買い物も終わり、両手に袋を抱えて3人は並んで歩いていた。 人通りも多くはぐれてしまいかねない状況だったが、さほど苦もなく歩くことが出来ていた。 実際、目的地などない。必要な物資の購入を終えた3人は、余った時間をもてあましていたのだ。 ちなみに、ユエルは未だに驚きを継続させていた。 何に、と言えば。 「ニンゲンって、変わろうと思えば変われるもんなんだねぇ」 先ほどであった2人のウェイトレスの片割れ――パッフェルのことだった。 島でユエルはほど彼女との接触を持っていなかったから、別れのときもその場にいなかったからこそ顔もほとんど覚えていなかったが、『ヘイゼル』という名前を聞いただけで驚きを見せている。 無色の派閥・・・紅き手袋の暗殺者たちを指揮していた女暗殺者。表情もなく口数も少なく、ただ殺すだけの機械のようだった彼女が、あれから何年経ったかわからないくらいの時間の中でまさに正反対の性格までに変貌を遂げていた。 そんな彼女を見たときは、もちろんでさえ驚きを露にしたものだ。 いつも笑顔で、明るくて。人に元気を与えてくれるような雰囲気を纏った彼女は、もう茨の君という名前は似合わない。 「彼女は今、幸せな時を生きてる。俺たちの事情に巻き込んで、迷惑をかけるのはやめておこうな」 「うん・・・そうだね、そうだよね」 「(こくり)」 パッフェルを良く知らないハサハでさえうなずいてくれるのが、にはものすごく嬉しかった。 そんな会話も終わり、3人はいつの間にやら街を抜けて浜辺へとたどり着いていた。 銀沙の浜という名の浜辺。ファナンという街がまだ漁村でしかなかった頃からずっと、漁師たちの仕事場として活気ある場所だった。 潮風が心地よく、波の音が耳に残る。ぽかぽかと暖かな癒し空間となっているその場所に。 「・・・・・・」 「「「・・・」」」 1人の時代錯誤家が座って、海に竿を垂らしていた。 ぴくりとも動かない竿の先を眺めては、小さく息を漏らす。 深緑の羽織に黒に近い袴。そしてなにより、そんな服装には似ても似つかぬスニーカーのような靴。 3人はその光景を眺めて、口に出したい言葉を飲み込む。 内1人はその人物を良く知っているだけに、再会を喜ぶとかそれ以前に、むしろ関わり合いになりたくなかった。 そんな彼の名は。 「・・・む?」 「げ、見つかった・・・」 シルターンの剣士、カザミネという。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第22話 懐かしい顔 「おお・・・おお・・・・・・おお―――!!」 彼の目がキラリと光った。竿の柄を砂浜に勢いよく突き刺すと、その反動で自分に砂が降りかかるのすらおかまいなしにおもむろに立ち上がり、一目散に3人へ向かって駆け出していた。 距離はそこそこあった。しかし視線に気づき、その人物を視認することなど彼にとっては造作もないこと。 まさに弾丸のようなスピードで迫ってくる、カザミネという名のモンスターは。 「・・・おにいちゃん、こわい」 ハサハに思いっきり怖がられていた。宝珠を持つ手とは反対のそれでシャツのすそをぎゅっと握り、目に軽く涙を浮かべる。そして、不安げな表情でを見上げていた。 彼女はまだ召喚されてから日が浅い。目の前のモンスターについては知らなくて当然。そして性格上、怖がらないわけがない。それほどに、カザミネの雰囲気が恐怖感を煽っているのだ。実際、自身も怖いと思うわけで。 「・・・殺る?」 「ユエル、その『やる?』が『殺る?』に聞こえたのは気のせいかな」 一応知り合いだから、物騒なマネはやめてくれ。 は隣で荷物を置き、戦闘態勢を整えるユエルに懇願した。 カザミネは光の速度での目の前までやってくると、おもむろに刀を抜き放つ。 「!」 「おにいちゃん・・・っ!!」 2人の声を左右の耳で受け止めながら、 ――――ガギンッ!!! 抜刀、刃を衝突させていた。相対する2人の間で火花が散り、ギリギリという耳障りな金属音が響く。 2人の表情には、笑みが浮かんでいた。 「もう会えないものと思っていたでござるよ」 「俺の望みはリィンバウムにある。同じ世界に存在していれば、会う事だって出来るさ」 「そういえばあのとき、彼らとは別の形で送還されていたのだったな」 そうでござったな、目を閉じる。 ぶつかっていた刃の力が抜け、2人はそれぞれの刀を鞘へと納めた。 今のはただ再会の儀式。剣士同士の儀式とでも言うべきだろうか。は知らない儀式でも、生粋のサムライであるカザミネだからこその一面といえた。 「すまぬな。拙者は剣士ゆえ、このような形でしか再会を喜べぬのだ」 敵意を持ってにらみつけてくる2対の視線に耐え切れず、カザミネは苦笑する。 なんとか言ってくれ、という視線をへと向けてくる彼の真意も、わからんでもない。彼女たちは、カザミネを知らないのだから。 「ふぅむ、あまりの嬉しさについ」 ぐぅ、と腹の音。 聞けば、あの事件からこっち、修行の一環としてこの世界をずっと旅していたという。旅先で力仕事することで路銀を稼いで旅を続けてきたのだが、ファナンではそういった仕事が見つからず、路銀も尽きかけて食料がろくに買えない状態になったのだとか。そこで、釣りをして活きのいい魚を手に入れよう、と考えて最後の路銀で竿を購入、朝っぱらから糸を垂らしていたのだと彼は言うが。 「あー、だめだめ。今の潮の加減じゃ、ここで竿を出したって無駄だよ?」 突然、モーリンがひょっこりと顔を出して、彼の言葉を全否定していた。 つまり、その一言は彼が竿を購入した意味というものをなくしたということで、さらに最後の路銀を彼は無駄遣いしたという事実を突きつけられて。 「おおお、なんたる不覚・・・! むぅ、こんなもの腹の足しにもならんではないか―――っ!」 よっぽど空腹だったのか、あまりの悔しさに竿を握り締めるも力が入らず。 以前の彼ならば、このような細い竿など握るだけで軽くへし折ることが出来るだろう。しかしそれができないほどに、彼の脳が身体を強制的に制御してしまっている。 ふるふると震えるその手が、それを物語っているようだった。 「・・・ふむ、なるほどね」 空腹に打ち据えるカザミネの代わりに説明したところ、モーリンはなにか考え込むようなしぐさをする。 なにを考えているのかはわからなかったが、その答えはあっという間に彼女自身の口から飛び出していた。 「あんた、剣士やってるんだから、腕っ節は強いはずだね?」 「? ・・・まあ、そこそこは」 「だったら話は早いね。あたいが網引きの仕事を紹介したげるよ」 網引きの仕事。 簡単に言えば、海中に広げた網を引っ張り上げる仕事である。しかし、この仕事はただ引っ張り上げればいいというものではない。 引っ張り上げるのが、網だけではないからだ。世界中に広がる海の中には、さまざまな生物がいる。人々は生きていくために、その幸を受けている。その幸というのが、まさに網引きによってあがってくる魚たちだ。その量の多いこと、大の男でも引っ張り上げるのには苦労を強いられるほどの重労働。 腕っ節が必要なのは最低条件。だからこそ、カザミネへの仕事の斡旋としてはナイスなチョイスであった。 「そ、それはまことでござるか・・・っ!?」 「そんなに儲かる仕事じゃないけどね。飯は食べさせてもらえるし、そっちがそれでいいんならね」 「充分でござるとも!」 もちろん、カザミネもそれに飛びついた。 お互いに自己紹介をした後、「ついといで!」と口にしてずんずんと街の中へと戻っていく。 よっぽど嬉しかったのか、足並み軽くついていくカザミネ。しかし彼はふと振り返ると。 「殿。今度こそ、拙者と仕合ってもらうでござる!!」 なんて、声を張り上げていた。 ・・・空腹この上ないくせに。 「あ、モーリン待って・・・っていうか、たちはなんでこんなところに?」 「あのね、買い物が早く終わったから、散歩だよ」 モーリンと一緒に街を見て回っていたトリスの問いに、ユエルは答えつつ両手の白い袋を見せる。 とユエルが荷物持ちで、ハサハが方向音痴な2人の案内役。適材適所とはまさにこのことであろう。 「3人はこれからどうするんだ?」 続いてマグナの問い。それにはやることもないから帰るよ、と告げると。 「・・・あの、ご主人様。僕・・・さんたちと先に帰ってもいいでしょうか?」 マグナの横にいたレシィが突然、そんなことをマグナにむけて放っていた。 ちなみに、トリスの護衛獣であるバルレルはいない。「面倒くせェ」と口にしたっきり、部屋から出ようともしなかったのだ。 彼は基本的に人間が嫌い。だから、自ら人ごみの中に飛び込むようなことしたくない、というのが大きな理由だろうが、それを口にしないところを見ると、あれから彼も少し大人になったということだろう。 ・・・もっとも、それを口にした時点で殺されそうだが。 「ああ、そうだな。俺も帰ろうかな。トリス、あと頼むわ」 「ええ――――っ!?!?」 妹の不平不満を背中に受けながら、先に街へ入ろうとしていたたちの元へと走り去っていた。 「もーっ! マグ兄のばか―――!!!」 ● 「よかったのか?」 「え、なにが?」 マグナが問い返す。今いるこの場所は、モーリン宅へ抜ける大通りだ。ぶーぶー言うトリスを振り切って、マグナとレシィは一行と無事合流していたわけだ。 レシィはユエルやハサハと談笑している。同じ召喚獣ということもあり親近感が沸いているのだろう。ハサハもあまり話さないなりに楽しそうだとには思えた。 「トリスだよ。モーリンのこと、彼女に任せてきただろ?」 も、2人がモーリンについて街を見て回っていたことは知っていた。 だからこそ、先に帰ってきてしまうのはマズいのではないかと彼は考えたわけだ。 「うん、大丈夫大丈夫。モーリンはあんな性格だし、それに」 と、一度ちゃんと話してみたかったんだ。 にか、と笑って、マグナはそんな言葉を口にした。 実際、チームのリーダー的存在であるマグナとトリスとは、あまり話が出来ていないのは事実。からしてもそれは大歓迎。 帰り道、色々な話をした。が経験してきた旅の話や、その先で出会った人たちの話。が言った旅先の中にマグナとトリスがもともといた街も含まれていたりして、それを指摘されたときには世間て狭いな、とか感じた瞬間だった。 そこで出会った1人の青年の話も、マグナは聞かせてくれていた。 『強くなれ』 その一言だけを支えにして、今まで生きてきたことも。 そんな言葉を聞いて、はどこかその顔に既視感を抱いていた。正直、どこもかしこもいろんな意味で“濃い”場所だったから、正直あまり覚えていない。 しかし、『強くなれ』というその言葉を、口にした記憶があった。 ・・・あれは、いつのことだったろう? なんて、考えていると。 「ふざけんじゃねえぜ!」 突然、1つの太い怒声が聞こえてきていた。 何事かと野次馬よろしく近づいてみると、1人のマッチョな男が店の主だろう夫婦に食ってかかっている。 男が巻いているバンダナを見るに、彼は海賊だろう。しかも。 「うあ・・・」 ユエルもそれに気づいたのか、あちゃー、といわんばかりの表情でその光景を覗き込んでいた。 本来ならかかわりたくないのだが、知っているだけに放って置けない。 と、いうわけで。 「はんッ、他のお客に迷惑をかける野郎はね。ウチじゃお断りだよ!」 とっとと出てお行き! 女性は海賊を前にしてもひるむことなく、言葉を発する。 出て行け、と。港町だからこその気迫だろうか。なんにせよ、肝っ玉の座った女性だった。 「なんだと・・・俺たちが誰だかわかってんのか!?」 「わかってるさ。人様の船を襲って上前はねてる、ケチな海賊だろうが!」 「なっ!?」 「いきがるのは海だけにしときやがれ! みんな、お前らのせいで迷惑してんだ!!」 街の人々を代表して、だろう。 確かに、人のものを奪い取ることはよくないこと。手出しできないとタカをくくって、街の中にまで入り込み始めたことが街の人たちにとっては迷惑この上ない話なのだろう。 自分たちだって商売だ。生きていくためには、戦う事だって厭わない。 『強い』人たちだ。 2人を見た瞬間、はそんな感想を抱いていた。 だからだろう。 「なめた口利きやがって・・・ぶっころしてやる!!」 「っ!!」 剣を抜き放った海賊を見ていられず、刀を抜き放ったのは。 衝突する鉄と鉄。振り下ろした男の剣は、間に突き出されたの刀によって阻まれていた。 表情には怒りを。内心では呆れつつ、すごむ海賊から目をそらした。 「なんだ、テメェっ!?」 「別に。・・・ただの通りすがりだよ」 彼は、自分のことを知らない。 その事実が、目の前の男があの事件の後に加入した人間なのだろうと悟った。 自分を見て少しは反応してくれるだろうかと期待していたのだが、それならそれで別にいい。 「邪魔す・・・」 「武器を納めて船へ帰れ」 海賊の言葉をさえぎり、言葉を発する。もちろん、相手は凄みもなにもないの言葉に素直に従うような人間ではない。 それが忠告だと気づくこともなく、 「バカが、そんな言葉に従うかよ!! みんな、やっちま・・・」 男の言葉はそこで止まった。・・・否、止められた。 「・・・・・・」 目の前の青年の雰囲気に呑まれた、というのが正しいだろう。 「さっさと帰れと言ってるんだが」 凄みも何もないはずなのに、海賊たちはそこから前へ進むことが出来なくなってしまった。 感じたのは気迫だった。静かな、それでいて荒々しい気迫。それに、彼は言葉を止めざるを得なかった。 ・・・自分たちでは、この男に勝てない。 海賊たちの間に、戦慄が走る。彼は自分たちを『殺し』はしないだろう。でも、抗えば倒される。 そうなりたくないのは、人間誰でも同じこと。 「・・・ちっ!」 から顔を背け、剣を納めて背を向ける。不貞腐れたかのように仲間を引き連れて去っていった。 刀を納めてマグナたちの下へ戻ってみれば、 「おうっ! やるじゃねーかにいちゃんっ!!」 「眼力だけであいつらをおっぱらっちまうとはねぇ」 「い、いや・・・別に大したことでは」 夫婦に声をかけられ、それと同時に飲食店街のほとんどの店から・・・というかむしろ野次馬に来ていた街の人たちから賞賛の言葉が浴びせられていた。 あれだけを見せ付けられれば、怖がられるかなぁ、とか覚悟していたのだが。 どこまで肝っ玉座った人たちなんだ、とか思わざるを得なかった。 ・・・ 結局。 下町のみんなから礼を言われ色々と受け取った結果、両手いっぱいに食べ物を抱える始末となってしまっていた。 購入してきた消耗品うんぬんはマグナに持ってもらっている。別にいいよと笑って答えてくれたのが、今のにとっては嬉しかった。 騒ぎを聞きつけて駆けつけたモーリンとトリスも一緒だったのでみんなで帰宅することになったのだが。 「、聞いてよー。マグ兄ったらひどいんだよー」 「そうだな。ひどいなマグナは」 「まだなにも言ってないよぉ」 トリスの愚痴に延々とつき合わされていた。 内容は主にマグナとのこと。それだけ長く一緒にいれば、それだけ色々と募るものだ。ときどき発散させなければ、いつか爆発してしまう。 「しかも俺の扱いがなにげにひどいし」 「げ、元気出してくださいご主人さま!」 その話を横目に、マグナがっくりと肩を落としていた。 ・・・その隣で彼を励ましているレシィの姿が、なんかとっても健気で可愛かった。 ちなみに、モーリンは出発することを知っていた。 立ち聞きしてしまった、ということで素直に謝罪していたが、「またひっそりとしちまうんだねえ」なんて口にしたその表情には、寂しさが窺えた。 聞けば、彼女は下町で用心棒的な立場であるという。先ほどのような騒ぎに駆けつけて、場を収める。特に仕事としてやっているわけではないのだが、街の人たちがいつも安全でいますようにと。 彼女はどこまでも、このファナンという街を愛していた。 |
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