瞬く間に、ゾンビたちは1人の青年によって退治された。降りしきる雨の中、彼らはただの一振りで宙を舞う。ただの一撃で砕かれ、動くことすらままならない。
 高い壁に軽々と飛び乗り、掻き消えるように素早い動きで翻弄し、細い刀たった1本でゾンビの一団を吹き飛ばす。その光景がどうにも恐ろしくおぞましく、あまりにも凄惨すぎた。
 その凄惨さによって、一行に対して倒されたゾンビたち以上に恐怖に陥れていた存在。それが誰かなど、言うまでもないだろう。
 魔力とも違う、何か別の力によって咆哮を上げる純白の……今はゾンビたちの血液や体液などいろんなものが付着して見る影もない刀。そんな妙な色合いの刀身とは正反対に返り血すら浴びず雨だけに濡れている白いシャツ。
 普段は取り乱す姿すら見せない彼が、今は。

「ケケケケェェェ――――ッッ!!!」

 目を血走らせて、ただただ目の前のモノだけを吹き飛ばしていく。
 それはただ単調な行動かもしれないが、その行動だけで仲間はおろか何とか生き残っている(生きてないけど)ゾンビたちの恐怖すらもあおっていた。
 彼が召喚されて間もない頃から一緒にいたユエルも、過去に共闘したという経歴を持つバルレルすらも知らない彼の新たな一面。

「おにいちゃん・・・こわいよ」

 おろおろしつつも恐怖に身を震わせるハサハ。彼女はむしろ今の光景を見て恐れおののいてしまうのは仕方ない。
 とにかく・・・なんとかしなければ。

「なんとかしなければっていうけどよー・・・」

 リューグは言う。確かに今の光景は酷いものだ。常人でなくとも、酷い有様だと思うだろう。
 しかし、まずはそんな光景を生み出した当事者である青年をどうするのか、を最初に考えなければならないだろう。
 行動を起こすにしてもこの場を離れるにしても、

「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネェェェェェェ!!!!」

 とにかくまずはあたり構わずぶち壊し続ける彼を止めなければ。
 いつ止まるかもわからない。それに、今の状況では満足に休息だってできやしない。
 だったら、やることはおのずと見えてくる。

「・・・あれ、止めるの?」

 ユエルの言葉が一行にのしかかる。ただでさえゾンビばかりで危険な場所だったのだ。そんな時に光臨したいろんな意味での破壊神。
 なんていうかもー、建物とかお構いなしでぶっ壊しまくっている。
 今の彼には、自分たちの姿は見えていない。ただ目の前のゾンビぞんびアンデッドを壊し潰し吹き飛ばす。
 目を血走らせ裂けんばかりに唇を吊り上げ、純白の刀をなんの迷いもなく振るっている。ゾンビの大群を相手にたった1人で立ち向かい、それでもなおすべてを躱し尽くし、目に見える傷を負わず戦い続ける。それを可能としているのが、彼の持つポテンシャルと経験。そして、驚異的な身体能力と動体視力。
 たった一振りで数体のゾンビを屠るその剣戟に思わず身震いし、しかし。

「おおおぉぉぉぉ・・・」

 わなわなと身体を武者震いさせているのは、ほかでもない。
 過去の事件で出会ってからずっと、今のこの瞬間を望んでやまなかった1人の剣士。
 ・・・カザミネだった。

「ようやく巡ってきたようでござるな!」

 目の前の惨劇を気にも留めず、カザミネは腰の刀を抜き放つ。
 の持つそれとは対照的に、重厚な光を帯びた一般的な銀の刃を持つ刀は、細部まで手入れが行き届き、見る者すべてが見惚れんばかりの輝きを放つ。
 剣に魂を込めた、剣客としての性。コレだけの技量を見せ付けられて、その腕・・・競わずにいられるだろうか。
 昂ぶる胸の鼓動。溢れ出す闘争心。それらの感情はすべて、彼の顔に宿る。
 ・・・そう。
 彼は、笑みを止められずにはいられない。

「この時を・・・待っていたでござるよ!!  !!」

 あえて、彼はのフルネームを告げるのだった。





    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    第29話  ガッデム





 カザミネは刃を振り構え、身を屈めてその一歩を踏み出した。
 サムライにはとても似合わない黒い靴の音が、轟音の中の仲間たちの耳に妙に大きく残っていた。
 彼の背を眺め、いち早く我に返ったのはこともあろうにフォルテであった。彼は自分が見ている光景があまりに現実とかけ離れていたからか、少しばかりその巨体を硬直させていたのだ。冒険者とはいえその実、彼は剣士だ。目の前で鳴り響く轟音が、細身の刀から発されているとはとても思えず、それでもなお現実として受け入れるには妙に生々しい。
 ・・・彼は、これを現実だと受け入れざるを得なかったのだ。

「と、ともかくだ。この状況じゃ、カザミネの旦那に続くしかねえよな」

 そうしなければ、この砦は崩れ去る。つい先日まで人が住み生活していたこの場所が、まるで夢物語であるかのようにあっさりと。
 確かにゾンビばかりでとても人が住んでいたようには思えない。しかし、この場所はこれからいくらでも栄えさせることのできる場所なのだ。だからこそ、彼は動く。我をどこか遠いところへ吹き飛ばしている仲間を止めるために。

「ゆ、ユエルもユエルも!」

 付き合いが一番長いはずの自分が今まで知らずにいた、己の主人の思わぬ一面。それを垣間見たユエルも、その腕に鉄爪を装備する。
 の強さをより近くで、誰よりも知っている彼女だからこそ、その判断が間違いではないのだという事実を物語っていた。

「おにいちゃん・・・!」

 そして、次に覚悟を決めたのはハサハだった。
 胸元に抱えた宝珠に力を込めて、狂ったように高笑っているを見据える。気の小さい彼女のこの行動はこの先、ある意味ではその物静かな性格ごと変わる要因にすらなりえるだろう。自分から覚悟を決めて、その小さな一歩を踏み出す。
 その覚悟は重く、大きく、ユエルやハサハにのしかかる。己が主を・・・大事な家族を、自分たちは傷つけようとしているのだから。

「ったくよ、世話焼けんなちきしょうめ・・・!」
「ちょっ、バルレル!?」

 そして、バルレル。主不在にしてなお、彼は普段からはありえない様な行動を起こす。
 ただでさえ面倒な状況下で、彼は自ら自身の得物を手にしたのだから。
 虚空から現れる細身の槍。誓約に縛られ弱体化しているものの、その力は未だ健在。・・・誓約に抗ってまでその力を奮おうとしている彼の心情が、事態の危険性を物語っていると言っても、過言ではない。

「そうだよ・・・止めなきゃ」

 誰がつぶやいただろう。
 降りしきる雨の中、しかしてそのつぶやきは全員の耳に届いていた。
 それぞれが武器を取り、未だに暴れているを見やると。

「ケケケケケ!!!!」
「おおおぉぉぉっ!!」

 カザミネが、すでに激しい技比べをはじめていた。
 一合、二合、三合。
 瞬く間に重ねられる甲高い金属音と溢れんばかりに迸る剣気は、シャワーのように降り注ぐ雨ですら避けて通り、刀の先端で弾け飛び、刃から飛び出る火花を鎮める。ゾンビを死ぬほど狩ってきたというのに身体のキレは衰えることなく、むしろ力強くカザミネに向けて大きな一歩を踏み込む。
 渾身の力込めて放つ一撃。踏み込んだ足にも力がこもり、めり、という音と同時にアスファルトの床に小さなヒビが走る。無論、カザミネも負けてはいない。サムライが好んで履く草履とは違い頑丈で動きやすい靴は彼の激しい動きに反応し、込められる力に耐えて、彼はと同様に渾身の一閃を放つ。
 小ぶりな武器だからこその小回りの速さ、繰り出される剣速。そして、その精密さ。どれをとっても、2人のそれらは一級品だと言えるだろう。

「クケケ――ッ!!」
「せえぇぇぇえいっ!!!」

 気合のこもった雄叫びと共に、放たれるは砲弾をも軽々斬り絶つ脅威の一閃。目にも留まらぬ速度と共に繰り出される銀光は、互いの死を目前にした必殺の斬撃。
 うねる気流と己の放出するエネルギー。互いに正反対の向きを持つそれらは、勝敗を分けることなく2人の間であえなく止まる。
 カタカタと震える切っ先を眼前に、続いて始まったのは力比べ。
 互いの刀の峰に手を添えて、押しつ押されつの攻防戦が続く。
 そんな2人の間に割ってはいることは、むしろ邪魔なだけなのかもしれない。意気込んで向かっていこうとしたその先に展開するタイマン勝負を、もっと見ていたいと。
 目のあたりにした仲間たち・・・パッフェルを探しに行った帰り道、崩れかけた石の門をくぐった先で、マグナはどこかそれを食い入るように見つめていた。



 ・・・目の前にあった。
 それは、自身が追い求めてやまない『強さ』。ただ愚直に欲した、ただ1つのもの。
 その1日を生きながらえるためにとさまよっていたあの日。こわいこわい大人の『気に食わないから』という理由で振るわれた理不尽な暴力から守ってくれた、たった1人を見たあの時。

 ――強くなれ。

 そう言って頭を撫でてくれた、あの笑顔を求めた。
 疎まれ、蔑まれ、怯えられ、苛められ、虐げられた幼い頃。そんな自分たちに笑顔を見せてくれたのは、あの『人』だけだった。
 だからこそ、その言葉の・・・あの『人』の背中を追い求めて、ただただ自分の身体を苛め鍛えた。力を、技術を・・・そして、召喚術を。

 俺は強くなった。これなら、大事な妹もあのこわいこわい大人たちからも守り抜くことができるんだ!

 ・・・そんな考えは、ただの思い込みに過ぎなかった。
 現実は厳しい。あの手この手で自分を追い込み、奈落の底へ突き落とす。
 足りない。まだ、足りていなかった・・・足りなさすぎた。

「コケケ――ッ!!」
「ぬあああああっ!!」

 ・・・今の俺は、まだまだない。
 幾度目かの衝突を目の当たりにし、昂ぶる気持ちとこみ上げる自身の愚かさに怒る気持ちがせめぎ合う。
 腕力か、技術か。それとも、召喚術か。
 足りないものが何であれ、足りないならば・・・・・・そうだ。


 ・・・・・・どんな手段を使おうとも。足りるまで、補えばいい。



 開けた場所に出た瞬間に、この光景。
 マグナの表情には、一筋の汗と共に狂ったような笑みが浮かんでいた。



「おいおいおい、どーなっちまってんだこりゃあ?」
とカザミネが・・・戦ってる?」

 薄い褐色のコートを纏った壮年の男性に続き、トリスがつぶやいた。
 彼の名前はレナード。パッフェルを探して砦の奥へと進んだトリスとマグナ、そしてネスティの3人に拳銃の銃口を向けた男性の名前である。
 もともとこの場に召喚されて右も左もわからないうちに始まった、人間同士の殺し合い。まるでこの世の地獄を見たかのような、見るも無残な死人たちの狂宴。
 俺様はタチの悪い夢の中にいるんじゃなかろうか? なんて目をこすっていたのもつかの間の話だった。
 自分を喚んだ主は死んだ。右も左もわからない自分に良くしてくれた街人や兵士たちも、皆死んだ。死してなお起き上がりその身を刻み続ける姿は、もはやクレイジーを飛び越えて、マッドネスだとレナードは言っていた。
 皆死んで、1人残った彼。だからこそ、久方ぶりに見た人間の姿に当然、警戒を懐く。

 ―――お前さんたちは生きてんのかい?

 この一言は、今までの経験を踏まえた上での問いだったのだ。



 ・・・話は戻る。
 とカザミネが戦うという、今のような状況になぜなったのかは、戻ってきた4プラス1人にはわからない。
 その中でも特に目を引いたのが、彼らの付近に積み上げられた死体の山だ。
 もはや山脈と化しているその中心で刃を合わせる彼らは、もしかしたら頭のネジが1本2本飛んでしまっているんじゃなかろうかと、ずれたメガネをなおすネスティは思った。

 成り行きで始まった一騎打ちも、ようやく終息にいたる。
 力で拮抗し、速さで勝り、しかし技術で劣っていたはカザミネと距離を作り、駆け出そうと一歩を踏み出したときのこと。

「クヶヵ・・・コ」

 何もない平坦なところで、つまずいて転んだのだ。まるで、足から力が抜けたかのように。
 それを好機と見たのは無論カザミネ。仕留めたとばかりに軽く笑みを浮かべて地面を蹴った彼だったが、倒れたまま一向に動きを見せないの姿にその足を止めた。
 剣士の魂である刀を放り出しうつぶせたまま動かない彼に近づき、刀の先っちょでツンツン突いてみる・・・動かない。峰で仰向けにすると。

「ね、寝てるでござるか・・・?」

 まるで力尽きたかのように、夢の世界へダイブしていた。

「が・・・」

 轟音の消えたことを不審に思った一行が、そろりそろりと死体の山の影から様子を窺っている。
 危険がなさそうだと判断して行動を始めた瞬間、

「がっでむでござるよぉ〜〜〜〜ん!!!」

 カザミネは不完全燃焼な終わり方に、素っ頓狂な声を上げていた。



はい、スルゼン砦終了です。
原作とは微妙に違う形で終わりましたが、果たしていかがでしたでしょうか?
とりあえず今後、原作どおりアルミネスの森に向かうと思われますが・・・
はたして、どうなることやら(苦笑。


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