台所に立つのは久しぶり、と言いつつ苦笑するアメル作の豪勢な朝食を美味しくいただいた。
 スープにサラダに揚げ物。そして何より、焼きたてのパン。
 朝食にしては豪華すぎるほどのラインナップに、一同はある意味で驚きを隠せなかった。
 なにせ、その朝食のことごとくには、

「栄養があるんですよ、おいもさん」

 どっさりの芋が必ずと言っていいほどに使われていたのだから。
 もっとも、ぜんぜん美味だったから誰も文句こそなかったわけだが。
 ともあれ、フォルテの一言に眉をひそめたケイナが裏拳を叩き込みつつも、つつがなく朝食は終了した。

「へぇ、ちゃんと復興したんだな・・・ヴァンドール」
「らしいぜ。しかも、見ろよココ」

 そして今、はギブミモ邸の屋根裏に位置した書庫にいる。
 明かりがとても小さくて目が悪くなりそうだな、とか思いつつも1冊の本のページをめくる。
 両隣にはハサハとバルレル。
 「ご主人様の側にいなくていいのか?」なんてたずねてみれば、

「ケッ、どこにいようが俺の勝手だろうが」

 なんてはぐらかされてしまったのは、ついさっきの話。
 そんなこともありつつも、彼が指差した先には。

「・・・ぶっ!」

 『初代領主夫妻』という見出しと共に見知った顔がの視界に飛び込んできたのだった。





    
サモンナイト 〜美しき未来へ〜

    第10話  1人の少女と





「・・・おどろきだ」

 初代領主夫妻。
 それは、彼のかつての戦友だった。
 幕末の動乱を生き抜いた志士と、元は敵として刃を交えた事もある女性。
 『共生の街・ヴァンドール』という名のかつての『闘技』の街はその名の通り、人間と召喚獣が安心して暮らせる街として、生まれ変わった。
 しかしながら『闘技』の部分にも力を入れているようで、闘技大会が毎日のように開かれているとのこと。
 召喚師たちは『召喚獣との共存』という絶対のルールを嫌悪して近づいてこないらしいが、街自体は栄えているらしい。
 もっとも、そのあたりは人それぞれの気の持ちよう。
 そして、街を訪れるはぐれ召喚獣たちの心を穏やかにしているのが、中心にそびえる『街の象徴』なのだとか。
 『黎明れいめいの大樹』と呼ばれる巨大な樹。
 それはかつて『邪竜』と呼ばれた捨てられたはぐれ召喚獣たちの意思の塊だったもの。
 今ではまったく逆のことをやっているのが、なんという皮肉だろうか。

「ともあれ、あの2人も元気みたいでよかったよ」

 持っていた本の出版年を調べてみれば、ほんの2年前になっている。
 今もまだ存在しているんだな、と安心すると、ぱたんと本を閉じた。
 そんなとき。

「あ゛・・・」
「えぇっー・・・!?」

 書庫に2つの声が響き、入り口を見やれば。

「ば、ばるれるがべんきょうしてる・・・?」
「・・・悪りーかよ?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだ。ただ・・・」

 マグナは言いかけた口を止める。
 言うべきか言わざるべきか迷っているような表情で、苦笑している。
 ・・・いや、でさえ何を言いたいのかなんとなくわかる。

 バルレルが勉強していることが、あまりに意外だったんだと。

 口ごもるマグナを見てか、眉根を寄せると共にジト目になっていくバルレルを眺めても苦笑する。

「・・・意外だとでも言いてェみてェだがな・・・テメーらと一緒にすんじゃねェよニンゲン!」

 目の前の駆け出し召喚師たちの相手をしているバルレルが、不機嫌のようで妙に楽しそうに見えたから。

「おにいちゃん・・・うれしそうだね」
「そうか? ふむ、まぁ嬉しいのは確かだからな・・・さて。下に戻ろうか、ハサハ」
「・・・うん」

「テメェらニンゲンは何でもかんでも頭に詰め込むようだがなァ・・・そんなもん大無駄なんだっつーの」

 興味のわいたことだけ勉強したほうが、よっぽど役に立つってモンだ。

 とハサハが書庫を出て行くのを横目に、バルレルは主なはずのトリスを見てケケケと笑う。
 その表情は、トリスをからかって遊んでいるようにしか見えなかったりするのを見ると、なんだかなぁ、って思うわけで。

「・・・なんか、もういいや。トリス、俺たち先に下りてるからな?」
「えっ・・・ちょちょちょまってよマグ兄ぃっ!」

 レシィをつれて書庫をたったか出て行ってしまったマグナを追いかけて書庫を出る。
 1人になったバルレルはというと・・・

「・・・ケッ」

 少し寂しそうに『世界の銘酒100選』と題された本を開いたのだった。



 ・・・



「ふぁ・・・」

 大きくあくびをした。
 もっともその理由は、ここ最近安心してぐっすり寝れなかった、というのが主な原因だったりするわけで。
 サイジェントの事件の激戦を潜り抜けて、休むまもなくそのまま燃え盛る炎の中に放り出されて。
 それでもって当面の敵である『黒い鎧の集団』と戦って。
 そんなわけで色々と気を張っていたせいか、ふかふかのベッドで寝たのに妙に目が冴えてしまっていた。
 ・・・寝不足はよくない。
 ハサハには悪いが、ひと眠りさせてもらおうかと歩を進めようとしたのだが。

「おぉっ、丁度いい所にいるじゃない!」
「お前さんにちょっとばかり聞きたいことがあるんだが」

 ミモザとフォルテに捕まってしまった。
 もちろん、昨日のような頼みごとをしたいわけではなくて。
 ・・・というか、あんなことになるならミモザも頼まなかっただろうが。

「機械兵士の?」
「そうそう」
「俺はお前さんの戦いぶりを見てるわけじゃねえからよ。話を聞かせてもらいたいってワケだ」
「なるほどね」

 先日の戦闘でのことを話していたらしい。
 連れ込まれた部屋にはケイナもいて、とハサハを見ると笑みを見せた。
 敵の中に、1人の機械兵士がいた。
 その兵士はケイナの弓矢を平然と受け止めてしまった。
 「弓矢の腕には少し自信があったんだけど」と苦笑するケイナと、それをあっさり撃退したの戦い方やら知っていることを聞きたい。
 それが主だった目的だった。

「そうだな・・・俺の場合は戦いの中で培ったものばかりだから、知識は皆無なんだが」

 島で1年、勉強しただけ。
 リィンバウムでのことだけで必死だった彼にとって、他の世界の常識なんかに目を向けるほどの余裕はなかったから。
 だから、戦闘の中で積み上げてきた経験だけが、彼の中にはある。
 あまり参考にはならないかもしれないぞ、という前置きを置いた上で、話し始めた。

「機械兵士っていうのは、そもそもロレイラルで兵器として扱われていたわけだから、攻撃力が高くて装甲が厚い、なんていうのはまぁ常識の範囲内なわけだが」
「そうね。たしか、昔起こった『機界大戦』に投入されたものだったわよね」

 そんなミモザのつぶやきにうなずきながら、話を続ける。

「武器は遠距離からでも殺傷能力の高い銃とか使ってるし、肉弾戦でもドリルとか使われて激しく危ないし」
「そういえば、あの機械兵士は銃を装備してたわよね」
「そう。銃自体の作りだってリィンバウムのそれとはぜんぜん違うし、なにより機械だからな。幻術や毒などといった類の攻撃は効果が薄いし、主人の命令に逆らうことはない」

 つまり、それほどにやっかいな相手なのだ。
 攻撃力は高く、防御力に優れ、ロレイラルでならば量産も利く。
 そんな相手を倒すとするならば。

「するってぇと、やっぱ近づいてぶん殴るしかないってことか?」
「あとは、威力の高い召喚術で一気に破壊する、って言うところかしら」
「うん、まぁ普通に考えればそんな答えになるよな」
「でも、くんはそんなことしてなかったわよね?」

 ケイナの問いにうなずいた。
 彼の取った戦法は、この場では彼にしかできない芸当で、とてもじゃないが一朝一夕で真似できるようなものではない。
 話したところで意味はないのだが。

「そんな強い強い機械兵士でもな、ちゃんと弱点っていうのがあるんだよ」
「マジか、それ?」
「こんな場で嘘なんかつかないよ、フォルテ」

 機械兵士のその形状は限りなく人に近く、名もなき世界で言うところの『ロボット』なのだ。
 人間のように歩いたり、手を振ったりするために、絶対になければならないものがある。

「例えば腕の関節とか、膝の部分。スムーズな動作を可能にしている部位の接続部分を断ち切ってやればいい」

 相手は人間じゃないから、専門の人間がいれば修理もできるし、行動を制限するにも効率がいい。
 接近戦になったらば、無力化することはたやすいのだ。

「ま。相手は常に動いてるワケだし、それなりに技術や経験が必要だからな。武器破壊とか召喚術とか、そっちの方が手っ取り早いのは確かだな」
『・・・・・・』

 さも当然のように言い切るを視界に納め、一同はため息をつく。
 不規則に動いているモノの狭い部分に剣を通す。そんな芸当をこなすことは自分たちにはまず無理。
 訓練すればできるかもしれないが、敵はそうなるのを待ってくれないわけで。

「結局、そこに行き着くんじゃねえか・・・」

 まったく意味のない会話だった。

「・・・で、でも! 弱点があることがわかっただけでもよしとした方が・・・」
「ケイナ」
「え?」

 げんなりとしたまま、話しかけたフォルテは顔だけをケイナに向ける。

「・・・弱点がわかっても、そこを突けなきゃ意味ねえだろ」

 そして、そんな一言を告げた。
 機械兵士は、自分の弱点を守れないほど戦いの技術は拙くない。
 それどころか、訓練された人間の兵士以上に戦えるとしても過言ではないだろう。
 つまるところ、フォローになっていないのだ。

「・・・・・・ごもっとも」

 ケイナはあきらめたのか、大きなため息をついたのだった。


 ・・・


「・・・お願いっ!」

 トリスとアメル。
 2人と強引につれてきたバルレルで連れ立って、繁華街を訪れたときだった。
 大量の果物を前に、必死になって頭を下げる少女と、不機嫌そうに少女を見つめる店主の姿があった。
 その周りは人で囲まれて、背の低いトリスとアメルでは、人の輪の中心で何が起こっているのかわからない。
 野次馬よろしくピョンピョンとジャンプしているものの、結局見えず、

「金もねえのに頭だけ下げられても困るんだよ・・・お前、召喚獣だろ? 主人はどうしたんだ?」
「そ、それは・・・ッ」

 店主は少し太り気味で中年ちっくだが、真面目そうな雰囲気を纏っているものの、相手が子供な上に召喚獣。
 まともに取り合おうともしていないのは、誰が見ても丸わかりだった。
 人ごみを掻き分けて、ようやく人垣の最前列に到達した2人は、初めて少女を視界に納めることになる。
 服は汚れている上にボロボロで、本来はふさふさしているのだろう尻尾は泥だらけ。
 よく見れば、顔色も悪い。
 可愛い顔立ちが台無しだ。

「おね、がい・・・します・・・っ、食べ物・・・わ、け・・・て」

 誰も彼も、遠巻きに見ているだけ。
 ・・・そう。関わり合いになりたくないだけなのだ。
 店主も、周りの野次馬たちも。
 少女の懇願は受け入れられることもなく、その場で足から力が抜けていくかのように崩れ落ちていく。

「あ・・・」

 トリスは倒れる彼女を視界に納めて、小さくつぶやいた。
 自分は召喚師で、あの娘は召喚獣。
 駆け出しだけど、彼女を助けないと。

 ・・・いや。
 それ以前に、自分自身が助けたいと思う。
 あれは・・・あの姿は、の自分と兄の姿そのままだったから。
 雨水をしのぐ家もなく、奇異の目で見られながら毎日食べ物を求めて街を徘徊した、あのときの自分たち兄妹に。
 だから・・・

「しっかりして・・・っ!!」

 野次馬たちがどう思おうと、関係ない。
 ・・・絶対、見捨てちゃいけない!!
 トリスは1人、彼女を介抱すべく駆け出していた。

「オイオオイ、マジかよ・・・」

 トリスが抱き起こした少女を見るなり、バルレルはその眉間にしわを寄せる。
 主の腕の中でボロ雑巾のように横たわる少女を見て、それが自分の知り合いだと確信したからだった。
 間近で顔を見なければわからないほどにボロボロの風体で、以前見たときよりも痩せ細っているようだ。
 そして何より・・・

「こいつァ・・・」

 ・・・許せねェ。

 そんな一言が脳裏を掠めた。
 戦友をボロボロにしたからじゃない。
 『殺す』ことをかたくなに拒んできた彼を、裏切ったからじゃない。

 首もとに巻かれた首輪を再び視界に納める。
 正直、こんなもの2度と見たくなかった。
 ここにある、と認識しているだけで嫌悪感が先立ち鳥肌が立つ。

 自分を縛った『首輪』がその対象を変えて存在していて、それを使っているクソ野郎がいるという事実が。


 ・・・アイツ、死ぬほど怒り狂うだろうな。


「・・・っ」

 こみ上げる感情を抑えられず、唇を噛んだところを見ていたのは。

「バルレル・・・くん?」

 彼がなぜか苦手なアメルだけだった。



「おぉ、お前さん召喚師さんか。だったらコイツ、なんとかし」
「わかってるわよ!」
「あ、あぁ・・・」

 困り顔の店主を黙らせて、トリスは少女を背負いあげる。
 その身体はとても軽く、細い。

 ・・・早く、早くなんとかしないと!!

 気持ちだけがどんどん先へ進んでしまう。
 昔の自分と似ている境遇だったからか、この娘を助けたいという思いが先立っていたのだ。
 名前も、召喚主もわからないのに。

 ・・・絶対、助けてあげるから!

 弱々しく呼吸を繰り返す少女を見て、決意を固めた。
 ・・・のだが。

「おい、ニンゲン」

 いつになくマジメな表情をしたバルレルの視線が自分の行動を諫めているようで。
 少し頭が冷えたような気がした。
 バルレルはくるりとトリスに背を向けると、

「・・・ソイツ、屋敷に連れてけ」

 そう口にした。

 なぜ、彼がそんなことを?
 そんなことを考えて、今はそれどころじゃないと首を振る。

「ソイツの主人に心当たりがある」
「っ!?」

 もはや、迷うことはなかった。

「屋敷に戻ろう。アメル、バルレル!」
「はいっ」




第10話でございました。
とりあえず1つだけ。

・・・バルレルがバルレルじゃねえ。


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