「この決闘は、勝負なしとするでござる」

 よろしいか?

 腕組みしたカザミネはどこか言いくるめるような面持ちで、一同を見回した。
 わたわたミニスを抱えたまま大きくため息を吐く。終始不機嫌極まりないバルレルをなだめるトリス。どこか元気のないマグナを励まそうと声をかけ続けるレシィ。そして。

「・・・・・・」

 頬を真っ赤に染め上げて、先ほどの錯乱っぷりはなりを潜めてうつむいたままのケルマ。彼女は洞窟の崩れる轟音を背後にしたときからずっと、この調子だったのだ。

「私怨に目が曇れば、勝負に勝つことなどできぬでござるぞ? ケルマ殿」

 しかし彼女は返事を返さないまま、さらに顔を赤く染めてうつむく。
 それに首をかしげたのは、声をかけたカザミネ自身だけ。

「ちょっとー、いいかげんおろしなさい・・・よぉっ!」

 ばたばたと手足のばたつきを強めての腕から開放される。
 この世界には、重力が―――どこぞのエライ学者さんが発見した万有引力の法則が例外なく存在する。もちろん、彼女の身体はそれに則っているわけで。
 の手から開放された彼女の身体は、

 ぼふっ。

「へぅぶっ!?」

 法則にしたがって、落ちた。
 地面が砂浜だったためにケガをせずにすんだのだが、

「ぅえぇっ、クチに砂はいったぁ・・・」
「ミニス殿もでござるぞ」

 ぺっぺ、と口に入った砂を吐き出すミニスを見下ろして、ケルマから視線をはずしたカザミネは言う。
 言葉をもっと選ぶべきだと。何気なく放ったたった一言が、相手を大きく傷つけることもあるのだと。放たれたその言葉が、時には真剣以上の切れ味をもって斬り裂く刃になることもあるのだと。

「確かに、おぬしはまだ子供であるやもしれぬ。しかし子供だからこそ、此度の一件をその胸に刻んでおくでござる」

 そういう痛みは巡り巡って、いつか自分のもとに戻ってくる。今は良くても、後で嫌な思いをするのは他ならぬ自分自身。
 それをどう思うかによって行動は変わってくるのだろうが、

「ごめんね、ケルマ」

 ミニスはやはり素直だった。
 注意されて、自分が悪いと自分なりに受け入れて、繋がって出た行動は、注意したカザミネにとっても満足のいく行動といえた。
 しかし、謝られたケルマは依然としてうつむいたまま。いつもの彼女なら、謝ったミニスに何がしかの因縁をつけてきそうだと予想していたりもしたのだが。彼女は、らしくもなくまったく動きを見せなかったのだ。

「では、道場に戻るとするでござるか」

 そんなケルマの様子を気にも留めず、カザミネは1人、仲間たちを促したのだった。





    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    第35話  訪れた春





未だに口の中に残っている砂を吐き出しながらミニスは立ち上がる。で、特に興味もないままケルマに背を向ける。
 胸クソ悪ィな、と悪態つくバルレルをなだめるトリスの視線は、以前からどこか元気のないマグナとレシィに向かっていた。
 彼と自分は双子だ。二卵性であるからか顔はそれほど似ていないが、小さな頃からどこかで繋がっていた。考えていることや純粋な気持ちが、さも当然であるかのように感じ取れた。
 ・・・だからこそ、気になるのだ。

(マグ兄らしくない顔してる・・・なにがあったんだろ?)

 このところずっと、彼の見せる笑顔が、心の底からの笑顔ではなかったことが。

「あ・・・あのっ!?」

 そんなことを考えていたトリスだったが、目の前でどこか切羽詰ったような必死そうな声が聞こえて、頭から吹っ飛んでしまっていた。
 先ほどまでうつむいていたケルマが突然、声を張り上げたのだ。
 誰に話しかけられたのかすらわからないままだったのが災いしてか、拠点となっている道場へ戻ろうとした全員が、彼女の真っ赤で必死な表情を目の当たりにしてしまっていた。
 今しがたまでの錯乱した彼女を目の前にしているだけに、その表情に唖然としてしまったのはとリスだけでなく、毒ついていたバルレルもようやく砂のじゃりじゃり感から開放されたミニスもようやく終わったとばかりにため息をつきかけたも、そして帰ろうと全員を促したカザミネも。

「助けてくださって、ありがとうございます。その・・・」

 ケルマの頬は真っ赤なまま、その潤んだ視線は真っ直ぐカザミネに向かっていた。

「カザミネと申す。流れの剣客でござるよ」

 ケルマは数度、聞いた名前を小さく反芻しているのを見て、彼に次いで近くにいたミニスはにま、と小さく笑ってみせる。年齢的には子供とはいえ自称を気取るだけあり、彼女は察していたのだ。

「へぇ〜・・・」

 ケルマに訪れた、『春』の予感を。

「それから、言い忘れておったがな・・・」

 おそらくそれは、カザミネが直後に放った言葉が決め手になっているに違いない。

「おぬしはまだまだ、女盛りでござるよ」
「!?」

 まさに一撃必殺。
 ケルマは今、まさに『女盛り』真っ最中だった。

「ゆえに、きっと良縁が見つかるであろうて。あまり、自分を卑下してはいかぬぞ?」

 御免、と小さく告げて颯爽に去ってゆく彼の着物は吹き付けるそよ風に舞い、一抹の力強さすら感じられる。
 彼はサムライ。武士道を背中に背負い、去っていくその姿はまさに、


 威風堂々。


「すてき・・・」

 きりりとした顔。威厳と力強さを感じる背中。自分を背負って助けてくれた鍛えられた腕。・・・否、そんなことなどどうでもいい。
 彼は何より、自分のコンプレックスをたった一言で吹き払ってくれた。
 だからこそ。

「あの強さ! 優しさ! 私は、きっとあの方と出会う運命だったんですわ!?」

 彼女は暴走した。
 今まで苦汁を飲んできた、溜まりに溜まったいろんないろんないろんなことがここにきて爆発したのだ。
 ゆえに、この後の彼女がどういう行動に出るか、察しのいい読者諸君ならわかるだろう。

「カザミネさまぁ〜っ!!」

 この私めと、結婚を前提に交際してくださいませぇ〜っ!

 身体のラインが出ていて動きにくい服を着ている上に足をとられやすい砂浜であるにも関わらず、一流のアスリートも真っ青な美しいフォームで走り去っていった。もちろん、カザミネに追いつくのはそれから数秒後のこと。

「うぁっ!? な、なんでござるかケルマ殿っ!? や、やめてくだされーっ!」

 ・・・なんだかなあ。



 結局、カザミネは追いすがるケルマから逃げていた。呆然としている仲間たちを置いて。自分から促しておきながらどうかと思う行動ではあるものの、彼自身今までしたことのないような体験であることは確かで。ここまであからさまな好意など受けたこともないし。ましてやそれが女性であればなおさらだった。
 そして同時に、ケルマがすごい勢いで迫ってくるのだから、サムライとしての本能が「逃げろ」と告げたのだ。だから彼は逃げた。それはもう、街中走り回った。
 正直な話、1年前剣竜を相手にしていたときよりもタチが悪いという判断を下しているのは言うまでもなく内緒である。

「けっ、ケルマ殿っ! 拙者は! これから先も・・・」
「お待ちになって! カザミネさまぁぁぁあぁっ!!」

 恋は盲目とは、言い得て妙であると。
 カザミネにとってはこのときほど、そんな言葉をひしひしと感じざるを得なかったり。

 ・・・

 さて、視点は浜辺へ戻る。
 なんだかんだでいろいろと疲れた1日だったが、過ぎてみればそれはとても早かったような気がしてならない。それもそのはず、道場に帰り着いたのはすでに日も落ちた後のことで。はハサハとユエルに詰め寄られていた。

「危険はないってゆったじゃんっ!」

 があることないこと並べたてて自分たちを納得させた言葉でとにかく今日の顛末についての弁解を求めてくるユエルと。

「・・・・・・」

 ただ無言で、真っ直ぐ見つめてくるハサハ。
 どちらかといえばハサハの無言の威圧が非常に怖い。どことなくトゲのある視線が、背筋に感じる冷たい感覚を助長している。
 そんな中にいながら、しかしには弁解も何もあったものじゃない。
 立会人で連れて行かれて、話の渦中からは一番遠い場所にいて、ただ勝手に口論がエスカレートしただけだったのだから。

「参ったな・・・」

 と、苦笑しながら頭を掻いた、そんなときだった。
 もう夕方を通り越して夜も深まってきた時分。道場の本来いるべき場所にいるはずの人物の1人・・・いや、2人の姿が見当たらない。
 つい今しがた、一緒に連れ立って帰ってきたはずなのに、だ。

「あれ、マグナとレシィは?」

 思えば、彼の申し出を突っ撥ねてからずっと、彼はどこか元気がなかった。
 自分の言ったことについて気にしすぎてしまっている・・・というよりは、変に真に受けて思い悩み、どうすればいいのかすらわからない状況になっている、というのが正しい解釈かもしれない。
 実際、最近の彼はどこか物思いにふけることが多くて、それでいて危険が降りかかると苦しげな表情で自ら危地に赴く真似をする。
 そう・・・今日のように。

「君たちと一緒に戻ってきたんじゃなかったのか?」
「いや、俺もてっきりそのつもりだったんだけどさ」

 ネスティの返しに思わず苦笑。
 彼の言うとおり、一緒に返ってきたはずだった。しかし、もうすぐ夕食というこの時間に忽然と姿を消してしまっている。この状況をおかしいと思わない人間は、ほとんどいなかった。

「そういえば最近、どこか様子がおかしかったわよね?」
「ええ、レシィくんも『自分じゃ力になれない』って悔しそうにしてました」

 言葉にしたケイナも、つい昼間にレシィを慰めたアメルも。気になってはいたのだが、聞きたくても聞けなかった。というよりは、マグナ自身が回りをそうさせることを拒否していた・・・ようにケイナもアメルも感じてしまっていたのだ。

「まあ、あの年ごろだと色々と悩みも多いだろうからなあ。俺様たちが気にしたところで逆効果かもしれねえぞ」

 この世界でもそうなのかはわからんがなあ、などと付け加えつつ、レナードはタバコの煙を大きく吐き出した。
 実際、彼のような年齢の若者には悩み事は尽きない。友達関係とか、学業とか、将来のこととか。『地球』を主観にしているからこその意見であるから、彼は周りの心配を『逆効果』と考えたのだ。
 あの場での出来事を『知らない』からこそ、こんな結論を出すことができる。しかし、その一部始終を知っている者からすればそれが間違いであると理解できた。そして、この問題がの問題であることも。

「なーに、アイツが帰ってくる場所はしかねえわけだしよ。メシ時になれば戻ってくるさ」

 1人で考えて、体験して、また考えて。ようやく答えを導くことこそ、それが彼の成長に繋がる。一歩間違えれば転落してしまうような絶壁に近い問題ではあるが、高く険しいほど、のぼりきったときに得られる答えは、その後の彼を大きく変える。

「アイツが自分から話してくれるまで、待ってやろうぜ」

 この問題に真っ向からぶつかっていくか、背を向けて逃げ出すか。直面したマグナがどう考えるか。
 それを判断するのは、彼自身なのだ。また、相談するべきなのか、一人で解決するべきものなのかということも。
 自分たちに話されないからこそ、フォルテはただ「待つべきだ」と結論付けた。
 踏み込んでいい場所と、そうでない場所があるから。


 その頃、当のマグナはレシィと共に崩れて見る影もない洞窟へ来ていた。
 危険地帯に踏み込もうなんてことは言うまでもなくない。ただ、『あの時』の彼らが目に焼きついて離れないだけ。それを振り払いたくて、ここへ来た。

「・・・っ」

 しかし、ここへ来ることは逆効果だった。崩れて瓦礫になった岩々を見ているだけで、その光景が鮮明にリフレインしてしまうのだ。
 汗まみれで息切れの自分と、汗をかきながらも息を乱していないバルレル。そして、涼しい表情で岩を斬っていく。比較するまでもなく見せ付けられた、力の違い。強くなったと思い込んでいた自分とは、落ちてくる岩の扱いだけで次元の違いを味あわされた。

「っ!!」

 がぎんっ!!

 剣を大きく振り上げて、目の前の岩に叩きつける。
 あの時は焦っていたから砕くしかなかった。今なら斬ることができるんじゃないかと思った。でも、それは明らかに間違いだった。
 目の前を撥ね飛んでいく剣の先。彼の剣は、岩を砕いていく過程でその刀身にヒビを作ってしまっていたのだ。音を立てて砂浜に落ちる鉄の音を背後に聞きながら、両手で持っていた半分をその場に落とす。

 これはもう使えない。
 新しい武器が必要だ。

 彼らの力に負けない、強い武器が―――。

「ごしゅじ・・・」
「そうか! そーだったんだ!!」
「ひゃうわぁっ!?」

 声をかけようとしたレシィが、張り上げられた声に驚いてしりもちをついた。彼はマグナの護衛獣として召喚された身だという立場的な理由もあったが、なにより彼が心配だった。心配だったからこそ、肩を落して道場を後にするマグナを追いかけたのだが。

「ご主人様?」
「レシィっ! わかったんだよ俺。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろ!?」

 いきなり元気に声を張り上げたマグナは、しりもちをついたままのレシィを立たせるとその両手を掴んで踊り始めた。あまりに嬉しかったのだろう。ステップも何もないただ飛び跳ねているだけだったが、それがなぜなのかくらいレシィにも理解できた。
 今まで悩んでいたことの答えが、ここで手に入ったのだと。

「一体、何がわかったんですか?」
「こないだ、に言われたことがだよ・・・あー、答えとしてはちょっと違うかもだけどさ。きっとは、俺が強くなるためにわざとあんなこと言ってたんだ!」

 やバルレル。
 なぜ、彼らは『強い』のか。なぜ自分が、彼らと力の差を感じてしまったのか。
 それは。

「武器の違いさ。もバルレルも、なにか特殊な能力ちからを持った武器で岩を斬ってたんだっ!」
「武器、ですか?」

 バルレルは自前で持っている真紅の長槍。は淡い光を帯びた白い刀。対してマグナは、武器やで購入した何の変哲もない鉄の剣。これでは力に差が出るのは当然だと、マグナは胸を張ってレシィに言う。

「俺にも、なにか能力のある武器があればきっと・・・」

 強くなれる。
 妹を守ることができる。
 マグナは心の底から、自分の出した答えを信じ切っていた。
 だからこそ、彼は嬉しそうに笑っている。ようやくいつものご主人様が戻って来てくれたと、これならレシィも素直に喜べる。

「よかったですね、ご主人様!」

 ・・・自分がまったく力になれてなくて、ちょっと複雑なのだけど。
 と、2人で砂浜で喜んでいた、そんなときだった。

「マグナさん」
「「?」」

 かけてきたのは、トーンの高い女性の声だった。
 振り向いた先でニコニコ笑っていたのは。

「貴女は確か・・・」
「シエルです。ゼラムで会って以来ですよね」

 『黒い布で巻かれた長いもの』を両手で抱えた、1人の女性だった。
 彼女とは以前、トリスとレシィとバルレルの4人でゼラムの街を回っていたときのこと。先輩たちの家に転がり込んだ直後の話。たまたま、商店街で仕事中だった彼女と正面衝突したことがあったのだ。
 4人は人ごみでなかなか前に進めなかったというのに、目の前の女性はするすると人の間を抜けて通っていた。
 その人ごみという者が厄介で、通れるルートが限定されてしまっていたため、運悪く同時に目の前に現れた2人は出会い頭に、というわけである。
 その後はパッフェルと一緒に仕事をしている光景を何度か見たことがあったが、忙しそうで声をかけづらかったために、そのまま会わずに戻ってしまうことが多かったから。
 シエルは、「お久しぶりです」なんて言って、笑顔を見せた。

「お久しぶり・・・っていうか、心配したよシエルさん。突然いなくなっちゃうんだから」
「あはは、まあいろいろとありまして。ところで・・・」

 シエルはばつが悪そうに空笑いしてみせると、突然真面目な表情になって顔をマグナへと寄せる。
 周りに誰もいないというのに、まるで内緒話でもしているかのよう。・・・しかし実際、内緒話をしているのだ。内容は、今しがたマグナ自身が言っていた言葉。

「・・・武器、欲しくないですか?」

 その腕に抱えられている黒くて長いもの。
 シエルはそれをゆっくりと、マグナに差し出した。





行方不明だった彼女の再登場です。
もっとも、今彼女を見ているのはマグナとレシィだけ。一同の前に現れるのは、もう少し先になります。
1つの結論に至った彼ですが、これがどういう結末をもたらすのかが読んでくださった皆さん
に想像していただければいいかなあ、と思います。


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