結局、結論は当初のものとして決定された。 アメルを守る。黒の旅団――ひいてはデグレアの手から彼女を守り抜く。 厳しい言葉が飛び交った中で唯一、純粋に怒ることができたマグナとトリスの、ある意味では独断とも言えるのだが。 特に反論が出るわけもなかった。 むしろ、それを聞いた周囲の仲間たちは皆表情に笑みを貼り付けて。 「言われなくてもわかってるさ。みんな、自分の意思でここにいる。反論なんか、でやしないさ」 はそんな一言を告げていた。 イヤならば、この場にいない。いる必要がないからこそ、ここにいる全員が彼女を守るという意思を示していると言っても過言ではないのだ。 どうしようもないバカだな、とネスティに小突かれていたが、それはほほえましい光景として皆の目に映っていた。 バルレルはある意味、しぶしぶ、といった感じのようだが、彼はトリスの護衛獣だ。 仕方ないといえば仕方ない。 「ケッ! こうなりゃ、つきあってやらァ!」 「バルレル、あんた・・・」 「あ、ヤバくなったらきっちり還せよな!」 「あんたらしいわ」 じと、とトリスは彼の見つめたのだった。 ・・・ と、いうわけで。 今後の方針として、まずアメルを狙っている黒の旅団をどうするかが目下の問題だった。 頭数でも、実力でも敵わない相手。だったら、小回りの利く小集団の利を活かして、徹底的に連中をひっかきまわせばいい。 逃げて、逃げて、逃げ続ける。 それが、今の状況で彼女を守り通す手段といえた。 しかし、どこへ向かおうがこのゼラムから出るには同じ方向へ向かわねばならない。 敵はそれを見越して、待ち構えていることだろう。 「僕たちの目的がわからない以上、敵も完璧な包囲はできないはずだ。その隙を突ければ・・・」 ネスティの言うとおり、それならば何とかなるのだ。 問題はその行き先。 「おじいさんに聞いたことがあるんです。村から山を越えた西に小さな村があって、そこに・・・あたしの祖母にあたる人が暮らしているって」 しかし、そんなアメルの意見のおかげですっぱりと決に至った。 森の中だから敵の目も欺きやすいし、何より小集団としては動きやすいことこの上ない。 地の利が圧倒的に有利な状況で、万が一にも備えられる。 ・・・他に行き先がわからない、というのはまぁ流しておこう。 しかし、そんな彼女の話には眉をひそめていた。 長く旅をしてきた身として、少しばかり気になったのだ。 本当に森の中に村があるのか、と。 以前、サイジェント郊外の森にははぐれ召喚獣が住み着いていた。 滅多に襲われることはなかったが、その場に長くとどまれば召喚獣たちも縄張りを荒らされていると怒りを覚えるだろう。 そんな場所に、小さな村があるとはとても思えなかったのだ。 実際、地図には森の名前しか記載されていない。旅の必携品として地図を持ち歩いている彼にとって、疑問を持つには充分なのだ。 もっとも、その地図だって全部が全部正しいわけじゃない。 名もなき世界のように科学が発達して衛星を介して世界地図、なんてわけにもいかないわけで、つまり人がその足で歩いて作った地図なのだから。 「、どうしたの難しい顔して?」 「お・・・」 そんな表情に疑問を浮かべていたのは、尋ねたミニスだけではなくて。 「あ、いや・・・なんでもないよ」 話し合いに参加していた全員が、を凝視していた。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第18話 忙しない そんな話し合いも。 「みんなー、オヤツの時間よぉー・・・今日はギブソンからせしめた甘くておいしいケーキよー」 なんてミモザの声で自然とお開きになっていた。 みんなが今まで通りに振舞う中、は1人、商店街へとやってきていた。 特に買い物をするでもなく、ただ当てもなくふらつく。そんな感じだ。 迷子になるんじゃないか、というツッコミが入りそうだが、そこは旅という名のさ迷い歩きが長い彼だ。冷静に対処するだろう。 ・・・いや、当てもなくふらついていた、というわけではない。 パッフェルに会っておきたかったのだ。 『この街を出る』と、伝えるために。せっかく再会できたのだから、一言くらい挨拶しておくのが礼儀だろう。 とまぁ、意気揚々と出てきたわけだけど。 「パッフェル、仕事中だよな・・・」 彼女が働いているケーキ屋の前まで来たところで、そんな考えがふと浮かんで自己嫌悪に陥った。 どーせ近いうちにギブソンのところに配達に来るのだから、その時に伝えておいてもらってもよかったじゃないか。 そんな思いすら浮かんでは消え、結局店の前を素通り・・・しようとした。 「さーんっ!」 背後から呼び止める声。 声の主は先日出会った、死んだ彼の母親に瓜二つの女性だった。 艶やかな黒髪にチャームポイントだと生前豪語していた泣きボクロ。 そして、溢れんばかりの笑顔。 ・・・だぶる。 ・・・重なる。 あの頃の、あのひとに。 「・・・っ!」 我に返り、浮かんだ笑顔を吹き飛ばす。 まだ、彼女に『あのひと』の影を重ねてしまっている。 ・・・我ながら女々しいな。 そんなことを思いつつ、苦笑。 「こんにちはっ!」 彼女――シエルはの前でとん、と急ブレーキをかけるとバスケットの中身が無事であることを確認。 にっこり笑うと、元気に挨拶。 まだ出会ってからさほど時間が経っていないはずなのに、彼女はに対して、きさくに話しかけてくれていた。 「こんちは。今日も元気だな」 「はいっ! 私はいつでも元気ですっ!」 そんなところが彼女の美点なんだろうな、とは思う。 「配達中?」 「はい。高級住宅街のギブソンさんの所まで」 ・・・相変わらず、甘い物好きな人だ。 パッフェルと再会した時も、たしか彼女はギブソンの所へケーキがいっぱいのバスケットを持っていたはずだ。 「疲れた時には甘いものが良い」なんて言っているものの、それも限度があるんじゃないかと思う。 「さんは?」 「え、ああ。俺は散歩・・・あ、そうだ。同僚にパッフェルっているよな?」 「パッフェル・・・はいはいもちろんいますよ。彼女は心の友ですから」 「・・・ほほう」 あれほど寡黙だった彼女だ。それでもなかなかうまくやっているらしい。 実際、再会した時は誰のことやらわからないほどに、纏っていた雰囲気から何から全部が180度逆だったから。 あれほど底抜けに明るければ、むしろ昔の彼女を信じられないだろう。 「パッフェルさんとはお知り合いで?」 「そうそう。いわゆる昔馴染みってヤツでさ。ついこの間再会したんだ」 「わあー、いいですね。そういうの」 に言葉を返す彼女の表情は、心の底から羨ましそう、というかむしろ自分のことのように嬉しそうだった。 ・・・その笑顔に、どこか寂しさすら感じてしまうのはなぜだろうかと。 出会って間もない彼はまぁ、普通に思うわけで。 「・・・・・・」 「さん・・・? あの・・・そんなに見つめられると、さすがの私でもハズカシイのですが・・・?」 「お・・・おおう、これは失礼」 果てしなく変な会話だ。 そしてさらに、気まずい状況にまで陥っている。 ・・・これは、マズい。 ほのかに頬を赤く染めた彼女の前で内心、滝のような汗をかきながら必死に言い訳を考えてみる。 ・・・ ・・・ ・・・ダメだ。無理。 よって。 「そ、それでな? パッフェルに一言挨拶しておこうと思って」 強引にそれた路線を元に戻すことにした。 ってか、ぶっちゃけこんな状況、いろんなことを経験してきた彼でもさすがにに初めてだったりする。 過去に幼馴染を相手に似たような状況がなきにしもあらず、だったわけだが、あのときは相手が幼馴染だったということもあり軽く流すことができた。 しかし、今回は別だった。 相手はまだ出会って間もない他人なのだ。 ・・・そこ、ヘタレとか言わない。 「もしかして、街を出られるんですか?」 シエルから返された問いにうなずくと、気の毒そうな表情を貼り付けた。 ずずい、と身体ごとへ寄せると、内緒話をするかのように顔をも近づける。 いきなりの彼女の行動に軽くどぎまぎしながら、言われるがままに耳を寄せると。 「街の外なんですが、今なんか黒い兵士さんたちがとおせんぼしてるらしいんですよ」 と、神妙なまでの口ぶりでそう告げた。 そんな彼女の口ぶりに苦笑しながら、は身体を離す。 曰く黒い兵士さん、というのは十中八九『黒の旅団』で、彼の狙いは聖女アメル。 何度かぶつかったからこそ、捕獲対象が街から逃げられないように包囲するのはまず常識といえた。 「ああ、知ってるよ」 そんな中を、彼らは逃げるわけだが。 「さんは大丈夫だと思いますが、どうぞ気をつけてくださいね」 「ありがとう、シエル」 見上げてくる彼女に、感謝の意と笑みを見せる。 「そんなわけであまり時間がないんだ。だから、パッフェルに会ったらその旨を伝えておいて欲しいんだ。あと、直接伝えられなくてごめん、って」 「わかりました。まっかせてください!」 むん、とその細腕に力こぶを作るように振り上げて見せるが、無論できるはずもない。 髪をなびかせ、明るい茶色の瞳を爛々と輝かせて、シエルはの頼みを快く引き受けてくれていた。 「・・・ところで、仕事の方はいいのか?」 「あ・・・あァ―――ッ、しまったぁ〜〜〜〜!?」 なんだかんだで急いでいたのだろう。 実際、会ったときも走っていたスピードを急ブレーキで殺したのだから。 結局彼女は、以前と同じようにすごいスピードで去っていった。もちろん、人ごみを器用に避けながら。 あのフットワークは見習いたいところだが、一朝一夕で身に付くようなものじゃないことは目に見えている。 ・・・もっとも、何が原因でああなってしまったのかは、一目瞭然なのだが。 「相変わらず忙しないな」 自業自得。 ● 「ハサハもユエルも大丈夫か?」 「うん、だいじょぶ」 「ねむい〜〜・・・」 ハサハは眠そうに目を擦りながら、ユエルは隠すことなく大きくあくびをしながら、の問いに答えた。 今は深夜もいいところ。普通ならば寝静まっているのが当然だ。 なぜこの時間を選んだのかというと、無関係の人を巻き込まないため、という名目の上で、これ以上先輩たちに迷惑をかけられない、というマグナとトリスの率直な意見がそのまま採用されたからだ。 人通りのまったくないゼラムのメインストリートを抜けて、街の外へ。 月明かりが地面を照らしてくれているものの、暗いものはやはり暗い。 夜目のきくフォルテとケイナを先頭に、はぐれないようにと固まって進む。 アメルの言う森へ抜けるには全部で3つのルートがあった。 1つは今いる街道を進むか。 もう1つは雑草ぼうぼうの草原を突っ切るか。 そしてもう1つは、高低差のある山道を登っていくか。 一番確実なのは、アメルの言う道を進むこと。つまり、森との直線上に位置する山を越えること。 追っ手を避けながら山越えは、普段から身体を鍛えている面々ならともかく、女子供はまず無理。 とはいえ、街道を迂回する道をとっても、見張られていることは明白。 あるいは草原を突っ切って、わざと見つかる道をとる。どうせ見つかるのだったら、むしろ真正面からぶつかっていくことを見越してこのルートを採るのもアリだ。 そんな中、目下のリーダーであるマグナとトリスが選んだ道は。 「よし、草原を突っ切ることにしよう」 「えぇっ!?」 「なに考えてんだニンゲンっ!?」 マグナの一言に驚きの声を上げたレシィと、食って掛かるバルレル。 レシィは優しい。だからこそ、戦いを好まない。主が真っ向から戦いに出る道を選んでしまえば、驚くのは当然だった。 バルレルは、ただ面倒なだけなのだ。草原なんかを進んでしまえば、まず敵に見つかり戦いになる。 ・・・面倒なのだ。 「ンなことしたら、アイツらに行動が丸見えだろうが!?」 「わかってるわよ・・・でも、これが一番いい方法だと思うの」 トリスがバルレルをなだめるように言う。 街道を反れて進む自分たち。それを追いかけてくるのは間違いなく追っ手――敵だと判断していいことになる。 それを見越して、うまく隠れてやり過ごす。 万一戦いになっても、無関係の人を巻き込まずに済む。 迷惑を被るのは自分たちだけで充分なのだ。 「・・・まいったな。そこまで考えているとは」 「お前らにしちゃ、よく考えたな」 「む!」 「こらそこ、人をバカにするような発言はしない」 トリスをなだめながら、マグナは言う。 バルレルはさぞ愉快げにケケケと笑い、トリスに背を向けた。 彼女の身体に篭った力が抜けたことを確認すると、一同に確認をとる。 1人1人の顔を見て、うなずいて返した。 「へぇ」 の隣でフォルテは感心したように笑った。 何を見ているかといえば、1人ひとりに確認をとっているマグナの姿だった。 まだ幼さの抜けない顔立ちの纏う空気が、早くも一同のリーダーとしてのそれになりつつある。 それを見て、フォルテは笑ったのだ。 「どうした、フォルテ?」 「ああ、マグナのアレにな。感心してるんだよ。ここから先は、少数だからこそのチームワークが自分たちを守る最大の武器になるからな」 きっとアイツ、無意識なんだろな。 そんな一言を口にして、フォルテは先導しようと一歩を踏み出す。 「ま。戦士としてはまだまだガキ丸出しだけどな」 去り際にそんな一言を残していったところに、は少なからず共感を覚えていた。 リーダーとしての資質は充分に備わっているといってもいいだろう。 しかし、先の戦闘で彼は人を斬って平然としていた。正直、傾向としてはよろしくない。 戦場では、臆病な人間こそがまず生き残る。自分の命を第一に考えて行動できるから。 しかし彼は、『絶対に負けない』という自信からか、湿原では自分から戦場に飛び込んでいき、ばっさばっさと兵士たちを斬り伏せていた。 その手の戦士は、戦場では真っ先に死ぬタイプなのだ。 死なせたくないからこそ、フォルテは去り際にそんなことを口にしてみせたのだ。 ・・・守ってやらないと、そして、教えてやらないとな。 そう思わせるほどに、マグナもトリスも。この場にいる全員を人として認めていたからこそ。 「よーし、先導は俺たちに任せとけ!」 こんなところで。小さな小競り合いで、死なせてたまるものかと心から思えた。 |
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