扉を蹴り開けて、中へ突入する。
 背中の少女はひどく衰弱しているし、遠くからではわからないほどに薄く小さな傷跡がいくつも見られた。
 早く処置しなければ、この少女はきっと助からない。
 体裁などに構っていられるほどの余裕がないのだから。

「ち、ちょっとちょっと、どうしたの?」
「ミモザ先輩!」

 少女を背負ったトリスは事の次第をかいつまんで話して聞かせた。
 商店街で食料を分けてもらおうと必死に頭を下げていたこと。
 しかし自分が召喚獣であるが故に、相手にされなかったこと。
 願い叶わず、その場で膝をつき崩れ落ちてしまったこと。
 その状態で見てみぬフリなどできずバルレルに言われるがままにここへ戻ってきたことを。
 そして。

「おいメガネ女。はどこにいやがる」
「メガネ女はヒドイわよボク? ・・・で、なら裏庭で何かしてたけど・・・って!? ちょっと!?」

 目的の人物の所在を聞いたバルレルは、一目散に駆け出していた。
 彼の探し人が見つかったことと、『首輪』が未だに存在していることを話すために。
 なにより、その『首輪』が彼の探し人本人に付けられていたことを。

!」
「・・・ん、どうした? 血相変えて」
「テメェの探し人・・・いや、召喚獣か」

 ・・・見つかったぜ。

 裏庭で刀を振るって木片を木っ端微塵にしてみせたは、その一言に瞠目したのだった。





    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    第11話  一緒に





「それで、あの子とはどういった関係なんだい?」

 応接間へ血相を変えて飛び込んできたは、自身の家族とも言える少女の変わり果てた姿を見て、ひどく狼狽して見せた。
 ・・・無理もないだろう。自分の大切な存在が自分の知らないところで、このような仕打ちを受けていたのだから。

のあのうろたえようから察するに、ただの知り合い、ってカンジでもなさそうだったしねぇ」

 ミモザもギブソンも、1年前の一件では『探し人がいる』ということとしか聞いていない。
 だからこそ、の取り乱し方に少なからず疑問を覚えていたのだ。

 今、はハサハと共に少女――ユエルの眠る部屋にいる。栄養補給とキズの治療を終えた彼女についているのだ。
 本人に聞くべき問いではあるものの、その本人がいないからこそ、唯一その事実を知るバルレルが問い詰められていたのだが。

「・・・あのケモノガキは、が喚んだ召喚獣だ」

 その一言のみをつげて、彼は呼び止める声も聞かず応接間を出たのだった。





「うぅ・・・」

 苦しげな表情を眺めて、は悔しげに小さく舌打ちをした。
 あの後・・・漆黒の派閥との戦いで彼女が自らの身体を引き換えに助けた後。
 新しい主のもとでこのようなひどい扱いを受けていたことを知って、なんでもっと早くみつけてやれなかったのだろう、と。
 自分が交わした誓約が消えていたから、まさかとは思っていたのだが。

「・・・っ」

 そのまさかが現実になり、こうして目の当たりにしてみれば、現実味も増すというものだ。
 身体中に包帯が巻かれ、少しばかり痩せ細り、頬が軽くへこんでいる。
 これがもしメイトルパにいるだろう彼女の両親ならば、烈火のごとく怒り狂い、その召喚主を世界の果てまで追いかけて、報復するだろう。
 実際、彼は顔も知らないユエルの新しい召喚主に対して、激しい怒りを覚えていたのだから。

「う・・・?」

 ユエルの目が薄く開かれる。
 久しく見た青い瞳に光が宿り、見慣れぬ光景に目を凝らすようにせわしなく動く。
 その瞳がを認めたとたん、その動きがぴたりと止まった。

「目、覚めたか?」

 微笑と共に、そんな言葉をかける。

「え・・・え? なんで・・・?」
「バルレルと・・・新しい彼の主の娘がここに連れてきてくれたんだ」

 キズ・・・痛くないか?

 再びたずねる。
 返ってきた答えは単調なもので、こくんと首が縦に動いただけだったが。

「また逢えて、よかった」

 満面の笑みと同時に、目尻には涙が溜まっていた。

「う・・・うぁぁ・・・」

 ゆっくりと上半身を起こす。
 大きく見開かれた目からは涙が止めどなくあふれ出し、彼女の頬を濡らす。
 そして。

「うああぁぁぁぁぁ――――ッッ!!」

 タガが外れたかのように、にすがるように抱きついて、その胸に顔をうずめて。
 声を上げて泣き出したのだった。


 ・・・


が喚んだ召喚獣か・・・」

 屋敷中に響き渡った声を聞いた後、ぽつりとギブソンがそんな一言を口にした。
 バルレルが放った一言。それは、彼女をあのような状態にしたのが彼なのではないか、という推測をさせるには充分すぎた。
 しかし、ギブソンもミモザも、そうではないと信じていた。
 付き合ってきた期間はさほど長くもなかったが、1年前の戦いの中で彼の人となりはある程度理解できていたから。

「あの子が君の召喚獣なら、なんで離れ離れになってしまっていたのかしら?」

 そんな疑問を口にしたのはケイナだった。
 召喚獣は普通、主の助けとなるもの。それがこの世界での常識だ。
 だからこそ、離れ離れになっていたという2人を不思議に思っての一言だった。
 常識の範疇にある問いだったのだが。

「それこそが一番の謎だな」

 召喚師のみなさんは、なにかわからねえのか?

 そんなフォルテの問いに、ミモザもギブソンも首を横に振る。

「彼と付き合いの長い先輩方のわからないものを、僕たちがわかるわけないだろう」
「それを言っちゃうと、俺たちなんか論外だよな、トリス」
「マグ兄、やっぱりあたしたちって兄妹だよね」

 考えてること、まったく同じなんだから。

 マグナとトリスは、そろって大きく肩を落としたのだった。


 ・・・


 はまず、事の次第を話して聞かせた。
 商店街で食べ物を分けてもらおうと頭を下げていたところを、トリスとアメル、バルレルが見ていたこと。
 その途中で力尽きて倒れ、この屋敷へと運び込まれたこと。
 そして、そのおかげでこうして再会できたことを。

「そっか・・・ユエル、みんなに迷惑かけちゃったんだね」

 ユエルの視線は布団に隠れた自身の下半身へ向かい、整った眉が軽くゆがむ。

「でも、俺は・・・またこうして逢うことができて、嬉しいよ」

 この気持ちは、自分だけかもしれない。
 だって人間だ。他人の気持ちなどわかるわけがない。
 だから、こうして自分の気持ちを口にするのだ。
 元いた世界では恥ずかしくてこんな話、あまりできないが、この世界に来てからは話すようになっている自分に多少なり驚いてもいた。

「ユエルだって、嬉しいよ! また逢えたことも、がユエルを探していてくれたっていうことも」

 でも・・・と。
 そんな逆の意味を取ると接続詞と共に、ユエルはぴんとたった耳を垂らす。
 自然と腕が首元へ行き、褐色の首輪に指先が触れる。
 元は鎖がついていたのだろう。金属製の輪がちゃらちゃらと鳴り、ユエルの目がぎゅっと閉じられる。

「その首輪・・・」
「っ!?」

 もユエルも、その首輪の存在を知っていた。
 だからこそ、彼女はその小さな身体を大きく震わせ、目を見開いて。

「ユエル、もうと一緒にいられないよ・・・っ!」

 声を上げた。
 一緒にいたくないわけじゃない。そう思わないわけがない。
 なぜなら、彼と・・・ひいてはその仲間たちといたあの日々が、彼女にとっては故郷であるメイトルパでの生活と同じくらいに幸せだったから。
 暖かい人たちに囲まれて、毎日が心から楽しいと思えた日々。
 今の彼女には、そんな日々は戻ってこないのだと、彼女なりに理解していたから。
 逆らえなかった、という理由があるにせよ、彼女は裏切ってしまったから。

「たくさんの、たくさんのニンゲンを殺しちゃった」

 の思いを、自身でひそかに立てた誓いを。
 両手から血の臭いが取れなくなり、その臭いをまた嗅いでしまうのがたまらなく怖くて、ここまで逃げてきた。
 またあの臭いを嗅いでしまったら、『自分』が壊れてしまう気がしたから。
 そうなった自分がなにをするのか、それがとても怖かったから。

「さからえなかったんだ・・・イヤだ、って言っても、聞いてもらえなかったの」
「ユエル・・・」

 強引に。
 有無を言わさず取り付けられ、道具のような扱いを受けた。
 そのせいとはいえ、その手でたくさんの命を奪ってきた。
 そんな理由があったとはいえ、犯してしまった罪が消え去ることはないから。

「だからもう、一緒にはいられないよ」

 キズの癒えきっていない身体で、ユエルはベッドから出て、ふらりと立ち上がった。

「どこへ、行くんだ?」
「・・・わかんないよ、そんなの」

 彼女に、行くあてなんかない。
 あるとすればそれは、彼女の主のところだけ。
 そうなれば、また彼女はその両手を血に染めることになるだろう。
 そんなのイヤだと彼女は顔で語っていた。
 主のもとへ行かないとすれば、このあたりをうろつくほかに行動のしようがない。
 いずれ見つかって、拘束されてしまうのがオチだ。

 ゆっくりとの隣を素通り、扉の取っ手に手をかける。

「・・・ごめんね」

 小さく、そんな一言を告げる。
 そんな一言に。

 ぎぃ・・・ばたんっ!

 ハサハが開かれた扉を強引に、力任せに閉じていた。
 突然閉まった扉に目を丸め、その背に体重を預けたハサハを見つめる。
 なんでこんなことをするのだろう?
 そんな疑問の帯びた視線が彼女に向かう。
 ただ無言でその視線を受け止めて、

「ずっと、ずっと・・・あなたをさがしていたんだよ?」

 ユエルをまっすぐに見つめて、ハサハはそんな一言を口にした。

「ハサハには、おにいちゃんとあなたの間になにがあったのか・・・わからない。でも」

 ただ、1つだけ言えることがある。
 召喚されたばかりで、詳しい事情など何一つ知らない。
 それでも、今までの会話からわかることがある。
 それは。

「おにいちゃんは、あなたがいなくなることをのぞんでない!」

 その1点のみだけだった。



 いつかの話を思い出す。
 強大な力を手にした。その力は、世界を破滅に導くほどに強大なものだった。
 とあるニンゲンがそれを用いて、世界が滅んだとしたら。
 悪いのはその力だろうか? それともそれを用いた人間だろうか?
 そんな問いかけを。

「君はただ、被害者なだけなんだ・・・なにも悪いことはない」

 確かにたくさんの命を奪ったかもしれない。
 自分が見ている前だとか、命令されたからだとか、そんなものは関係ない。
 力の大きさだって関係ない。
 悪いのは全部、1つの『力』を・・・ユエルを『使った』人間なのだから。

「君が気にする必要はない・・・ただ俺は、家族として・・・仲間として」

 の願いは。

「君と一緒にいたいだけだ」

 ただ、その1点のみ。
 そのためだけにここまできた。
 色々と巻き込まれてきたけれど、ようやくここまでこぎつけたのだ。
 ここで彼女を手放すわけにはいかない。
 ・・・否。

「一緒に帰るんだ。あの島へ」



 ・・・・・・


 ・・・


 ・



「と、いうわけで」
「みんなと一緒にいることにしました。ユエルだよ!」
『・・・』

 全員、あっけに取られていた。
 ついさっきまで死にかけていた少女が、あんなに嬉しそうに笑っていたから。
 今しがたまで自分たちは必死になって考え込んでいたというのに、だ。
 が目の前の少女をあそこまで追い詰めたんじゃないかとか、そもそもなんで離れ離れになっていたのかとか。
 そんな疑問も、当事者である少女の嬉しそうな笑顔のせいか何もかも全部が全部吹っ飛んでしまっていた。

「助けてくれて、ありがとうございました!」

 そして、その場に居合わせたトリスとアメルに深々と頭を下げる。
 最初にやるべきことを吹っ飛ばして、ついていきます宣言をしたのだから。

「そ、そんな・・・あたしは別に何も・・・全部トリスさんが」
「へっ? あ、あー・・・たしかにあたしが背負ってここまで連れてきたけど」

 べっ、別にたいしたことじゃないよ?

 うろたえ、顔を赤く染めて照れ照れ。
 しかも語尾が上がっているため、いらんところで疑問詞になっていたりして。
 面と向かってお礼を言われたことなど彼女には数えるほどしかないのだから、仕方ないといえば仕方ない。
 そんな事情を知るマグナだけが、トリスを見て苦笑していた。

「それはいーんだけどよぉ」
「ん?」

 フォルテの問い。
 それは、いつ襲われるかもしれない自分たちについてくると言い張る少女を見つつのものだった。
 仲間に迎えるのはいい。一緒にいるのはいい。
 問題なのは。

「ソイツ、戦えんのか?」

 こと戦闘において、足手まといになるかそうでないかだった。
 ユエルは「失礼だなぁ」なんてへこんだ頬を膨らませているが、他のメンバーから見れば戦えない仲間を守って戦えるほどの技量を持ち合わせていない。
 そもそも今抱えている厄介ごとの相手は、訓練された軍隊なのだからなおさらだ。

「ユエルは強いよ。俺が保証する」
がそこまで言うのも、また珍しいね」
「当たり前だろ、ギブソン。彼女は俺と長く一緒に戦ってきたんだから」

 そう、がサイジェントに召喚されるまで。
 島での一件に始まって、ヴァンドールでの戦いだって途中まで参加していた。
 そんな彼女が、ただ訓練されただけの兵士に遅れをとることはまずないのだ。

「ヘタしたらフォルテ。君より強いかもしれないぞ?」
「ホントかよ・・・」

 いかにも信じてません、といった視線でユエルを眺めているフォルテ。
 ほかでもないがそこまで手放しで言っているのだから間違いないんだろうな、と自ら悟り、

「ま、いーけどよ」

 なんて言ってからからと笑って見せた。

「詳しい事情、話してくれるのよね?」
「もちろん」

 ケイナの問いに、は軽く笑みを浮かべて答えたのだった。



〜、ユエルおなかすいた」



 盛大な腹の虫の泣き声と共に、爆笑の渦に包まれたのは、また別の話。





第11話でした。
本当は、こんな簡単には終わらないと想うんですよね。
首輪のこととか、夢主に再会するまでのユエルの苦難とか。
そういった部分は書けば書く程長くなりそうなので、この場では少々割愛させていただきました。


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