「なっ・・・なぁ〜〜〜〜〜んだあああああ・・・・・・」 説明後、最初にルウの口から飛び出したのは、心の底からの安堵だった。 無理もない。 この場所は人など滅多に立ち寄らない深い深い森の中。 それだけでも疑う要素になるというのに、森を荒らしに来る悪魔の話すらも正面から信じきっていたのだ。 今しがたの対応は、ある意味では正当防衛ともいえるだろう。 「悪魔が森を荒らすとは・・・どういう意味でござるかな?」 ルウの話の中に出てきた『悪魔』という言葉に言葉を返したのはカザミネだった。 彼は以前、悪魔の王・・・魔王との交戦経験がある。 だからこその反応ともいえる。 悪魔という存在の恐ろしさを誰よりも理解している人間だったから。 「キミたち、あの森がなんて呼ばれてるのかしらないの?」 「やー・・・なにぶん、王都から外に出たことがあんまりなくってさあ・・・」 たはは、と苦笑するトリスは自身の経験の少なさを痛感しながら、思う。 ・・・地図、ちゃんと見とけばよかったと。 「アルミネスの森っていうんだよ、あそこは」 「 結構前に聞いたような単語だな、とか思い返してみる。 いつの話だったか、仲間の天使が言っていた・・・彼のあこがれの君。 悦に浸るような勢いで彼女の魅力――会った事がないので憶測推測妄想甚だしいが――を力説するほどの入れ込みよう。 もちろん、聞いていた一同はとりあえず一歩ヒいていたのは言うまでもないが。 旅に出る前に何かと約束もしていたので、色々と濃い日々を送っていたでも、その単語は割としっかりと頭に残っていた。 ・・・閑話休題。 「アルミネスだって!?」 「何か知ってるのか、ネス?」 その単語に声を荒げたのは、こともあろうにネスティだった。 もともと博識な彼だからこそ、さすがというべきか。 「封印の森だよ・・・あの森は、その昔にリィンバウムに攻めて来たサプレスの悪魔の軍勢が封じ込められているという」 だからこその封印の森。 近づくことを許さない、知ることすらも許されない禁忌の森。 「おいおい、それってあれか? 天使と悪魔が戦ってできたっていう・・・」 「あ、それ私も知ってるよ。でもあれって・・・」 今となってはミニスの言葉どおり、ただのおとぎ話に過ぎないほど、遠い遠い昔の話。 本当かガセかもわからないほど、信憑性のかけらもない。 ミニスの年代どころか、フォルテでさえも話半分どころか九割方信じていないような内容だったのだが。 「・・・おとぎ話じゃないよ。ホントの話」 ルウの真剣な眼差しは、その話がリアルな話であるということを如実に物語っていた。 そんな遠い遠い昔に起こった『天使と悪魔の戦い』の影響によるものなのかはわからないが、ルウ1人を残したアフラーンの一族は、この森から溢れ出ているサプレスの力を調査・研究するために、ずっと昔からここで暮らしているのだと、本人はそう口にした。 「おお♪ そういや、いつもより身体が軽い気がするなァ」 パーティの中で唯一のサプレス出身者であるバルレルは、その力を直に感じ取ったのか、どこか嬉しそうな表情を見せる。 「・・・けどねえ」 そして、ずっとここに住んでいたからこそ・・・力の研究を怠らなかったからこそ、現在と過去を比較し、その違いを検証できる。 彼女の表情はどことなく険しい。 その表情から、一帯に広がる森が以前よりも異常性を高めているということを物語り、この場の誰もが息を呑む。 「このところ、森の様子がおかしいのよ・・・なんだかざわついて、イヤな感じ」 そんな『イヤな感じ』が、また彼女を神経質にさせていたのだ。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第38話 サプレスの悪魔 ルウは、この森は結界で覆われているため人間は中には入れないはずだ、と言った。 リィンバウムを侵略してきた悪魔たちを、その命を犠牲にして封じた森だからこそ、人間は近づくことすら・・・否、その真実を知ることすら許されなかったのだ。 そんな 突きつけられた現実に、祖父の言葉をただ信じてきたアメルが取り乱さないわけもなかった。 会ったことすらない祖母のいる村はここに存在していると、それだけを信じて、今まで頑張ってきたのだから。 だからこそ、人間がこの近くにいない、と完全に信じ切ることができなかった。 いくらルウがアフラーンの一族で、アルミネスの森をよく知っているとはいえ、森の隅から隅まで知っているわけじゃない。 だったら、今まで信じてきた『彼』の言葉は虚偽か? そんな疑念すらも、本当かどうかわからない。 村が襲われるまでずっとリューグを、ロッカを、そしてアメルを慈しみ育ててきたあの人が、彼女たちをこうまで追い詰めるような嘘をつくか? ・・・ 答えは否。 誰もがその問いに首を振った。 だから、調べてみればいい。 ルウの知らない場所へ足を踏み入れて、人間がいるかどうかをこの目で確かめる。 そんな結論に至ったからこそ、彼らはルウを先頭に、鬱蒼と茂り繁った森を歩いている。 「暗いねぇ・・・」 「ああ」 「怖いねぇ・・・」 「・・・ああ」 「なにか出そうだねえええ」 「・・・ユエル。怖い割に妙に嬉しそうな顔してるな」 「そんなことないよ」 日が変わり、起き抜けもそこそこにルウの家を出てから早数時間。 突きつけられた真実を重く受け止めているからこそ、誰もが無言でただ足を動かしていた。 だからこそ、漂う空気をあえて読まず場を和まそうと気を利かせたユエルだったが、結局不発に終わって、とただ言葉を交わしただけだった。 「ハサハ、大丈夫か?」 「・・・(こくり)っ」 「何かあったら言えよな、抱え込むのは良いことじゃないから」 そして、歩いている間中ずっとにしがみついているハサハの顔色は悪い。 森に漂う空気に何かを感じ取っているのか、それとも単純な体調不良か。 きっと、答えは前者なのだろう。実際、ルウの家を出るときは今ほど顔色を悪くなどしていなかったのだから。 そんな彼女とは真逆の表情をしていたのは、ほかでもない。 「俺好みの空気じゃねェか・・・ケケ、身体が軽いぜ」 バルレルだ。 サプレスの気が強いというルウの言葉も、そして過去に起きたという天使と悪魔の戦いとその結末に、より信憑性が増す。 森の奥から感じる妙な圧迫感。 きっとそれは、悪魔を封じている結界なのだろう。 ――昔々のその昔。 リィンバウムの人間たちは、強大な力を持つ異世界からの侵略者たちと戦っていた。 力の差は歴然。『召喚術』という確たる力を持たなかった人間たちは侵略者たちの前になす術もなく、滅びようとしていた。 そんな彼らを助けたのは、異世界の友。シルターンの龍神やサプレスの天使たち。人間たちに協力し、鬼神や悪魔を倒そうとその力を振るった。自分たちの意思で人間に味方したのだ。 しかし、そんな関係が崩れてしまったきっかけが、召喚術。 一方的に喚びだし誓約を結ぶこの力を得た人間たちが、その力に溺れたためだった。 対等の友人だったはずの人間たちが、自分たちを支配しうる存在となった。そんな力を使い続ける彼らに失望した龍神や天使たちは、次々と人間たちの前から姿を消し、人間たちは対等な友人たちを代償に得た力で、侵略者たちと戦わなければならなくなったのだ。 後ろ盾を失ったことを好機とした1人の悪魔が、軍勢を率いて総攻撃を仕掛ける。押し寄せてくる悪魔たちの前に力を振るう間もなく、人間たちは絶望する。これこそが、力を得た代償。自分たちの行いが招いた結果なのだと。 そんな彼らに唯一、味方したのがアルミネという名のサプレスの天使だった。 変わっていく人間たちを信じ、アルミネは軍勢を率いた大悪魔に一騎打ちを挑み、結界を張って悪魔たちをまとめて封じ込めた―――その命を引き換えに。 アルミネがその命を代償に張った結界が、今彼らの目の前にある結界なのだ。 閑話休題。 「ネスティ」 最後尾を歩くネスティに、声をかける。 レオルドを従えた彼は、どことなく険しい表情のまま、ゆっくりと歩を進めていたためだ。 どことなく気になった。というよりは、気になることが多すぎた。 森の名前を聞いたネスティの取り乱し方や、上着を掴んで放さないハサハの顔色の悪さ。そして何より、森に張られた結界の威圧感。 「・・・・・・」 身体の芯から感じる、大気の震えが。 「落ち着けよ」 「・・・っ、なに!?」 この上なく、『ニンゲン』を竦みあがらせる。 「落ち着けって言うのか、この状況を!?」 「俺はね、こう見えて 「っ! それがなんだと・・・」 「だから、この森がこの上なく危険なことくらい・・・よくわかってる」 「なっ!?」 そう。 ここは異質だ。 木々が、草が、空気が。なにもかもが違う。いうなればそこは、リィンバウムから切り離された異界。 「俺も正直、一刻も早く逃げたいくらいだし」 「、君は・・・」 「主殿、殿・・・皆ニ置イテイカレテシマイマス」 「・・・おっと」 話をしているうちに随分と、距離を離されてしまった。 はハサハを安心させるように頭を撫で付けると、ネスティの背後に回って、張り尽くしたその背を押す。 「おい・・・っ、よせ! 1人で歩ける!」 「何言ってる。1人じゃ意地張ってるだけにしか見えないし、このままじゃ離される一方だっての・・・よし、レオルド、このわがままさんを拘束、その後全力でみんなのところへダッシュだ」 「・・・了解」 「おいっ、レオルド!? 彼の言うことには聞かなくてもいいから」 森を歩く彼を見ていて、それしか思い浮かばなかった。険しい表情をしているにも関わらず存在が希薄すぎて、隣を歩く存在感バリバリなレオルドのおかげでその存在を保たせているようにすら見えた。 仲間だから、友人だからこそ、はそんな彼を見過ごすことはできなかった。 「なんとかなるって・・・いや、なんとか 「、君は何を・・・」 「いいからいいから」 しかし、そんな考えが、楽観的だったのかもしれない。 確かに怖いし、ここから離れたいのもひとしお。自分自身の力を過信しているわけじゃない。仲間の力を信じていないわけじゃない。 ただ、結界の 「知ってるか?」 「・・・なんだ」 背中を押しながら、は言う。 自分の知る、自分の脳内に存在する『天使アルミネ』の姿を。 「豊穣の天使アルミネってさ・・・1人のニンゲンを愛したから、最後まで彼らに味方したんだってさ」 「っ!?」 ・・・ 「おかしいなあ・・・」 ルウがつぶやく。 森の外周を回っていた彼女は、普段と違う森の雰囲気に眉根を寄せた。 「どうしたの?」 「静かすぎるの」 トリスの問いに、ルウがたった一言だけ答えを告げた。 耳を澄ませば、鳥の声はおろか虫の泣き声すら聞こえない。獣の気配もなく、広大な森の中で音を立てているのが自分たちだけなんじゃないかとすら錯覚させる。 ・・・否、錯覚ではないのだ。 歩き始めてから数時間、人間どころか獣の一匹すら見当たらない。 「マグ兄」 「ん?」 くいくい、と上着を引っ張るトリスは、兄であるマグナに戸惑いの視線を向けている。 同時に聞こえたのは、耳を突くような甲高い金切り音だった。 マグナは表情を歪めて耳を押さえる。しかし、いくら強く押さえても音は消えるどころか強くなるばかり。 「なっ、なんだこれ!?」 「やっぱり・・・っ、マグ兄もこの音聞こえるよね!?」 「頭、割れそうだ!」 マグナとトリスだけではない。 「がっ・・・!」 「ネスティ!?」 彼らの兄弟子であるネスティを始め、ミニスにケイナにルウ。そして・・・ 「ぁぅ・・・っ」 「ハサハぁっ!? なにっ、なにがあったのぉ!?」 人一倍青い顔で両耳を伏せているハサハだ。 悲痛な表情で、今にも倒れそう。ユエルが支えなければ、きっと一瞬で気を失ってしまうんじゃなかろうかと思うくらいに。 とにかく、痛々しげに耳を押さえてうずくまっている。 うずくまっている彼女たちにどんな関連性があるのかといえば。 「こいつァ・・・霊的な共鳴現象ってヤツのようだな」 「ば、バルレル? なに言って・・・」 「け、結界・・・結界が、なにかに反応してるんだ!」 「ルウの言うとおりだ、魔力の共鳴・・・それを僕たち召喚師の感覚が、異音としてとらえているんだ!!」 「とにかく、いつまでもここにいちゃマズいだろ。さっさと離れ・・・」 魔力を持ち、それを自由に行使できるいわゆる『召喚師』たちだった。 ルウとネスティの状況説明なんか聞かなくても、判断するまでもなくわかる。 はやくここから離れなければならないことくらい、誰だって。 しかし。 「おいアメル! お前なにやってんだ!?」 リューグの声が聞こえていないかのように、また結界の発する異音すら聞こえていないかのように、アメルは森を・・・結界を見上げて立ち尽くしていた。 仲間がこれほど苦しんでいるのに、それすら気に留めていないかのように、ただ真っ直ぐに。 「呼んでる・・・」 「アメルぅ!!」 つぶやかれた声は、トリスの悲痛な声にかき消される。 それほどに大きな声であるにも関わらず、アメルは表情すら変えずにぼう、と結界を見上げたまま動かない。 「この森、あたし知ってる」 「・・・え?」 そんなつぶやきに気付いたのは、耳鳴りが聞こえていながらなんとか立っているマグナだった。 耳鳴りを必死に堪えながら額に汗を浮かばせながら、ぴくりとも動かないアメルを見やる。 「呼びかけてくれたから・・・思い出せた」 動くことのなかった彼女が。 「あたしは、この森を知ってる!?」 一歩、前に。 「おいっ! テメエら! 今すぐそのオンナを止めろォ!!」 踏み出した。 張り上げられたバルレルの声も空しく、ゆっくりと結界へと近づき、その手を伸ばす。 「マグナ、彼女を落ち着かせろ! これ以上、結界を刺激したら・・・」 ネスティの忠告を聞きいたマグナが止めに入る前に、その手が。 「結界が、破れちゃう!!」 ―――触れた。 耳鳴りをも上回る爆音と、ガラスが割れたかのような甲高い音が耳を貫く。 大地を揺るがすほどに大きな衝撃を持って。 「グルルルオオォォォォ!!!」 長い永い時を経て、封じられていた悪魔たちが、目を覚ます。 「殺ス・・・殺シテヤルウゥゥゥ!!!!」 開いてしまった1つの穴に、殺到する。 身体の芯から震わせるほどの圧倒的な威圧感を持って、血走った真紅の双眸を走らせた。 そんな視線に、留まらないワケもない。 彼らの標的であるニンゲンたちが、こんなにもたくさんいるのだから。 「グルルルルオオオォォォ!!!!」 その手の長槍を振り上げる。 まるでダムが決壊する前兆であるかのように結界はみしりみしりと音を立てて、ひびが走る。 「け、結界の中に封じられてた、悪魔の軍勢!?」 「あ・・・っ」 つい上げてしまったトリスの声に我に返ったアメルは、目の前の光景を視界に納めて目を丸める。 まるで自分の意思とは関係のないところで自分の身体が動いていたのか、自分の行動が信じられないとでも言わんばかりの表情で、口元を押さえつつ声を上げた。 「ヨクも・・・よクも、我ラをコノ地に縛り付ケてクレタなあああっ!!!」 「驚いてるヒマはないぞ! 急いでここを離れないと、俺ら皆して殺されるぞ!!」 いち早く応戦の構えを取ったのはだった。 声を張り上げて、全員の前に立って、その手の刃で威嚇する。表情には焦りが宿る。ただでさえの頭の数の違いの上、相手はニンゲンなんかよりも遥かに強い力を持つ悪魔たちだ。 いくらが悪魔じみた強さを持っていたとしても、勝ち目は薄い。・・・否、ほぼゼロといっても過言ではないだろう。 「ここここんなの、シャレになってないってば!?」 わたわたと取り乱すのはトリスだ。 悪魔の存在を認め、実際に肌で感じた彼女は、その恐ろしさと圧倒的物量を。 「とにかく今は、この場を離れることが先決だろ!? ホレ走れ、とにかく走れ、どんどん走れ、死ぬ気で走れぇ!!」 「悔しいけど、今回はフォルテに賛成! みんな、急いで!!」 「しんがりは任せろ! お前たちはさっさと逃げろ!!」 言葉を発したリューグ、に続いて刀を引き抜いたマグナ、居合いを繰り出そうと鯉口を切るカザミネ、大仰に真紅の長槍を振り回したバルレル、コートの内側から拳銃を引き抜きセーフティをはずすレナード。 果たして悪魔という霊的存在に物理攻撃は効くのか、なんてことは考える暇もない。 「皆、気を引き締めてかかるでござる!」 「ったく、この年になってこんなファンタジーにお目にかかれるとはねえ」 「レナードさん、緊張感緊張感」 「おうおう。わかってるってばよ、先輩」 「茶化さんでください」 「オイテメエら! ムダ口叩いてんじゃねェよ!!」 今はただ、この場を逃げ切ることが先決だった。 |
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