ギブミモ邸のとある部屋で。 一同は集まって会議を開いていた。 もちろん議題は、ついに判明した敵の姿についてだった。 崖城都市デグレア特務部隊『黒の旅団』。 その総司令官から直々に聞いた情報だ。間違いはまずないだろう。 リィンバウムには現在、3つの国が存在する。 1つは、伝説の英雄とされるエルゴの王の血を引く聖王家のお膝元『聖王国』。 1つは、西方に誕生したばかりの『帝国』。 そして、最後の1つが聖王国と対立する、かつての王国の残党たちで構成される『旧王国』。 元々は1つだった国が、戦争で3つに分裂したのだ。 その中でも、聖王国と旧王国の対立は今に始まった話ではなく、長く激しい対立を繰り返してきたという。 そう考えれば、1つ、浮かび上がってくる結論がある。 それが、今回の一件。『黒の旅団』による軍事侵攻。 これが後々、聖王国を脅かす戦争への口火になる可能性があるからこそ、この場にいるメンバーの表情は固い。 「そうすると、気になることがあるな」 呟いたのはギブソンだった。 国同士の争いに、なぜアメルが……ただのしがない村娘が必要になるのか。 領土侵犯を犯してまで、旧王国が彼女の身柄を欲しているという事実だった。 それを指摘されてか、アメルの表情は暗い。 「オイ、顔色悪ぃぞ。大丈夫かよ?」 「うん・・・大丈夫」 バルレルの問いに答えつつも、彼女の顔色は悪いままだった。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第17話 自分たちの今後 今はまだいい。 先日の湿原のように、ゼラムの外に出なければ安全なのだから。 国と国との駆け引きだ。少しでも間違えれば、それこそ戦争だって起きるかもしれない。 かといって、それを承知で侵攻してくれば、こちらは間違いなく頭数の差で敗北は必至。 あっという間にレルムの村の二の舞、ということも、ありえない話ではなくなるのだ。 部屋の隅で、もそれを聞いていた。 ユエルとハサハをはさんで、壁に寄りかかって、ただ聞くだけ。口は出さない。 別に意見を出したくないわけではない。 ピクニックから帰ってきてからこっち、話の中心にいるメンバーの態度がどこかを避けていたからだ。 正直、気まずいことこの上なかった。 特にトリスとマグナ、アメルとリューグの4人はそれが顕著だった。 フォルテとケイナは彼らよりも年上な分、色々と割り切っているのだろう。そして、ネスティとは先日の一件があったからか、接する態度は変わらずレオルドも同様。トリスの護衛獣であるレシィは彼女の態度を見て慌てるだけ。 バルレルやギブソン、ミモザは言わずもがな。ミニスは以前の彼を少しばかり知っているからだろうか、しかしまだ子供である彼女はどこか複雑ながら、態度を変えるまいと彼女なりの努力していた。 「・・・君たちがそう言うなら、そうした可能性は否定できないんだろうな。しかし・・・」 ギブソンはそこで言葉を切る。 今までの話はすべて、これから先に起こりうる未来の1つを仮定しているだけ。 目下の問題は、先の未来の話ではなくて。 「これから先、君たちが一体どうしたいのかが、重要ではないだろうか?」 むしろ、その未来へ向けた自分たちの行動そのものだった。 相手が『国』である以上、降りかかる危険は大きい。だからこそ、騎士団や派閥に保護を求めることができる。 あるいは、彼女を最後まで守り通すか。それこそ、死に物狂いで。 そして最後に、何もなかったことにしてこのまま解散するか。 最初の2点はさておいて、最後の案は人として却下。そうすれば、これからの選択肢として2つの道があることになる。 しかし、騎士団や派閥に保護を求めれば、アメルは間違いなくデグレアへ差し出される。 たかだか小娘1人で戦争が回避できるのだ。政治的判断としては最良だ。 「腹黒い連中の考えそうなことだなァ・・・ニンゲンらしいや」 「バルレル、あんた、もうちょっと言葉を選びなさいよ」 「ンだよ。言葉で飾っても、結論は同じだろォが!?」 トリスの気分を害したのか、バルレルは吐き捨てるように言葉を紡いで、ユエルの隣を陣取った。 「・・・そんなのダメだ! 絶対にダメだ!」 「わかってるわ。心配しなくてもみんな同じ気持ちよ、マグナ。とにかく落ち着いて、ね?」 焦ったようにまくし立てるマグナを押さえ、ケイナは諭すように彼に言う。 アメルを国の駆け引きの道具にはしたくない。 ケイナの言うとおり、彼が叫ばずとも皆思いは同じなのだから。 「君なら・・・君たちなら、そう言うと思っていたよ。でも・・・その思いを貫くことは大変なことだよ」 ギブソンの言葉が、マグナをはじめとした皆に重くのしかかる。 相手は鍛えられた軍隊で、国そのものなのだから。 生半可な覚悟では、まず間違いなく命を落とすだろう。 「よく考えてみることだ。君たち1人1人が本当に望んでいる事を・・・結論を出すのは、それからでも遅くはないよ」 そんなギブソンの言葉を最後に、会議は終わりを迎えていた。 ● 「それで、君はどうするつもりなんだい?」 仲間たちのいなくなった部屋に残ったのは、ギブソンとミモザ。そしてとユエルとハサハの3人だった。 バルレルはトリスに強引に連れて行かれてしまったため、この場にはいない。 昔馴染みとして、長く戦ってきた1人を心配する会話が、そこにはあった。 ギブソンの問いの先には、言うまでもなくの姿があった。 身体に異常はないものの、表情には苦笑が浮かぶ。 「・・・正直、悩んでるよ」 彼が旅立った目的は、ようやくすべて果たされた。 長く空けていた故郷の島へ戻ることも、彼に与えられた選択肢の1つだった。 「キミは、私たちと出会う前から、ずっと戦ってきたんでしょ? だったら・・・」 もう、戦う必要なんかないじゃないかと。 ミモザはそうに告げた。 充分に苦しんで、充分に悲しんで。そして、充分過ぎるほどに色々なものを得てきた。 思い出であり、悲しみであり、身体に刻まれた傷でもある。 彼は、充分すぎるほどにこの世界に尽くしてきたのだ。 そろそろ、休息があったっていいのではないかと。 2人は思っているわけだ。 「・・・・・・」 腰に巻かれた皮のポケットから、1つの小箱を取り出す。 アルミ製のそれは、島と自分をつなぐ通信機だ。 長く共にいたからか、表面は傷つき、立てられたアンテナは中腹辺りで折れてしまっている。 そんなボロボロな通信機を見つめ、軽く握って。 「いや、まだ・・・終われない」 「でも・・・トリスたちは」 「あぁ、知ってる」 わからいでか、とは笑った。 少しばかり、悲しげに。でも、彼の性格が、信条が。そして、逃げたくないという気持ちが。 彼をこの場にとどめていた。 さらに。 「少し・・・気になることがあるんだ」 それは、亡き母に瓜二つの女性のことだった。 たまたま知り合った仲とはいえ、偶然とは思えない。 ・・・なにかある。彼の長年の勘が、そうけたたましく告げていたから。 そして、ユエルのこと。 彼女にひどい仕打ちをした召喚師を、放っておくわけにはいかない。 普通の召喚師よりも仲間思いな彼だからこそ、止めることなどできはしない。 「・・・」 そんな彼を見て、ユエルはつい、彼の名を呼んでいた。 無理して笑っているその顔を見上げて、彼女は悟る。 今までになく、苦しいのだと。 最初から味方、という存在がこの場ではあまりに少ないことが。 そして、この間の一件があったからこそ、彼は今、少しばかり苦しい思いをしていると。 「・・・」 視線をハサハへ向ける。 彼女もに恐怖していた者の1人だった。そんな一抹の恐怖感が彼女に遠慮がちな視線を向けさせる。 ・・・ 言わねばからない。 は。自分たちの主は、自分たちにとって世界で一番優しい人なのだと。 ● 「やはり、君たちの決意は変わらないようだね」 ギブソンの前に2人、トリスとマグナは申し訳なさそうな表情で立っていた。 みんなの言葉を聞いて、アメルの気持ちを聞いて。 自分の決意を皆に押し付けていいものなのかと。 そして、そうすることで本当に活路が見えてくるものなのかと。 確証のない考えだけが頭を巡り巡って、結局最後には最初の決意に行き着いた。 街で出会った吟遊詩人のレイムのアドバイスを聞いたおかげ、とも言えるだろう。 しかし、彼らは迷う。 本当にそれでいいのかと。 けして、2人ともに同じというわけではない。 別の方法が、もっといい方法があるんじゃないかと、意見を出し合いもした。 それでも、結局平行線。 マグナが意見を出せばトリスが返し、トリスが出せばマグナが返す。共に意見を出し返されることで、思考はどんどんと広く深くなってしまう。 まるでリバーシでたった1枚を奪い合っているかのように。 「なに、そんなすまなさそうな顔はしなくていいさ」 ギブソンは申し訳なさそうに縮こまる2人を見て、苦笑した。 「私が言いたかったのは、悔いが残るような決断なら、するべきじゃないということだよ。それが理屈の上で、どれだけ正しいことであってもね」 「それって、どういうことですか?」 「理性と気持ちは、別物だということだよ。マグナ」 ギブソンはその事実を、つい1年前に学んだばかりだった。 自身の気持ちを押さえつけて、理性が正しいと命じたものを選び、実行した。 共に戦ってきた仲間たちの顔を見て。大事なパートナーの顔を見て。 そして最後に、自身が信をおく師の顔を見て。 結局、押さえつけていた気持ちを押さえきることができなかった。 自分を信じてくれていた師を裏切り、戦う道を選んでしまった。 それを代償にして、人間は理屈だけじゃ生きていけないのだとわかった。 感情あってこそ、人は人でいられるのだと。 「だからこそ、君たちは自分で正しいと思った道を選んで、進めばいい」 理屈とは正反対であっても、それが自分の本当の気持ちなら。 「きっとそれが、君たちにとっての真実になるんだからね」 ギブソンはそんな一言を口にした。 その一言は、2人のもやもやとした気持ちを払拭したのだろうか。 表情には少しばかり笑みが宿っていた。 「もし、その真実を受け入れられないようなら・・・」 部屋を出ようと、ドアの取っ手に手をかけたところで、ギブソンは呟くように言葉を紡いだ。 自身の学んだことが生かされた上で、まだ心のどこかにしがらみがあるのなら。 「今の話を、にもしてみるといい」 「え」 「彼は、私たちが知る以上にたくさんのことを経験している。私よりももっと、現実味のある答えが帰ってくるかもしれないよ?」 そんな言葉を口にして、ギブソンは笑みを浮かべたのだった。 ● 「・・・」 無言。 2人は、静かな廊下をとぼとぼと歩いていた。 しがらみがあるわけじゃない。先刻のギブソンの一言でそのほとんどが払拭されて、気持ちは固まったと言っても過言ではないだろう。 でも。 「ねぇ、マグ兄」 「・・・ん?」 ふと、トリスが立ち止まる。 まっすぐにマグナを見上げて、その一言を告げる。 話を聞いてみよう、と。・・・いや、聞いておくべきだと。 未だに『怖い』という思いはある。しかし、彼女の心のどこかで『聞かねばならない』という思いがあった。 マグナは考えた。聞くべきか、聞かざるべきか。 聞きたいことはたくさんあった。昔のこと、今のこと。そして、彼自身のこと。 だからだろうか。 「よし、善は急げだ。早速行こう!」 「うんっ!」 答えを出すのに、時間はかからなかった。 「・・・大丈夫?」 「あぁ、大丈夫だ。悪いな2人とも、心配かけて」 ユエルの声。 彼女はただ、を心配していた。 別れてしまうまでの彼を見ていたからこそ、なんら変わっていない彼を見たからこそ、彼女は常に彼と一緒にいるのだ。 そんな2人を見ていたハサハの胸中は、複雑だった。 まだ出会って短い自分と彼。先日再会した彼女と彼。 過ごした日々の絶対的な違いが、自分と彼女にはあって。 「・・・っ」 何も知らない自分に、腹が立った。 ・・・ 「ハサハにも教えるよ。のこととか、ユエルのこと」 ユエルとハサハ。 2人は無理をさせまいとを部屋へ残して、応接間へと向かっている最中のことだった。 もちろん、それを先導したのはユエル。 今の一言でハサハの背中を押したのだ。 不安げな表情のハサハと、軽い笑みを浮かべたユエル。 「さぁさぁ、座って座って。ね?」 促し、ソファに座らせる。 そこにはネスティとフォルテとケイナ、ミニスとミモザの5人が既に腰を落ち着けていた。 会話をするでもなく、特に何かするでもなく。 現れた2人に視線が集中し、ミモザはティーカップに紅茶を注いだ。 彼女らしからぬ行動ではあるが、そこはまぁ置いておこう。 「はい、お2人さん」 「あ、ありがとう!」 「・・・・・・」 にっこり笑って彼女にお礼を述べるユエルと、うつむいて肩を竦めるハサハ。 そんな2人を再度見やると、ミモザは再び腰を下ろしていた。 「前の戦闘のときのは・・・確かに怖かったと思うよ」 おもむろに、ユエルは言葉を紡いだ。 彼らの知りたかったこと。言うまでもなく、のこと。 湿原での戦いでは兵士たちを蹴散らし、街中では機械兵士を相手に勝利を納めた。 その力の源と、その場にいた全員が恐怖した彼の怒りの原因。 それらすべてを、ユエルは話そうとしていた。 「はね・・・うしなうのが怖いんだよ」 幼い頃。今の彼のすべてを支える誓いを立てた。 なくさせないために、彼はいつも、止まることなく走り抜いてきた。 奪わず、失くさせず。 それを行うことは非常に難しい。でも、彼はそれだけを第一としてきた。 しかし、破られたことも多かった。 奪い取ったこともあった。消えていくそれを見ていることしかできなかったこともあった。 のいる部屋へ向かおうと歩いていたマグナとトリスが、聞こえたユエルの声に立ち止まる。 「マグ兄」 「・・・ああ」 どんな話なのかと聞かれずとも、周りのみんながその話に真剣に耳を傾けていたから、わかった。 話題の中心だった彼がそれほどに恐れるそれとは一体、なんなのか。 ・・・答えは。 「いのち・・・」 「え?」 呟かれたそれは、ただの一言。 誰にも聞き取れないほどにか細く、小さな声だった。 だからこそ、ハサハは聞き返す。 「・・・命が失われることに怖がってるんだ。だから、失われないようにできることをする。それがなんだよ」 だからこそ、彼はイオスに対して怒りという感情を抱いたのだ。 そして乱暴にではあるものの、周りに恐怖を植えつけるほどに怒ってみせたのだ。 1人の人間に1つしかない命を、自ら捨てようとしていたから。 そして、それすらも許容して、ゼルフィルドは仲間に銃を向けたのだから。 だから彼は、自身の感情に素直に動き、彼らを止めた。 「確かに怖かったかもしれない。ユエルも怖かった・・・」 「・・・・・・」 でも、それが彼なのだ。 強くて、時に怖くて。でもそれが、その人を思いやってのことだとわかる。 「でも」 それが別れる前から変わっていないことが、むしろユエルにとっては嬉しかった。 「ユエルは、がすきだよ」 ● トリスもマグナも、廊下を走っていた。 ユエルの話を聞いて、彼の真意がわかって。 怖がる必要なんか、最初からなかったんだとわかったから。 ・・・我ながら現金だと思う。 でも、自分たちの中で彼が一番、戦いを望んでなどいなかったのだ。 彼のいる扉を前にして、互いに顔を見合わせる。 「(うん・・・っ!)」 アメルから話も聞いた。彼女の今の本当の気持ちも聞いた。 迷惑をかけたくない。嫌われたくない。本当は、聖女としての奇跡の力なんかいらなかった。 今までずっと、自分にも周りにも嘘を吐き続けてきたと。 だから、彼女はこのとき、初めて自分の意思を2人に伝えた。 ・・・みんなと一緒がいい。離れ離れにはなりたくない、と。 この話のおかげで、自分たちの進むべき道も見えた。 けして楽な道じゃない。でも、進んだ先にはきっと・・・自分にとっても、みんなにとっても。 ・・・楽しい明日がまっている。 互いにうなずくと、 「「っ!!」」 ばぁんっ!! ノックすらすることなく、勢いよくその扉を開けたのだった。 「な、なんだなんだ・・・どうしたんだ一体?」 もちろん、はそれに驚く。 今までが今までだった分、驚きもひとしおだ。 特に彼を避けていた2人が突然尋ねてきたのだから、さらにびっくり。 そして2人はの手を取ると、 「さ、行くよ!!」 「ちょ、ちょっとまて。どこへ? どこへ行くんだ!?」 まさに、風になった。 「お待たせ!」 「おう、遅かったな」 「仕方ないだろ、これでも急いだんだからさ」 「フォルテの言うことなんか気にしなくていいわよ。どうせ半分以上がデタラメなんだから」 「まったくだ。君はその軽率な行動を、少し見直した方がいい」 「おいおい、ネスティまで。そこまで言うことねえだろ?」 「・・・自業自得だろ」 「リューグ・・・」 「ほら、? なにボーッと突っ立ってんの? ほらほら」 庭まで連れてこられたは、集まって話をしていた仲間たちと合流していた。 ・・・というか、彼ら、テンションがすこしおかしいような気が、しないでもない。 実際、彼らは今まで自分を避けてきていたはずなのだから。 ミニスの先導でその輪に入ると、隣で顔をしかめていたバルレルに顔を寄せる。 「・・・なにがあったんだ?」 「テメェのことをユエルが色々話した。んで、ヤツらは自分たちの行いを恥じた。んで、今に至る・・・現金な連中だぜ、ケッ!」 変わらず不機嫌なまま、尋ねた同様に小声で答えを返す。 話をしたというユエルを見やれば、苦笑した彼女とその隣でに向けて手を振ったハサハの姿。 「・・・何考えてるんだか」 「アイツに感謝しとけよ。さっきまでのテメェを見たくなくて、あんな話をしたんだろうからな」 テメェの負の感情なんて、滅多にお目にかかれねえってのによ。 そんな言葉を付け加えて、彼はそうのたまった。 にっこりと笑って自分に寄ってくる2人に再び目をやると。 「へへ〜」 「・・・♪」 おさまるところにおさまった。 そんな感じだった。 |
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