「ただい・・・」 「お〜かえりなさ〜い♪」 ハサハのおかげでようやく買い物を終えたは屋敷に戻るや否や、大きなため息をついていた。 なにかまた押し付けられるのか、はたまた何らかの事件に巻き込まれるのか。 どちらにせよ、彼にとってはいいことではないことは、間違いない。 なにせ、いち早くとハサハの帰還を見つけたミモザの表情がまるでおもちゃを見つけたような満面の笑みだったのだから。 「さ、何も言わずにこっち来て!」 買い物袋を持っていない左手をつかみ、引っ張る。 はそれに抗うことなく足を進め、シャツの裾を軽くつかんでいたハサハも転びそうになりながらもついてくる。 さほど重要なものじゃないから、と買ってきた『真っ赤なモノ』をその場に落とし、シャツをつかんでいた彼女の手を握る。 ハサハは涙目ではあったものの、ほんのりと頬を赤く染めた。 長い廊下をひた走りリビングを抜け、裏口から裏庭へ。 人一人が通れるほどの大きさの扉の先には胸元にバッテンのレリーフが施された服・・・蒼の派閥の制服に身を包んだ兄妹と、その兄弟子の姿があった。 マグナとトリス。そして、ネスティ。 前者の二人は妙に落ち込んでいて、後者の彼は腕組みと額に血管を浮かばせている。 ・・・明らかに、起こっている様子。 そして、彼らの中心には黒焦げた庭木が数本、煙を上げていた。 「・・・で、どーしろと?」 「またまたぁ、わかってるくせに♪」 ・・・意味不明なのですが。 「あ、あははは・・・」 マグナは苦笑する。彼の護衛獣であるレシィは彼の横でおろおろとしているばかり。 反対にトリスの護衛獣であるバルレルは我関せずを貫いているようで、壁に寄りかかって舟を漕いでいる。 ・・・ とりあえず、状況を整理してみよう。 まずマグナとトリス。彼らは表情からもわかるように、ちょっとばかり落ち込んでいるように見受けられる。 そして、彼らの隣で青筋立てているネスティと、中心で煙を上げている庭木の数々。 ここから察するに・・・ 「マグナとトリスがネスティの言葉を無視して召喚術の練習、失敗して庭木を黒焦げにしてしまったと」 「ご明察♪」 ピンポーン♪ そんな効果音がどこからか聞こえてきそうだ。 マグナとトリスはの言葉にさらに肩をすくませ、ネスティは大きくため息。 すでに一通りの説教は終わったようで、二人は心なしかげんなりしているようだった。 「それで、貴方にはこの木の後始末をお願いしたいの」 「後始末?」 捨ててくればいいのだろうか。 ・・・否。捨ててくるだけなら、元凶の二人でだってできるはず。 わざわざを呼びつける必要などないはずだ。 彼をここへつれてきたミモザの真意は。 「・・・はぁ!?」 エコロジーかつ経済的、しかし人の手を伴うものだった。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第09話 同胞ははるか遠く 「まったく、ミモザは俺を小間使いかなにかと勘違いしてないだろうか・・・」 もったいないのはわかる。 再利用したいと思うその気持ちもよくわかる。 でもさ。 「この木を割り箸にしろっていうのは無理がある気がする」 「・・・確かに。君の言いたいことはわかるよ」 あの人はたまに突拍子もないことを言うからな。 黒焦げな木の束を前に、ネスティはつぶやいた。 彼はおカタい性格の持ち主だ。適当にやっているのを見ているとどうしても自分でやりたくなってしまうし、雑なものはきっちりとそろえたい。 正直、彼はそれが人より顕著だ。 だからミモザの行動にも手を焼いているようで、眉間にはしわがたえず浮かんでいる。 もっとも彼女のお守りは本来ギブソンの役目だと思うのだが。 「ま。アレがミモザの持ち味だし、深く気にするべきじゃない」 「それはそうだが・・・」 それに、今はそんなことを論じているときではなかったりする。 彼がミモザに頼まれた内容。 そのために、二人はここにいたりする。 マグナとトリスはしきりに謝っていたが彼らは彼らでネスティに課せられた課題をこなすため部屋にこもってしまっている。 ネスティはネスティで、一人無理難題を押し付けられたに気を利かせてここにいたりした。 「まずは、この中から使える部分を切り出した方がいいかな」 「そうだな。外側を削るには少々骨が折れそうだが・・・」 は刀を引き抜いて真っ黒な木の表面を叩く。 軽く削って焦げ具合を見つつ、木の上に刃を走らせる。 黒い部分は音もなく地面に落ち、肌色の部分がのぞかせた。 「これじゃあ、埒があかないな」 確かに、この調子がいつになるかわからない。 それほどに木の量が多いのだ。 これを簡単に許すギブミモもギブミモだが。 「・・・・・・」 ネスティはの持っている木とは違うそれに手を触れて、表面を軽く撫でた。 「全長4メートル36センチ、幅12.75センチ。表面から3.64ミリは損傷により再利用不可・・・」 「ネスティ?」 の呼びかけに、ネスティは木へ向けていた視線を彼に向ける。 懐から黒い石を取り出すと、 「ドリトルっ!」 ドリトルを召喚した。 鼻先のドリルに木の根元差し込むように指示すると、ドリトルはそのように行動し、木をまっすぐ立てた。 それを眺めて、ネスティはうなずく。 「端から4ミリ。ドリトルに土台代わりをしてもらう。これで、効率も上がるだろう」 「おおおっ!!」 ドリトルのドリルが回転を始める。 これならば人力で表面を削るよりも、よっぽど早く作業が終わるだろう。 は嬉しそうに笑みを浮かべると、刀を鞘へと納めた。 相手は勢いのある回転体。そのまま斬ると、こちらが競り負ける。 だから。 「・・・はっ!」 腰をかがめ、刀を抜き放った。 目に止まらぬ速さで抜かれた刃は空気を切り裂き、木に食い込む。 一閃だけでは足りない。だから二閃、三閃と刃を返し、黒い皮が地面に落ちていく。 まるでリンゴの皮むきのような、長い皮。 あっという間に、皮むき木材の出来上がりだ。 「君の剣は、とても洗練されているな。皮の薄さがほぼ4ミリ。下手な剣士より強いことがうかがえる」 「何度も巻き込まれた結果、だけどな」 は苦笑する。 望んで得た力じゃない。でも、得ることで今まで生き長らえることができた。 二本目、三本目。 複数あった焦げ木は、一時間とたたずに木材へと変化した。 「次は、これを割り箸にするんだな」 割り箸の長さは約20センチ。幅は約1センチ。 それを踏まえて、ネスティは再び木に手を触れる。 彼の頭を数式が走り抜ける。 複雑とは言わないものの、木材となった木の隅々を計測、割り箸の寸法とあわせて作成できる本数を導き出す。 余りを少なく、使える部分は最大限に活用する。 そのために、彼は木材に目を走らせた。 その光景を見て、は考えていた。 ネスティの放つ雰囲気が、どこかで感じたことのあるようなものだったから。 たくさんの戦闘をこなしてきたからか、人の気配を察知するのはそこそこにできるようになってしまったから。 似ている。 島にいた、一人の女性に。 「・・・・・・」 「・・・なんだ?」 「いや、ちょっとばかり気になったことが・・・あるんだけど」 間違っているかもしれない。 でも、どこかで確信していた。 彼は融機人なのだと。 そうでなければ木材の長さとか幅といった値を、小数点以下までを言い当てた。 普通の人には、まず無理な行為だ。 このとき、は深く考えていなかった。 島にいる彼女とネスティは、同じなのではないかと。彼女は島で平和に暮らしているから、きっと彼も同じなのだろうと。 そう思い込んでいたから。 だから、尋ねていた。 「ネスティさ・・・もしかして、機界ロレイラルの人間じゃ、ないか?」 「な・・・っ!?」 ネスティは一瞬、瞠目した。 自分のことを知っている。それが、彼が驚く理由だった。 知っている人間など、いないはずだった。 自分の所属する、蒼の派閥の幹部以外に。 しかし、目の前の彼は知っていた。融機人のことを。ロレイラルに唯一存在した人間のことを。 「触れただけでも長さを測ったり、厚さを調べたり。普通の人間にはできないだろ」 融機人は、自分以外には存在しない。 だから、普通の人間ならばその存在すら知らないだろう。 ・・・普通の人間なら。 「色々経験してるからさ。わかるんだ・・・だから、隠さなくていい」 は軽く笑って見せた。 話をするのは、ここだけだ。 こんな話をするのも、ここから先はありえない。 誰にも話すつもりもない。 しかし、ネスティの目は彼を疑ってしまってやまない。 「・・・悪い。失言だったか」 だから、ここはあきらめることにした。 特に知る必要がないこと、だから。 知ったところでどうというわけじゃない。ただの自己満足だから。 「忘れてくれると助かる」 「・・・っ、縦に21、横に12、90度回り込んで5だ」 「よし」 視線をネスティからはずし、立てられている木材へと向ける。 4メートルという高さの上から縦に20センチ間隔でジグザグに切り刻む。 着地後、再び納めた刀を抜刀し、気を纏った刃を飛ばす。 横に1センチ間隔。 人の手であるからこそ、完全に1センチは至難の業。 それは戦闘能力の高いでさえ同じで、ちゃんと斬っているものの太さは変わる。 5ミリとか、2センチとか。 もっとも、それは最初からわかりきっていることなわけで。 「・・・っ!」 木屑が崩れる。 そうなる前に、すかさず90度横へ回り込む。 最後は5ミリ・・・!! 先ほどよりも斬り方は乱雑になる。 だから、余計にちゃんとした割り箸になる本数は減っていく。 無駄な木屑が増えていく。 しかし、それは仕方のないことである。 すべて斬り終えてから。 ぐらぐらゆれる木材の塊。風の一吹きで崩れ落ちそうだ。 そのとき、風が吹いた。 「げ」 「な」 二人して声をそろえて、目の前に振ってくる割り箸の山を見上げる。 無数の木屑が・・・崩れた。 「「うわあぁぁぁぁっ!!」」 轟音と共に、木屑雪崩が二人を襲った。 ・・・ 「毎回こんなことでは、先が思いやられるな」 「・・・ああ、まったくだ」 しりもちをついた状態で顔を見合わせ、言葉を交し合う。 少し黒ずんだ互いの顔。 至って真剣だった表情が緩む。 「ははははははは!!」 「はっはっはっはっは」 二人は笑った。周りに誰がいようと、何があろうと、二人は笑う。 は声を上げて。 ネスティは静かに、でも楽しそうに。 顔が面白かったとか、にらめっこしたからといった理由ではない。 もう大人という年齢に近い二人がそろって、こうなることにまったく気づかなかったのだから。 ・・・ 一通り笑って。 二人は言葉を交わすことなく、淡々と仕事をこなした。 の斬撃は回を増すごとに精度を増し、ネスティが召喚したドリトルの回転速度も勢いを増す。 ネスティが木材の測量を終え、ドリトルのドリルに刺し、が斬る。 次第にその作業はスムーズになり、すべてが終わった頃には最初の木を割り箸にした時間の半分ほどになっていた。 できた割り箸は数え切れないほどになり、二人では持ちきれないからということで。 「あ〜ん、なんであたしがこんなことぉしなきゃなんなのよ!?」 ミモザに全部運ばせた。 ・・・当然だ。人に散々働かせて、本人は部屋で例の『赤いモノ』を余裕ぶっこいて食していたのだから。 「ギブソ〜ン、手伝ってよぉ」 「自業自得だ。こんなに割り箸作ったところで、この家ではそれほど使わないだろう?」 君がやらせていたことは、から聞いてるぞ? その言葉に、ミモザはを軽くにらみつける。 しかし、彼はそれをきっぱり無視した。 ネスティは上下の関係を気にしているのか多少おろおろとしているのだが、彼が手伝っていないのはギブソンがしなくていいと言ったからだったりする。 ・・・ 「僕は・・・融機人だ」 「え・・・」 作業をすべて終えて、その報告へ行く前。 ネスティはつい十数分前の話を彼自身から蒸し返していた。 は「忘れてくれ」と言いつつそこで話を切ったはずだったのだが。 何を思ったのか、先ほどの話の真相を話し始めていたのだ。 「・・・なんで」 「君には話しておいてもいい。そう思った・・・それ以外に他意はない」 何かあったときのために、保険になるかもしれない。 そんな風にも考えたのかもしれない。 融機人――ベイガーは文字通り、機械と融合した身体を持つ。 機界ロレイラルに唯一実在した人類で、機械と接続することで自在に扱うことができる。 しかし、彼ら融機人はリィンバウムの病原体への免疫がまったくないため、定期的にとある薬を投与している。 それが、の持っている知識だった。 ネスティが話して聞かせたのも、そこに準じる部分が多く、それ以外に語る必要性もまったくなかったのも事実だった。 「いったい、どこでそんな情報を仕入れてきたんだ?」 なんて彼のぼやきも致し方ないというものだ。 「昔の仲間に、融機人がいた・・・それだけだ」 彼は、返ってきた答えに驚いていたけれど。 「僕以外の融機人が、この世界に存在しているのか!?」 「あ、ああ・・・」 融機人という存在がこの世界にはたくさんいるのだと思っていた。 彼の故郷とも言える島に一人と、ここに一人。 たった二人だけではあるものの、ここではない他の場所にはもっとたくさんいるのだと思っていた。 この世界のどこかに、集落だってあるのだろうと。 しかし、それは間違いだった。 「僕は、この世界に亡命してきた融機人の一族の末裔・・・僕以外の融機人はいないものだと思っていた」 彼は一族の末裔。 つまり、彼以外に一族の人間は存在しない。 だから自分以外の同胞がいることを知らずにいた。 「しかし・・・」 ここに自分以外の同胞を知る存在がいた。 嘘を言っているようにも見えないし、自分たちのことを知る人間など限られている。 だからこそ、目の前の青年の言っていることが正しいことなのだと理解できた。 自然と笑みがこぼれてしまう。 「色々と片が付いたら、会いに行ってみるといい。きっと、向こうも喜ぶ」 「・・・ああ、そうさせてもらおうかな」 こみ上げる笑みをそのままに、ネスティはうなずいたのだった。 ・・・ 「み、ミモザ先輩・・・」 「あー、ほっとけほっとけ。全部ミモザが招いたことだから」 「・・・僕はただ手伝おうかと思っただけだ」 「だから手伝う必要なないんだって。ギブソンが言ってたろ。『手伝う必要ない』って。な・・・だから落ち着けって、ネスティ?」 「しかし・・・!」 どうどうどうどう。 興奮した馬をあやすかのように、はネスティの肩を数度叩いてやる。 しかし、上下を重んじる彼の性格が、落ち着くことをきっぱり拒否していた。 それでもは笑みを顔に貼り付け、腕力にものを言わせていくつかの風呂敷に包まれた割り箸を泣く泣く運ぶミモザから背を向けさせる。 とネスティで苦労して切り出した割り箸を、近所の皆さんにおすそ分けに行くのだ。 ・・・もっとも、このあたりは高級住宅街。 割り箸ほしい、なんて人はきっといないから、結局繁華街や商店街まで運ぶ羽目になっていたのだ。 もう何度往復したかわからない。 ミモザは滝のようなコミカルな泣きべそと共に、最後の風呂敷を抱えあげたのだった。 「ねぇ、マグ兄?」 「ん?」 そんな光景を部屋の隅っこで眺めていたことの元凶の二人。 彼らが庭木をダメにしなければこんなことにはならなかったのだが、彼らは彼らで反省したのだろう。 ケロっとした顔で、トリスが兄であるマグナに話しかけていた。 「なんかさ。ネスと、少し仲良くなっているように見えない?」 確かに。 答えにはしなかったものの、マグナも目の前の光景を見て驚いていた。 ネスティはそのおカタい性格からか、少々人見知りするきらいがある。 だからこそ元々派閥内に友人の少なかったと彼の義父であるラウルに聞いたのだが、その彼がと親しげに話を・・・否、軽い言い合いをしていたのだから。 「今度さ。に色々聞いてみようよ。召喚される前のこととか、いろいろ」 トリスがそんな提案をしてくる。 目を輝かせた彼女を見て、マグナは苦笑する。 再び彼らを見やると、すごむネスティをあっさり無視しつつ笑みを浮かべ、肩をぽんぽんと叩くの姿。 確かに、不思議な人だとマグナは思う。 自分やトリスと同じくらいの年のころの彼が、自分よりもはるかに大人びて見えたから。 今の光景を見るに、ネスティがまるで子ども扱いなのだから、不思議さが余計に募る。 だから。 「・・・そだな。それもいいかも」 トリスの提案に、賛成の答えを返していた。 |
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