ゆっくりと浮上する意識。 レムからまどろみへ、頭上から降り注ぐ日光がまぶたをたたく。 軋みを上げて稼動を始める彼の身体はまず、 「ん・・・」 喉から小さな唸り声を上げた。 顔にかかる光があまりにもまぶしくて、身体を包む温かさが気持ちよくて、まぶたを開くことすらためらわれた。 しかし、時間は待ってくれない。本格的に動き始めた身体も、覚醒した脳も、起きろ起きろと命令を下す。 ゆっくりと、まぶたを開いた。 「あ、おきた? よかったよ〜、あれからまったく起きる気配がなかったから、心配したよ」 聞こえた声は・・・そう、ユエルのものだ。ぼー、と少しかすんだ視界を泳がせて周囲を見やると、おぼろげでありながらもそこがファナン、モーリン家であてがわれた自室だと思い至る。 「おにいちゃん、気分はどぉ・・・?」 ・・・ようやく意識がはっきりしてきた。 身体を起こしたものの意識が混濁していろいろとわけがわからないが、1つだけわかったのは。 「あぁ、大丈夫だよ・・・記憶がはっきりしないけど」 そんな一言にユエルもハサハもびくりと身体を一瞬、振るわせる。 思い出したくもないようなことが起こったのか、2人してぎゅっと目を強く閉じるとそのまま首を大きく強く左右に振り乱した。 ・・・俺が意識を失ってから、そんなに大変なことが? ともあれ、意識が戻ったのなら喜ばしい、と言わんばかりに強引に話題を転換させたがる2人だったが、 「さ、さあさあ! はまだ病み上がりなんだから、ちゃんと寝てないとダメだよ!」 「まだ・・・これからどうするか、きめてないみたいだから」 ハサハのたった一言で、それなりに察することができた。 自分たちはあの砦から何らかの理由で引き返して来たということや、引き返してきたはいいものの自分を含めてしばらくファナンに留まらざるを得ないこととか。 寝てないとダメだよ、と冷や汗たらたら言っていたユエルの言葉どおりである。 「なんか、思い出したくなさそうだったけどさ。あの後・・・どーなったんだ?」 それでもまぁ、聞きたいなと思うのはこんな状況に置かれれば彼でなくても同じだと思いたい。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第30話 憑依召喚術 「伏せろ!!」 話は丸々半日ほどさかのぼる。 レナードが怒声に近い大声と共に放った数発の銃弾によって、かろうじて生き残っていたゾンビたちが吹き飛んで倒れ、動きを止めた。 「その死体は召喚術で操られているんだ! 犯人はまだ近くにいる!」 憑依召喚術とは、そういう術なのだ。 サプレスから低級の悪魔を召喚し、死んでしまい魂の支配から解放された身体に憑依させることで、自分の意のままに操る術。 低級悪魔を召喚するからこそ、魔力の消費も抑えられる上に大量に召喚できる。そして何より、悪魔を憑依させた人間はいくら斬ってもいくら吹き飛ばしてもいくら身体を貫いても倒れることはない・・・不死身なのだ。 それこそが外道と呼ばれる所以なのだが、しかしカザミネに抱かれて死んだように眠っている彼は今まで、大量のゾンビたちを戦闘不能に追いやってきた。 なぜ、そんな芸当ができたのか? 答えはそう、簡単だった。 相手は死んでいるとはいえ、あくまで人間なのだ。くっついている両脚で立って歩いているのだ。 だったら、その両脚をなくしてしまえば。 実際、山脈のように連なっている死体の山はみな、足だけを見事に斬り飛ばされているだけだ。それだけでゾンビたちは思うように動けず、じたばたともがいている。まったく、自分以外を操るというのは、さも難しいものである。 不死身な敵は確かに恐ろしい。しかし、いくら敵が大量にいようとも、根源である召喚師を倒せばことは収まる。彼のように足だけをピンポイントに狙うような面倒なことをしなくても、召喚師を倒すだけで片はつくのだ。状況が状況でなければ、そんな面倒なことするわけもない。 だからこそ、マグナとトリス、マグナの護衛獣であるレシィ、そしてネスティとその護衛獣レオルド、そして彼らが出会ったロサンゼルス刑事のレナードが仲間たちと合流した瞬間に、その中でも憑依召喚術についてよく知るネスティが声を荒げた。 「どこ・・・? どこにいるのよ、そいつは・・・」 つぶやいたのはトリスだった。 降りしきる雨の中、みんながみんな周囲を見回す。壁に亀裂の走る見張り塔、崩れかけた出入り門、すでに見る影もない建物もろもろ。隠れる場所だけなら目白押し。10対を超える目から逃れる事だって、きっとできるはず。 しかも、ロレイラルで誕生した高性能レーダーを持つレオルドだっているのだ。 「レオルド、どうだ?」 「・・・申シ訳アリマセン、主殿。コノ悪天候ノタメカ、れーだーニハマッタク反応ガアリマセン」 「そうか・・・」 ・・・役に立たないな、このロボット。 小さくため息をつきつつもそのかすかな空気の揺らぎに気付いたのは、先刻から神経を研ぎ澄ませていたカザミネだった。 「あそこでござる!!」 「よっしゃあっ!!」 カザミネが指差したその先、中腹辺りから崩れて街を囲う壁を破壊してすでに瓦礫と化している柱へ銃口を突きつけ、躊躇なく発砲。周囲に快音が響きわたり、発射された銃弾はアスファルトで造られた柱にめり込み、白い糸のような細い煙を数本、降り注ぐ雨に逆らうように上がっていた。 「ほお、よく見つけたな。ワシの気配を・・・」 褒めてやるぞ。 その銃弾によっていぶりだされたかのように、カカカカ、とどこか特徴ある笑い声をあげながら、1人の男が音もなく現れた。 ゾンビたちは誰かさんのせいで戦闘不能にされた。そんな状況で、レナードが射撃した柱の影から現れたその男は彼自身、まるでゾンビのようだった。顔色悪く、目の下には濃いくまをつくり、まるでこちらを卑下しているかのような笑みが称えられていた・・・いや、これは誰が見てもわかるようなあからさますぎるほどの嘲笑だ。 「お前がこの砦を壊滅させたのか!?」 そんなマグナの問いに「いかにもいかにも」と満足げに哂ってみせると、自身をガレアノ、と名乗ってみせた。もっとも、砦そのものを壊滅に追い込んだのはそこでぐーすか寝てるなのだが。彼のしたことを一緒に背負っていることに気付いているのか、いないのか。 屍人使いガレアノ。サプレスの召喚術・・・そのなかでも外道の術と言われている『憑依召喚術』を使いこなす召喚師。 見開いた彼の目は赤く・・・禍々しいばかりに爛々と光を放っていた。 「呼び名どおり、陰気な野郎だな! 青白いツラしやがって!」 「カカカカ・・・なぁに、すぐにお前らも同じ色になるさあ」 そんなガレアノの自信に満ち溢れた言葉に、リューグは周囲を見回して小さく笑ってみせる。 彼が発した言動がどれだけ滑稽か、面白いほどに理解できるからだ。むしろ、彼がこの事実に気付いていないことがお笑いだ。 「バカじゃねえのか? 同じ顔色になるって誰がしようとすんだよ、んなこと?」 「なんだと?」 リューグの声に眉をひそめるガレアノ。 ・・・本気で気付いていないらしい。 リューグはやれやれ、といわんばかりにため息を吐き出すと、くいと顎で見るよう促した。もちろんその先には、山のように連なっている上にかすかにもぞもぞと動いてどうにもキモチワルイ死体の数々。 「カ、ヵ・・・」 その光景に、ガレアノは我が目を疑うと同時に身体も顔も硬直していた。 そして顔中をまるで滝のように流れる汗。 けして魔力が残っていないわけではないだろう。しかし、苦労して召喚した悪魔たちが主の自分でさえ気付かぬうちに動けなくなっていて。 「カカカカカカ! カーッカッカッカッカ!!」 もはや、笑うしかないらしい。っていうか、意外にショックだったようで、笑い声がどことなくわざとらしい。 そして。 「カカカカカカ――――ッ!!」 走り去ってしまった。しかも、その風体とは裏腹に明らかに身長より高い壁をひとっ飛びして。 突然の行動に一同が驚かないのも無理はない。 まるで一流のアスリートがご降臨召されたかのような光景で、むしろそのいさぎよさっぷりに拍手を送りたい。 まさに、顔に似合わぬ驚異的な身体能力だ。 「・・・で、どーすんだこれから?」 「とりあえずあたいの家まで戻ろうよ。ここで」 つぶやいたのはフォルテだった。 雨は降り続いたままやみそうにないが、このままここにとどまるわけにもいかないだろう。 そして、いかにも不憫なのが足を失くしてもがいている屍人たちだ。その咆哮はまるで身体に残った魂のかけらが生前の自分を思い描き、同時にその時に還ることのできない悔しさに嘆いているような、聞くものの気持ちを揺さぶるような哀しげな声だった。 今に、こうして声を上げることもできなくなるだろう。彼らを維持しているのはガレアノの魔力だからこそ、それが薄れて消えてしまえば、彼らは再び闇に還ることになる。 どこへ行こうかとフォルテが尋ねている中で1人、積み上げられた屍人たちを眺めていたのがアメルだった。屍人たちはむしろ、見ているだけでも吐き気をもよおしそうな風体をしているというのに、彼女は目はそむけられることなくその黒い山へと向かって。 「アメルさん・・・?」 「ひどい・・・」 主であるマグナたちが議論している中で、レシィはそんなアメルを見上げる。彼女の目尻には、かすかながら涙が浮かんでいた。 無理やり喚び出されて、無理やり戦わされて、痛くて苦しくて今、声を上げて泣いている。それが、どうしても彼女には耐え切れなかったのだ。 ゆっくりと目を閉じる。 「やっと、安らかに眠れると思っていたのに無理やり起こされて、無理やり戦わされて、苦しんで・・・」 「アイツ・・・ちっ」 アメルの言葉に過剰な反応を見せたのは、意外にもバルレルだった。アメルはいつものアメルなのに、何か違う。 姿も声も同じ彼女のものなのに、違うのは・・・そう。彼女が纏っている雰囲気だ。 出会った頃からいけ好かねーヤツだと思っていたが、今はそれが顕著だった。自分の嫌悪感をちくちくと刺激して止まない今の彼女に近づくはおろか視界にすら、それ以前に存在していることすら否定してやりたいほどに、バルレルはアメルを嫌悪していた。 「もう、苦しまなくていいから・・・だから・・・安心して、ね・・・?」 そんな声と共に、アメルの身体に変化が訪れる。 まるで背から翼が広がっていくかのように、彼女の身体がまぶしい光に包まれたのだ。その光は瞬く間に一行の視界を遮って。 『オオォォォ・・・』 屍人たちは光に包まれ、文字通り消えていった。 憑依していた悪魔たちも送還され、それと同時に寄り代となっていた死体はボロボロと崩れて、最後にはまるで砂のように風に乗って。 その状況を一番理解しているのはもちろん、先ほどから神経の先っちょを突付かれまくって機嫌の悪いバルレルだ。 人の心を覗き見て癒しの奇跡を起こすという事象だけではわかりづらかったが、いまならばわかる。屍人たちに乗り移っていた悪魔たちもきっと、今の光景を見れば自分と同じような感想を懐くだろう。 それもそのはず。彼女は・・・いや、彼女が持つ『力』は。 「き、消えていく・・・」 「これも聖女の力だっていうのか・・・?」 彼らの天敵と、同じものなのだから。 ● 「ってなわけだ。あのオンナ、ぜってーなんかあるぜ。間違いねー・・・あーしんどかったぜ、ったくよぉ」 「バルレル、いつの間に入ってきた上に話しかぶせてきたの!?」 「あ? てめーらがなんかしゃべりづらそーにしてたから、気ぃ利かせてはなしてやったんじゃねーか。ありがたく思えよ」 「べつに・・・たのんで、ないけど・・・?」 「そーだそーだ! ハサハの言うとーりっ!」 「・・・てめェら、2人だからって調子に乗りやがって」 話の流れの通り、いつの間にやら過去の語り手がバルレルに変わっていた。 まぁ、変わるまでは2人ともどこか話すことに戸惑いが見られていていろんなところが解釈しづらかったから、よかったといえばよかったのだけど。 「で結局、アメルの祖母って人のところにいく方針は?」 「あ、それは変わってないみたい。今はアメルが熱出して寝込んじゃってるから、しばらくはここで足止めだけどね」 の問いに答えたのは、ハサハと共にバルレルをからかっていたユエルだった。 アメルの病気云々については仕方ないとも思う。もともと彼女は前線で戦うような感じではないし、ずっと強い雨が降っていたのだから。普通の人だって、身体を壊してしまうのは無理もない。 とにかく、黒の旅団の襲撃でもない限りはしばらくは自分のために時間を費やせる。最終的にそんな結論に至ったところで、はようやくベッドから這い出した。 今の今までずっと寝ていたので、どうにも身体がダルくて仕方なかったのだ。 こういうときは、無駄に動いて解消するに限る。枕元に立てかけてあった刀を手に取ると、扉の取っ手に手をつけた。 「刀もってどこ行くの? っていうかユエルたちも連れてけー!」 「ハサハも、いっしょ・・・」 「軽く身体動かそうと思っただけだけど、それでもいいなら・・・」 2人の言動に軽く苦笑しつつ、取っ手に力を込めたところで。 「ぶっ!?」 が扉を開くよりも先に、向こう側から勢いよく開かれ、激突。 そして衝撃、顔面を強く打ち付けて悶絶。 「ハハハハハ! なにやってんだよお前!!」 楽しそうに転げ笑うのはバルレルだったが、扉を開けた張本人は何だこの光景は、といわんばかりに扉を開けたまま、ぽけ、としていた。 なにせ、いつもと違うバルレルがそこにいたからだ。 声を上げて笑うことはあっても、それは自分たちに対する皮肉めいたものがあった。しかし、今の彼はどうだ? 「つつ・・・なんだよバルレル、そんなに笑うことないだろ?」 「や、だってよぉ・・・テメーのあの悶絶の仕方ときたら・・・ダッハッハッハ! 思い出しただけで笑っちまう!!」 これが一連の事件を背中合わせて戦い抜いた人間と、昨日今日であった人間の違いかと思い知らされた。 「・・・まぁいいや。で、何か用事か、マグナ?」 「え? あぁ・・・うん」 目を閉じれば蘇る、あのときの2人。 高い技量と強い腕力をもって、お互いの限界まで肉体を行使してなお、戦い抜くことのできるその『強さ』が、彼には必要だったから。 「俺に、剣を教えて欲しいんだ!」 |
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