が止まる。 先行してビーニャを止めに向かった一行が戻ってきたのだ。先頭を走るトリスは3人の姿を見るや否や、 「事情は後で話すから! 今はあたしたちについてきて!!」 あわただしく3人の前を通り過ぎた。 彼女のあとに続き、フォルテが肩を貸しほとんど引きずられているように走るボロボロのシャムロックが通り、2人を守るようにみんながみんな表情に焦りを宿して走り抜けていく。 そんな中、最後尾を走るバルレルと目が合う。 「・・・なにがあった?」 彼に合わせて走り出す。 動きづらい着物のハサハを小脇に抱えて、はバルレルの問いかけに苦笑を返す。 今、の心をかき乱している理由、それはとにかく超個人的な内容なのだ。 それを普通に話してよいものか考えた、それ以前に他人にとやかく話すような内容ではない。 だからこそ、多くを話さずただ苦笑のみを返したのだ。 そんな彼の気持ちを察してか、バルレルは。 「・・・ケッ」 小さく舌打ち、に向けられていた顔はまっすぐ前を向いた。 ● 「ここまで離れれば大丈夫だろう」 「周囲ニ生命反応、アリマセン」 ネスティとレオルドの声に、一行は走る速度を落とす。 振り返ると、視界に小さく映るローウェン砦。 思い返せば、あそこにいたのはさほど長い時間でもなかったように思う。・・・実際、砦にいた時間は長くなく、ただ戦って、逃げただけ。 そして、砦で対峙した彼女の行動。 「・・・っ! レオルド、砦の内部に・・・生存者はいた?」 ようやく落ち着いてきた頭が再び熱を持つ前に、考えを改める。 できるなら、1つでも多くの命を助けたい。そんな思いがあったから、レオルドに人命調査を依頼していたのだが。 「」 答えを返そうとしたレオルドを制し、返答を返したのはネスティだった。 何も言わず小さく首を振り、視線をシャムロックへ。 彼がいる前で、砦の話はご法度。それは今の彼らの中で暗黙の了解となりつつあった。 襲撃され、守りきれず、敵の甘言に乗り、結果は最悪。そんな状況の中心にいたシャムロックの心は今、すぐにでも壊れてしまいそうに弱々しい。 「・・・そか」 自分のことで精一杯で、周りに気を配る余裕がなかったのか。 冷めたようで、まだ頭の中は整理できていないということだろう。帯びすぎた熱を、冷ましきれていないのだ。 「さん、その傷!?」 「ああ、俺は大丈夫。数は多いけど、傷自体はたいしたことないしね。それよりも・・・」 まずは彼を治してやりなよ、と。 自分の姿を見て慌てたアメルを諭す。 今、一番治療が治療が必要なのはではなく。 「う・・・」 「シャムロック!?」 緊張の糸が切れたのか、意識を失い倒れかけたシャムロックだった。 「アメルの治療が終わったら、少しでも遠くまで離れよう・・・も、それでいいよな?」 マグナの問いに反論があるわけもなく、はうなずいた。 シャムロックにとって、つらいことばかりが一度に起きたのだから、身体の治療はもとより心の治療がとにかく必須。彼を治すにしても長く走ってきた自分たちが休憩するにも、とにかく腰を落ち着ける必要があったから。 「それにしても、あのビーニャって召喚師・・・あれだけ召喚術を乱発できるなんて・・・」 シャムロックの治療をアメルに任せ、一行は軽い休息を取る。 ずっと走り詰めだったのだ。小休止くらいしてもバチはあたらないだろう、というモーリンの提案で、大きな木蔭で休憩していたのだが。 ふと、こんな言葉がルウから飛び出した。 「あれだけの数の魔獣を使役できる力・・・とても尋常のものとは思えません」 付け加えられたナの一言に、間違いないな、とネスティは小さくつぶやく。 過去、スルゼン砦でもビーニャに似た召喚師に一行は出会っている。『彼』もまた、ビーニャと同じように召喚術で大量の死体に召喚獣を憑依させ、意のままに動かしていたのだから。 「あの嬢ちゃん・・・ビーニャっつったか。スルゼン砦のガレアノと同類だってことだな?」 同じことを考えていたのだろう、レナードが続けた一言にネスティはうなずいた。 ガレアノ――スルゼン砦の屍人使いと、今回の魔獣使いビーニャ。 この二人が共に黒の旅団の一員であれば、ガレアノがスルゼン砦を壊滅させる理由になる。また、ビーニャがローウェン砦を滅ぼしたこともまた、聖王都への侵攻のため。 そう考えるのが一番、妥当であり一番可能性の高い理由といえるのだ。 「そうなのよ、聞いてよ! アイツ、自分が召喚した魔獣たちをまるで道具みたいに・・・」 「そうか・・・それは、ひどいな」 「・・・?」 そんな話を聞きながら、ミニスの憤慨もまた聞きながら。 は再び、背後のローウェン砦を眺める。 次に彼女と出会ったら、出会ってしまったら。 どうすればいい? そうしたらいい? どうしたい? 考えても、答えは出ない。 必要なのは、自分自身の心の持ち方。それは、重々理解しているつもりだが、いざそのときになって割り切ることができるだろうか? 「、ちょっと聞いてるの!?」 「えっ?」 気がつけば、目の前ではミニスが頬を膨らませていたりした。 ・・・いかん。 ただでさえいろいろなことが矢継ぎ早に起こって、きりきり舞いなのだ。これ以上、無駄に心配事を抱えるのは、状況としてもチームとしても良くない。 とにかく、自分の問題は自分で解決できるように動こう。 「あーっ、また私の話聞いてないでしょお!?」 「聞いてる、聞いてるから」 ミニスのお小言を聞きながら、そんなことを心に決めただった。 |
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