「ねえミニス。いい加減にあきらめて、一緒に行こうよ?」 「ぜーったいにイヤ!」 優しく語りかけたトリスの言葉にすらうなずくことなく、ミニスはあてがわれていた部屋から一歩も出ようとはしなかった。 もちろん、表情は仏頂面。 ぶすぅっ、とした表情で、『あのお仕置き』を思い返して身震いする。 「ひっ・・・」 小さく声を上げたのはユエルだった。 『あの一撃』を知っているからこそ、子供を生んでさらにグレードアップした『あの一撃』に恐怖を覚えた。 百戦錬磨、一騎当千。 戦場を駆け抜け、生き抜いてきた彼女ですら恐れおののくその『一撃』とは一体なんなのだろうか? ぶるぶるぶると震える2人を眺めて、そんな疑問を抱いたのは、困った表情で事の顛末を見守っていたアメルだった。 「あれ、そういえばバルレルくんは?」 「ああ、アイツならそこに・・・・・・あれ?」 たずねられたマグナが背後に振り返ると、つい今しがたまでそこにいたはずの小さな人影が、忽然と消えていた。 目を見開き、さらに一度こすってから見直してみる。 しかし、いない。 「・・・逃げたな、あいつ」 つぶやいたのは、どうせ逃げ切れるわけがないと半ば諦めたの小さな声だった。 「でもでもっ、もしペンダントをなくしたことがバレたら・・・」 「あのね、ミニス。ペンダントをなくしたことは、いつまでも隠して置けることじゃないと思うわよ?」 「ほらユエル。アンタもだよ!」 「むぅ・・・」 ケイナの声にミニスは小さく頬を膨らませ、ユエルは滝のような冷や汗をそのままに、がっくりとうつむいたのだった。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第25話 恐怖の母、再臨 結局、ミニスはトリスやマグナと行動を共にすることになった。 一緒に謝ってあげるから、という甘言に乗ってしまったのだが、それはそれでまぁ、仕方ないというものだ。 ・・・さて。 この先に待っているのは、確定した未来である。ミニスやユエル、そして、特ににとっては。 なにせ、実時間上にして約20年、とユエルは一度も誰とも連絡をとっていないのだから。 島の仲間たちしかり、ヴァンドールで共に戦った仲間たちしかり。 ぶるり。 背筋が凍り、震える。 あのときの『一撃』。いつかの戦場で見た、ある召喚獣との絶妙すぎるコラボレーション。それは、たった一撃で瓦礫の山を荒野に変えるほどの威力を誇っていた。 それが、お仕置きとして自分たちに降りかかるとなると・・・正直、お仕置きどころじゃすまなくなるだろう。 ・・・いや、絶対死ねる。 「・・・っ」 気づけば、腰の刀の柄尻に手をかけてしまっていた。まるで、怖くないと自分に言い聞かせているように。 「正直、貴方たちがいてよかったわ」 「は?」 突然かけられたミニスの言葉に、はきょとんとした表情で彼女へ目を向けた。 濃い金髪の下にある表情にはどこか不吉な予感がよぎってしまうかのような笑みが浮かんでおり、思わず顔を引きつらせる。 そんな彼女の言葉を聞いてか、一度は納まったユエルの身体が再び小刻みに震えだした。 「1人であんな目に遭うよりはマシだもの。マグナとトリスも一緒に謝ってくれるし」 1人1人の遭う『あの一撃』が緩和するかもしれないから、と。 彼女はどこか嬉しそうに笑っていた。・・・いや、嬉しそうというよりは、自分の被害が少なくなって、むしろありがとうというか。 そんな表情を見て、本気で逃げたくなったのは言うまでもない。 っていうか、ミニスがやっぱり彼女の娘なのだということを、改めて再認識した次第である。 「ゆ、ユエルもうヤダぁーっ!! 帰る! 帰る!!」 逃げの一手を取ろうとするユエルの襟首を掴んだは、まるで咎めるように軽くミニスをにらみつける。せっかく苦労してなだめたのに、コレじゃ意味がないじゃないかと。 ミニスはミニスで、母親のお仕置きが怖くて怖くて仕方ないのだ。それでもまだ他人をからかえる度胸があるというのはすごいことだとも思うが、むしろ度胸がありすぎて逆に困るというもの。 もっとも、それが彼女の味であるから仕方ないといえば仕方ないのだが。 そんな中、逃げようと必死に足を動かしていたユエルが1つの人影を見つける。 華奢な身体に、ツンツンと逆立った髪。背中からは小さな蝙蝠羽根と尻尾。・・・バルレルだ。 彼はその小さな身体に似合わない一升瓶をラッパ飲み、行き交う街人に好機の視線に晒されながらも堂々と街中を闊歩している。 ・・・彼も、ファミィに呼ばれているはずなのだ。 「っ、ちょっと放して!」 「・・・ダメです。放せば逃げるだろ」 「逃げないよっ! ちょっとあそこ見て!!」 「・・・?」 ユエルが指差した先。そこで余裕綽々で歩いているバルレルの姿。その姿を確認した瞬間、はユエルの襟首を解放し、同時に皆の視界から忽然と消え去っていた。 両脚に気を流しこみ強化、同時に地面を蹴ることで一気に彼との距離をゼロにしたのだ。 通行人が彼らの間にいなかったことがむしろ、バルレルにとっては災いともいえるだろう。あっという間に一升瓶ごと彼を掴み上げ、連行。抵抗する間もなくこの有様。鮮やかな逮捕劇(?)である。 「こら、テメェ・・・っ、この放せ!!」 「うるさいぞバルレル。君も彼女に呼ばれていただろう?」 「んのやろ・・・相変わらずの堅物だなオイ」 「堅物上等。俺は元からこんな性格だ」 そんなの言葉に、バルレルは小さく舌打ちしたのだった。 ● ともあれ、金の派閥本部にたどり着いた。建物全体に煌びやかな装飾が施され、 出入りしている召喚師たちもどこかきらきら光っているように見える。 忌々しげに舌打っていたバルレルだったが、きょろきょろと建物を見回す己の主であるトリスやその半身であるマグナを見てそっぽを向いた。 「あの、ご主人さま」 「ん?」 レシィの声に気がついて彼を見やると、どこかおどおどしたような表情でゆっくりと正面を指差す。その先、金の派閥本部の玄関口でとバルレル、そしてユエルとハサハが門番の兵士ともめている姿が見えた。 特にバルレルが難癖つけているように見えるが、はで無言の圧力をかけているように見える。ユエルとハサハはその光景にどうしようかとおどおどしているように見て取れた。・・・ハサハはユエルの影に隠れているだけだったが。 「まったくもぉ・・・あのバカ」 トリスがため息をつく。自分の護衛獣が自らトラブルに飛び込んでいるのだから、無理もない。っていうか、護衛獣も律することができなくて何が召喚師だろうか。 ・・・なんて疑問を浮かばせつつ、あーもぉっ! と頭をかきかき駆けていくミニスの後を追いかける。 取り残されたマグナはマグナで、建物の中に用があるのに入れないのは困るということもあり、 「行こうか、レシィ」 「は、はいっ!」 状況こそ理解しつつ、置いていかれないようにと2人並んで駆け出したのだった。 ………… …… … 「ごめんなさいね、わざわざこんなところまで呼びつけちゃって」 激昂するバルレルを諌めて、やってきた案内の人に連れられて、やってきたのは議長室だった。 きらきら眩しい扉を押し開き、広い部屋の一番奥に鎮座している大きな机。山のように積み上げられた書類の束の谷間に、目的の人物は座っていた。 忙しそうに見えないが、実際は見ての通り。派閥の議長というのは非常に激務なのだろう。 たちが以前出会ったときはそんな姿を見ていなかったこともあり、その姿にやはり威厳ある雰囲気を感じ取ることが出来た。 そんな山のような書類たちに、その中心で判を押す光景はどこか忙しさや疲れを微塵にも感じさせない・・・大物である。 「そこのソファに座って、もう少しだけ待っててくださいな」 そんな中、の視線は彼女の隣・・・どうやって手に取るのかわからないくらいに天井近くまで積み上げられた書類を3列分くらい挟んだ隣で微動だにしない、黒い塊。塊というか、黒光りするロボットというか。 それが何であるか、やユエル、そしてバルレルにわからないわけがない。・・・もっとも、そばにいるはずの人間がいないのがなんとも不思議だが。 ロボットは自分たちの姿を見ても動揺どころか微動だにせず、どこかさびしい。 「はい、おしまい」 議長――ファミィ・マーンは鼻唄交じりに、そして瞬く間にそれをすべて終わらせると、ゆっくりと席を立っていた。 気づけば、天井付近まであった書類が忽然と消えている・・・いや、おかしくない? そんな疑問はもちろん大却下である。 ファミィはしずしずと訪れた面々の前に歩み寄ると、ふわりとソファに腰を落としていた。 「そこの貴方、悪いけどこれを各部署に届けてくださいな」 そういいつつ、出入り口で警備をしていた兵士に分厚い封筒を渡す。 「あ、それからお茶の用意を8人分。帝国産のビスケットと一緒にね?」 ちょっとしたティーパーティね? 了解の声を返し、金ぴか鎧の兵士は部屋を出て行く。 にっこり笑って向き直ったファミィは、まずトリスとマグナに笑いかけた。 「じゃあ、改めて。よく来てくれたわね、マグナくん、トリスちゃん」 「えっ、なんで俺たちの名前を?」 たずねたマグナに、ファミィはばつが悪そうな顔をして「調べたのよ」と答えを返していた。 「ええと、ファミィさま」 「ファミィさん」 「え?」 ファミィは戸惑うトリスに微笑みかける。 『さま』なんて他人行儀だから、と。 「ファミィさんって、呼んでくださいな」 「はぁ・・・」 トリスがたずねたかったのは、ファミィが自分たちについてどこまで調べたのか、というものだった。 無理もない。今の自分たちはいろんな意味で特殊な立場に立っている。そしてそのことを知られてしまうのは、巻き込んでしまうことと同義。そうなってしまっては、彼女たちに迷惑をかけてしまう。 そんなトリスやマグナたちの考えとは裏腹に、彼女が調べていたのは、ほかでもない彼らの素性だった。 蒼の派閥の駆け出し召喚師で、聖王都でミニスを助けてくれたこと。そして、黒い鎧の兵士たちに追われていること。ある意味、ほとんどといっても過言ではないだろう。 名前も知らないで招待するのは失礼でしょう、と怒気を帯びたミニスを諌めつつ、ごめんなさいね、と苦笑した。 「ああ、そうだわ! わたくしったら、肝心のご褒美を渡さなきゃいけないのに・・・」 ぽん、と両手を打って、そばに控えていた兵士たちに何かを告げる。時を待たずして、両手いっぱいの布袋を手に兵士たちが戻ってきていた。 渡された中身をみると、たくさんのサモナイト石がぎゅうぎゅう詰めになっていた。召喚師にサモナイト石は必要な道具。あって損にはならないもの。本当にもらっていいのかと戸惑うものの、 「いいのよ。もらってあげてくださいな」 やんわりとサモナイト石の贈呈していた。 「あと、これは領主さまからのご褒美。海賊を倒した勇者さんたちへの勲章よ」 「えぇっ!?」 素っ頓狂な声を上げたのはマグナだった。 それもそのはず、海賊を叩いたのは自分たちでなくが1人でやったことなのだから。 あの海賊一家とは知り合いで、彼らが悪いことをするのが我慢ならなかったというのが主な理由。半分以上が自己満足だったのが、結果的にファナンを救ったのだから、この勲章は彼にこそふさわしいと・・・思ったのだが。 「ああ、いいのですよ」 「え?」 「彼には、また別のご褒美がありますし、この街のためを思って行動してくれたのは事実ですから」 もらってくださいな。 ファミィはにっこりと笑い、マグナの手のひらに乗っていた勲章を握らせたのだった。 「さて」 「・・・!?」 ファミィの顔がミニスへ向かう。 「さっきも言ったとおり、貴方たちのことを色々調べたんだけど・・・」 小さく首をかしげ、わざとらしくたずねてみせる。 「・・・ひとつだけね、わからないことがあったの」 何もかも知ってるくせに、とジト目をむけたのはだけじゃないだろう。彼女を知る存在のほとんどがこの場にいさえすれば、きっと同じようにじとーっとした目を見せるだろう。 ファナンに来るまでにも幾度となく戦いに巻き込まれ、危険に晒されそれでもなお・・・ 「どうして、貴女のお友達のワイバーンさんは、一緒に戦ってくれなかったのかしら?」 「!?」 すましていたミニスの表情が一瞬で砕け散った。 ワイバーン・・・シルヴァーナは、過ぎたサイジェントでの出来事の中で起こった1つの事件の際にミニスと心を通わせた、かけがえのない友達のはず。 そんな彼あるいは彼女が・・・ミニスが危険であるにも関わらず、なぜ助けてくれなかったのか。 彼女たちをつないでいるサモナイト石をなくしたことを知っているくせに、ファミィは白々しくもミニスにたずねている。 ・・・なんとも腹黒い女性である。 「ケッ、相変わらず腹黒いなァ」 なんてぼやくバルレルの気持ちも、わからないでもない。 「あ、それはその・・・」 「マグナくん。私はミニスちゃんに聞いているんですよ?」 「はう・・・」 笑顔なのに、怖い。 人によっては見えるだろう、彼女の背後に浮かぶ黒い黒いオーラが。その光景に、はいつぞやの戦場を思い出す。 ユエルも、バルレルも。きっと同じ光景を思い浮かべていることだろう。 顔色が少しばかり悪いのは、きっとそのせいだろう。 「さあ、ミニスちゃん」 「あうう―――っ!!」 |
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