「ああ、さんっ!」

 逃げるように、惨劇と化していたスルゼン砦からファナンへ引き返してきてすでに2日。
 アメルの熱もようやく収まりを見せて、とりあえず今日は1日安静にしてることー、なんて言いつつ、みんなして彼女を部屋に押し込めた。
 彼女はどこか不満げに頬を膨らませていたが、あとでぶり返されてしまっては事だからと。今も渋々ながら、ベッドに横になっている。
 そんな中、よくわからないうちに目を覚ましたはユエルとハサハと、ファナンの街をさ迷っていた。

 ・・・もとい。さ迷ってるわけではなく、単純に出かけてきているだけなのだが。

 そんなとき、大きなバスケットを抱えて呼び止めたのは他でもない、パッフェルだった。
 つい2日前にはゾンビの街を単身で徘徊していたくせに、楽しげな笑顔を見せている彼女は。

「やあパッフェル。砦での成果はどうだった?」
「えー、それがですねぇ・・・聞いてくださいよ!」

 単身で走り回ったにも関わらず、給金の『き』の字もなかったらしい。
 しかも、金庫は見つけたものの結局開けられずじまい。
 結構がんばったのにな〜、と肩を落した彼女は、大きくため息をついていた。

「雨は降ってるしお給金はもらえないし、戻ってみれば皆さん戦ってるじゃないですか・・・あー、正確にはさんが奇声を上げてたっていうのが正しいですけどむぐうっ」
「わわ、ヘイ・・・じゃなかった、パッフェル! それは言っちゃダメだよー!」

 彼女の物言いを慌てて止めるユエル。そんな彼女たちをきょとんとしつつ眺めるにユエルが視線を合わせると、冷や汗かきかき苦笑する。
 そんなユエルに首を傾げながら、しかし彼女はパッフェルの耳元に口を寄せて、

「お願いだから、その話はしないでね。・・・思い出したくないから」
「は、はぁ・・・」

 とにかく、念を押した。当のパッフェルはなぜあの時の話がダメなのかわからず、頭上にはてなマークを浮かべているだけ。
 ・・・あの時の光景、感じた戦慄は実際に立ち会わなければわからないもの。パッフェルがわからないのも当然といえば当然の話だった。

「まあ、それはそれとしてなんですけど」

 と、パッフェルは彼らを呼びかけた本当の理由を話すことになる。
 ちょうど彼女がスルゼン砦へ仕事をしに行っている最中の話。彼女がウエイトレスをしているケーキ屋で、大変なことが起こっていた。
 それに伴って、1人の女性が犠牲に・・・いや、行方をくらませてしまったのだ。





    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    第32話  消えた





「シエルが、いなくなった?」

 パッフェルの話は人から聞いたもの。それすらもあまりに漠然としていて、要領を得ないものだった。
 始まりは、とある客が店に現れてから。
 彼女もまた聞きだから詳しい状況こそつかめないものの、その客とはまだ年若い男性数人のグループだった。彼らを視界に入れた途端に彼女の態度は落ち着かないまま仕事を終えていった。その次の日にはすでに、勤務時間が始まってもケーキ屋へ姿を現すことはなかった。
 それからすでに3日ほど。彼女は結局、今も姿を現すことなく今に至っている。

 そういえば、とも思い至る。
 今日、というかファナンで最初にパッフェルと一緒に会ってから一週間、あまり大きくはないこの街で一度たりとも会うことはなかったことを。
 パッフェルを含んだ彼女たちはいつも、ケーキの配達で街中を飛び回っているはずなのに。

「いなくなった、というよりは帰ってこないって言った方が正しいですね。そのあと、そのイヤ〜なお客さんたちと出て行ったきり・・・」
「誰か止めようとか、しなかったの?」
「シエルおねえちゃん・・・」

 ハサハの表情に影が落ちる。シエルとはあまり話をしたことがないものの、ハサハはシエルが好きだった。
 彼女はいつも心の底から幸せそうに、楽しそうに笑うから。彼女が笑っているだけで、そこにいた人みんなが気持ちのいい笑顔を見せるから。だから彼女はみんなから慕われて、好かれていた。
 その彼女が数人の客に連れて行かれて、すでに3日。
 パッフェルを含めたケーキ屋の同僚も、その常連客も。みんなが心配しているのに、彼女はいっこうに姿を見せない。戻ってくる気配すらないのだ。

さんたちは、どこかでちらっとでも見てませんか?」
「いや、見てないな・・・」

 の返答にパッフェルは眉をハの字にしたまま苦笑する。
 彼女はシエルと仲がよかったからこそ、その心配もひとしおといったところなのだろう。

「あの、もし見かけたら私が・・・じゃなくって、みんなが心配してるからって・・・伝えてもらえます?」
「ああ、そりゃもちろん。大事な友達だしね」

 そんな一言で、パッフェルは花が咲いたかのように綺麗に、笑って見せたのだった。



「・・・っ」

 今、リューグは目の前の女性を前に、敵意剥き出しの視線を真っ直ぐ向けている。
 相対する女性――モーリンは、まるで子供を諌めるかのように落ち着いた雰囲気を醸し、どこか一時の威圧感すら感じる。
 そんな光景をマグナは1人、遠巻きから見つめていた。
 仲間の2人が剣呑な雰囲気になっているのだ。もちろん、止めに入ろうとしなかったわけじゃない。間に入って諌めようとしなかったわけじゃない。
 ただ・・・動くことができなかった。

「八つ当たりで稽古を重ねたって、本当に強くなんかなれっこないさ」

 彼女の言葉が、あのときの『彼』と同じように聞こえたから。
 ・・・否、彼女が紡いだ言葉はいつかの彼の言葉とはまったく違うものだった。でも、その答えは一緒なのではないかと思えた。
 人を殺す覚悟。奪い取ったものすべてを背負う覚悟。剣を持つ覚悟。
 それらに加えて、モーリンの言う『強さ』の意味。
 このすべてはきっと、たった1つに行き着くのだと。

 でも、今の自分にはその答えがわからない。
 今まで自分のしてきたことが間違いだと、思いたくなかった。
 だから。

「っ!!」

 この場にいられず、逃げるように走り去らずにはいられなかった。

 覚悟とはなんだ?
 奪うとはどういうことか? 
 『強さ』とは・・・なんだ?

 頭の中を渦巻く疑問は、ことごとく『自分』をかき乱す。
 リューグは強いと思う。村を焼かれ、ただ愚直にアメルを守ろうと奮闘している。でも、そんな彼をモーリンは。

「『強さ』の意味をはき違えているようじゃ、今のアンタにはないね」

 はっきりとその言葉を告げる。

「なめんなあァァァ!!」

 戦斧を振りかざし、殺意すらも滲ませてリューグは突進する。今までの自分のすべてを否定されたのだから。
 強くなろうと。強くなりたいという一点だけを考えて、ただ真っ直ぐ斧を振るってきただけなのだから。
 それを否定されてしまっては、何も残らないから。
 だから彼は、怒りを露にするのだ。

「なめてんのは・・・どっちだいッ!!」

 マグナが顔を背けて、その場を離れようと一歩を踏み出したときだった。
 モーリンの怒声と共に聞こえてくる乾いた音に気付いて、再びその顔を2人へと向けていた。
 そこには、ずっと稽古を続けてきたはずのリューグが腹を押さえて、モーリンの前でうずくまっている光景が広がっていた。それはすなわち、得物を持つリューグが無手のモーリンに、たったの一撃で倒されたということの証拠。
 荒々しく呼吸するリューグを見下ろして、

「あんたにゃ、一番肝心なモノが欠けてる。それを知らなきゃ、あたいにゃ勝てないよ」

 まるで駄々をこねる子供を叱咤するかのような口調でその一言を告げた。

「・・・いや、ちがうか」

 彼女は付け加えるように言う。
 自分だけじゃないと。肝心な『なにか』が欠けていることではなく、またその『なにか』知っているということでもない。ただ、

「誰とやったって、勝てやしないよ」

 その言葉は、リューグの持っている力すべてを否定するものだった。今まで積み上げてきた鍛錬だけでなく、実戦すらこなして経験値としてきた力のすべてを彼女は、たったの一言で否定してみせた。
 聞こえてきた言葉は、遠巻きで見ていたマグナさえも強く強く押し潰す。
 心を、身体を。
 まるで、派閥で積み上げて手にしてきたすべてを、たったの一撃でぶち壊されたかのようで。

「よぉく考えて、自分で答えを出しな。そしたら、いつでも再戦してやるよ」

 去り際の彼女の言葉が、あのときの『』の言葉と置き換えられてリフレインしていた。
 マグナの足は凍り付いていた。リューグを貶めたモーリンが、自分の方へやってくるというのに。肝心の足が、少しも動いてくれなかった。

「あれ、マグナじゃないか。・・・もしかして、見てたのかい?」
「・・・」
「やれやれ、アイツもまだまだ青いねえ。まったく、危なっかしくてほっとけないよ」
「・・・・・・」
「まあ、これも修行のうちさ。マグナも・・・」
「・・・いんだ」
「え、なんだい?」

 うつむく。
 彼女の顔をまともに見られない。うずくまり声を上げるリューグと自分は、同じなのだから。
 だからこそ、リューグのことをまるで自分のことのように捉えてしまう。脳内で勝手に言葉を変換されて、彼女の言葉が彼の心に、身体に突き刺さる。

「俺は・・・っ」

 あれからずっと考えていた。

 ――みんながたった1つしか持ち得ないものすべてを奪う。それがどういうことか・・・よく考えてみてくれ。

 彼が放った、この一言を。話の流れからわかるのは、【みんながたった1つしか持ち得ないもの】が何であるかということだけ。
 どういうことかなどと聞かれても、答えようがない。
 考えろと言われても、何を考えればいいのかわからない。
 なら。

「マグナ、なにかあったのかい?」

 心配そうに自分を見る彼女の視線が痛い。まるで、自分の中の全部を見られているような気がして。
 つらくて、きつくて、いたたまれなくて。

「俺・・・はぁっ!!」
「お、ちょっとマグナ!?」

 モーリンから、逃げ出した。
 制止の声も聞かず、今はただ誰もいないところに行きたかった。こんがらがってしまった頭の中を整理して、溜まった熱で茹で上がってしまった頭を冷ましたかった。
 鍛え上げてきた足で砂を蹴り、マグナはただただ走る。
 砂浜を抜けて、街並みを抜けて、ファナンの門を抜けた先に広がる草原の真ん中で、彼は倒れこむように寝そべる。

 逡巡する2人の言葉。
 思い返すたびにざわつく心。
 漠然とした問いに、出せない答え。



「俺は、どうすればいいんだよォォォ―――ッ!!」



 マグナは1人、青く蒼く澄み渡る空に向かって叫び続けた。






はい、お久しぶりの更新ございました。
マグナがなかなかきつい状況ですね。
本編を進めていく中で、リューグとモーリンの場面でよさげなところがあったので急遽取り入れてみました。
こういった小話的なものについては極力避けていきたかったんですが、彼をおおいに悩ませるためには、
やはりこういった場面は取り入れたほうがいいと思うわけですよ。


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