「撃てゼルフィルド!」

 フォルテによって羽交い絞めにされたイオスは、声高に叫んだ。
 彼は自分たちが聖女を必要としている理由を知られたくないのだろう。
 だからこそ身動きの取れなくなった今、命を絶つことで情報の露見を防ごうとしている。
 そんな光景に、は歯噛んだ。
 たった1つしかない自分の命を、なぜそこまで粗末に扱えるのか、と。
 だから。

「了解シタ」

 抑揚のない、イオスの要請をあっさりと受けた電子音声に、腹が立った。
 抜き放ったままの刀を淡い焔が包む。
 炎は刃の移動と共に揺らめき、次第に刃そのものを形作る。

 ゼルフィルドはイオスごとフォルテを撃ち抜こうと銃口を向ける。
 機界の、しかも機械兵士の装備する銃だ。リィンバウムで手に入るようなものとは次元が違う。
 彼はその威力もよく理解していた。
 今から走ったところで間に合わない。
 だからこそ、走るより前に行動を制限する方法を採ったのだ。

「なっ・・・!?」

 その光景を見て、身動きの取れないイオスは驚愕した。
 そして、展開されている光景に目を疑った。

「・・・右腕破損。暴発ノ恐レアリ。発射不能」

 構えていた銃が、何かに斬られたかのように鋭利な斬り口を残して吹き飛んだのだ。
 そんな時。

「冗談じゃない!」

 そんな声と共に、胸倉を掴まれ引き寄せられていた。





    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    第16話  明かされた敵の全貌





 にらみ合う・・・否。が一方的に、一抹の恐怖をイオスに植えつけていた。
 つい先刻のマグナの心情について。
 そして、今しがたのイオスの、自身を蔑ろにするような発言。
 何もかもがの心をかき乱す。

「・・・っ」

 なぜだかはわからない。
 ただ、どこかむしゃくしゃしているだけ。
 行き場のない怒り、のようなものをイオスにぶつけているだけなのだ。
 そんな雰囲気に気圧されて、表情を引きつらせたのはフォルテに羽交い絞めにされたイオスだった。
 しかし、震える身体をそのままにをにらみつけている。
 ただにらみ合いが続いていた。

「お、おい・・・?」

 フォルテのどこかうろたえたような声。
 イオスの両手を拘束したまま、2人の剣呑ならぬ雰囲気に1人冷や汗を流す。

「・・・・・・」

 そんな声に毒気を抜かれたのか、は掴んでいたイオスの服をゆっくりと離した。
 終始無言、複雑な表情で。
 舌打ちすらしないのが、まだ彼が怒りをその心に宿していることを物語っている。
 ただ目を細めて。

「・・・もっと、自分の命を大切にしろ」

 それこそ誰にも聞こえないような声で、たった一言を口にした。

「ミモザ、いい加減出てきなよ」
「あら、バレてた? いやあ、新種発見に浮かれちゃって」
「・・・アレだけでかい音出してれば、普通は気づくと思うけど」

 笑いあう彼の表情からは、いつの間にか怒りが消え去っていた。

「しかし、地獄絵図にならなくてよかったわ〜」

 そんなミモザの一言が敵も、そして味方すらをも震え上がらせたのは言うまでもない。


 ●


 最初は、少し寡黙だけど優しい人。
 彼女にとって、『彼』はそんな印象だった。
 言葉を交わした数はそれほど多くないけれど、トリスの隣にいる少年悪魔とのやり取りからそんな印象を得ていた。
 しかし、今回の一件でわかったことがあった。
 一見無感情に見える彼は、その穏やかな表情の奥に荒れ狂わんばかりの激情を宿している。
 イオスとの会話を聞いていた彼女は、彼の発していた押し潰されそうな重圧にただ耐え抜いていた。
 彼女の隣に立ち尽くす赤毛の青年は、頬に汗を伝わせて一連の光景を見つめている。

 ・・・肌で感じ取ったのだろう。
 自分と同じように。押し潰されんばかりの重圧を。心の内から溢れ出た激情を。

「リュー、グ・・・」

 だからこそ、彼の名を呼ぶ。
 同じ屋根の下で暮らしてきた家族の名を。
 ミモザの表情は、まさに自然そのものだ。
 あれほどの重圧と激情を前にして、彼女は竦むどころか笑って会話している。
 そして。

「・・・よかった」
「え?」

 自分の隣にいた獣耳の少女は、嬉しそうに笑っていた。

「ずっと会っていなくても、はぜんぜん変わってなかった」

 彼女は知っている。
 敵の前で談笑する青年の過去を、内に秘められた雄々しき感情を。
 そして、その在り方を。
 しかし、そんな考えが何も知らない人間たちによぎるわけもない。
 私、アメルは・・・否。『彼』を知らないは。

 心から、1人の青年に恐怖していた。

 純粋に、ただ『怖い』と感じていた。

「・・・そっか、ハサハはのこと、まだよく知らないんだよね」

 ユエルは自身の隣でぴんと立っていた耳を伏せて、身体を小刻みに震わせていた少女を見て苦笑した。
 元々、彼女たちの主の青年は感情を・・・特に怒りを表に出すことは少ない。
 普通に笑うし、仲間たちと一緒にいる彼の目はとても優しい。
 ハサハが見てきたのは、そんな主の姿だった。

はね、うしなうことが怖いんだ」
「うしなう・・・?」

 うしなう。
 何かをなくすこと。
 では、とは何だろう?

 そんなことを考えた。
 ミモザはきっとその『何か』を知っているから、彼と笑って話せるのだ。
 ・・・時と場合すらわきまえずに。

「と、とにかく! あたしたちは殺し合いなんか望んでない」

 アメルを狙うことさえやめてくれればそれでいい。
 トリスは談笑していたとミモザを諫めて、声を上げた。
 理由が何であれ、彼女たちは事を荒立てるようなことをしたくはないのだ。
 しかし、その言葉すらも。

「・・・だとすれば、貴様らの望みは永遠に叶うまいな」

 何処から聞こえた声に一蹴されていた。

「えっ!?」

 最初に目に飛び込んできたのは、身体全体を覆った黒だった。
 漆黒の甲冑に、顔すらも覆い尽くし表情も伺えないフルフェイスの兜。
 太陽の光に照らされて鈍く光るそれは、まさに『黒騎士』を名乗るにふさわしい。

「なぜなら、我らの任務はそこの聖女を確保して初めて達成されるものだからだ」

 それの一言は、先刻まで戦っていたイオスとゼルフィルド、そして兵士たち。
 彼らと目の前の黒騎士が、仲間であることを示していた。
 無論、彼らはそれを隠す必要性を感じていない。
 だからこそ、こうして彼は名乗り出た。

「イオス、そしてゼルフィルド。俺は貴様らに、監視を継続することのみを命じたはずだが?」
「ですが・・・っ」

 イオスはただ、好機だと考えたのだ。
 護衛の騎士団すら従えず、捕獲対象である聖女と共にのこのこと街を出てきたのは個人の能力だけが突出した素人集団だったから。
 自分たちは組織だって動いている。
 頭数も、能力も。すべてにおいて、相手を上回っている。
 だからこそ、任務の達成を確信して独断行動に出たのだ。
 しかし。

「命令違反の挙句に、これ以上の醜態を俺に見せるつもりか!?」

 黒騎士はそれを許さなかった。
 自分は『監視』を命じた。それなのに、イオスは自身の驕りに気づくことなく、あえなく拘束された。
 それを醜態といわずに、なんというのだろうか。
 自身の考えが甘かったからこそ返された怒号に、イオスは躊躇なく首を垂れた。

「なぁ、黒騎士の旦那。部下への説教もいいが、状況を考えろよ」

 この場の主導権は、オレたちにあるんだぜ?

 フォルテは自信たっぷりに、黒騎士に告げた。
 こちらの手には人質としてイオスが。
 倒れた兵士たちに、武器を失ったゼルフィルド。
 自分たちの勝利を確信してやまないフォルテの、不敵な笑みだった。

「無駄だよ、フォルテ」

 しかし、それは見事に否定された。
 他でもない、味方によって。

「なんでだよ、?」
「・・・囲まれてる」

 黒騎士は、ただ騎士というわけではなかった。
 銃声を聞き、部下たちが次々に地に伏していくのを見て、たった1人で乗り込んでくるほど、馬鹿ではないのだ。
 彼はを一瞥すると、

「出ろっ!」

 耳を貫くような怒号を上げた。
 豊富にある草陰から姿を現したのは、彼と同じ黒い甲冑に身を包んだ兵士たち。
 彼らの手には武器が携えられ、数の少ない敵を叩き潰すことはまさに容易といえた。
 はこの場所に来る際に彼らを見ていたし、何より目の前の騎士が策を講じないわけがないと確信していたからこそ、フォルテの言葉を否定したのだ。

「そんな、いつの間に!?」
「わざわざ姿を見せなくても、その気であれば貴様らをまとめて始末することはできた・・・そうしなかったのは、借りを返すためだ」

 ケイナの声に言葉を返す黒騎士。
 借り、というのは他でもない。イオスとゼルフィルドの行動に関してのことだった。
 無駄な戦いで命を捨てようとしていた部下の愚行を、敵の1人が止めたから。
 黒騎士はを再度一瞥して、告げた。

「あらら、それはどうも。そういう礼儀は守ってくれるわけね」
「ふざけやがって・・・余裕のつもりか!?」

 貴様らなど、いつでも叩き潰すことができる。
 まさに、黒騎士はそう言いたかったのだとリューグは解釈し、声を荒げた。
 目の前に村を焼き払った奴がいる。先ほどの恐怖感は一切吹き飛び、猛烈な怒りが彼を支配していた。

「ならば、なぜこの場に姿を見せた理由を聞こう」

 そんなネスティの問いに、黒騎士はたった一言、答えを返した。
 宣戦勧告をするためだ、と。
 そう。彼らは軍隊でありながら、寄せ集めに過ぎない彼らを相手に戦争をするつもりなのだ。
 本来ならば、ただの小競り合いに過ぎないが、アメルが彼らの手にある限り、自分たちは幾度となく戦いを挑むと。
 そんな軍隊の総司令官として、それを宣言するために彼は姿を見せたのだ。

「我が名はルヴァイド。崖城都市デグレア特務部隊『黒の旅団』の総司令官だ」
「デグレアだと!?」

 黒騎士――ルヴァイドの一言に、ネスティは声を荒げた。
 崖城都市デグレア。
 旧王国最大の軍事都市。
 それを聞いて、は理解した。
 最初は一部隊。その次は少数精鋭。サプレスの悪魔たち。そして、今回の部隊は国そのものなのだと。

「理解したようだな。自分たちが敵に回そうとしているものの大きさを」

 相手は国。
 たかだか十数人の寄せ集めにはどうしようもない『現実』がそこにはあった。
 それほどに、敵の規模は巨大すぎた。
 普通に戦えば、まず勝ち目はない。
 しかし。

「それがどうした!」

 マグナは否定した。
 自分たちは決めたのだ。何があっても守り抜くと。
 相手がどれほど強大でも、力尽きて倒れかけても。
 たった1人の少女の未来のために・・・そして、たった一言の誓いのために。

「ずいぶんと自信満々に言ってくれるけどね、黒騎士さん?」

 ミモザは普段の笑顔を消して、射殺すような視線をルヴァイドに向けた。
 彼女は目下別任務中である。しかし、今のこの状況。蒼の派閥の召喚師として、見過ごしてはおけない。

「わかってるの? ここは聖王国の領土。貴方たちのやっていることは、軍事侵攻よ」

 その言葉にルヴァイドはうなずいた。
 軍事侵攻。それが両国間にどれほどの亀裂を走らせるのかは、彼も重々理解していた。
 それをわかって、こうして侵攻してきているのだ。
 ミモザは小さく鼻を鳴らすと、

「なら、覚えておいて」

 視界を埋め尽くす黒を見渡した。
 周囲の兵士たちを、イオスを、ゼルフィルドを。
 そして、ルヴァイドへ視線を戻す。

「・・・派閥の同胞を傷つけて。まして、無用の戦乱で世界の調和を乱そうとする者たちには・・・」

 一度目を閉じて、小さく息を吐き出すと。

「蒼の派閥は容赦なく、その力をもって介入するってね!!」

 怒気すら孕んだ低い声で、そう告げた。





とりあえず、ピクニックイベント終了です(汗。
続いて夜逃げになるわけですが、メンバーたちにとっては色々と複雑な心境のようです。
はてさて、どうやって解決していくやら。


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