叩く。

 弾く。

 落す。


「・・・っ!!」


 薙ぐ。

 貫く。

 斬る。


「グルルオオォォォォ!!」

 前方を走る仲間たちと、どれだけ距離を離されただろう。
 殿を買って出たはいいが、封じられていた軍勢がどれだけ『軍勢』であるかをどうにも、見誤っていたらしい。
 割れた結界の孔が広がっていないことが幸いしてか、一度に相手にする悪魔の数は少ないものの、終わりのないトンネルをただひた走っているかのようにキリが見えない。
 休めば終わりであるがゆえに、立ち止まるわけにはいかないことが、なんとも歯痒い。

「ハサハ、召喚術はまだいけるか!?」
「・・・っ、うんっ」
「っ、でもさぁ・・・っ! このままじゃジリ貧だよ!? 数で押されてユエルたちなんかあっという間にぺちゃんこにされってば!?」

 中央で召喚術を行使するハサハを囲うようにとユエルが悪魔たちの猛攻を防ぎ切る。
 走りながら、逃げながら。
 ただでさえ圧倒的に不利な状況で、背を向けながらの戦い。
 鉄爪を振るいながら、ユエルは声を荒げた。

 ・・・言うまでもなく、状況は実によろしくない。
 周りを気にする余裕もなく、隣のフォローにすら回れる暇もなく、ただ目の前の敵を退ける。
 しかし、彼らは止まらない。
 激しい地鳴りと共に咆哮を上げ、

「・・・なあ、先輩よ」
「なんす、かっ!?」

 3人の隣で拳銃のマガジンを交換するレナードに答えを返す。
 短くなったタバコを吐き捨てて、その銃口を再び悪魔に向け、戸惑うことなく引き金を引く。マズルフラッシュッと共に鳴り響く快音は、見事に悪魔の眉間を貫き強制送還させてみせた。
 殺傷能力が高い分、感覚に乏しい。それこそが、銃という武器の特異性。
 その引き金を引くだけで、命を奪うことができるのだから。

「・・・あー」

 もちろん、人生経験の豊富なレナードはそのことを知った上で、拳銃を手にしている。
 手にするタイミングを、わきまえているからだ。
 そんな彼は自身のおかれた状況を顧みず、どこか脱力したように小さく息を吐き出す。
 どこか遠い目をした彼は、

「こりゃあ、三流ホラーにすらならんだろう?」

 悪魔とか召喚とか剣とか。
 ファンタジーとはほとんど縁のない世界を生きていた彼こそまさに、今の状況は現実逃避をするにふさわしい。

「現実逃避反たーい!!」

 つっこんだのはユエルだ。
 律儀にどつく彼女の鉄爪は、見事に悪魔の持つ槍を破壊。大きく踏み込んだ掌底を繰り出し、悪魔を吹き飛ばしてみせた。

「ひゅう♪ すげえなあどんな腕力してんだお嬢ちゃん」
「わかったからまずは現実に戻ってきましょうかレナードさん・・・っ!!」

 ・・・まったくもって、くだらない漫才だ。

「おいおまえら、状況を考えろって!」
「遊んでるヒマねえだろうがよ!!」

 フォルテとリューグ。
 言うまでもなく、彼らは目の前で展開される漫才に盛大に言葉のつっこみをいれて見せた。

 そんなときだった。

「・・・そうですよ、もっと空気を読んでください」
「相変わらずみたいだね、お兄さん?」

 背後、自分たちの進行方向から聞こえてくる2つの声。
 トーンの高いそれらは、女性と子供のものであることは間違いなくて。

『モウ少シダ。ソレマデ持チコタエテミセロ』

 そして、最後に低い電子音声。
 それがにとってよく知る人物たちであることは、声を聞いただけでも理解できた。

 真紅と黒の閃光。

「カイナ、エルジン、エスガルド!!」

 発動した召喚術が悪魔たちを巻き込み、吹き飛ばす。

「久しぶり!」
『相変ワラズ、巻キ込マレテイルヨウダナ』

 機界の探求者と、紅鉄の機械兵。
 そして、鬼道の巫女。

「積もる話は後にして・・・さあ、一気にいきますよ!!」

 エルゴの守護者たちが一堂に会し、殺到する悪魔たちの前に立ちはだかることとなったのだ。





    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    第39話  エルゴの守護者たち





 機界の探求者、エルジン・ノイラーム。
 紅鉄の機械兵、エスガルド。
 彼らはかつて、サイジェントっで起こった事件でと共に戦った、文字通り機界ロレイラルの召喚師と機械兵士。
 機界エルゴを守護する役割を担うエスガルドと、それを手伝うエルジン。
 互いによきパートナーとして、控えめなエスガルドと彼の代わりに会う人会う人とコミュニケーションをとるエルジン。
 そんな関係は、いまだに続いていらしい。

 鬼道の巫女、カイナ。
 自身が鬼妖界シルターン出身の召喚獣であり、彼女もまたと共に戦場を駆けた仲間の1人。
 鬼妖界シルターンはエルゴを守護する任に就いており、『鬼道』という名の通りシルターンの召喚術を得意とする彼女の力は、その手のサモナイト石の光から、衰える事はおろか遥か強まっているらしい。

 敵は強大かつ膨大。
 古の昔、力ある大悪魔が率いていただけあってか、個体の所有する力は大きい。
 ヒトの力など瑣末なもの。
 さらに頭数においての圧倒的不利。だからこそ自分たちは逃げていた。

「3人とも、なにか逃げ切る方法知ってるのか!?」

 そんなの問いに、赤いサモナイト石を掲げたカイナと、ためらいなく銃の引き金を引いたエルジンは笑みを浮かべてうなずいた。

「単純ナ話ダ・・・ッ!!」

 高速回転するニ尺 (60.6cm) ほどの長いドリルで悪魔たちを薙ぎ払い、無力化する。
 そのエスガルドの言葉どおり、策としてはいとも簡単な話。

「開イタ孔ハ、閉ジレバイイ」

 壊れて開いてしまったことが発端であれば、再び閉じてしまえばいい。
 出口を失えば、敵は出てきた数だけ打倒すればソレでいいのだから。
 しかし。

「・・・か、簡単に言ってくれるじゃねーかい」

 フォルテの言うとおり、実行するには生半可な覚悟では間違いなく無理があった。
 相手は巨大な力を持つ悪魔の軍勢。逃げることでさえ死に物狂いの状況で、侵攻を押さえつけつつ、破壊された結界を修復するというのだから。
 高速の刺突撃を大剣の腹で弾き飛ばし、上段から斬り伏せながら、フォルテはどことなく面倒くさげに表情を歪めた。

「次から次へとやって来んだぞっ、どうやって連中を止めんだよ!?」
「へへ・・・簡単なことだよ、お兄さん」

 エルジンは、声を荒げたリューグに対しそんな答えを返しつつ、その視線をある方向へと向ける。
 彼の目に映ったのは、額に汗々、純白の刀を振るう青年だ。

「ふぅ・・・、ん?」

 一体の悪魔を還し、視線に気付くと。

おにいさーん、あれやってよアレ!」

 エルジンは知った口ぶりで、に1つの要請をしてみせた。

「・・・アレ?」
「そーそー。ほら、あの地面からどーん! ってヤツ」
「なんでさ、逃げるだけならこのままでいいだろっ!?」

 最初の問いは彼からであるにも関わらず、それすら忘れて悪魔たちと交戦している。
 それほど、手の抜けない相手であるのは誰もが理解できる状況。

「話聞いててよっ。だから、結界を閉じるんだってば」
「そのために、あれが必要なのか・・・」

 むー、とうなる
 現状を鑑みて、最初から逃げることばかりを考えていた。
 ただ、その先を考えてはいない。

 自分たちが逃げ切ってしまえば、十中八九、世界をまたにかけた大戦の火ぶたが切って落される。
 考える暇もなく悪魔の軍勢を前に応戦していたから、開いた口を閉じるという発想が浮かばなかった。
 もっとも、もともと召喚術に精通していないでは、通常、戦っていない時でさえそんな発想は思い浮かぶことはないだろう。
 だから、生粋の召喚師の――ひいては仲間の言葉を信頼しないはずもない。

「・・・了解」

 次の瞬間のの瞳には、確信めいた輝きが称えられていた。


 ●


 以前、同じことをした。
 仲間を助けるため、敵の目を遮るため、とにかくただ逃げるために。
 使うのはここぞ、というときだけと決めていた。
 だからこそ、逃げることだけを考えて『力』を使うことは頭から完全に飛んでしまっていた。
 提案されてようやく、冷静になれた。改めて思いなおせた。

「行くぞ、絶風―――」

 今が、ここぞ、というときではないのかと。

「ハサハ、ユエル! 先に行け!」

 2人は共に殿をつとめていたリューグやレナード、マグナを伴い、よりも前へ走る。
 背後には仲間、前方には悪魔の軍勢。
 魔力を纏った刀身を逆手に握り、大きく振り上げる。

「あそこまで翔びますっ!」
「援護はまかせてよっ!」

 掌に乗せた黒の石が光を帯びる。
 少年の魔力を吸い上げ、小さな光が大きな輝きになる。
 の足元に広がる黄金色きんの円陣。
 真紅に、爛々と輝く瞳は真っ直ぐ、敵を射抜く。

「吹っ飛ばせ、ディアブロっっ!!」
「―――第一開放ッッ!!」

 轟音と共にせり上がる土柱を足場に、カイナは大きく跳躍。同時に空中で組み上げるのは、結界を修復する術式だ。
 儀式用のサモナイト石が光を帯び、周囲をその輝きが包み込む。
 無防備なカイナを援護するのがエルジンの召喚したディアブロだ。即席の土壁に群がる悪魔の軍を結界の孔から内側へと押し込んで、修復される強固な壁。
 悪魔たちは雄叫びを上げて衝撃を加えるが、この壁はそもそも悪魔たちが苦手とする天使の作り上げた結界。ナの魔力こそ混じったものの、それでもなお強固さは変わらない様子。

「ふう・・・っ」

 突き刺された刀を引き抜くと同時に、せりあがっていた土の壁は音を立てて崩れ落ちる。
 静かになった森に鳴り響く鍔音は、が刀を納めた音だった。

 ただ、あっけに取られる他なかった。
 たった3人・・・いや、たった3人と1機で、ただでさえ違いすぎる数を誇る悪魔の軍勢を抑え込んで、結界の内側へと追い返してしまったのだから。
 力の差、なんていえるような話ではない。
 召喚術が力の象徴であるリィンバウムでは、彼らは間違いなく誰もに畏怖されることだろう。
 それほどの力を、彼らは有していることになるのだから。

!」

 そんな中、大きく息をついたに声をかけたのはユエルだった。
 嬉しそうにトコトコと駆け寄って、飛びつく。
 ハサハも負けじと歩み寄って、シャツの裾を握る。
 なんの臆面もなく笑っている彼女たちを見れば、窮地を脱したことは誰もが悟ることができていた。

「・・・すげえなあ」
「レナードさん?」

 そんな中、つぶやいたのはレナードだった。
 彼に声をかけたのはケイナ。
 加えていたタバコを落としかけてくわえなおすと、大きく煙を吐き出して。

「正直、今の光景を現実だとは思いたくはねえけどよ・・・実際、そういうわけにもいかんだろうよ」

 感じたのは、経験の深さか。
 あるいは目の前で展開された力の大きさか。
 どちらにせよ、レナードはどこかしら楽しげに3人と1機へと歩みだす。

「とにかく、助かったぜ〜・・・」
「ああ、まったくだ。たいしたものだな」
「なんかもー、いろんなことがどーでもよくなっちまったよ」

 大剣を背の腰に収め、大きく息を吐き出したフォルテに呆れたように笑むネスティ。
 現実離れした光景を目の当たりにしていろんなことがどーでもよくなったモーリンは、どこか遠い目をしつつその場に立ち尽くす。
 そんな彼らを追いかけるように、みんながみんな、流れに乗るように歩みだす。

「逃ガス・・・モノカ・・・」
『!?』

 そんなときのこと。
 1体の悪魔が、魔力の奔流を立ち上らせて不意を突くかのように現れる。
 その両手には槍。噴出した力をまとい、

「逃ガサヌゾ、忌々シキ召喚師ドモ・・・」

 雄叫びを上げた。
 大きく地面を蹴り、目標を定める。
 逃げる時に先頭を走っていた1人・・・トリスに向かって、一直線に突進する。

「え」

 行動するヒマすらも与えない。
 ただただ目の前の『敵』を倒さんがために・・・なにより、忌々しい召喚師というニンゲンを根絶するために。
 血走った瞳は真っ直ぐ、トリスの頭から逃げるという行為を欠落させる。

「調律者ノ一族メエエェェェッッ!!!」
「ろ、うら・・・?」

 荒げ発せられた言葉に、たった一つの単語を耳に、トリスは身体を硬直させた。
 不意に頭に浮かんだのは、誰かの声。
 低い低い、しかし若さを感じる男性の声。


 ――因果を律する・・・なるほど。


 目の前の何かをその目に、期待に満ちた声。


 ――異邦人たちよ、この私に・・・。


 『異邦人』たちへと呼びかける声。


 ――コレがゲイル・・・素晴らしい。


 歓喜に満ちた声。


 ――密月のときは・・・後悔など・・・。


 なにかを、決意した力強い声。


 ――やめろ・・・っ、それだけは・・・ち、近づくなぁっ!?


 恐怖し、おびえた声。


 ――イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダァァァァァッ!!


 逃げられない『なにか』から、必死に逃げようと否定する声。


「トリス、逃げろ!!」


 ネスティの怒声に気付いたときには、すでに遅く。

「死ネエエェェェッ!!」
「ひゃあああっ!?」

 ただ、目の前に迫った槍の穂先を前に、目をぎゅっと閉じた。
 あのまま刺さるのかなあ。
 刺さったら痛いかなあ・・・痛いだろうなあ。
 まったくもってわけのわからない思考を繰り返して、突き出された槍に貫かれるのをただただ待つ。
 しかし。

「・・・あれ?」

 その槍は、トリスの身体に届くことはなくて。

「トリスニ・・・手ヲ出スナぁぁぁ!!!」
「マグ兄っ!?」

 その手の刀が、槍ごと弾き飛ばしていた。
 空に響く甲高い金属音と、断末魔の雄叫び。

 漆黒の刀が、無防備な悪魔の身体に深く突き刺さっていた。
 刃を滴る真紅の液体。
 目の前のそれを見下ろす瞳は、まるで空を凝縮したかのような、深い深いスカイブルー。
 纏っていた雰囲気は、普段の彼のそれとは真逆。
 近づきがたいオーラが溢れているよう。

「俺ノ大事ナ妹ニ・・・触ルナァァァァッ!!!」

 マグナの咆哮と同時に、悪魔は真っ二つに分断。
 サプレスに還ることもなく、地面を赤く染めた。

「マグ・・・にぃ?」

 肩で呼吸を繰り返すマグナに、トリスは声をかける。
 その瞬間、彼を覆っていた何かが消え失せて、

「トリス、大丈夫か? 痛いトコとかないか?」
「え・・・う、うんっ! 助かったよマグ兄っ」

 いつもの『マグナ』に戻っていた。

「とにかく、いったんルウの家に戻ろうよ。まだ、さっきみたいに敵が潜んでるかもしれないし」

 このまま、ここにいてもしょうがないから。
 そんなルウの提案にのって、一同は敵の気配に注意しつつ、ルウの家への帰路に着いたのだった。

「・・・しかし3人とも、なんでこんなところに?」
「それは、とりあえず落ち着いたところで話そうよ。細かいことはそのときに、ね?」
「こちらとしても、貴方に聞きたいことがありますし・・・ねぇ?」

 帰り際、カイナの笑顔が異常に怖かったのは、気のせいだと思いたい。





というわけで。
なんとか、原作中の10話が終わりになりました。
少し豹変気味なマグナの姿を残しつつ、第3章へと続くわけですね。
カイナと夢主のデフォルト名が似てるので、誤変換がこれから
多くなりそうです(汗。


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