「世界は滅びるのだ!!」

 嬉しそうに、そして満足そうに。
 オルドレイクは、その表情に笑みを浮かべた。
 これから起こることすべてを受け入れ、その上で自分だけの世界を作り上げることができるのだから。

「父上、貴方という人は・・・!」

 声を上げたのはクラレットだった。
 もちろん彼女だけでなく、キールもソルもカシスも。
 声には出さないものの、その瞳には激情が走り抜けている。
 怒りすらも孕み、敵意に近い視線をオルドレイクに・・・己が父親に送っていた。

「お前たちは愚か者だ。次の世界の王の座を、自ら捨ててしまったのだからな・・・」

 次の世界。
 それはオルドレイクが作り上げる、彼だけの世界だ。
 すべてを真っ白の状態に戻し、自分が必要だと思った者を召喚する、彼による彼だけの世界。
 とても、許されることではない。

「あり得ない、できるわけない」

 一介の人間に、世界を作り変えることなど。
 だからこそ、は言葉を紡いだ。

 この世界が好きだ。
 召喚されてから1日1日が濃すぎるものの、毎日が楽しかった。
 これからだって、それが続くものだと思っている。
 だからこそ、今ここでそれが終わろうとしているのなら、全力で抗ってみせる。

「この世界を、なくさせはしない・・・」

 絶風を、自身の眼前に立てて握る。
 目を閉じて。

「絶風、第一開放」

 告げた。





    
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜

    第78話  第二開放





「そして、バノッサよ・・・お前は果報者だ!」

 オルドレイクは、心からの賞賛を彼に向けて放っていた。
 なぜ、果報者などと彼は言うのだろうか。
 果報者とは、幸せ者だという意味を持つ。
 今こうして化け物になりつつあるというのに、彼はなぜそのようなことを口にするのか。
 それは。

「一度は捨てられながら最後の最後で、栄光を掴んだのだからな」

 オルドレイクがバノッサと彼の母を捨てた父親だったのだから。

「冗談でしょっ!?」

 声を上げたのはナツミだった。
 とても、信じられなかった。
 確かに、バノッサは母親と共に捨てられたという話は聞いていたのだが。
 捨てた父親が、まさか目の前にいるとは。

「きっ・・・きサまガ・・・」

 しかし、バノッサの表情は嬉しさによる笑みではなく、憎しみすら孕んだ怒りに満ちていく。
 自分を、そして母親を捨てた張本人が、目の前にいる。
 母は自分を育てるために必死で働いて、死んだ。
 つまり目の前にいるこの男が、彼の母親を殺したも同然。
 彼の怒りも、うなずけるというものである。

「貴様がそうだったのかアアアァァァッ!!!」

 だからこそ、バノッサは残りの理性を振り絞って声を上げた。
 異形と化した自らの腕で、オルドレイクをわし掴む。
 肥大した五指に力をこめ、ぎちぎちと締め上げていく。

「な・・・何、をする・・・バノッサ!?」
「許サねェ・・・ッ!!」

 母を・・・女手一つで自分を育ててきてくれた、尊敬すらしている母親を捨てたお前を。
 そして、彼女がいなくなった悲しみに暮れる間もなく街を追われ、スラムという地獄を生きる運命を課された自分に苦しみを与えつづけてきたお前を。

「絶対ニ・・・ッ、許さねえェェェッ!!!」

 咆哮に近い声と共に、思い切り腕に力を込めた。
 全身の骨という骨が砕ける音と、尖った指先が身体の内側を侵食する生々しい音がその場にいる全員の耳を貫く。
 さらにその腕を大きく振り上げると、オルドレイクの身体を思い切り地面にたたきつけた。

「がぁ・・・は・・・」

 オルドレイクは魔剣の力を使う間もなく全身を握りつぶされ、その場で痙攣を起こしている。
 もはや助からない、と誰もが思うほどに。そしてそれが新たな世界を夢見て、人を道具のように扱ってきた男の末路だった。

「死、ネ・・・」
「ぐ、ぐぎゃああああっ!?」

 仕上げと言わんばかりに、バノッサはその巨体をもってオルドレイクを押し潰したのだった。



 ・・・・・・


 ・・・


 ・



「ザマぁ・・・みヤガレ・・・」

 バノッサは、笑っていた。
 憎き仇を殺すことができて。そして、そんな男にいいように弄ばれた自分に嫌気が差して。
 笑いながら、涙を流していた。

「バノッサ・・・まだ意識があるのか?」

 事の次第を冷静に見つめていたトウヤが、声をかけた。
 つい今しがたまで目の前に展開されていたスプラッタな光景に多少なり吐き気すら覚えていたのだが、全部受け入れ飲み込んで。

「クククッ・・・余計ナコトは考えるナヨ・・・はぐれ野郎。もうすぐ、俺様ハ魔王ニナっちまウ・・・」

 もう、誰にも止められない。
 彼は自分の状況すらも冷静に見極めて、そんな答えを返していた。
 絶望し、悲しみ、魔王の降臨を受け入れた自分だから。
 きっとこれが、自分の持っているであろう最後の理性なのだと、すべてを理解して。

「あきらめるな! バノッサ、お前はワシが助けてみせる!!」
「そうです、私たちだって・・・誓約者だっているんですから!!」
「寂しいこと、言うんじゃない・・・っ!」

 涙すら流すエドスに感化されて、アヤとナツミが声を上げた。
 フラットの中でもバノッサを思っていた、彼だからこそ言える台詞だった。
 そして、誓約者である彼女たちなら、きっと何とかなると。
 エルゴの力を借りることができれば、きっとバノッサを助けることができると。
 そう信じていた。

「・・・泣くンじゃネェよ。俺なンかノタメニさ」
「ばか、俺『なんか』とか・・言うな・・・っ!!」

 バノッサは召喚獣でも化け物でもない、人間なのだから。
 このリィンバウムという世界を生きる1つの命なのだから。
 カノンだって助かったのだから、きっとバノッサだって助かる。
 そう信じて。

「はグれ野郎よ・・・手前ェらに・・・ッ、頼みガある・・・」
「「「「・・・?」」」」

 彼の言う『はぐれ野郎』とは、ハヤト、トウヤ、ナツミ、アヤの4人を指す。
 元々名前など思える気すらもなかったのだろう。
 だからこそ、4人を一まとめにして今まで呼んできたのだ。
 そして次に発される彼の発言こそ、その場にいる全員を悲しみの底に陥れるものとなる。
 それでも、彼はすでに決めていた。
 残った理性も、もう保たない。
 だったら、その理性が少しでも残っているうちに・・・バノッサが『人間』として生きている今のうちに。
 ・・・告げた。

 俺を殺してくれ、と。
 4人が持つエルゴの力で、殺してくれと。
 頼む、と。

 初めてだった。
 今まで敵対してきた彼が、自分たちに頼みごとをしてきたのは。
 そんな最初の頼み事が『殺してくれ』だなんて。

「そんなの、悲しすぎるよォっ!!!」

 ナツミが声を上げた。
 目からは大粒の涙がとめどなく流れ落ち、地面にシミを作り出している。
 それは、アヤもハヤトもトウヤも同じだった。
 この世界で生きているうちに、みんなで楽しく生活していきたいと思えるようになった。
 敵対していても、きっと仲良くなれると信じていた。
 でも、そんなささやかな願いは叶わず、このような結果を迎えてしまった。
 そんな彼の頼みごとが。
 最初で最後の頼みごとになるなんて。

「・・・そんなの、嫌ですよぉ」

 アヤはつぶやいた。
 元を辿れば、バノッサだって被害者なのだから。

「っ!」

 トウヤはトウヤで涙を見せまいと顔を背け、ハヤトはその場でうつむいている。
 バノッサは軽く眉をひそめてみせると、今度はへと向き直った。

「・・・・・・」

 ただ無言で、視線を送る。
 お前ならできるだろ、と目が語っている。
 刀を力を解放しかけていた矢先のことだったというのもあり、切っ先を天に向けた状態だったのだけど。
 は軽く目を閉じると、

「・・・いいだろう」

 告げた。
 ゆっくりと瞼を開きながら一歩一歩前へと踏み出し、開放しかけていた刀の切っ先を地面へと向けた。

っ!!』
・・・っ!』

 誓約者たちが。
 暴走召喚から立ち直りつつあるフラットメンバーが。
 そのすべての視線が、へと向かう。
 突き刺さる視線に対し無視を決め込み、バノッサの目の前に立ち尽くした。

「いくぞ」
「あア・・・頼ムぜ」

 バノッサの表情を見やる。
 見上げた先で、彼は笑みを浮かべていた。
 満足そうに、嬉しそうに。
 その表情を確認して、は刀を両手に握り締め、『突き』の構えを取る。

、やめてくれっ!!」
「なにか、他に方法があるはずだからっ!」
「そうだよっ! 待って、待ってってばぁっ!」
「殺さなくても、みんなで生きていられる方法があるはずですっ!」

 4人の必死な主張に耳もくれず、ただ首だけを軽く回す。
 殺気すら孕んだ視線を向けて、

「うるさい。お前たちになにができる」

 告げた。
 彼らができないと言うから、自分がやろうとしているのに。

「他に方法があるなら、とっくにやってる。方法がないから、彼は殺してくれって言ってるんだ」

 もう、時間がない。
 殺すことに代わる方法など、模索している時間などない。
 だったら、1つしかない方法を採るしかない。
 だから。

「邪魔、するな・・・っ!!」

 オルドレイクに向けた以上の殺気を、この一言に込めた。
 その視線にあてられてか、ナツミとアヤがその場にぺたんと腰を抜かす。
 少なからず、目の前の自分に恐怖しているのだろう。
 そんな光景を見て薄く笑いながらも、再びバノッサへと向き直った。

「スまねェな」
「気にするな。俺はしがない召喚獣。一通り終わったら、消えるだけだ」

 街を滅ぼすつもりも、世界を破滅させるつもりも、もちろんには有りはしない。
 むしろ世界のために、守護者代行としての責務を果たそうとしているのだ。

「このくらいの憎まれ役、俺の周りが無事なら喜んで受け入れるさ」

 バノッサに向けて、笑みを見せた。
 あきらめのついた笑みではなく、希望に満ち溢れた、まだまだできることを知っている笑みだ。

「もっとも・・・俺は『殺す』なんて一言も言っていないけどな」

 さらにそんな小さな一言が耳に飛び込んでくる。
 半分あきらめたかのように、バノッサは目を閉じた。
 すでに表情には苦悶が見て取れ、汗が流れはじめている。
 理性がなくなりかけている証拠だろう。
 だからこそ。

「・・・絶風」

 この力を、ここで使う。
 裏の自分と戦ったときに、理解した『絶風』の使い方。
 ウィゼルの仕事は、まさに神がかり的だったのだ。
 ここまで都合のいい力、使わない手はないというものだ。

 刀から、膨大な魔力が風となって吹き荒れる。
 の瞳が真紅に染まり、共界線から魔力を引っ張ってきていることが窺える。
 バノッサの内包する魔王の魔力を超えること。
 まずは、それが第一なのだから。



「そ、空が・・・」
「割れていく・・・っ!」

 空が割れ、バノッサが咆哮を上げる。
 理性が限界を超えたのだ。
 一度は変貌を止めていたバノッサの身体は、さらに肥大化をはじめ・・・

『ウゥゥ・・・ッ、ウオオォォォォッ!!』

 受け皿として、サプレスの魔王がここに降臨した。



 目の前で咆哮を聞きながらも、は魔力を刀を流し込んでいく。
 その巨大な力に膝をつきそうになってしまうが、ここが正念場だと両足に力を込める。
 目を閉じた。

 ・・・大丈夫。
 きっと、うまくいく。
 愛刀を信じ、魔王の中で戦っているバノッサを信じ、自分を信じる。

 目を見開く
 魔力が充足した。溜まりに溜まった魔力の塊は暴風となり、小石や砂利を吹き飛ばす。
 フラットメンバーは魔王の力とおびただしい魔力の暴風に動くことすらかなわず、その場で膝をついていた。
 純白の刀身が次第に透け始めていく。

「第二開放」

 魔力の充足と共に、一声。
 同時に刀身は輪郭を残すのみとなり、これでは人の身体すら通り抜けてしまうだろう。
 それでも彼は、絶風を魔王へと突き刺したのだった。






次回第二開放でます。
本当に都合のいい力です。
次回の更新で、皆さんも「あぁ〜、都合よすぎかなぁ」とか思われて、
その後の展開も見え見えになることうけあいです。


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