認めない。
 誰かが犠牲になる結末など。
 認めたくない。
 自分たちが関わったせいで彼が命を落としたなどとは。
 ただの偽善に過ぎないのかもしれない。
 でも、知り合った人間が目の前で死んでしまうところなど、見たくない。
 誰の犠牲もなく、すべてが丸く収まるのが一番の理想なのだから。

「頼む! カノンを助けてくれ!!」

 すでに動くことのない少年を腕の中に納めて、ハヤトは大きく声を上げる。
 平和な世界から来たからこそ。
 人の死を間近で見たことがないからこそ。
 人の死を未だに現実として捉えることができないからこそ。
 助けたいと願ってしまう。
 そんな彼の願いを。

『やっと、喚んでくれたね』

 聞き届ける存在が。

『ボクはアヴァレス。サプレスの守護獣さ』

 彼を覆い尽くすすべての時を止め、色を失った世界に。
 強い蒼光を放つ1体の竜が、具現した。





    
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜

    第77話  ここにある





 誓約者としての最初の試練としてと戦ったときに召喚したレヴァティーンとは違う。
 天使というよりは、純正の竜と言っても過言ではないだろう。頭上に輪もないし、羽もマンガやゲームで見たドラゴンとよく似ている。
 誓約だってしていないのに、サモナイト石のストックだってなかったはずなのに。
 目の前のアヴァレスという名の召喚獣は、なぜか自分の前にぷかぷかと浮かんでいた。

「えっと・・・」
『ボクは、ずうっと君の中にいたんだ』
「へ?」

 彼曰く、ハヤトを含めた4人がリィンバウムに召喚されたときからずっと、彼の内側にいたらしい。
 魔王召喚の儀式によって不在だったサプレスのエルゴはどこにいったのか、という疑問の答えがここに判明していた。
 もっとも、目の前の存在自身エルゴそのものというわけではないのだけど。

『こっちからじゃ干渉もできなくてさあ。まったくまいっちゃうよね』
「は、はぁ・・・」
『なんかみょーにどんよりしてたし、身体中がキモチワルイしさ。オマケにこないだっからプレッシャーかかって無駄に疲れるし、かと思えばいきなり魔力がヴァーってきて活力たっぷりだし』

 いきなりあらわれてガンガン1人トークを始める妙に人間くさい竜。
 果てしなくヘンだ。

「あ、あの・・・」
『ああああゴメンゴメン。とにかくこうして会えてよかったよ。ボクはね、ずっと待ってたんだよ』
「待ってた・・・?」

 アヴァレスはこくりとうなずく。
 次の瞬間には雰囲気が真剣なものにがらりと変わり、視線だけで背筋正してしまいそうだ。

『君の切なる願い、聞き届けたよ』

 その言葉に、耳を疑った。
 確かに、自分はエルゴに向けて叫んだ。
 カノンを助けてくれ、と。
 死んでしまった人間が蘇ることなど絶対にありはしないというのに。
 認められなかったというだけだったのだけど。

『本当はね、死者を生き返らせる行為っていうのは禁じられたことなんだ。どんな世界でもね』
「うん、死んだ人は絶対に生き返らないっていうことは分かっているんだ。でも・・・」

 ハヤトは顔を自身の足元へと落とす。
 そんな彼に何度かうなずいてみせると、アヴァレスから放たれていた空気が変わっていた。
 和やかなものに。

『うんうん、わかってるよ。君の気持ちはよっくわかってる。だから、ボクが出てきたんだよ』

 その言葉に、ハヤトは顔をアヴァレスへと向ける。

『ボクの力は、ケガとか癒したりするだけなんだけど・・・今回は特別さ』
「え・・・」
『さ、ボクを呼んで! 持ってる剣が、きっと君のサポートをしてくれるはずだから!』

 そんな言葉を聞いた瞬間。
 視界には色が戻り、無数の剣音が耳を貫く。
 助けてくれ、と叫んだ直後に戻ったようだった。
 そして、唯一変わったことは。

「あ・・・」

 ハヤトが握りしめているサモナイトソードが紫に発光していることだった。
 その光が、今までのことが夢でないことを如実に示している。

 ――さ、ボクを呼んで!

 先ほどまで目の前にいた、竜の姿が頭をよぎる。
 妙に人間くさかった分だけ、不安があったりするんだけども。
 とにかく、カノンを生き返らせることができるのなら―――

「来いっ! アヴァレスっ!!」

 剣を掲げた。
 帯びていた光がさらに強まり、光球となって宙へと弾き出される。
 光球はまるでシャボン玉のようにはじけ、蒼光に包まれた竜が具現した。
 曇り空をくるんと一回りすると、その視界に1人の青年を映す。
 彼は周囲に放たれている光に目もくれず、目の前で妖しく笑う壮年の男性を睨みつけていた。
 漆黒の剣と純白の刃が衝突し、真紅の火花が上がる。

 自分の声すら、聞こえていないのだ。彼には。
 その姿を瞳に映しながら、思う。
 変わっていないな、と。

『さて、それじゃ始めるよ』

 すでに色素を失いつつあるカノンへと視線を向けて、呟いた。
 死者の蘇生。
 本来ならば常軌を逸した行為だ。許されるものではない。
 でも、助けてあげたいと心から願われてしまった。
 癒しを司る自身の、たどり着ける最終領域。
 サプレスの守護獣として、現マスターの切なる願いを叶えてあげたかった。
 だから―――

 ・・・

 アヴァレスを覆う光が次第に強まっていく。
 視界を遮るほどの暗闇さえも明るく照らす、優しい輝き。
 神々しい、と呼称してもおかしくないほどに、美しい光だった。
 魂を呼び戻すための目印。
 強い光に照らされた夜空から、1つの小さな光がどこからともなくやってくる。
 ふらふらとあっちへこっちへと方向転換しながらも、ゆっくりと身体の中へと吸い込まれていく。

「う・・・」

 声が漏れた。
 ハヤトでもトウヤでもナツミでもアヤでもなく、目の前に横たわる少年の声。
 表情には苦悶が浮かんでいるものの。

「は、ははは・・・っ」

 叶ってしまった。
 願っただけなのに、叶ってしまった。
 嬉しさと驚きが入り混じり、笑うしかなくなってしまった。

 助かった。
 ・・・否、彼は蘇った。
 バノッサの居場所を、バノッサに必要なものを。
 死者が集う闇の世界から、救い出すことができた。

「よかった・・・っ」

 目を覚ましていないカノンの身体を、ハヤトはぎゅっと抱きしめたのだった。


 ・・・・・・


 ・・・


 ・


 純白と漆黒が衝突を起こす。
 衝突音と共に火花が飛び交い、激しい攻防に汗が舞い散る。
 展開される剣技の応酬は、留まることなく続けられていた。
 の持つ白刃は同色の靄のようなものに包まれ、逆にオルドレイクの持つ黒剣からは彼の魔力が焔のように猛る。
 時間を跳んで召喚されたはさておき、十数年という時間を過ごしてきたオルドレイクはの繰り出す剣のことごとくを受け止め、いなし、躱しきる。
 とても、年相応の動きではない。
 まるで何かに取り憑かれているかのように、ただただ笑みを見せていた。
 なぜなら、自分たちの・・・ひいては自分の願いが成就する時が、刻一刻と迫っているから。
 背後で壊れたように声を上げるバノッサからは、内包する巨大な魔力の風が吹き付けている。
 魔王降臨の目印だった。

 いいぞ・・・もっと、もっと・・・絶望するのだ。
 絶望こそが。溜まり溜まった憎しみこそが、力を与えてくれるのだから。

「父上っ!!」

 悪魔の群れを潜り抜けて、と対峙するオルドレイクに向けて声を上げたのはソルだった。
 全身に無数の切り傷を作り上げ、荒々しく息を切らし、それでもなお眼光鋭くオルドレイクを視界に収めていた。
 その声を聞いてか、は交えていた刃を弾き飛ばしソルの目の前まで後退する。
 目的が同じだから。
 だからこそ、血を分けた息子に機会を与えたのだ。
 父親と話をする機会を。
 自分の目的は、オルドレイクを倒すことだから。そのためだけに、この場に来たのだから。

「ソルか・・・もはや、お前たちは我が子ではない。育ててやった恩を忘れ、成すべきことすらできぬお前たちに、価値などないわ!!」
「・・・っ!!」

 父親からの決別の言葉。
 彼はどこまでも『人』を道具扱いしていた。

 召喚獣も、人間も、全てを、派閥に利をもたらす道具と思え。
 より有効な使い道を求め、壊れたならば速やかにうち捨てよ。
 そう私に教えたのは、貴方でしたね―――

 無色の派閥を抜け、共に戦った男性の言葉が蘇る。
 その言葉を実行しているだけなのだ、彼は。
 しかし。

「自分の子供すら、道具扱いするのかっ!!」

 叫ばずにはいられなかった。
 自分を信じて前に進んできたはずの子供たちですら、彼は一言で切り捨てたのだから。
 とても、自分たちと同じ人間とは思えない。

「バノッサぁっ!!!」

 そのときだった。
 怒声とも取れる大声が、戦場に木霊する。
 爆発音と共に出来上がった道をまっすぐに、4人の男女が走り抜けてきた。
 その背中には、息を引き取ったはずの少年を背負っている。

「絶望する必要なんてないっ!」

 声の主は、ハヤトだった。
 彼の周囲をトウヤ、ナツミ、アヤで囲い込み、迫る悪魔たちをエルゴの力をもって蹴散らしながら、一直線に駆け抜けてくる。
 この世界で培った感覚と共に、視線をバノッサへのみ向けている。
 彼の目には、バノッサ以外の存在が映っていないのだ。

「カノンは・・・っ、お前の居場所はここにあるからっ!!」

 ソルの隣まで来たところで、乱れた息を整えながらオルドレイクに鋭い視線を突き刺す。
 彼らが悪魔を蹴散らすことで、周囲の戦闘も鳴りを潜めていた。
 ぞくぞくあと集まってくる、フラットのメンバー。
 そのすべての瞳に、怒りが灯っていた。

「オルドレイク・・・俺は、俺たちはっ!」

 自分の目的のためだけに、多くの人たちの人生を捻じ曲げてきた。
 己の利となるなら、それが何であろうとも使い倒してきた。
 そんな彼を。

「・・・お前を絶対に許さないっ!!」

 魅魔の宝玉によって召喚させられた悪魔たちをすべて倒しきり、敵はオルドレイクただ1人。
 相対するのは、計り知れないほどにダメージを負っているものの活力みなぎっているフラットの面々。
 勝敗は目に見えて明らかだった。
 だが。

「できそこないの分際に、口出しされるいわれなどない・・・元から貴様らごとき、我のみで充分なのだよ」

 オルドレイクは含み笑い、懐からサモナイト石を取り出した。
 手に握りしめただけで紫の石は強い光を放ち、次第に赤く染まっていく。
 それはかつて見た、禁じられた召喚術。

「まとめて消し去ってくれる・・・来たれ、パラ・ダリオ・・・真・暴走召喚」

 赤の光は一瞬にして天へと消え、召喚獣――パラ・ダリオが具現する。
 輪郭を淡い赤光で包み、身体全体を小刻みに震わせているかの召喚獣は。

「―――っ!!」

 轟音と共に、集まってくるフラットメンバーをなぎ払ったのだった。
 威力が増している。
 島での戦いの時よりも、段違いに。
 その上、本来犠牲になるはずのサモナイト石が砕けていない。
 常世の狂王ヘルハーディスの能力の一つだった。
 使用者の狂気を喰らい力へ変える剣は、見事なまでにオルドレイクとの相性が良かったのだ。
 禁術とも言える、暴走召喚すらも普段と変わらないプロセスで発動させることができるほどに。

「みんな・・・っ」

 吹き飛んでいく仲間たちを見て目を丸め、歯を噛み締める。
 これ以上、あの男に力を行使させるわけにはいかないと。
 は再び、大地を蹴り出した。
 前かがみに勢いをつけて、オルドレイクとの距離を詰める。
 大上段から刃を振り下ろす。
 渾身の力を込めた大斬撃。それでも、オルドレイクは涼しい顔のまま襲い掛かる刃を受け止めていた。

「儀式を止めろ・・・っ!」

 目の前で、怒りにまぎれた声を出す。
 オルドレイクは、倒さねばならない。しかし、倒す前に儀式を止めてバノッサを救い出す必要があったのだ。
 儀式を始めたのが彼ならば、止めることができるのも彼だけ。
 だからこそ、口にせざるを得ない。

「止めることなどできぬよ・・・見よ」

 ふい、とオルドレイクはバノッサへと顔を向ける。
 警戒を解かぬままに視線だけを彼に向けると。

「うアあァぁAぁぁ・・・!!」

 彼の姿は異形へと変貌を遂げていた。
 みるみるうちに巨大化し、肌が変色し、おぞましい声に変化している。
 バノッサとしての形を残しているのは肩口の鎧と白髪、ナイフを象った首飾り。
 そして、かろうじて表情が窺える程度の顔つきだけだった。

「バノッサはすでに、宝玉と一つになった!」

 魔王降臨の要素。
 それは、魅魔の宝玉の力を使っていたバノッサの憎悪と悲しみ。
 それらを生贄として、サプレスの魔王は降臨する。
 誓約者というバノッサとは対極に位置した存在や彼を貶める存在への憎しみと、カノンを失ったことによる深い悲しみ。
 まさに、魔王を降ろすためにはうってつけの状況だった。
 つまり。

「あたしたちは、アイツの手の上で踊らされてたんだ・・・っ!!」

 フラットもオプテュスも。
 マーン三兄弟も領主もサイジェントも。
 誓約者たちもバノッサも。
 そして、エルゴの守護者たちも。
 すべて、彼のいいように踊らされていた。

「世界は滅びるのだ!!」

 嬉しそうに、そして満足そうに。
 オルドレイクは、その表情に笑みを浮かべたのだった。







守護獣はあっという間の出番でした。
いや〜、ここ以外に出所がなくて困りました。
つか、死者蘇生ってすごいですね……(爆)
自分で書いておいてそれかよ、とか言われそうですが、ぶっちゃけ他にどーすればいいのか、私のクソ脳味噌がいい感じに働いてくれなかったんです。


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