「ほら、ギブソン。これ」 はギブソンにバスケットを手渡した。 その中身を知っているだけに、引きつった表情をしているが、それを彼は気にも止めず、嬉々とした表情でバスケットを受け取った。 嬉しそうに蓋を開けて、中身を取り出す。 「う・・・」 改めて見ると、それはまさに甘味地獄だった。 スポンジの上に色とりどりのフルーツを乗せて、見ているだけで口の中が甘くなりそうなくらいにクリームが塗りたくられている。 もちろん、その造形は芸術的だった。 バランスの取れた形状に、フルーツの乗せ方も絶妙。 食べる人のことを考えて作られた品々だった。 しかし・・・ 「? ・・・君も一つ、どうだい?」 「激しく遠慮しとく」 目の前に展開されたその数に、思わず腰が引けてしまっていた。 サモンナイト 〜美しき未来へ〜 第07話 進むべき道 レルムの村の三人の話し合いは、マグナとトリスの介入によって鳴りを潜めていた。 発端はマグナの発言だったわけだけど。 しかしこの発言があったらこそ、はその場を離れたのだ。 見た目と違い、冷静に考えていることが窺えたから。 それでは、その一部始終をここに書き記すことにしよう。 ・・・ 「とりあえず、二人ともバカじゃないのか?」 彼は、にらみ合うロッカとリューグを前にして、そうのたまった。 笑顔で。 言っていることと表情のギャップが激しかったからか、当人たちは一瞬ぽけんとしていたが、リューグは我に返った途端にマグナの胸元を掴んでいた。 「バカとはどういうことだ・・・俺のどこがバカだってんだ!!」 「・・・・・・」 叫んでいるようにすら見えるリューグの声を目の前に、マグナは先ほどまでの笑顔を消し、冷めた視線を彼に送る。 答えを返すことなく、ただ真っ直ぐに彼の双眸を見つめていた。 どことなく感じる威圧感。 優位に立っているのは自分のはずだというのに、なぜか自分が間違っているかのような。 そんなことすら考えてしまうような。 「・・・だったら、バカじゃないならどうするんだ?」 「は・・・」 それは、怒りすらも孕んだ低い声だった。 まだ少しの間しか一緒にいないけど、それでも普段の彼とはかけ離れた冷たい声。 とても、同じ人物とは思えないほどに。 「確かにロッカもリューグもレルムの村の住人で、村であんなことがあって、リューグはあの黒騎士たちに一矢報いたいと思ってる。でも、ロッカは相手の力量を考え、彼らの目標であるアメルを守るため逃げることを選択したよな」 彼らも被害者なのだ。 生まれたときから生活してきたあの村が襲われて、怒らないはずがない。 今だって、あの一団を追うか逃げるかでもめている最中。 口ゲンカ今まで以上にヒートアップしていたことだろう。 しかし、彼はよく考えて欲しかった。 怒りに任せて行動する前に、一度立ち止まって頭を冷やして欲しかった。 「行動することは、間違ってないと思う。でも・・・」 頭を冷やして、一番大事なことを最初に考えて欲しかった。 彼らは、家族だと聞いたから。 寄り添って生きてきた妹が唯一の家族だからこそ、その大切さが身にしみてわかっていたから。 だから、家族同然で生きてきた、そして今回の事件の標的になっていた『彼女』のことを考えて欲しかった。 それなのに、彼らは自分の個人的な感情で動いている。 マグナには、それが我慢ならなかったのだ。 「もっと、『家族』のことを考えろ」 その一言には、怒気すら含んでいた。 ・・・隣でバルレルが腹を抱えて笑い転げていたけれど。 ・・・閑話休題。 「で、結局こうなっちゃったわけだ」 今、全員が位置しているのは、ギブミモ邸の中庭。 今の状況に対して口を開いたのはトリスだった。 あの後、三人でみっちり話し合い、一番の当事者であるアメルの意見がそのまま通っていた。 『みんなが無事でいてくれれば、それでいい。それ以上は何も望まない』。 心優しい彼女らしい意見だった。 だからこそ、彼らは賛同した。 リューグが納得いっていないような仏頂面をしていたのはご愛嬌。 その意見を元にさらに話し合い、ロッカは前から考えていたことを実行に移すと決めていた。 「色々とお世話になりました」 「どうしても、行くと言うんだね?」 ギブソンの再度の問いかけにも、彼は肯定の意を見せた。 これが、僕の進むべき道だから、と。 前々から考えていたこと、それは彼らの祖父の安否だった。 祖父――アグラ爺さんが生きていて、元気にアメルと再会できれば、彼女はさらに安心できるからと。 その間、ロッカ自身が彼女の心配の種になるわけだが、彼はそれを押し通した。 それだけ、彼女を安心させたいのだろう。 「さん」 「ん?」 最後に、彼はへと視線を向けた。 射抜くような視線を前に、は訝しげな表情を見せる。 「・・・・・・」 数刻の間の後、ロッカは軽く微笑むと目を閉じた。 言うべきことがあったのに、言うまでもないのだと、悟ったのだろうか。 あるいは、言わなくても彼なら自分の願いを叶えてくれると、考えたのか。 「二人を・・・頼むよ」 かけられたその一言に、は笑ってうなずいたのだった。 ・・・ 『僕の代わりに、二人を守って欲しい』。 それが、ギブミモ邸を出て行った彼の願いだった。 自分を射抜く鋭い視線がそれを如実に物語っていて、彼の素直な気持ちが溢れていた。 しかし、彼はそれを言わなかった。 「この人なら、大丈夫だ」、「きっと、二人を守ってくれる」。 微笑んだ表情にそんな確信が見え隠れしていたから。 そんな光景を思い出しながら、はテラスから月を見上げる。 夜空に輝く満月は、涼しげな風と共に自分を包み込んでいるような気がした。 だからだろうか。 「・・・おにいちゃんっ」 背後から何度もかけられた声に気が付かなかったのは。 「あ、あぁ・・・悪い、ちょっとぼ〜っとしてた」 声の主は、が事故に近い形で召喚したらしい着物の少女だった。 胸元に宝珠を抱え、不安げにに視線を向けている。 彼女は、心配だったのだ。 いつまでたっても帰って来ないから。 今の今まで話し掛ける機会がなかったのは、ロッカとリューグの騒動があったからだった。 「・・・さみしかったの」 ハサハは、未だに彼らの中に馴染みきれていなかった。 だからこそ回りの動きにも反応できなかったし、一人という不安もあった。 内気すぎるのも考え物だが、それを論じたところで意味はない。 だから、はその意思を汲み取って。 「・・・ごめんな」 素直に謝罪した。 の胸元あたりまでの背丈の彼女と視線を合わせるように身体を屈めて、頭を下げた。 体質だとはいえ、ハサハはを心配してくれていたのだから。 召喚されて間もないはずなのに、だ。 だから。 「それと、ありがとな」 感謝した。 ハサハはその言葉に満足したのか軽く笑みを見せて、のシャツの裾を握りしめる。 いきなり色々とほったらかしの自分を心配してくれて。 メンバーの中で自分を求めてくれて。 必要とされていることがありありと伝わった。 「おへや、入ろう?」 「そだな。夜風に浸りすぎたら風邪ひきそうだし」 はハサハの背を押して、テラスを後にしたのだった。 もっとも、彼が風邪をひくなど絶対にありはしないのだろうが。 しかし、今日は意外な再会をしてしまった。 『あの時』別れたはずの彼女が、まさかこんなところにいようとは。 ――私には選択肢なんて無いの。今までも、そしてこれからも・・・。 ――本当に、私たちとは正反対よ・・・ まぶしすぎるくらいに。 ――一方的、すぎるじゃないの・・・っ! ――聞いて・・・っ!! 私の、本当の名前は・・・名前は・・・っ!! 「パッフェル、か・・・」 それが昼間、天性の方向音痴(というよりはむしろ迷い癖)が発揮された昼間にたまたま再会した女性の名前。 彼の中での時間では一年半程度という中で、彼女はこの場所に放り出された。 しかし今、彼女は光の中を生きている。 『幸せです』と、溢れんばかりの笑顔で言っていた。 あの時の自分の行動が、間違っていなかったんだと再度認識して、思わず嬉しくなってしまう。 元々、古い友人と再会すれば自然と嬉しくなってしまうもの。だからこそ、嬉しさがこみ上げてきているのかもしれないが、原因など些細なことだ。 「本当に、よかった」 「・・・おにいちゃん?」 「あ、いやいやいやなんでもない。ささ、寝るぞ寝るぞ」 「ハサハも、ねむい・・・」 「よっしゃよっしゃ」 自分を見上げるハサハと共に、部屋へ戻った。 この世界は、一日が本当に濃いと改めて思う。 だからこそ、明日に期待する。 さて。 明日は何があるんだろう・・・? ・・・・・・ ・・・ ・ ・・・彼は考えていなかった。 彼女、パッフェルがこの街にいるということは。 共に時間を跳んだ某酔いどれ店主も同じ街にいるのではないかという可能性に。 |
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