鬱蒼な森へ足を踏み入れて、幾分か経った。 目の前に広がる樹海は広大かつ巨大。無造作に立ち並ぶ木々は太陽の光を遮断し、昼間であるにも関わらず暗がりを落していた。 ミニスとケルマの、サモナイト石を巡った戦いはとりあえずカザミネの貧乏くじということで片がついて、街中を追い掛け回された彼はようやくケルマを撒いてくると道場に倒れこんで、 「け、ケルマ殿・・・盛りすぎでござるよ・・・」 なんて、よくわからない言葉を最後に寝込んでしまっていた。 精神的にも体力的にも疲労が折り重なっているのはカザミネたった1人であったものの、当事者であるミニスはもとより、立会人として一部始終を見ていたトリスとマグナのたっての願いによって、出発を1日遅らせた。 昨晩、どことなく元気のなかったマグナは、両手に黒い布で巻かれた『なにか』を抱えて帰ってきたときにはすこぶる上機嫌で、帰りが遅くなった理由など聞ける雰囲気ではなかった。鼻唄交じりにスキップ踏んで、今までになく元気にみんなに挨拶すると、さっさと寝てしまったのだ。 そして、日が明けた今日。 彼の腰には、見慣れないデザインの柄がのぞいていることに気がついた。 「・・・へェ」 目を細めたのはバルレル。 マグナから発される特別な『なにか』を感じ取ったかのように、どこか歪に、どこか嘲るように、含み笑っていたのが、隣で見ていたの印象だった。 「随分歩いてきたけどさ、それらしい村は見当たらないね」 「方角は間違ってないはずなんだが・・・」 「なら問題ないなーい。そのうち見えてくるだろって」 アメルの言う祖母のいる村を訪ねて、生い茂る草を掻き分けて一行は進む。 ・・・・・・ とは言ったものの、実際は森の周囲を蛇行しているだけ。 獣道すらもない森の中に普通、村なんかないだろうという一般的な見解が、彼らにそんな行動を取らせていたのだ。 森に面しているだけか、あるいは正規のルートがあるのか。 「アメル、その村に目印になるようなものはないのか?」 「ごめんなさい、そこまでは・・・」 当のアメルすら知らなかった祖母の存在。 村の行き道など当然、知るわけもない。 リューグの問いにうつむくと、小さく首を振った彼女の表情には、どことなく寂しさが宿っているように見えた。 「・・・・・・」 そんな中、警戒心をむき出しにして、過剰なほどに周囲を窺う人間がいた。 である。 森に入ってから感じ始めた感覚がただ気になっているだけなのだが、過去に感じたことのある空気であったことも災いし、嫌の過去を奥底から呼び覚ました。 敵だった青年が降臨した魔王に飲み込まれていく様を。 そのときに感じた空気とほとんど変わりがなかったのだから、警戒はある意味当然と言えた。 「険しい表情をしているでござるな」 「・・・カザミネ」 なにを、考えているでござるか? そんな彼に声をかけたのが、過去の戦友であるカザミネだった。 カザミネはの表情と雰囲気を見、ただ事ではない空気を感じ取ってはいたものの、過去に感じたことのある空気を感じ取れず、悠然としていた。 「・・・いや、大したことじゃないんだけど」 ただ過敏なだけ。もしかしたら、ただの勘違いかもしれないのだ。 わざわざ皆に言いふらして恐怖をあおる必要もないだろうと口を噤んでいたは、心配そうに見上げてくるハサハとユエルに目を向けて、小さな息を吐き出しながら警戒を解いた。 不安定に揺れる2対の目。 そんなに心配しないでくれよ、と言ったところで無駄なのだということはわかっていたから、 「ちょっと、嫌な空気を感じただけだよ」 短くかつ簡潔に、警戒の理由を口にしたのだった。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第36話 勘違い少女と黒の刀 「・・・っ」 はやる気持ちを抑えて、マグナは腰の柄を握り締めた。 今はグループに分かれて手分けして、周辺の探索を行っている最中だった。 アメルのためにもこれからのためにも、今は村を探さなければならないのに、この内側からこみ上げる衝動は何だ? 力が欲しかった。 何者からも守れる力を。世界のすべてから守り通せるだけの力を。 その気持ちがあったから、剣の稽古も続けられた。派閥の中で陰口を叩かれても苛めを受けても耐えてこれた。 疎まれていた自分たち。 外からの理不尽から妹を守るために、耐えてきたのだ。 なのに、この衝動は。 「っ、・・・何考えてるんだよ、俺っ!?」 思うままに剣を振るえと、自分自身を責め立てた。 もし、今の状況で戦いが起こったら、自分は―――― 「マグ兄ぃっ!!」 「!?」 聞けば、生い茂る木々の間から煙が見えたとの事。煙突から出てきているかのような一筋の煙の糸は、明らかな人間の存在を認めている。 もしかしたら、あそこにアメルのおばあさんが住んでいるかもしれない。 望んでいた結果が目の前に現れて、一抹の希望を懐いたマグナは、湧き上がる衝動を強く強く押さえつけた。 ・・・ 「家だっ!」 煙の立ち上る一軒の家をいち早く見つけたトリスが声を上げた。 建物の脇には野菜などが植わった畑があり、隆起した地面の上に立てられた家は所々が老朽化してボロボロ。何年も、何十年も前からずっと、ここに建っていたのだろう。 それほどの年月を思わせるたたずまいに、一同は期待を膨らませた。 「ということは、ここがアメルのおばあさまの住んでる村なんだねっ?」 「村ねえ・・・、たった一軒しか家がねえのに、『村』って呼んでいいもんなのかねえ」 ミニスの言葉を否定するかのように、レナードは吸い込んだタバコの煙を吐き出した。 くわえていたタバコを携帯灰皿に入れると、改めて周囲を見回す。 何らかの仕掛けでもあるのか、それとも住んでいるのは警戒心皆無の非常識人間か。 こんな鬱蒼とした森の奥に住んでいるのだ。この世界がファンタジーなら、モンスターの1人や2人いたっておかしくない。 何らかの罠や仕掛けを施してセキュリティを高めておくのも家主として最低限の仕事の1つであると認識しているからこそ、少なくともレナードの目には、後者に見えた。 「どっちにしても、人がいれば村までの道も聞ける。迷う前に見つけられて良かったと思ったほうがいいと俺は思うけど」 トリスの隣で家を眺めていたマグナがそんな言葉を口にした。 「確かに。マグナの言う通りだよ、レナード。まずは、家主に会ってみないとね」 「ま、そうなんだけどな・・・いわゆる職人気質ってヤツだな。聞き流しといてくれや」 モーリンの一言を最後に、レナードは口を噤む。 彼は、家が見つかったからといって安心しきっているわけではないのだ。 皆が安堵をしているときが、標的としては一番狙いやすい。 召喚されて間もない彼だからこそ、常時警戒を続けていたことが今回は、ある意味で正解だったといえるだろう。 「すいませーんっ!」 ドアをノックしながら、トリスが声を張り上げる。 彼女の声が山彦のように反射して消えて数分。 「・・・だ、誰も出てこないわね」 ケイナの言うとおり、反応はまったく返ってこず扉が動く気配もない。 煙突からは煙が立ち昇っているし、畑には大きく実った野菜や果物。 中に人がいることはほぼ間違いないというのに。 「あの、すみませ」 「・・・」 ぎぃ、と音がして扉が薄く開く。 姿を見せたのは。 「召喚獣・・・はぐれか?」 丸い身体で、頭上にわっかを浮かべた召喚獣だった。 一般的にはサプレスに分類される召喚獣――ペコが、なぜ家から出てくるのか。 その答えは言うまでもなく、2択に絞ることができる。 1つは、リューグが口にした『はぐれ』である事実。 主に死なれたか捨てられたか、サプレスに還ることができなくなりこの世界で生きていかざるを得なくなったペコが、律儀に住人のいない家を探し当てて、人間に迷惑をかけることなく静かに暮らしているというかなりの勢いで特殊なケース。 もう1つは、主の代わりに扉を明けたという事実。 このような森の奥で、来客はそれほど多くないだろう。 理由こそわからないが、ペコを召喚した主が自分の代わりに応対するように命じた可能性。 はぐれ召喚獣は普通なら、はぐれれば凶暴化する。 律儀に居を構えて住むなんて賢いマネが、できるわけもない。 そう考えれば答えは自ずと、後者になるわけだが。 「・・・!」 ばぁんっ!! 驚いたように眼前を見回したペコは、すごい勢いで扉を閉めて。 「あ、あれれ・・・?」 主に会わせてくれるんじゃないかという一抹の希望は、ネスティの声で吹き飛ぶことになる。 感じたのは魔力の波動。 魔力を扱うことに関して卓越した技術を持つ召喚師として、ネスティはどんどん膨れ上がっていく魔力に表情を険しくすると。 「アフラーンの一族が古き盟約によりて、今命じる・・・」 「散れっ! 召喚術が来るぞ!!」 叫ぶと同時に扉が開き、呪文の詠唱をしながら姿を現したのは。 「来たれっ!」 褐色の肌が印象的な1人の少女だった。 何かの装束か、身体のラインを強調するかのような服を身に纏い、手には眩く光る紫色のサモナイト石。 巻き起こる魔力の風に当てられながら、光は天へと登り、 「あ、あぶねぇっ!?」 強烈な爆音と共に、今しがた間で一行がいた場所を、地面ごと抉り取っていた。 むき出しになった土壌。立ち上る黒煙。そして、少女の目に光る明確な敵意。 完全な不意打ちだったにもかかわらず、『敵』が無傷な状況であることを確認して軽く目を丸めると。 「やるじゃない・・・悪魔の手先のくせにぃっ!?」 そんな一言を口走っていた。 「あ、悪魔て」 「ユエルはあくまなんかじゃないやいっ!」 「ハサハ、こわいのやだ・・・」 気の抜けたような声でつぶやくは、ユエルとハサハと共に背後へ飛びのいていた。 目の前で炸裂した召喚術を見て、相手は明らかに自分たちに敵意を持っていることについて理解はできていたものの、その理由があまりに素っ頓狂な理由であったためか一瞬呆けたような表情をしていた。 自分たちはただ人探しをしにここまで来ただけなのに、悪魔の烙印を押されて問答無用で召喚術を撃たれるなんて。 「いきなりなにをするんだ!?」 「とぼけたってムダなんだから! ルウはちゃんと知ってるんですからね!」 どうやら彼女は、ルウというらしい。 まさかこの古い家に住んでいるのが年若い少女だったとは驚きだが、思い違いも甚だしい。 しかも思い込んだら一直線な性格らしく、トリスが必死に弁解しているのを聞こうともしない。 「キミたちが禁忌の森に封印された、仲間の悪魔を解放して・・・悪いことをしようと企んでるって事をね!」 ・・・ひき。 禁忌の森というこの名前にも驚いたが、の感じていた雰囲気の元が判明ここでしたことになるだろう。 サプレスの気が充満しているこの森には、悪魔が封じられているのだ。 過去に悪魔というかサプレス絡みで死ぬような目に遭ったことがあるだけに、その空気を敏感に感じ取れることができたのだろう。 同じ立場にいるはずのカザミネが気付かなかったのは、出身世界の違いによるものだろうか。 真偽のほどは、わからないまま。 「誤解ですっ! あたしたち、そんなことしに来たんじゃ・・・」 彼女の思い込みを払拭しようとアメルも声を張り上げるが、 「だまされるもんですかああっ!」 取り付くしまもないとは、まさにこのこと。 そんな風に考えたのは、やユエル、ハサハだけではないだろう。 虚言、姦計、欺瞞に謀略。それらはリィンバウムにおける悪魔の代名詞ともいえる言葉だ。 そんな言葉たちをリィンバウムの人々はそれらを疑うことなく信じていたし、実際、過去にリィンバウムで猛威を振るった記録もある。 自分たちの前で敵意丸出しの少女はきっと、それを信じて疑わない、まさにリィンバウムの人間の典型ともいえるような存在なのだろう。 実際はそれほど悪い存在でもないんじゃないか、なんては思う。 もっともそれは、近くにいたのがバルレルだからこそ、の考えかもしれないが。 「二度と悪さができないように、ルウが懲らしめてあげるわ!」 ルウという少女は向けた敵意をそのままに、その手のサモナイト石に光をともした。 「やるしかない、でござるな」 「・・・」 無用な戦いは必要ないと思う。 話し合えば済むこともある。 それができないほど、『悪魔は最悪な生き物だ』という常識が常識として浸透してしまっている。 リィンバウムのそんなところが、正直良くないところだと思う。 「ユエル、ハサハ。俺たちはとりあえず、援護だけしとこうか。深追いしなくていいから」 「・・・(こくり)」 「わかったよ!」 はとりあえず、鞘から愛刀を引き抜く。 斬るつもりはなく、あくまで威嚇の範疇に過ぎない。 相手は人ではないが、今回の戦いは無益の最たるところだと判断した。 ・・・のだが。 「あれは・・・」 ゆっくりと構えを取ったは、前方にいる1人の少年の姿に驚きを見せることになる。 黒く細長い布に巻かれた細身の剣。 反り返った片刃の刀身。鉄色に輝く乱れ刃。 それは、刀だった。 の持つ絶風とは正反対の、黒一色に染まった絶風と同じデザイン。 まるで少年の意思に呼応するかのように、刀身からは黒の混じった靄のような何かが噴出す。 「絶、風・・・?」 「デビュー戦だ・・・行こう、 それはある意味、黒い絶風と言っても過言ではなかった。 |
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