命からがら道場へ戻ってきた3人は、ずいぶんボロボロな様相になっていたりした。服の裾は煤けて黒々。髪はちりぢりばらばら。外傷こそないが一生トラウマになりそうな、強烈過ぎる雷をその身で受けて、帰るや否や玄関先に倒れこんでいた。それに巻き込まれたのが出迎えてくれたアメルと一足先に帰ってきていたミニスとトリス。
 カミナリどかーん! を受けたのだといち早く察したのはミニス。
 もっとも、それでどうというわけでもなくそれぞれの部屋でベッドでぐったり。回復するのに1日を要した。

 ・・・ちなみに服はモーリンが洗濯して、一張羅だと言ったらアメルが気を利かせて繕ってくれた。まったく、アメル様々だ。

 結局、とユエルと、バルレル。
 過去に共闘経験があり、あの場所にいた3人の不慮の事故により出発が1日遅れたのは言うまでもない。


 ・・・


 で。1日休んでとりあえず回復した一行は、アメルのいう彼女の祖母の元へと向かっていた。もともとはゼラムから直接向かうはずだったのだ。回り道をしたと思って、まったり行こうとみんなして向かっていたのだが。

「あ」

 アメルが向かいに見える人影に気付きマグナを、そしてトリスを見やった。
 もちろん、もハサハもユエルも、フォルテやケイナ、ネスティでさえ知るわけもなく、ただなんの気なくその人影を眺めていたのだが。

「?」

 きゅ、とシャツの裾をつかまれ、は掴んだ主を見やる。

「ハサハ、どうした?」

 そんなの声に、彼女は大きく首を振り乱す。表情には恐怖と珠のような汗。彼女は明らかに怖がっている。
 今まで、そんなそ振りなんか見せなかったというのに。その華奢な身体はいつになく激しく震え、しかしその目はまっすぐ目の前を見据えて離れない。
 ・・・しかし、なぜ彼女がこんなにも怯えているのかがわからない。
 これまで皆と一緒にいたが、今のような状態に陥ったことなどただの一度もない。だとすれば・・・
 と、考えをめぐらせては正面を見やった。





    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    第27話  開戦の兆し





 が見やった視線の先には、1つの人影があった。
 次第に露になっていくその姿は・・・流れるような銀髪に白い肌。整った顔立ちに似合わぬ、ハートの乱舞する正直・・・趣味の悪い服。

「おや、これはこれは。マグナさん、トリスさん。そしてアメルさん」

 こんにちは、と整った顔ににっこりと笑みを浮かべてこちらへ歩み寄ってくる。
 手にはかばんと・・・竪琴、とでも言うのだろうか。数本の弦が縦に並んで張られた楽器。
 ・・・いわゆる、吟遊詩人というヤツだろう。温和そうな優しげな声が、の耳に届く。歌が上手そうだ、などといらんことを考えつつ未だに自分にしがみついていたハサハの頭をなでてやった。

「おい、誰だこいつは?」

 そんなリューグの問いに、トリスが笑って答えている。
 彼の名はレイム。ゼラムで彼女らが知り合ったという吟遊詩人。そういえば、前に聞いたことがあったな、と近い昔を思い返してみる。

「レイムと申します。皆様、どうぞお見知りおきを・・・」

 と、レイムは礼儀正しくお辞儀して見せた。

 う〜ん、いい人っぽい。

 立ち居振る舞いのよさにうんうんとうなずく。
 人の第一印象というのは大事なものだ。後々それが人同士のやり取りに影響が出てくるのだろうが、彼はその点で誰にでも好印象を与えられるだろう。

「ほら、バルレル。あなたもちゃんと挨拶しなさい」
「・・・ケッ! ニンゲンに愛想良くなんてできるかよッ!」

 どこか不審なものを見るような目で、不機嫌な表情でバルレルはレイムを眺めている。

「おやおや、君はそんなに人間が嫌いなんですか?」
「お、おうよ・・・テメェみてえなヤツは特にな!!」
「それは残念ですねえ、本当に・・・」
「て、テメェ・・・」

 そんなレイムの物言いにバルレルは激昂する。彼の物言いが癪にさわったのだろう。
 何があっても好きになれない、そんな存在が少なからずいるだろう。バルレルにとって、それがきっと彼なのだろう。まぁ、突然邪険にされて悪い気こそすれいい気はしない。
 それでも気を悪くせずに表情を崩さない彼は、少なくともバルレルよりは大人な対応をしているといっても過言ではない。

「バルレル、いい加減にしなさい!!」

 終始不機嫌な彼に注意を促し、トリスは深々と頭を下げる。

「すいません。口の悪いやつで本当に困ってて・・・」
「いえ、お気になさらず。悪魔たちはみんな、彼のように口が悪いものなんですから」

 苦笑し答えたレイムの雰囲気に安心したのか、トリスは申し訳なさげな表情を緩めていた。

「レイムさん、お探しの歌は見つかりました?」
「いえ、それはまだですが・・・」

 世間話を始めた中でも、ハサハは変わらずにしがみついて震えている。話しかけても答えてくれないのは、それほど恐怖している表れといってもいいのだろうが、正直彼女が何に対して怖がっているのかがにはまったくわからない。ただ、彼女を安心させようと頭を撫でたり肩を軽く叩いたり背中をさすったりして自分の存在を示してはみたものの、震えはまったく治まる気配を見せない。
 はただ困惑するしかない。
 それは、自身の隣で怯えているハサハを見ていたユエルも同様だった。同じ立場であるはずの自分には感じていないなにかを、彼女は感じ取っている。そして、それに怯えて震えているのだから。
 そんな彼女は心配で、怯えていてもなおはずさない視線の先・・・レイムをにらみつけた。
 けして、彼が悪いわけじゃない。でも、彼がいるからハサハは怯えて口も開かない。それだけは事実なのだ。
 だったら、話は簡単だ。彼が今すぐ立ち去る。それが、ハサハを助ける策だと思ったから。
 相変わらず、彼は仲間たちと談笑して笑っている。自分の視線に気付くそぶりもなく。

 ・・・だんだん腹が立ってきた。

 親の敵と、言わんばかりにユエルは明確な敵意を持って視線を送る。
 よせ、というの声も聞かず、彼が自分の存在に気付くまで。

「やめろ、ユエル!」

 しかし、それはの怒声によって止めることになる。
 今にも倒れ掛かりそうなハサハをかばいながら、諌めるような視線がユエルへと送られている。
 その声に気付いたのか、レイムがようやく3人へ視線を向けた。

「ちょっと、ハサハちゃんしっかりして!?」

 ケイナが慌てた声でハサハとに近寄る。
 今まで気付きもしなかったのだ。もともとたちが一行の最後尾にいたということも理由ではあるが、一番近くにいた今頃、ハサハの事態に気がついた。
 ・・・なにか、ある。
 ユエルは1人、それだけを確信した。だからこそ・・・

「ウゥゥゥ・・・」

 今すぐ、仕留める必要がある。そう思っていたのに。

「ユエル!」
「でも・・・」
「敵が相手じゃないんだから、な?」

 は、それにまったく気付かない。
 なぜと問われたところで、わかるわけもないから黙っているが。しかし、に言われてしまっては仕方がない。
 しぶしぶと、ユエルはレイムに背を向けたのだった。

「・・・すいません、俺の家族が」
「いえいえ。大したことではありませんよ。気にしないでください。さて、と・・・」

 空を見上げ、レイムはつぶやく。
 聞けば、彼は三砦都市トライドラへ向かう途中なのだとか。なんでも、その街の先にある国――旧王国デグレアが、本格的に戦争を始めるという噂が流れているため、その真偽を確かめるためにトライドラへ向かっている途中だったらしい。
 さて、ここで三砦都市トライドラについて説明しておこう。
 三砦都市トライドラとはその名前の通り、3つの砦を有する国家で、そこに住む人々は皆、騎士としての鍛錬を積む。そうして鍛えられた騎士たちは、聖王都を外敵から守る要として機能している。また、大絶壁を挟んだ隣国にはデグレアがあり、かの国を見張る役目も担っている。
 ある意味、デグレアが戦争を始めようとしているという噂の源といっても過言ではない。どこから漏洩したかわからないような情報が、噂として流れ流れて遠くファナンまで来ているというわけだ。
 閑話休題。
 人の噂も75日、なんてことわざもあるが、彼はその噂を真に受けて、危険を承知で野次馬をしにいく。
 吟遊詩人というのは、噂の真偽を知りたがってしまう人種なのだと彼はいっていた。

「それでは、私はこれで失礼いたしますよ。そちらのお嬢さんに、さきほどからにらまれっぱなしででしたし」
「!?」

 そんな声に、ユエルは言葉を失った。彼はユエルの視線に気付かないフリをしていただけで、実はひしひしとその鋭い視線を感じ取っていたのだから。

「なにやら雲行きがおかしいようですから、お気をつけて」

 その言葉に、一同は空を見上げる。
 確かに蒼いはずの空は分厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな雰囲気だ。
 先の道中は長い。途中で雨に降られてしまうのはさすがによろしくないし、引き返すにもすでにファナンからかなり離れてしまった。だったら先に進んで、早めに屋根のあるところまでたどり着きたいところだが。
 レイムはそんな言葉を残して、彼は一同の間を通り過ぎていったのだった。


 ・・・


「ユエル、どうしたんだよ」

 レイムと別れ、先を進む。その道中で、は隣を歩くユエルに尋ねていた。
 どうして初対面の人間に敵意すら含んだ視線を向けていたのか、を。
 怯えきっていたハサハはにしがみついたまま。そのままでは動けなかったという部分もあり、結局彼女はが背負って歩いていた。

「だって、ハサハが・・・」
「ハサハを心配していることはわかる。俺だって心配なんだ。なんであんなに怯えていたのかもわからないままだし」

 結局、彼女はレイムが立ち去っても口を開くことはなかった。カタカタと腕を震わせ、怯えた視線を前へと向けているだけ。
 そんなとき。

「おい」

 バルレルの声。彼は一行の最後尾、つまりたちが歩いているところまで歩みを遅めて話しかけてきたのだ。
 先ほどから・・・正確にはレイムとばったり出会ってからこっち、彼の機嫌は底辺を突き進んでいた。話しかける状況でもなかったし、なにより相手が話しかけるなオーラを出しまくっていたのではおろか誰も近づけずにいたりしたわけだが。

「なに?」

 なぜか、向こうから話しかけられていた。
 表情は先ほどと同様、不機嫌なまま。顔はそっぽ向きっぱなしだし、口は尖らせたままだし。なぜ話しかけてきたのかわからないような、そんな表情。
 そんな彼は、

「あのレイムってクソ野郎に気をつけろ」

 そんな一言をに告げていた。

「アイツはなんか・・・ヤベえからな」



 ●



「・・・いかがでしたか?」

 そこは、聖王都のはずれもはずれ。街ですらもないような廃墟の屋敷。人も来ないような不気味な雰囲気をかもし出し、実際人など寄り付くわけもない。
 あまりに不気味すぎて、召喚獣でもはぐれ悪魔や魔獣たちしか見当たらない。
 そんな中にそびえ立つ廃墟の屋敷の中で、複数の人影がうごめいていた。

「ええ、色々と見させていただきましたよ。確かに・・・」

 一つの人影が悦に浸ったような表情で、熱を持った息を吐き出す。

「そうですな。はてさて、彼らが私たちの妨げとなりますかな?」

 そんな問いに、人影は首を小さく横に振る。

「キャハハッ、なぁ〜んだ。それなら、アタシたちはアタシたちのやるべきことをすればいいのね?」
「ええ、そうですよ。好きなようにやりなさい」
「はぁ〜い♪」
「かしこまりました・・・」

 時は夕暮れ。少し向こうでは雨が降っているというのに、今この場所はまるで闇がかったかのように暗い。

 それはサプレスの魔力。サプレスの力。サプレスの・・・闇。

 そのことに気付ける存在は、いったいどれだけいるだろうか。
 そこは、世界全体の欲望が集まる場所。人間たちの限りない欲望が集まり、蓄積し、いつかきっとあふれ出すだろう。
 彼らは、それを待っている。
 1人ずつ重ねた積み木が倒壊するかのように、その無限の欲望があふれ出すそのときを。

「ふふ・・・」

 人影が消え、1人になったそのシルエットは口元に手を当てて、くつくつと笑う。
 それは冷笑に近い嘲笑。
 自分の手の上でみんながみんな踊っている。それがおかしくてたまらない。そんな嘲笑。

「さぁ、踊りなさい。私の手の上で・・・」

 つい今しがた出会った、名乗りもしなかった1人の青年の顔を思い出す。
 自分の存在に気付いたのだろう、恐怖に怯えた狐の少女をかばい、自身に敵意の視線を送るオルフルの少女を注意していた、彼は。

「いるのでしょう・・・?」
「は・・・」

 目の前に現れた『彼女』を見て、どれだけ戸惑うことだろう。どれほど甘美な感情を提供してくれるだろう。
 それが、楽しみで仕方ない。
 目下、今現在における自分たちの最大の障害は、この世界を司る守護者たる彼なのだ。その彼が、葛藤に怯える姿・・・想像するだけでも笑みが浮かんでしまう。

「貴女は今のまま、『彼女』のままでいることです。それだけで、私たちの計画は飛躍的に進みます」
「は・・・『彼女』に拒絶の意思はありません」

 その言葉に、シルエットは含み笑う。



「虚をつくのはあまりに・・・・・・容易い」





ようやく、ストーリーが動き出しますね。
そして、オリキャラ敵の姿も少しばかり見え隠れしてきました。
次回は夢主が壊れます(爆。


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