騎士はただ、打ち震えていた。
 耳に届くは断末魔。見上げた目に映るは真紅に彩られた巨大な建物。
 窓から時折見られる大きな異形。それが何であるか、生粋の騎士である彼にはわからぬものだった。

「・・・話が違う」

 否。そのようなことは、今の彼にはどうでもよいもの。
 彼にとって、今この時に必要なことは、目の前に佇む黒い騎士を問いただすこと。

 ・・・

 これもまた、否。
 必要なことではなく、そうしなければいられなかった。
 内に溢れるこの感情をただ、ぶつける。

「話が違うぞ、ルヴァイド・・・!!」

 彼は言った。
 騎士の名に誓って、トライドラの兵士たちに危害は加えないと。彼らの身の安全を保障すると。
 騎士にとって自身の名前に誓いを立てることは、その誓いに矜持を乗せることになる。
 ルヴァイドが自らの名前をかけた約束なのだから、絶対に守られる。そう考えたから、騎士シャムロックは一騎打ちでの決闘に応じたのだ。

 その結果が、今の惨状だ。

「キャハハハハハハ!!」

 砦の屋上で高笑いを上げている少女の指揮で動く、異形の化け物たち。
 それらは兵士たちに保障されているはずの安全を脅かし、蹂躙する。

「・・・」

 シャムロックの言葉に、返答はない。
 『自分の不手際』を弁解もできず、押し黙る。
 今、何を言ったところでルヴァイドの言葉は届かない。事実、部下である少女が命令を無視して行動しているのだから。
 そして、そんな彼女を問いただしたところで無意味であることも、ルヴァイドは理解していた。
 もっとも。

「なにをしている!? 貴様には、本隊と共に待機を命じていたはずだ!」

 問いたださねば、この場にいるほかの部下たちにも示しがつかないのだが。

「だーってぇ・・・ルヴァイドちゃんがあんまり待たせるんだものォ」

 だからぁ・・・ほらぁっ♪

 少女が、その手を掲げる。
 無邪気に、場にそぐわない楽しげな表情で。

「ひっ、ひぎゃ・・・っ!」

 無数にいる異形の1体が、押し倒していた兵士の頭上にその無骨な腕を振り下ろした。
 血飛沫が舞う。
 頭を潰された兵士は最後まで悲鳴を上げることすら許されず、異形の腕を掴んでいた腕は力なく離れ、地面に横たわる。

 あまりに凄惨。
 あまりに残虐。
 いくらこの世界が召喚術という大きな力に支配されていても。

「ルヴァイドォォォォォッッ!!!」

 その現実離れした光景は、シャムロックの網膜まで鮮明に焼きついた。





    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    
第42話  驚愕の再会





「・・・っ」

 トリスが表情を軽くゆがめ、片耳を押さえている。
 マグナやネスティたち召喚師陣は例外なくそんな嫌悪に似た表情をして、忌々しげに砦をにらみつけている。
 魔力を力として扱う彼らだからこそ、ダイレクトに感じているのだろう。
 現れた少女から感じる禍々しい力の奔流を。

「すさまじい邪気を感じますっ!」
「おお、こりゃかなりの邪気だぜェ、ニンゲン!」

 カイナとバルレルは、『邪気』と称した。

「しかも、ケダモノくせえときてやがる!」

 砦の中を走り回り、兵士たちを狩る異形の正体。
 それは、バルレルいう「ケダモノくせえ」というその言葉どおり。
 彼女のそばに控えている1体の召喚獣。巨大な体躯に鋭い牙。緑の魔力に覆われた、獰猛な獣。

「キャハハハッ! みィんな、アタシの魔獣が食べちゃうよォ」
「ビーニャ、魔獣たちを止めろ!」
「キャハハッ! や〜だよォ」

 総司令官であるルヴァイドの命令すら聞く耳持たず、少女――ビーニャは無邪気な笑みを浮かべて、魔獣と称されたメイトルパの召喚獣たちに指令を下す。
 その中にはもはや、事の正当性も仁義もへったくれもない。
 『騎士の決闘』は、最悪の形で汚された。
 だから、

「フォルテ、行こうか」
「たりめーだ。もう尋常も汚名もねえだろうが、カザミネの旦那?」
「無論。あの少女が働いた狼藉により状況は混乱し、決闘は汚された・・・実に許せんッ!!」

 遠巻きから眺めていた彼らは、動き始める。
 フォルテの最初の言葉どおりに。渦中のど真ん中で怒りに打ち震えるシャムロックの元へ、走り始めた。
 目標は眼前に広がる黒の軍勢。

 その重厚すぎるほど分厚い壁を突破し、シャムロック率いるトライドラの兵士たちを助けるために。

「・・・いや、違うか」

 は小さくつぶやきながら、砦を見上げる。
 ビーニャと呼ばれた少女が楽しげな笑顔を見せて、眼下の光景を見下ろしている。
 彼女の立つ砦の中には、もはや『ヒト』はいないだろう。
 あるのは、魔獣たちによってカタチを奪われたモノばかり、転がっているだけ。
 想像するだけで、怖気が走る。土下座されたって、そんな光景を見たいとは思わない。

?」
「おにいちゃん?」

 自身を挟んで走る2人の少女が、見上げてくる。
 ・・・最近こんなことばっかりだ、なんて考えつつ、小さく息つく。
 大丈夫だよ、と一言答えを返しながら、前を走る黒い影に声をかける。

「レオルド」
『・・・ハイ』

 本来は、主であるネスティから声をかけることが筋なのだろうが、肝心の彼が同じ事を考えてはいない様子。
 事実、レオルドに声をかけると同時に自分を見るくらいだ。

「1つ、今すぐ調べて欲しいことがあるんだ」
「・・・今はそれどころじゃないだろう?」

 尋ね返すネスティに、は小さく首を振る。

「いや、必要なことだよ・・・今この状況で、助けのは誰なのか、ね」

 自分たちの目的は、ここローウェン砦のシャムロックを訪ねることだった。
 スルゼン砦の陥落をトライドラに伝えるために。その工程をより早急に伝えるために、シャムロックを訪ねたはずだった。
 それが今、そんなことすらできる状況でなくなっている。砦を襲われ、すでに多くの命が散っていた。
 シャムロックはもちろん、助けなければここまで来た意味がない。かといって、彼の部下の兵士たちを無視できるほど薄情にはなれない。

「砦の中に、生きている人間がいるかどうか調べて欲しい」

 だからこそ、彼はレオルドに頼んでいるのだ。
 ロレイラルの機械兵士である彼なら、砦に存在している生体反応を調査できるはずだから。

『主殿』
「・・・そうだな。レオルド、頼む」
「了解シマシタ」

 後ホド報告シマス、というレオルドの言葉を聞いて、は先行したフォルテを戦闘とした一団を追いかける。
 彼の周りにはユエルと黒い鎧の波で確認できないままだが、すでにシャムロックと合流できているだろう。
 そう信じて、今はただ前へ。

 背後からの攻撃に戸惑う兵士たちを無力化するため、刀を振るい拳を握る。
 この混乱。立ち入る事こそ楽だが、抜け出て逃げることは難しい。なにせ、敵に背を向けることになるのだから。
 しかし、砦の上の彼女はきっと、この混乱に介入した自分たちを逃がさない。展開している召喚獣の力を総動員して自分たちを追撃、今と同じように笑顔で屠ろうとするだろう。
 それを止めるなら、事の元凶を止める以外に方法はない。

「ハサハ、ユエル! 上だ、あの召喚師の娘を止めよう!」
「うんっ」
「ハサハも・・・がんばるっ」

 ユエルとハサハ。『家族』と称する2人を伴い、は正面の砦を見据え、走る足に力を込める。

「俺様たちも行くぜ。こんな所にいたら命がいくつあっても足りねえしな」
「たしかにね。砦は真正面にでんと建ってるんだし、どうせならみんなで行った方がいいっしょ」

 そんな彼について来るのが、レナードとモーリン。一行の中でも最後尾に位置していた2人だった。
 正面に立ちはだかる旅団の兵士の攻撃だけをいなし、躱し、時に鎧の上から斬り伏せる。
 立ち止まってはいられないのだ。走り続けなければ、瞬くままにその命を刈り取られるから。

「・・・よし」

 そんな答えを返した矢先、鎧の群れを抜ける。
 開けた視界に捉えたのは、魔獣の群れを相手にしている先行した一行の姿が見えて。

「・・・考えてること、同じだったねぇ」
「いいじゃないか。連絡する手間が省けて・・・さッ!!」

 苦笑するユエルの一言に還すように、背後から迫る兵士を殴り飛ばしたモーリンは言う。
 誰の判断かはさておき、まさに彼女の言うとおり『考えていることは同じ』だった。

 砦への跳ね橋を渡ると、黒い鎧の兵士たちの追撃はなくなった。
 代わりに聞こえるのは魔獣たちの咆哮と、甲高い金属音。そして、肉を斬り裂く生々しい音。
 四足のモノや大きな翼を持ったモノ、人型で鋭い爪を振るうモノ。魔獣にも多種多様いる様子。しかし、共通しているのは、どんな姿をしていようが結局、異形かつ獰猛。命を狩ることをものともしない凶暴な存在。
 そんな獣でも何体かはすでに事切れて、地面に横たわっている。獰猛な獣たちにはない人としての英知を使い、連携したのだろう。
 人が1人で、魔獣を相手にすることは自殺行為に近いのだから。


「キャハハ、早くアタシに見せてよ・・・アンタたちのおびえた顔をさァ!」

 少女の魔力はどれだけあるのだろう。
 そんなことを考えてしまうくらいに、彼女の召喚術は途切れることなく連発される。
 顕現する異形の魔獣はさらに5体。

「〜〜〜っ、倒しても倒しても次々出てきやがるっ!?」
「このままじゃジリ貧だわ、あの娘をなんとかしないと・・・!」

 悪態をつくバルレルと、魔獣たちを喚びだす少女を見据えるケイナ。
 彼らだけが例外ではなく、全員が必死に、額に汗を浮かべて自らの武器を振るっている。
 終わりのない戦いに、全員が歯痒い気持ちを抱いていた。
 そんなときだった。

「遅れてすまないねぇっ!」
「モーリン、レナードさんっ!!」

 遅れること数刻。最後尾を走っていた仲間がようやく、合流を果たす。

「あんたらはそのバケモノを相手にしててくれや。俺様たちであの嬢ちゃんを抑える!」
「・・・早いトコ、頼むぜ!!」

 フォルテの苦しげな声に、レナードはうなずきを返す。

「おう、任せときな・・・と、シャムロックってのはあんただね。・・・アンタも来な」
「し、しかしっ!」

 しぶるシャムロックはしかし、

「部下の仇、取りたくはないのかい?」

 そんな一言であっさりついていくことになった。
 彼が今回、一番の被害者だ。大切な部下たちをあれほどまで簡単に命を奪われたのだから。
 その怒りはルヴァイドに向けられていた。しかし、元をたどれば元凶はビーニャと呼ばれた召喚師がルヴァイドの命令を無視して勝手な行動をしたことだ。
 だからこそ、彼はこの一戦に深く関わる権利があるのだ。

 先走っていったモーリンを追いかけるように、戦場を走り抜ける。その後ろを走り抜けたのは。

「ユエル!? とハサハはどうしたの!?」
「ちょっと、来る途中でいろいろあったんだよー!」

 トリスの問いに、レナードの後ろを走るユエルはぶっきらぼうな答えを返す。
 彼女自身、あまり余裕がないということだろうか。
 長く一緒に旅をしていたこともあり、お互いの信頼も仲間内でもひとしお。
 そんな彼女が焦りを見せていることが、何を示しているのか。
 それに気付く人間は、この場にはいなかった。


 ●


 話は少しさかのぼる。
 跳ね橋を渡り終え、砦の外側から上へ登ることができる階段を駆け上がろうとした、そんな時。

「っ!?」

 頭上から感じた違和感。
 見上げると、まるで降ってきたかのように落下してきた人影が、視界に飛び込んできたのだ。

「うぁ・・・とっ!?」

 身の危険を感じたは急ブレーキをかけ、真逆の方向にバックステップを踏む。
 彼が急ブレーキをかけたその場所に、何事もなかったかのように着地。間髪いれずに地面を蹴りだすと、その手に握られた武器を振りかぶった。
 身体全体が灰色のマントに覆われ、アラ真はフードで隠れ、姿かたちはおろか表情すらもわからない。
 1つだけわかっているのは、目の前の人間の狙いがであることだけ。

「っ、・・・早っ」

 人影の猛攻は速い。武器は右腕にしかないというのに、まるで両手に持っているかのように四方八方から斬撃が迫ってくる。
 はただ、その攻撃を防ぐことしかできないでいた。

ッ!!」
「俺のことはいいから、上の連中の手伝いに行けって!」
「でも・・・」
「俺は大丈夫だから!」
「う、うううーーっ!」

 ユエルは悔しげに、納得いかない表情のまま、上へと向かう階段を登っていく。
 それすらも確認できないまま、は目の前の人影との攻防に必死になっていた。
 まるで舞うように斬撃を繰り返す人影は、時折拳を繰り出したりと反撃の暇すら与えられることなく、防戦一方。なんとか糸口を見つけようと目を凝らすものの、目の前の影にはまったく、隙というものが存在していない。

「ちぃ・・・っ!」

 このままじゃ、競り負ける。

「おにいちゃんをいじめないでっ!!!」

 そんなとき。突如人影を襲ったのは宙に浮かんだ刀だった。
 3本ほどの刀の切っ先が人影のマントを掠め、人影は背後へバックステップ。

 ようやく、2人の間に距離が生まれた。
 彼らの間に横槍を入れたのは、モーリンやレナードと一緒に行ったはずのハサハだった。
 華奢な身体を震わせながら、しかし宝珠をぎゅっと胸元に抱えて、きりりと釣りあがったその瞳は真っ直ぐ、距離を開けた人影に向かっている。

「・・・ハサハっ、なんでここに」
「お兄ちゃんをまもるのは、ハサハのやくめなの・・・っ!」

 今まで聴いたことのない、きっと彼女自身も始めて出した精一杯の大声だ。
 それだけ、彼女も必死なのだと。それだけが、きょとんとハサハを見下ろしていたにも理解できた。
 同時に、大きく深呼吸して煮え立っていた脳を冷やし、その時間を与えてくれた人影を、改めて観察する。

 裾は先のハサハの攻撃でボロボロになっている。
 風にたなびく身体の線は細く、中から伸びた腕もまた細い。その腕の先に逆手に握られている武器は、青く煌く細身の刀剣。
 刃渡りは目尺で50センチほどだろうか。普通の刀であれば70から80センチほどであることを考えると、その長さは明らかに短いものだった。刀同様、片刃。腹には乱れ模様が描かれているが、反りは極めて少ない。
 俗に言う『小太刀』というものだろうか。

「サンキュ、ハサハ。おかげで助かったよ」
「・・・(こくり)」

 改めて、刀を構える。
 突然のことに戸惑いつつ、攻撃を防ぐだけになっていた今しがたとは違う。
 隣にはハサハがいる。相手の情報はできる限り手に入れた。
 突然襲い掛かってきたことを考えれば、2対1なんて状況になっていても文句など言わないだろう。というか、言わせてたまるか。

「・・・っ!」

 人影が、再び地面を蹴る。
 元いた場所に風が舞い、砂利を吹き飛ばし、次の瞬間には人影はの目の前に迫っていた。
 上段から振り下ろされる小太刀。
 先ほどまで人影の乱舞を見ていたはしかし、躱すことはしなかった。

「いい加減・・・」

 一歩前に踏み込み、身体を屈め、左手を握った鞘ごと頭上にかち上げる。
 左腕にかかる重たい衝撃は、繰り出された斬撃だった。
 ただでさえ攻撃に転じる隙がないのだ。だったら、強引にでも作ってやればいいだけのこと。
 それだけで、たったの数瞬生まれる隙を、は見逃さない。

「・・・顔を見せろ――っ!!」

 人影の眼下から繰り出される、最初で最後の斬撃攻撃。
 無理をしてでも作り出した隙を、無駄にしてなどいられない。

 振るわれた刃は咄嗟に飛びのいた人影の鼻先を掠め、隠れていたフードが取り払われる。
 最初に現れたのは、きれいな黒髪。
 線の細い整った顔立ち。目元には泣きボクロ。
 幼い頃にはもう見ることもかなわなくなったはずの・・・

「たはは、バレちゃいましたかぁ」
「シエル・・・っ!?」

 『母』の顔。





というわけで、オリキャラ再登場でございます。
前回の登場からかなり時間が経っていて、状況がいまいち掴めないと思います。
なので、過去話の復習のためにも、最初から読み返してみるのもよいかもしれませんね。
まあ、ムリして読む必要もないですが(汗。


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