「しばらくはうちで養生することだね」 なんてモーリンに言われてからすでに3日が経過した。 かって知ったるはなんとやら、建物の間取りも覚えて各人の部屋の場所を認識して、その間を自由に行き来できるようにもなった。 慣れとはかくも恐ろしいものである。 もちろん、半ば強引だったとはいえ寝る場所だけでなく食事の世話までしてもらい、まさに至れり尽くせりだったのだ。もちろん、嫌だというそぶりはまったく見せず、特にとはお互いに組み手までするような仲になっていた。 彼女は格闘家である。その腕前は言うまでもないだろう。長く戦いを経験しているを相手に、互角以上に渡り合っているのだ。その腕前は極上といえるだろう。 おまけに、対象の基礎代謝を高めて傷を治す『ストラ』をも使いこなせる。『ストラ』は男性よりも女性の方がより高い力を発揮するという事実を、ネスティの足の怪我を治すという名目の上でまざまざと見せ付けられたのだ。 そんな彼女が、達人でないはずがないのだ。 そんな中、モーリンを除くメンツが狭い部屋に雁首そろえて話し合っていた。内容は言うまでもなく、自分たちの今後の身の振り方、である。 出会ってから3日間。黒の旅団もその姿を見せることなく、街中も鮮やかに色づいていた。自分たちは追われる身。それを忘れさせるほどに。 そんな平和な街を、自分たちのせいで黒く染めてしまっては、気さくな街の人たちに申し訳が立たないのだ。 だからこそ、巻き込むことなくこの家を出たい。 もともと、目的地は別にあるのだ。別にあるからこそ、それこそが今の彼ら彼女らにできる唯一の恩返しともいえた。 「よお、みんな揃ってなんの話しだい?」 噂をすればなんとやら。 声の主はモーリンだった。 「いや、モーリンのおかげで疲れもすっかり取れたなって話してたんだ」 突然の訪問。それに機転を利かせたのはだった。 の答えに満足したのか、モーリンはそうかい、とうれしそうに口にする。実際、疲れ自体はまったくなく、元気が有り余っている。彼の言も、あながち嘘とは言いがたいものだった。 「疲れが取れたんだったらさ。ひとつあたいと一緒に街まで出ないかい?」 そんなときに出された1つの提案。 マグナにトリス、そして彼らの護衛獣たちがついていくことになり、「そろそろ出発する」ということを伝える役割を負っていた。 実際、この場所は疲れているだろうから、とモーリン自身が貸し与えてくれたのだ。だからこそ、疲れが取れさえすればもはや自分たちがいてはならない。 自分たちはあくまで、追われている身の上なのだから。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第21話 新規開店 「ええ、と・・・」 はユエルとハサハの3人で、街へ出てきていた。もちろん、出発の準備のためである。以前の戦闘で減りに減った消耗品の類の補充を、ネスティはこともあろうに彼らに一任したのだ。 モーリンの家から街の中心、商店街へたどり着くまでに1時間。また、その中に点在する道具屋を探し物色すること3時間半。ようやく目的の道具を買い切った3人は両手に袋を抱え、帰路につこうとしていたのだが。 「あーっ!」 聞きなれた声に驚き、振り返った。 赤と青。それぞれの色をベースにしたひらひらな制服を着た女性たちが2人、振り返った先に立っていた。 ・・・両手にバスケットを抱えて。 「パッフェルにシエルじゃないか。何でこんなところに・・・っていうか、ゼラムにいたんじゃなかったっけ?」 2人がいることに驚きながらも疑問をぶつけてみる。 その疑問は、 「実はファナンにウチの店、2号店が出るんです。私たちはそのオープニングスタッフなんですよ」 というシエルの一言であっさり片付いていた。 とも顔見知りであるケーキ屋の店長がついに、その重い腰を上げたのだろう。前々から「2号店はファナンに」と息巻いていたが、資金不足とかでいまいち踏ん切りがついていなかったのだ。 だからこそ今回のチェーン展開は、店長にとってはまさに大きなチャレンジ。だからこそ、経験豊富な彼女たちにすべてを任せたのだろう。 「ユエルちゃんも、久しぶりですね♪」 「ふぇ!? え、あぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、久しぶり?」 ユエルはパッフェルににっこりと微笑まれて、驚きの声を上げる。 パッフェルの存在を記憶の中から掘り出そうと四苦八苦しているが、思い出せず首をかしげている。 「・・・・・・久しぶり??」 さらに反対方向へと首をかしげた。 「お、おほん。もう店は開店してるのか?」 「いいえ、まだですね。開店はたしか、一週間後ですね」 「ふふん、成功すれば特別ボーナスっ♪ 3倍増しのお給金はいただきですよぉ〜」 「さんもぜひ、食べに来てくださいね」 そう言う2人はまさに今、新規開店のビラ配りをしていたのだ。丁寧に手書きで描かれたイラストが魅力的な、見る人の目を引くような綺麗なビラ。 出発する前にみんなで売り上げに貢献してもいいかな、とも思えるわけで。 「・・・そうだな。近いうちに仲間みんなでお邪魔するよ」 「はい、ぜひ♪ 私の老後のためにも、たっくさん食べてくださいね!!」 待ってますからね、と。パッフェルは満面の笑みを浮かべていた。 正直、彼女の思惑に簡単に乗っかってしまうのもどこか癪だったけど。 そんなときだった。 「ほらパッフェル! まだまだビラたくさんあるんだ・・・か、ら・・・」 ふらり。 「・・・あれ、あれれ?」 シエルの目から一瞬、光が薄れた。 握っていたビラの束が細い指先からすべり落ち、整えられた地面をカラフルな色が彩る。 突然のことだった。溢れんばかりのやる気と共にパッフェルを促していたシエルだったのだが、そんな彼女が意識を飛ばしたのだ。 ひざの力が抜けおちて、その場に倒れ掛かる。 「っ!!」 は顔色を変えてとっさに彼女の身体を抱きとめると。 「シエルっ!!」 パッフェルの慌てた声が、商店街に響き渡った。 ・・・ ぽんぽん、ぽんぽん。 身体にかかる小さな衝撃。 それはやさしさ。自身を守ってくれているかのような、柔らかな衝撃だった。 そんなやさしい感情を享受し、同時に意識が覚醒する。 「・・・ん」 意識の覚醒と同時に感覚神経も活動を始め、私は、誰かに抱かれていると理解した。 ゆっくりと目を開く。 ぼやけた視界がクリアになる。ゆっくりと輪郭を映し出したその先には、1人の青年が映っていた。 端正な顔立ちに赤くて黒い瞳。そして何より、 「お、気がついたか。よかったよかった」 自分が意識を取り戻したことに心底、安堵したかのような嬉しげな表情が見えて。 「!!??」 目を見開いた。 男性に免疫がない、というほどウブではないが、かといってこの状況は、さすがに・・・ 「ひ・・・」 驚かないはずがない――! 「ひあああああああっ!!」 シエルは起きて早々、耳を貫くような奇声を上げ立ち上がった。もちろん、その凶器は目の前にいるの耳を容易く貫き、その内側へと攻撃を仕掛ける。 ・・・抗いようなど、あるわけがない。 ユエルも真っ青な大声だった。鼓膜なんかあっさりぶち抜いて三半規管に到達、大きく揺さぶられてもうまっすぐ立ってられないような、そんな感じ。 はそんな大声を目の前に、ふさがっている両手に絶望しながらその衝撃を一身に受け止めたのだ。 実際、はで仕方ないと思う。 驚かないはずがないのだ。気がつけば、まだ出会って間もない男が自分を抱いているのだから。 でも。 「・・・痛い、普通に耳が痛い」 「まだキンキンいってるよぉ」 「・・・うぅ」 と、ユエルと、ハサハ。3人は声がなくなり、シエルもから離れたというのに、発された声があまりに強烈で未だに耳を押さえたまま。 顔を真っ赤にして慌てまくるシエルだったが、3人は目じりに涙すらためていた。 しかも、その被害をこうむったのはなにも3人だけではない。周囲を見回せば、街行く人たちも耳を押さえて視線をシエルへと向けていた。 「あわわっ、すいませんすいませんすいません!!!」 真っ赤な顔をさらに真っ赤にさせて、シエルはしきりに謝って回っていた。 ● 「身体の調子、悪いの?」 とりあえず街の人たちに謝って回ったシエルだったが、たずねたパッフェルへ答えを返す時も、顔を真っ赤に染めたまま。 鼻先から耳まで真っ赤で、熱でも出てるんじゃないかと錯覚しそうだった。 「・・・う〜ん、特に、そういうわけじゃないんだけどなぁ」 風邪も引いてなければ、むしろ健康そのもの。体力だって有り余っているからこそ、とにかく身体を動かしたくてたまらないくらい。 だけど。 「・・・・・・」 思うところがあるのか、難しい顔で考え込んでしまっていた。 何を考えているのか。それはもちろん彼女にしかわからない。聞けばいい話なのだが、どうにも聞くことは憚られた。たずねる前に彼女は1人、思考の渦へ飲み込まれて話を聞いてなかったから。 そんな彼女を現実へ返したのは、目下の相棒であるパッフェルだった。2人の働くケーキ屋の記念すべき2号店の立ち上げ。それは2人の力なくして、成功はないのだから。 またです! なんていい残して雑踏へ消えていったパッフェルには、どこかシエルを心配しているような表情が浮かんでいた。 「ねえねえ、」 「ん?」 2人がいなくなった後、くいくいとシャツのすそをユエルが引っ張る。彼女の顔にはどこか煮え切らない表情が浮かんでいた。 「あのさ。さっきの2人って知り合いなの?」 「・・・ああ、青い服を着た人はシエル。ゼラムで知り合ったんだ」 ハサハは知ってるよな? そんなの問いに、ハサハは小さくうなずいた。 ユエルと再会する少し前。メイメイに街中をひきずられて晒し者にされたあと、帰る途中にちょっとした一件があったのだ。 母と顔立ちが酷似している、という理由で顔をまじまじと見つめてしまったり印象が強かったこともあり気になることがおおかった。 実際、倒れそうになった彼女を支えていたのはだし、その彼女を見て顔色を変え真っ先に飛び出したのも彼だった。 「で、もう1人は・・・あー、ユエルも良く知ってるぞ」 「・・・へ?」 にんまりと笑ったに、ユエルはきょとんとした。 パッフェルという名の女性とは、ユエルも以前会っている。・・・というか戦ったことがあるのだ。 今と昔は違う、とはよく言ったもの。昔の彼女しか知らないユエルは、今のパッフェルを見てもそれがパッフェルだとわからないというわけだ。 ユエルは記憶をめぐらせ、過去へとさかのぼる。しかし、『パッフェル』なる女性の存在はまったくといっていいほどなかった。 「?」 首をかしげる。そんな彼女には苦笑した。 ・・・無理もないと思う。実際、だって所見ではわからなかったのだから。 「ほら、島で会ってるじゃないか」 「え、島で? ・・・うっそだぁ。タチの悪い冗談はダメだよ、?」 「いや、嘘じゃないから。・・・ヘイゼルだよ、ヘイゼル」 「へいぜる・・・?」 再び記憶の渦へ。数瞬考えた後、ぽんと両手をたたくと。 「・・・エェェェ――――――!!!???」 本家大声が、とハサハを襲ったのだった。 |
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