「あっははは♪ バーカバーカ!」 「きぃーっ!! このチビジャリがああっ!!」 目の前には、戦場が展開されていた。 鳴り響く爆音、立ち上る煙。溢れる召喚の光。 ただでさえ光の通らないこの洞窟は、伝わる振動によってミリミリと音をたて、壁や天井から小さなかけらがひっきりなしに落ちてきている。 この場所を選んだのはケルマ。色々な思惑があって選んだが、しかし完全に失念していたのは自分のこと。 岩盤がもろいこの場所でならお得意の召喚術……ワイヴァーンの手助けもできないだろうと踏んだのだが、召喚術が使えないのが彼女だけじゃないことに気付いたのはつい今しがた、しかも敵であるミニスにそれを指摘された。 ・・・いや、それはそれでいい。 彼女も仕方がないと青筋を立てながらもしっかり認めた。 バカじゃないの、と罵られながらも、周りが見えていなかった自分が悪いと彼女はそれを甘んじて受け止めた。 「頭にいく栄養、ぜーんぶその胸にいっちゃってんじゃないの!?」 「洗濯板にも満たない小娘が、ひがみ根性で言わないで欲しいですわねっ!」 結局、お互いの得手であった召喚術を封じられた決闘は、ただのくだらない悪口合戦になっていたのだが。 「こっ、これからいくらでも大きくなるもんっ!」 「親の姿から察するに、虚しい夢ですわねぇ?」 「う〜〜〜っ!!」 触発され興奮したミニスの放った一言を引き金に、この場所は冒頭の戦場へと変じていくことになる。 「なによっ!? いくら大きくたってお嫁の貰い手がなきゃ意味ないわよっ!!」 ミニスは言う。 ケルマが今までどれだけの縁談を断られてきたのかを知っている、と。 それはケルマにとっては禁句とも言える一言だった。 ・・・気にしていた。 『結婚は人生の墓場』などという言葉もあるが、彼女にとってはウォーデン家の当主としても女としても、縁がないのというのは致命的。年齢を重ねていくにつれて、焦りは徐々に大きくなっていた。 だからこそ、その言葉は彼女の心にぐさりと突き刺さって。 「やーい、年増っ! 悔しかったら、結婚してみなさいよ!?」 それは脇で見ていたマグナとトリス、レシィやバルレルはもとよりカザミネやもまた呆れた顔をしてため息をついた。 やはりまだまだミニスも子供。言っていいことと悪いことの区別がまだ、できていないのだ。 「ちょっとミニス! それはいくらなんでもシャレになってないってば!」 2人の間に割って入るトリス。しかしそっぽを向くミニス。 ミニスはトリスに隠れて、トリスは背後にしていたせいで気付きもしなかった。 背後で不気味な笑い声が漏れていることになど。 「うふ、うふふ・・・」 彼女だって、ミニスの言うとおりできるなら結婚してみせたいのに。 恋愛結婚を夢見ていた時期もあった。派閥の中でいい男を見つけられる事だってできると思っていた。・・・しかし、時間は無慈悲にも彼女の願いを容易く打ち砕き、妥協すら許されない状況にまできてしまったのだ。 「私だって・・・私だって、できるならそうしたいですわよ?」 彼女の弟たちがいい年であるにもかかわらず不甲斐ないから。自分がいないと何もできない自他共に認めるダメ人間でなければ。 縁談を断られているのは、彼女の人柄のせいであるとは一概にも言えないのだ。 うわあ、気の毒に・・・。 なんて、思わない人はきっとこの場にはいなかったと思いたい。 「婚期を逃すなんてこと、絶っっっっ対にしなかったのにっ!!!」 ケルマはすでに、この場所がどうなろうとどうでもよかった。 「・・・なあ、カザミネ」 「なんでござるか?」 彼は思う。この2人に同時に関わるとろくなことがないと。 「あのさ・・・・・・俺たちさ、やっぱり巻き込まれたんか?」 「ここへ来てしまった時点で、そうなるであろうという可能性はけして少なくなかったでござろう?」 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第34話 パニックの中で 「うわああんっ! くたばりなさいっですわぁぁ〜〜っ!」 洞窟が崩れ始めるまでに、時間はかからなかった。 もともと弱い岩盤に、我を忘れたケルマの召喚術で何度も与えられる衝撃。耐えられるわけもなく、天井から壁からぼろぼろと瓦礫になって眼下の海だまりへと落ちていく。 そんな光景を目の当たりに、慌てるのはもちろんケルマと子供じみた悪口合戦を展開していたミニスだった。 まさかこんなことになるとは思わなかった。 悔やんだところで遅いのは言うまでもない。 「ひゃあっ!?」 それに、悔やむヒマなんかない。 地面は揺れ動き、亀裂は走り、しかし彼女は止まらない。 「・・・まったく、無駄な苦労もいいとこだ」 は毒吐きながらも刀を鞘から引き抜いた。 こんなくだらないことでぺしゃんこにされて死ぬなんて、ゴメンだったから。頭上に落ちてきた岩を砕いて、ともかく地面を蹴り出した。 「あわわ、このままじゃみんな一緒にぺちゃんこですようっ!」 「羊! テメー邪魔だよっ、さっさと外に出ちまえ!!」 「はっ、はいいっ!」 「バルレル!?」 トリスの声を背中にバルレルは叫ぶ。頭上から降り注ぐ岩々を突き砕いて自身を守っている。 ・・・いや、彼はその場にいるトリス、マグナ、レシィを岩の雨から守っているのだ。華奢な身体で、細い腕で。その槍の一振りが屋根となって、彼らを守り抜いていた。 「おらニンゲンっ! 早く外に出ねェと俺様が魂喰っちまうぜ!」 「あ・・・」 口ごもるトリス。彼女ハの字だった眉尻が軽くつりあがる。彼の意図を理解できたからこそ、 「マグ兄、レシィっ!」 2人を先導しようと、声をかけた・・・のだが。 「マグ兄!?」 トリスに促されても、マグナはその場に立ち尽くすだけだった。頭上で自分たちを守るバルレルを、険しい視線で見つめながら。 確かに、バルレルに槍を操らせたら右に出るものはいないだろう。誓約に縛られながらも内の魔力をその刃に宿しての槍撃。相手が物言わぬ無機物であれ、その姿はまさに一騎当千。 真っ赤な残影が奔る。それを眼前に、彼は無言で腰の剣を引き抜いた。 「ちょ、ちょっとマグ兄! 早く外に出ないと大変なことに・・・」 「・・・・・・」 トリスがその腕を引っ張るものの、しかしマグナは頑なに動くことはない。携えた剣先は小刻みにふるふると震えていた。 胸のうちに渦巻くのは激情。 俺は・・・ 「マグに・・・」 「俺は守られる側なんて、ごめんなんだよっ!!!」 トリスの手を振り切って、剣を振り構える。見上げた先には雨あられと降り注ぐ岩石群。 腕が震える。心臓が高鳴る。 落ちてくる岩を砕くくらい、俺にだってできるとタカをくくって。 「ば、バカやろ・・・やめっ!!」 「だああああっ!!」 バルレルの制止も聞かず、その手の剣を。 「俺がまもるんだ・・・っ」 目の前に迫った岩へと振り上げた。 柄を両手でぎゅっと握り、鍛えた筋肉をフルに動かし、落下してくる人の顔大の岩に刃を食い込ませて・・・ 「強くなるんだっ!!」 斬り裂いた・・・否、斬るというよりは、砕くといった方が正しいだろう。それこそ、力任せに剣を振るった結果。力をこれでもかとこめたからこそ、岩は斬れずに砕けた。 バルレルは斬ったり砕いたりするよりも『弾く』ことを優先しているため、岩は野球のボールよろしく飛距離を伸ばして海へと落ちている。 は刀に力をまとって、とにかく自分の身だけをを守るようただ岩を真っ二つに斬り裂いている。刀身から立ち上る淡い焔がまとった力の証拠。裂かれた岩の斬り口はなめらかで、まるで綺麗に削られたレンガのようにも見える。それこそ、刀の切れ味を物語っている。 ・・・そう。彼は、斬っていたのだ。 「だあああああっ!!!」 1個、2個、3個。 個数を重ねることに岩は大きくなり、マグナの疲労も溜まっていく。おびただしい汗が彼の顔を伝っていた。 「ご主人様ぁっ!!」 そんなときだった。視界を遮るほどの岩を砕いたその先に、自分よりひとまわりもふたまわりも巨大な岩が迫っていたのは。レシィの声と同時にその岩を視界に納めて、目を見開く。 ・・・これを砕くことは無理なのだと、直感的に悟っていた。 砕くことは無理。躱すのも無理。なら・・・俺はどうなる? 大きく目を見開いた彼の視界を覆い尽くしたのは。 「え・・・っ?」 横から岩を吹き飛ばした、土柱だった。 「ミニス、しっかりつかまってろ!」 「う、うんっ」 突き刺していた刀の切っ先を引き抜いて、小脇に抱えたミニスに声をかける。ただでさえ危険極まりないこんな場所で、しかも降ってくるのは雨は雨でも岩の雨。脳天に喰らえば一撃、ケガじゃすまなくなることは間違いないのだ。 そんな中で人一人を小脇に抱えたが刀を地面から引き抜いてもなお、マグナを守る土柱は健在。落ち来る岩から彼を守っている。そんな中でトリスとレシィを見送ったバルレルが駆け寄って。 「バカ野郎っ!! テメェ何考えてやがんだ! 外に出ろっつーのがわかんねェのかよ!?」 マグナの襟首を引っつかんでまくし立てた。 彼は「外に逃げろ」と言った。 彼らの今の技量ではここをしのぐことはできないと、彼なりに察して1人、前に出たのだ。だからこそバルレルは、そんな自分の行動を不意にしてしまうような行為に腹を立てていた。 せっかく労力を無駄にされることは、彼でなくとも少なからず腹が立つだろう。バルレルはただ、その部分に関する沸点が著しく低かった。 それだけなのだ。 「俺は道化か? 俺がやってることがそんなに無駄なのかよ!?」 「いや、俺は別にそんなつもりじゃ・・・」 「つもりも何もねェってんだよ! ・・・弱ェ奴は弱ェなりにできることやれよな、バカが!!」 「!?」 だからこそ、バルレルは言葉を選ぶ余裕をなくしてまくし立てている。 配慮なく放たれた言葉が、マグナの胸を抉り貫いた。 身体を硬直させたマグナをかばえる人間は、この場にはいない。皆、崩れ落ちていく洞窟の中から出て行ってしまっていたから。 バルレルは興味をなくしたかのようにマグナを開放し、小さく舌打ち。 その小さな胸のうちに一瞬にして溢れた衝動を、彼なりに押さえつけての行動。 「コイツが崩れないうちに、早いトコ外に出るんだな。・・・ま、死にてェなら話は別だがな。ケッ!」 「・・・・・・」 突然の身の自由に身体の制御ができず地面に座り込んだマグナを背後に、まるで独りごちるかのようにつぶやいたバルレルは落ちていく岩の雨に身を踊らせる。彼もまた、やることは済んだとばかりに外へと向かったのだ。 頭上で響く轟音。ヒビが走る土柱。 いちいち見上げなくてもわかる。これはいまに・・・崩れる。 そう確信を持った、そんなときだった。 「マグナっ!」 かけられる声と、差し出される手。 それは、彼を悩ませ苦しませている元凶そのもの。ミニスを小脇に抱えたの必死な表情だった。 「・・・」 「この洞窟はもうもたない! 早く出ないと死んじゃうぞ!」 そんな言葉に、マグナはゆっくりとその手を取ったのだった。 ちなみに、洞窟崩れの原因であるケルマはというと。 「ケルマっ!!」 「・・・!!」 がミニスを小脇に抱えた、ちょうどそのときの話。 パニックを起こしていたこともあり、落石に気付くのが遅かった。ミニスの声に気付いて頭上を見上げ、彼女の表情に恐怖が宿る。 ちょうど人の顔程度の大きさの岩。あまり大きくないからとタカをくくっても、それを脳天で受ければどうなるか。それがわからないケルマでもない。徐々に大きくなる岩の影に走馬灯が巡り、表情を引きつらせた。 「ケルマぁっ!」 ミニスが叫んだ、そんなときだった。 「・・・キエェェェイッ!!」 カザミネがフットワークも軽く岩と岩の間を走り抜けて、跳躍。ケルマに迫っていた岩を一刀のもとに斬り落したのだ。 乾いた着地音の後も襲い掛かってくる岩を斬り飛ばしながら、彼女を守るカザミネの姿。・・・それは彼女には、どのように見えただろうか。 「カザミネ! 早いトコ逃げるぞ。大事になる前になっ!!」 「何を言っているっ!? すでに大事ではござらぬか!」 「騎士団とか来ちゃったら、どう言い訳するんだよっ!? ほら、問答してるヒマないぞっ!?」 「・・・わかっているでござる・・・っよ!」 と大声で問答を展開して、カザミネはさらに。岩を斬り飛ばす。次々に落ちてくる岩は、洞窟が完全に崩れ切るまで止まらないだろう。というか、頭上の岩盤が落っこちてきたら、いくらカザミネとは言えど間違いなく死ぬ。数回は死ねる。 とにかく今彼らが優先するべきは、この場から早急に脱出することなのだから。 「・・・ケルマ殿っ。早く、拙者の背中におぶさるでござる!」 「は・・・はいっ!」 ケルマを背中に乗せたカザミネは、刀を手に再び跳躍。背中に荷物を載せているとは思えないほどに素早く、真っ直ぐ出口を目指していた。 タイムリミットも近い。だからこそ、落ちてくる岩なんかに構ってなどいられない。カザミネはとにかく、背中のケルマの様子を気にする余裕もなくせかせかと足だけを動かす。 だからこそ気付かない。 「・・・」 ケルマが頬を赤く染めて、掴んでいる肩に軽く力をこめたことになど。 |
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