絶壁と絶壁の狭間に建造された石造りの砦。 かつてローウェン砦と名付けられた、外部からの侵略者から母国を護る聖王国の楯。 東西には絶壁が続き、国境を抜けるには下ろされた跳ね橋を渡るのが唯一の手段といえるほどの位置取りで、属する騎士たちは精鋭中の精鋭。 まさに聖王国の防御の要と言うにふさわしい。 「あいつらの着てる鎧って、もしかしてっ!?」 ・・・はずの、場所。 今、その楯は。 「間違いない・・・砦を攻めているのは」 砦の周囲は絶壁を隔てて漆黒に染まり、遠く離れた来訪者たちにすら聞き取れるほどの剣音と、断末魔の声。 それは、かつて遭遇したとある国の特務部隊。 言葉も交わした。剣もあわせた。またどこかで出会うことは、確定された未来であるともわかっていた。 彼らの目的は、ここにいる聖女なのだから。 しかし、今。 「黒の旅団だっ!!」 彼らは、この砦を落とすために猛攻をかけている。 いくら砦の騎士たちが精鋭とはいえ、周囲を囲う黒を見れば一目瞭然。 圧倒的な数の暴力に。 ・・・もろくも、崩れ落ちようとしていた。 そんな光景を目の当たりにして、怒りを露にするのは他でもないフォルテだった。 ともに剣を学び、研鑽した子供時代。 誰も自他共に認めるほどに仲の良かった親友だからこそ、そのピンチにいても立ってもいられない。 今までに見せたこともないような悔しげな表情を浮かべ、フォルテは仲間を置いて駆け出す。 「ちょっと、フォルテっ! どうする気よっ!?」 誰も、小さくなる彼を止めることができなかった。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第41話 波乱の始まり 「ルヴァイド様。国境の跳ね橋はすでに我らがおさえました」 「そうか・・・予定通りだな」 将であるルヴァイドは、報告された内容に小さくうなずいた。 受けた命令は、この砦の奪取。 聖王国と旧王国を隔てる最初にして最強の障害ともいえるこの砦さえ手中に納めてしまえば、聖王国への侵攻は目に見えるほど楽になるはず。 だからこそ、元老院は先発部隊である黒の旅団ににローウェン砦の攻略を命じたのだろう。 砦の攻略には、あとは砦にこもった残存部隊を叩くのみ。 しかし、それは予想よりも難航していると、イオスと共に報告に訪れたゼルフィルドから報せられた。 「陽動の効果が薄かったか・・・」 そんな報せに、ルヴァイドは視線を砦へと向ける。 本来、橋向こうに控えている本隊を囮に全兵力を吐き出させる計画だった。 戦力さえすべて無力化してしまえば、制圧など楽なもの。それを狙っていたルヴァイドだったが、その目論見は大きくはずれてしまった。 「良将だな」 だからこそ、彼は砦の長を同じ騎士として賞賛した。 「本隊ニ伝令ヲ送ッテ挟撃ヲ仕掛ケルコトガ打開策トミマスガ?」 「相手はすでに死兵だ。命を捨てて向かってくることだろう」 単純に勝つだけなら、向かってくる兵たちをことごとく駆逐すればそれでいい。 しかし、相手はすでに自分の命を顧みない。死を覚悟して向かってくる人間の強さを知らないルヴァイドではなく、自軍の兵たちの命をむやみに散らせることを良しとしなかった。 敵が篭城する砦を攻略するには、最低でも2倍の兵力が必要になる。しかも相手は自分の命を捨てた騎士たちだ。 「しかし、このまま砦に篭られてはラチがあきません!」 火事場の馬鹿力という言葉がまさにそのまま、軍としての被害は甚大となることは間違いない。 それを見越して、彼は。 「わかっている。だから、篭られぬようにしてやるのだよ、イオス」 「え?」 「砦の長は、戦場の理を知る人物だ。ならば、俺もその理に則り攻めるとしよう」 騎士として、なにより男として。 正々堂々、力の限り戦って、砦を奪い取って見せようじゃないか。 ● 「そうか・・・大絶壁を繋ぐ橋は奪われてしまったか」 場所は変わり、砦の中へと移る。 銀の甲冑に身を包んだ騎士たちが外の様子を伺いながら、今後の行動の起こし方を決めようとしていた。 左右は絶壁。前後は漆黒。逃げ場などもはやなく、かといって逃げるという意思などこの場の人間たちは誰一人として懐いてはいない。 「皆にはすまなく思う。選択の余地がない状況となってしまったことに」 「そんなこと・・・っ!」 奇襲を受けた。 国境を越えた先・・・聖王国側に布陣していた。それに気付けなかった。 結果、兵の大半は命を散らせ、篭城することになってしまった。 「隊長だからこそ、あの奇襲の中で砦死守できたのですっ!!」 もはや、勝利の2文字はない。 降伏か、討ち死にか。 逃げ場がなくなったのであれば、やることは1つだけ。 それがたとえ絶望的な選択であっても、この場に残る兵士たちの思いは1つ。 敗北することがわかっているのなら、敗北者なりに足掻いてみせようじゃないか。 そう心に刻んだ、そんなときだった。 「敵将に告げる!」 絶壁全体に響き渡る大きな声が、耳に届く。 「我はデグレア特務部隊『黒の旅団』が総指揮官ルヴァイドなり!!」 窓に寄りかかった先で己の存在を誇示するかのように、深赤の髪が陽光に映し出された。 「貴殿に同じ騎士として提案したきことがある。聞く耳を持つならば、姿を見せよ!!」 これこそ、ルヴァイドの策。 自軍の兵たちを失うことなく、篭城戦を強いられる今の状況を打開する。 将同士での一騎打ち。 勝てば砦を得、負ければ潔く引き下がる。相応のリスクを犯し、それでいて一番効率の良い方法を彼は選択した。 そして、多くの兵たちを死に追いやり、逃げ場すらなくしてしまったローウェン砦の将もまた、部下たちが・・・仲間たちがただ死ぬことを良しとはしなかった。 「シャムロック様!」 「今となっては選択の余地はない。彼の言葉に従おう」 彼の提案が一体どのようなものであるか、想像もつかない。 しかし、現状の主導権は黒の旅団にある。拒否権など、あってないようなものだった。 だからこそ、ローウェン砦の将――シャムロックは、砦から姿を現す。 「貴殿がこの砦の長か?」 「いかにも。トライドラ騎士団所属・ローウェン砦守備隊長シャムロックだ!」 ● 結論から言うと、ルヴァイドから出された提案は受け入れられた。 デグレアとトライドラを結ぶ跳ね橋はすでに黒の旅団の制圧下にあり、囮であるはずの本隊も合図1つで一斉に進軍が始まる。もはや、砦の陥落は目に見えている。 つまるところ、篭城の意味は皆無だ、とまずルヴァイドは口にした。 命をいたずらに散らすこともない。だからこそ、ルヴァイドは降伏を認めたのだが。 「トライドラは聖王国を守護する楯だ。それが死戦になろうと、戦いを放棄などできん!」 シャムロックは、彼の提案を否定した。 その決意は騎士として当然のこと。ルヴァイドはそのことすらも理解していた。シャムロックが自分の提案を否定することも。 わかった上で、ルヴァイドは本当の提案を口にする。 「貴殿と俺の一騎打ちによって、この戦いを決したい!!」 勝敗の如何に関わらず、砦の兵士には危害を加えない。 ルヴァイドは、自分の騎士としての名にかけて、それを誓うと口にした。 誇り高い騎士の名をかけた誓い。それが同じ騎士として、口にすることがどれほどのことか、シャムロックは知っていた。だからこそ、ルヴァイドの物言いに目を見開いた。 負け戦で、どう転んでも自分たちに自由はない・・・はずだった。 出された提案は、シャムロックにとっては魅力的なものであった。自分が目の前の騎士と戦うことで、未だ砦に残っている部下たちを生かすことができるのだから。 「部下の命の保証・・・嘘偽りはないのだろうな?」 「俺も兵を率いる将だ。貴殿の意を踏み躙るつもりはない」 だから受け入れた・・・受け入れてしまった。 「あれは嘘だ・・・奴らのやり口を考えれば、約束を守るはずがあるものか」 ルヴァイドの提案を聞くや否や、開口一番にネスティが口にした言葉だった。 理由を言わず襲い掛かってきた。有無を言わさずレルムの村を壊滅させた。たくさんの村人や旅人を殺した。 今までの彼らの行動を考えれば、ネスティの言葉にもうなずける。 「でも、湿原で囲まれたあのときには、黒騎士は約束を守ったよ?」 ミニスの言葉どおり、黒騎士―――ルヴァイドは約束を守った。 ゼラムへ引き返す自分たちを、 イオスとゼルフィルドの自分の命を捨てた行動を止めてくれた借りを返すため、と。 「たしかにな・・・だが、今度もそうだという保証はねえ」 リューグもまた、ネスティと同じだった。 ルヴァイドの提案は嘘なのだと。部下の命は保証する、という騎士の誓いが偽りなのだと。 黒の旅団という組織を知る面々は、彼らの行動を目にしているからこその言葉と言えたのだが。 ―――・・・この状況は、そっちにとっては不本意なのか? ―――信じられぬかもしれないが・・・その通りだ。 ―――ルヴァイド。俺の名だ・・・この場において、部下の非礼を詫びる。 湿原でのやり取りがあったからか、にはそうは思えなかった。 騎士が誓いを口にした。自身の名をかけた誓いは、騎士としての矜持だから。 「それに、アイツは・・・」 フォルテの言葉に口を挟まず、は前方の光景を視線を向けて対峙する2人をみやる。 今はまだ、立ちあいは尋常なもの。騎士同士の決闘に水を差すことは、騎士を知る人間にとっては禁忌に近い。 彼らの名前に、肩書きに、プライドに傷を付けることになる。 だから、邪魔をしてはいけない。 の視線の先。 砦を守るように背にしたシャムロックは、 砦を落とすためにルヴァイドは、 「トライドラの剣技、しかとその目に刻みつけられよ!」 「存分に楽しめる事を願うぞ!」 己が魂を―――剣を抜き放った。 「ああいう男なんだよ、アイツは!!」 部下を『駒』と見られない。 彼は自分よりも部下の命を優先した。 それは騎士として、一部隊を率いる将として、ありえざる行動といえるだろう。 しかし、それこそが彼が部下に慕われる存在であるともいえる。 だからこそ、この一騎打ちに望む将の姿を砦の中から見て、部下たちは涙する。 負けは見えているというのに、自分たちの命のために身を呈して戦う姿に。 仲間の存命を心から願うその気概に。 それを知っていたからこそ、フォルテは剣を抜き放つシャムロックを視界に納め、吐き捨てるようにその言葉を口にした。 「・・・ケッ」 そんな彼の言葉を聞きながら、しかしバルレルは気分悪げに悪態をつく。 ただただ剣を合わせる2人の姿から・・・いや、シャムロックの姿から、彼の考えを理解してしまったから。 「あの野郎、ここで死ぬ気だな」 ニンゲンてのはこれだから、バカだってェんだよ。 自己犠牲が何を生む。 自分が死んで何になる。 得られるものなど何一つなく、失うものだけがただ増えていくだけ。 それを是とする行動が、バルレルはイラだたせる。 死んでしまえば、それまでなのだから。 「フォルテ」 「!?」 何も言わず身体を乗り出すフォルテに、は声をかける。 友人をみすみす見殺しにしたくない彼の気持ちは痛いほど伝わってきた。 の中にも、助けたいという気持ちはある。 でも、 「まだだ」 今はまだ、あの2人の戦いをとめてしまってはいけないのだ。 剣に心を賭して戦う2人の衝突は、まさに騎士同士のプライドのぶつかり合い。 一騎打ち―――決闘の意味を知る人間ならば、今出て行くことは2人のプライドを傷つける行為と言っても過言ではないのだから。 「止めるな、!」 「イヤだね」 「っ!!」 フォルテは振り向き、をにらみつける。 それに動じてすらいないは無表情を貼り付けて、 「君も一時とはいえ、騎士としての指導を受けた人間なんだろ? ・・・だったら、わからないはずないと思うけど」 数々の経験が、物語っている。 この立ちあいは『まだ』尋常なものであると。 自分たちが動くのは、事が大きな動きを見せてからだと。 そして同時に、確信もしていた。 「もう少ししたら、きっと・・・何かが起こる」 「・・・何かって?」 トリスの言葉にうなずいて、は自身の家族を見やる。 全身でその悪寒を感じ取ったユエルと、大きな力を感じて恐怖するハサハの姿を。2人を安心させるように頭を撫で、 「さあ、わからない。でも、この2人を見てればわかるさ・・・大変なことが起こることくらい」 静かに、そう口にした。 「落ち着いてよフォルテ。あんたらしくないわよ」 「2人の囲む軍勢を見ろ。決闘に邪魔が入るのを見逃すほど、甘くはないだろう?」 「だから、見捨てろってーのか!?」 フォルテをなだめようと声をかけるケイナとネスティに、フォルテは苛立ちをそのままぶつける。 自分の行動を諌められ、行き場のない怒りが仲間に向かってしまうのは、仕方のないことかもしれないが。 「あの人は絶対に殺させたりしないわ。相棒の友達なら、私にとっての友達だもの!」 「ケイナ、おまえ・・・」 相棒であるケイナの言葉を聞くと、フォルテの表情から怒りが消える。 ケイナも憤りを抑えられないわけがないのだ。フォルテの必死の表情を見て、バルレルの言葉を聞いて。黒の旅団のやり方を知っている分、内から憤りが沸いていた。 しかし、彼女は当事者であるシャムロックのことを知らない。 その現実だけが、彼女を落ち着かせるに至っていた。 「それにこの立ちあいはまだ、尋常なものでござる。そこに割って入るのは、シャムロック殿に汚名を着せることになりはしないか?」 「・・・っ」 カザミネのそんな言葉に、フォルテは先ほどのバルレルと同様に悪態をつき、しぶしぶと言わんばかりに乗り出した身体を押さえつけたのだった。 「おおぉぉぉっ!!」 「だああっ!!」 刃が交わる。 力と力は拮抗し、火花を散らす。 吊り上げられた互いの目はそれぞれの姿を映し、胸に懐いた思いをぶつける。 部下を、仲間を守るために。 己に課された任務を果たすために。 そのすべてが彼らにとっては絶対。自身の使命をただ全うするために魂を燃やす。 「・・・っ!」 「・・・くぅっ」 互いの剣を弾き飛ばし、距離が生まれる。 体勢を崩した2人は背後に運ばれた足に力を込めてふんばりを利かせる。 次に動いたのは、 「どうしたシャムロック! 貴殿の力はその程度か!?」 「っ! なめる、なああ・・・ぁっ!!」 ルヴァイドの挑発に乗り、裂帛の気合を見せたシャムロックだった。 一足飛びでルヴァイドとの間合いを詰め、上段に振りかざした剣を両手で握り締め、振り下ろす。 「おおぉぉ・・・っ!!」 しかし、シャムロックに負けじと咆哮するルヴァイドもまた、斬られまいと剣を振り上げる。 インパクトは一瞬。 甲高い音が響き渡り、衝撃は風となって周囲を吹き荒れた。 互いのマントがはためき、再び拮抗。 実力は互角。 勝敗を決するのは技ではなく、心だ。 それぞれが懐く気持ちが強い方が勝利を納めることになるのだろう。 合わされた刃。 力と力は拮抗し、数刻の鍔迫り合い。 「はぁっ!!」 先に動いたのは、ルヴァイドだった。 気合のこもった咆哮を上げ、地鳴りを起こさんばかりの力で足を大きく踏み出し、身体を捻る。 シャムロックが押し出す力を上乗せし、その場で1回転。 すると、どうか。 「・・・っ」 ルヴァイドがシャムロックの背後を陣取る形で、剣の切っ先を彼の首筋へ向けて。 「・・・勝負、あったな」 ルヴァイドは、勝利を確信した。 ● 「2人とも、大丈夫か?」 「うん・・・でも、さっきから震えが止まらない」 「ハサハも、だいじょうぶだけど・・・」 の問いに、ユエルとハサハは表情にかげりを見せたまま、肯定した。 彼女たちの身体に何が起こっているのか、人間であるにはわからない。同じ召喚獣という立場であるにも関わらず、何も感じることができない。できることは、2人を少しでも安心させるために撫でてあげることだけ。 ・・・歯痒い。 戦っている2人以外に、強い殺気は感じない。 周囲に気配もない。 そんなときだった。 「」 「?」 ユエルの声に、目を向ける。 返事を待たず、彼女は目の前の砦をにらみつけ、言う。 「砦の中、かな・・・メイトルパの魔力を感じるよ」 その言葉と同時に、同じように砦を見上げる。 ハサハが、袖を握り締める力を込めたのがわかり、なおその危険度の高さを感じ取る。 「ご、ご主人様・・・」 そしてそれは、ユエルと同じメイトルパ出身であるレシィも同じだった。 感じたことのないくらいに強い魔力の奔流。 怖くて、ただ怖くて。彼は思わず、主であるマグナに声をかける。 「・・・どうしたんだ、レシィッ!?」 その様子に、声をかけられたマグナももちろん、驚きを見せる。 突如膨れ上がった魔力を感じ取った彼もまた、ユエルたちと同様に怯えを見せていた。 「あ、あそこに・・・っ、なにか、いますっ!!」 彼が指差した先は、が見上げた先と同じ場所。 砦の中、砦の先から。 『ぎゃああ〜っ!!』 断末魔の声が響き渡った。 |
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