空からは、闇が消えていた。
魔王が倒され、及ぼしていた影響がなくなったから。
闇の世界は消えて、元の場所へと戻ってきていたのだ。
「お疲れさま」
はまず、全員に向けてそう口にした。
バノッサもカノンも、自分たちの脇で目が覚めるのを待っている状態。
すべてが、終わったのだ。
だからこそ、彼はそう口にしていた。
「魔王はいなくなった。みんなで戦って、世界を守ったんだ」
代行とはいえリィンバウムの守護者としては。
そして、一連の事件の被害者としては。
「嬉しい限りじゃないか」
「ああ、その通りだ」
みんなの力で、世界を救った。
だから、この場にいる全員の顔が、清々しい笑顔だった。
「俺は・・・俺たちは、ただ約束を守っただけだよ」
大切な人たちを、守ってみせる。
誓いにも似た、誓約者たちが交わした約束。
それを、守ってみせた。
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜
第81話 待ってるから
「あ・・・!」
エルカが声を上げる。
その声に気づいて空を見上げると、が開けたサプレスへの道がすべて閉じ切り、光と共にはじけて消えていった。
はじけた光の粒は、雪のように周囲に降り注ぐ。
「きれいですの・・・」
思いのまま口にしたのは、モナティだった。
それほどに光の粒は夜空に映え、幻想的な光景を皆に見せていたのだ。
そして。
「・・・!」
「身体が、消えていっている!?」
ラムダと、ローカスの声。
彼らの言うとおりの身体から光が漏れ出し、次第に透けていっている。
これが、第二開放を使った反動だった。
対象を還す規模が大きければ大きいほど、自身の身体へ影響が起こる。
その影響がなんなのか、それはわからない。
今回は、というか初めて使って最初の影響が『使用者を還す』というものようで。
「ま、仕方ないな」
なんて、口にしていた。
元々、事が収束するまでの付き合いだったわけだし、今丁度、全部が終わった。
だから、これはいい機会なのかもしれないと。
勝手に決め付けていた。
不本意ながら、すでに慣れてしまっていることだったから。
「この光は、還りたいと望む者だけを元の世界へ還す光だ・・・都合のいいことかもしれないけど、これでお別れ、だな」
サイジェントで出会った仲間とも。
いきなり召喚されていたにも関わらず、普通に接してくれたフラットのメンバーとも。
そして、久々に再会できた友人とも。
「ちょっと待て・・・ほんとに、これでお別れかよ!?」
「そういうことになるな」
ガゼルの声にうなずく。
そして。
「おわっ!?」
「あれれ? ですの」
「きゅーっ!?」
エルカ、モナティ、ガウムの身体も。
さらに。
「おわっ!?」
「えっ・・・」
「ウソ!?」
「そんな・・・っ!!」
4人の誓約者たちの身体も、と同様に光を放ち始めていた。
「お前らも!!」
「・・・・・・」
「なんとか言えよっ!?」
ガゼルはただ声を荒げ、ハヤトの肩を両手で握り締め、前後に揺さぶる。
それを止めたのは。
「レイド! でもよぉ・・・」
「つらいのは、お前だけじゃない」
レイドとエドスだった。
「みんなと一緒にいられて、本当に楽しかったよ」
毎日が充実してて、刺激が多くて。
それでいて、つらいこともあったけど。
「あたしたちがしてきたことは、本当に貴重な体験だったと思うよ・・・離れたくないくらいに」
「この世界に来て、本当によかったとも思ってるんだ」
「ナツミ、トウヤ・・・」
友達という枠を越えて、本当に信頼できる仲間もできた。
在るべき世界に還ろうとしている自分たちを見て、泣いてくれる人だってできた。
だからこそ、本当によかったと思える。
「ですけど、やっぱり自分のいた世界に還らないといけないって思うんです」
ぽろり、とアヤの瞳から涙がこぼれ落ちる。
大事な友との別れ。悲しくないなんて、ありえないことだから。
バノッサと敵対して、つらいことも多かったけど。
彼は最後に自分たちに頼んでくれた。
それが『殺してくれ』なんて、普通の人にとっては大それたことでも。
結局、できなかった。
当たり前といえば当たり前。
・・・彼だって被害者だったのだから。
「俺たちのいるべき場所は、きっとそこにあるから」
ハヤトは最後にそう口にすると、涙を堪えて笑ってみせる。
湿っぽい別れ方は、したくないから。
「君は・・・どこへ還るんだい?」
「さぁ、どこだろうな。今回のことがことだったから・・・まぁ、リィンバウムのどこかだとは思うけど」
レイドの問いに適当に答えを返す。
正直な話、どこへ飛ばされるかわからないのだから。
とにかく、これでお別れ。
「ハヤト、トウヤ、ナツミ、アヤ」
「「「「?」」」」
こちらへ視線を向ける4人。
その中でも、幼馴染のアヤは本当に涙を溜めていて。
言いづらいことなのだが。
「俺は、俺たちは・・・きっと、もう会えない。けど・・・元気で」
言わなければならない。
「きっと、これが今生の別れになると思うけど」
告げなければならない。
探さなければならないもの、待っている人たちがいると。
あの世界へ、共に還ることはできないと。
「や・・・」
「・・・え?」
の言葉を遮ったのは。
聞きたくない、と言わんばかりにぶんぶんと左右に首を振るアヤだった。
綺麗で長い黒髪を振り乱す姿から、必死さが窺える。
「イヤです・・・!」
溜め込んでいた涙が、せき止めることもできず一気に流れ出る。
流すまいとしていた。
ハヤトの様子から、笑って別れたいという思いが伝わってきたから。
湿っぽい別れなど、ハヤトだけでなくてもイヤだったから。
「せっかくまた会えたのに! こうして一緒にいるのに! どうして・・・」
どうしてそんなこと言うんですか。
そこまで言葉が続かず、その場に泣き崩れてしまう。
「なんとか・・・ならないのかい?」
そう尋ねてきたのは、トウヤだった。
「僕も、みんなも。には色々と助けられてきた。僕たち4人は、元の世界でもね」
「・・・・・・」
は答えを返さない。
否、返す言葉が見つからないのだ。
元々人に泣かれるのが苦手だったりするし、なにより相手が幼馴染。
長い間一緒だったから、勝手というものがわかっているはずだった。
でも、今回ばかりはどんな言葉を返せばいいのか、わからないまま。
トウヤの問いにも、答えることができなかった。
「だから、本当は僕も・・・僕たちも還ってきてほしい。同じ時間を過ごしてほしい。かけがえのない、親友としてね」
「・・・・・・」
うつむいてしまう。
正直な話、せっかく再会できた友と別れたいとは思いたくなかった。
過去の時間を共有できる唯一の存在だったから。
でも。
もう、道は分かたれた。
はこの世界と共に生きる道を。彼らは元の世界での日常を生きる道を。
引き返すことは、もうできない。
エルゴたちに結界の修復を望んだ時点で、生きる道を違えてしまったのだ。
だから、小さく首を振る。
「・・・もう、無理だ」
「そっか・・・もう、無理か・・・」
すでに身体の大半は消えてしまっている。
今更何を言っても、どうしようもないことは皆、わかっていた。
だからこそ。
ままならない願いに。
「くそおぉぉっ!!」
がん、とハヤトは拳を地面に向けてたたきつけていた。
誓約者のはずなのに。
エルゴの王のはずなのに。
結局、を引きとめることもできない。
この身の、無力さが歯痒くて。
「さて、俺はこれで。みんな、今までありがとう・・・お別れだ」
にか、とは笑って。
「待っ・・・!」
アヤの言葉を待つことなく。
「あ・・・」
消えてしまった。
「アヤ・・・」
ソルは、泣き崩れるアヤへと手を伸ばす。
自分に慰めることなんかできないかもしれない。でも、何か言ってあげないとダメだ、と思ったから。
でも、その手を止めてしまう。
今の自分に、何ができる? そう自問する。自分はリィンバウムの人間だから、一緒に戻れないから。
でも、一緒にいたいと思ってしまう。
「今度は、あたしたちの番ね」
ナツミの声が、アヤの肩を震わせる。
別れはまだ続くから。
今度は自分たちの番だから。
4人を覆っていく光が強まる。
エルカやモナティの光は、まだあまり出ていない。
順番のようなものが、あるのだろうか?
そんな疑問が無駄に湧いてきてしまう。
「僕たちも、ここでお別れか。リプレや子供たちに、よろしく伝えておいて」
「ガゼル」
「なんだよ?」
ハヤトは拳から血を滴らせながら、ガゼルへ声をかける。
内容はすでにこの場には存在していない、彼のこと。
「アイツ、この世界のどこかに還るって言ってた。だから・・・」
「おうよ、のことは俺たちに任せとけ。勝手に消えやがって・・・一発殴らにゃあ気が済まねえからな」
そんな答えを聞いて、満足げにハヤトは微笑んだ。
涙の伝った跡を、そのままに。
「それじゃ、そろそろだな」
「そうみたいね」
「っく・・・」
「アヤ・・・」
ぽん、とトウヤはアヤの肩に手を置いた。
すでに身体が透けだしており、還るまでそれほど時間もない。
「それじゃあ」
「イヤです・・・」
元気で、と続けようとしたハヤトの口は、クラレットの介入によって止められてしまっていた。
彼女の整った眉はハの字を向き、瞳からは涙がとめどなく流れ落ちている。
がいなくなるまではなんとか涙を堪えてきたのに、いざ彼らがいなくなるとなると、耐え切れなくなったのだ。
「お別れなんて・・・私できない・・・」
「クラレット・・・」
キールが彼女に近づき、頭に手を置く。
やめろ、と彼女を押し留めようとしているのだ。
どうせ、時間の流れだって止めることもできないのだから。
彼女が言わんとしていることは、叶わぬ願いなのだから。
でも。
「貴方がいて、私がいる・・・それが私の真実・・・」
貴方の隣のほかに、私の居場所はないんです。
遠まわしにではあるものの、彼女はそう言おうとしている。
バノッサの隣がカノンであるように、クラレットの隣はハヤトしかいないのだから。
それは口には出さないカシスもキールも、ソルだって同じだった。
まさか、約束の内容がまったく同じとは4人とも思わなかったわけだけど、約束は約束だ。
そして、内に秘める思いだって。
ただそれを爆発させてしまったのが、クラレットだったということだけ。
「貴方の側にいられないなんて・・・そんなの、死んでいるのと同じです・・・」
弱々しくも、そう口にする。
隣にいたい、一緒にいたい。
そう思うことの、何が悪いというのだろう。
だから。
「ワガママを、言わせてください」
「あたしたちも、いいかな? トウヤ」
カシスが便乗した。
彼女も、クラレットの告白を聞いているうちに耐え切れなくなったのだろう。
もう会えないという現実を突きつけられてしまっているようだったから。
絶対に会うことはできないなどと、思いたくなかったのに。
「離れ離れになっても、私たちは・・・また会える」
きっと再会できると。
世界を越えて。
世界を救った彼らには、ささやかすぎるワガママだ。
「約束してください。探し出して・・・くれるって」
「僕は、探し出す。だから、待っててくれるかい?」
カシスも、キールも、ソルも。
みな、願いは同じだった。
「うん、約束だ。カシス」
「あ・・・」
トウヤは笑って、彼女の頭に手を乗せる。
なでなでなでなで。
安心させるように、頭を撫でつづけた。
「俺も約束するよ、クラレット。いつかまた、どこかで君と出会うって・・・」
ハヤトもトウヤと同じように、彼女の頭を撫でる。
それしか、できないと思ったから。
「うん。待ってるよ、ずっと。キールが来てくれるの、待ってるから」
ナツミも。
泣くまいと決めたのに、泣いてしまった。
涙が溢れ出す。
「アヤ・・・」
「・・・ソルさん」
とても、放ってはおけない。
なんとなくわかっていたから。
彼女がを見る目が、幼馴染の域を越えていたことを。
だから、なおさら放っておけないとソルは思った。
「俺が、代わりじゃダメか?」
「え・・・?」
今度は、アヤの肩に手を乗せる。
「俺が、一緒にいるから。アイツの代わりにはならないかもしれないけど、さ」
誰も、彼の代わりにはなれない。
代わりなど、いてはいけないと思う。
でも。
「アヤがいて、俺がいる・・・いてくれなきゃ、俺が困るんだ」
「・・・・・・」
消えゆく中で、アヤはぼうっとソルを眺めている。
目を細め、完全に閉じると。
「はい・・・」
目から、涙が止めどなく流れ落ちていく。
「待ってます、待ってますから。一緒に、いてください・・・」
「ああ・・・!」
その言葉を最後に、誓約者たちはリィンバウムから。
帰還を果たしたのだった。
夢主は先にさよなら。
そして誓約者たちは、無事に帰還を果たしました。
このあとはまぁ、ほぼ原作どおりの展開となるわけですが、
アヤ編と夢主編でエピローグを分けました。
プロローグとほぼ同じ形で終われることが、なんともいい感じです。
ここでもう一度プロローグを読み返していただけると、
アヤ編と夢主編に分かれていることが理解できると思います。
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