「殺せよ・・・」
召喚された無数の悪魔たちを打ち倒し、一行はバノッサとカノンに迫っていた。
彼を止めるには、この方法しかなかったから。
「世界を救うんだろう? だったら、俺様を殺して奪い取れよッ!!」
世界を破壊し尽くすという目的を阻止するためにも、彼を救うためにも。
だからこそ、彼を殺すことはできない。
それをしてしまえば、彼は最後まで世界を憎んだままになってしまう。
だからこそ、
「・・・・・・」
バノッサの声を聞いても、その剣を振り上げることができなかった。
「できねェのかよ・・・自分の手を汚すことが怖いのかよっ!?」
怖いのではない。したくないのだ。
今目の前にいる彼は、目先の大きな力に囚われただけなのだから。
この世界は、自分たちにとってとても楽しく、充実した日常を送ることができたから。
彼も、この世界で充実した毎日を過ごして欲しかった。
「そうじゃないっ!」
ハヤトが体験してきたこの世界は、刺激を求めていた自分の願いそのままの世界だった。
さすがに、命のやり取りをすることになるとは思いもしなかったわけだけど。
この世界での自分は、どこか輝いているとも思った。
特別な力があるからとか、剣を持って戦うことが楽しいからとか、そんな小さなことじゃなくて。
平々凡々に過ごしてきた自分が、待ち望んでいた世界なんだと思ったから。
「確かに、君から宝玉を奪えば、世界は救われる。でも・・・それじゃ、君が救われないだろう」
トウヤが体験してきたこの世界は、実に興味深いものだった。
自分がいた世界にはない『魔法』のような力などといった、自身の常識が通用しない世界が。
自身がしたことのない『経験』を、たくさん『体験』できるから。
「あたしらはね、バノッサ。あんたを救ってやりたいのよ。今のままじゃあんた・・・永遠に救われないから」
ナツミが体験してきたこの世界は、夢のようだった。
最初はこんな世界から、早く帰りたいと思った。でも、それができないまま毎日が過ぎていって。
フラットの仲間たちと接しているうちに、こんな日常も悪くないと。
毎日が楽しいと感じるようになった。
大切な人たちに会えないのは寂しいが、それを上回る楽しさが、ここにはあったから。
「だから、私たちは望みます」
アヤが体験してきたこの世界は、願いがかなった世界だった。
もう目に映すことすらできないんじゃないかとも考えた幼馴染とも再会できたのだから。
最初、荒野の真ん中に投げ出されて、おびただしい数の死体を見たときにはとにかく怖かった。
それでも今は、こうしてこの場で自分の気持ちを口にすることができる。
素の自分を、さらけ出すことができる。
「貴方の手から、私たちに宝玉を渡してくれることを・・・」
今のように。
ここへ召喚される前はずっと、仮面を被っていた。
幼馴染の彼が大好きだった、自身の母親を失ってから。
彼は人が変わったように、強くなろうとしているのを見て、自分も変わろうと思った。
隣にいても恥ずかしくない自分になるために。
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜
第76話 誓約者の願い
「・・・・・・」
4人の主張を聞いてか、バノッサは目を丸めていた。
さんざん自分たちを殺そうとしていた自分を、彼らは『救いたい』と言った。
信じられないと思った。
「バノッサさん、もう・・・よしましょう」
「カノン!?」
隣にいた弟分が、口を開いたからだった。
自分に賛同してくれるのではなく、自分を止めるために。
「ボクはあなたに拾ってもらったとき、最後まであなたのそばにいると誓いました。どんな道であろうと、あなたが望むところへついていこうと思っていたんです。あなたの側だけが、ボクにとっての居場所だったから・・・」
自分が人間としても召喚獣としても半端な存在だったから、誰も自分を受け入れてくれなかった彼にとって、バノッサは何物にもかえがたい存在だった。
だからこそ憎しみのままに剣を振るい、召喚術を求めて魅魔の宝玉に縋っていても、ずっと付き従ってきた。
だけど。
「だけど、もうこれ以上は黙っていられません!」
眉を吊り上げて、カノンは真剣な視線をバノッサに向けた。
自分を助けてくれた人が、力を求めた結果として破滅していくのを見たくなかったから。
誰よりも大切な人を、失いたくなかったから。
そして何より・・・
「ボクは、あなたを失いたくない! 他の誰がなんと言おうと、あなた自身が自分を不要だと思っても、それでも・・・ボクには、あなたのことが必要なんです!」
一人はもう、嫌だったから。
・・・
霧を抜け、休憩を取ったは全速力で森を抜ける。
その先には、燦然と輝く月の光に照らされた儀式場が広がっていた。
中心には、自分の仲間たちとバノッサ、カノンの姿が見える。
「バノッサよ。もうこれ以上、自分を憎むのはよせ。ここに、お前の居場所はちゃんとあるんだ。お前の価値を認めてくれる人がいるんだ!!」
あとは、バノッサ自身が気づくだけなんだ!
エドスの叫びが聞こえた。
バノッサは、居場所を求めていたのだ。
居場所を求めるが故に、力を求めた。
何をやっても認められない。だったら力ずくで奪い取ればいいんだ、と。
以前、居場所をなくした人がいた。
唯一の拠り所に逝かれ絶望したその人に、今考えていることと同じことを言った記憶が蘇る。
それを彼に伝えたくて、言わねばならないと思って。
「モノに頼らなきゃ、自分の居場所を探せないのか?」
声を割り込ませた。
・・・
「モノに頼らなきゃ、自分の居場所を探せないのか?」
聞こえたのは、背後からだった。
全員の目が、声の主へと向かう。
そこには。
「・・・っ!?」
全身をどす黒い血で染め上げた、の姿があった。
刀は黒塗りの鞘に納められ、左腰のベルトに引っ掛けられている。
満身創痍と言っても過言ではないそのいでたちは、とても怪我人とは思わせないほどにしっかりと両足を踏みしめて立ち尽くしていた。
「お前その怪我・・・」
「大丈夫だよ、ローカス。古傷が開いただけだから」
フラットの中でも比較的仲の良かったローカスが目を丸めつつも、はやんわりと答えを返す。
古傷が開いただけとは言うが、出血量はあまりに多い。
人間は体内の三分の一が外に出てしまうと死んでしまうという話を聞いたことがあったが、服にこびりついた量はそれよりも多いんじゃなかろうかと雑学王トウヤは思っていた。
実際のところ、傷は開いたものの出血はそれほどひどいものではなかったのだ。
服の赤は、染み込んで広がった結果だったりする。
森を抜けてから少し休憩を取ると出血は止まって、やっとこさ動けるようになったから、こうして話に介入してきたのだ。
「てめェ・・・」
「仲間の大切さ、わかっただろう?」
「・・・・・・」
バノッサはその言葉に押し黙る。
これが、『バノッサがフラットのメンバーに勝てない理由』だった。
自分を信頼してくれる仲間がいるからこそ、背中を預けることができる。
信じているからこそ多少の無茶もできるし、普段以上の力も出して立ち向かえる。
彼はそれとは真逆のことをしていたのだから、気づくことは容易ではなかっただろう。
でも、今ならきっと分かってくれるはず。
カノンの言葉を聞いて。
「今までいた仲間たちを捨てて、魅魔の宝玉の力に囚われて。召喚獣たちを『道具』扱いするから・・・」
本来なら自分で気づいて欲しかったことだった。
でも、ここまで来てしまったら、それも無理というもの。
だったら、こちらから言って聞かせるしかない。
「バノッサ。君は最初から、居場所を持っていたんだよ」
カノンの居場所がバノッサの隣であるように、今のバノッサの居場所は自分を必要としてくれている人の隣にある。
バノッサの視線がカノンへと向かう。
彼の視線は先ほどのまま、真剣そのものをバノッサにぶつけてくる。
「お、俺は・・・」
どうするべきなのか、答えを出そうとしたとき。
ソレは現れた。
の眉が歪み、気配の先を強く睨みつけた。
「バノッサよ・・・」
高く積み上げられた石塔の裏から、一人の男が現れた。
「お前は、本当にそう思うことができるのか?」
オルドレイク・セルボルト。
の目的である存在が、目の前に現れた。
バノッサを利用するために。
「・・・黙れよ、お前の出る幕じゃないぞ・・・オルドレイク」
「仮にこの者たちの言葉が真実だったとしても・・・」
の怒気を孕んだ声もあっさりと無視して、オルドレイクは話を止めない。
心の奥底にどんどんと黒い何かが降り積もっていくのを感じながらも、取り乱すことなく年老いた彼に強い視線を叩きつけた。
「・・・もう手遅れだ。お前のしてきたことを、よく思い出してみるがいい!!」
その声に、バノッサは冷や汗と共に身体を小刻みに震わせ始めた。
彼のしてきたことは、たしかにひどいものだったから。
城を襲い、街を焼き、悪魔を召喚して人を殺し、世界全体を破滅させようとした。
償って、償いきれるものはない。
「・・・・・・」
静かに、刀を抜き放つ。
あの男の言葉を、今の彼に聞かせるわけにはいかないから。
卑怯だと罵られてもいい。誰に何を言われようが、一向にかまわない。
一人の人間の心が壊れる前に、あの男を黙らせなければならない。
「バノッサよ。お前はもう、引き返せないのだ・・・」
「そんなことはないっ!!!」
オルドレイクの声を押し潰し、カノンが叫んだ。
そう、まだ引き返せる。
「確かにバノッサさんは、多くの間違いを犯してきたかもしれない。だけど・・・」
今の彼を弁護できる人間が目の前にはたくさんいる。
確かにバノッサのしてきたことは人としては最悪なものかもしれない。
それでも誠意をもって話し、償えば。
「間違いは正すことができるんだ!! もうこれ以上、あなたにバノッサさんの心を自由にはさせない!!」
殺意すらも含んだ視線を、オルドレイクにぶつけた。
が動く前に、彼が動いた。
バノッサを想う彼の心が、身体を動かしたのだろう。
彼の隣は、自分の居場所だから。それを失いたくなかったから。
「目障りだな・・・」
しかし、この男はそんな視線にはまったく動じない。
「消えるがいいっ!!」
「マズいっ!」
刀を納め、は駆け出した。
気を両足に集中させ、一歩で最大まで加速する。
仲間の合間をぬってオルドレイクの前へ踊り出ようとしたのだが。
「・・・ぐあぁっ!!」
数瞬、遅かった。
の目の前で轟音と閃光が視界を覆い尽くす。
オルドレイクのカノンにのみ向けた召喚術が、真っ直ぐに彼を襲ったのだ。
凝縮された魔力は彼の身体を焼き、貫き、吹き飛ばす。
煙を纏いながら、地面に叩きつけられる様をただ見つめ、目を見開いた。
『カノンっ!!』
声を揃えて、叫ぶ。
全身を傷だらけにした彼は、ただバノッサだけを呼びつづけている。
「カノン・・・?」
カノンの身体は、もはや助からない。
命のともし火も、もうすぐに消えてしまうだろう。
「目を開けろっ!! カノン!! カノン!?」
「バノ・・・さ、さん・・・」
震えた手を、バノッサの前へ差し出す。
バノッサがその手を強く握り締めたことがわかると、うっすらと開いていた目をゆっくりと閉じたのだった。
「カノォォォォンっ!!!!」
これで、バノッサの居場所はなくなった。
それを喜んでいるのか、オルドレイクは本当に嬉しそうに笑みを浮かべていた。
・・・もう、我慢の限界だった。
バノッサはカタカタと身体を震わせて、頭を両手で抱え込むように挟んで両膝を落とす。
「うああぁぁぁぁっっっ!!」
絶望したのだ。
この世界に、自分がしてきた行いに。
「さあ、バノッサよ。来るがいい! お前を魔王にしてやろう!!」
せっかく、すべてがうまくいくと思ったのに。
邪魔ばかりして、カノンを殺して。
この男はこの世界にいちゃいけない存在なんだと、改めて実感した。
島での非道な行いも含めて、ここで。
「オルドレイク―――――ッ!!!!」
殺さねばならない。
絶対に。
渾身の力を込めて、大地を蹴り出す。
刀を抜き放ち、オルドレイクへの距離を詰めた。
それを見てか、彼は虚空に手をかざして黒い剣をその手に収めると上段から振り下ろされた斬撃を受け止めたのだった。
「・・・貴様も目障りなのだよ、はぐれ風情が。まとめてここで始末してくれる!!」
そうオルドレイクが口にした瞬間、黒い剣――常世の狂王から強い魔力の風が吹きつけた。
重なるプレッシャーに気おされぬようにと歯を立て、再び刃を激突させる。
はもはや、オルドレイクを倒すことだけしか考えていなかった。
・・・
・・
・
「カノン・・・」
ハヤトはとオルドレイクの戦いを尻目に、動かなくなったカノンのところへと歩を進めていた。
これじゃああまりにも、バノッサが可哀想過ぎるから。
・・・助けてやりたい。
バノッサだって、結局はオルドレイクに利用されただけなのだ。
フラットの存在を憎む彼の心を逆手にとって、利用したのだ。
だからこそ、カノンが死ぬ理由もバノッサの心が壊れる理由も絶対ない。
周囲では、戦闘が繰り広げられていた。
と刃を合わせるオルドレイクを援護しようと、無色の派閥の暗殺者たちがどこからともなく飛び出してきたのだ。
みんなしてを襲おうとするものだから、呆気に取られていたフラットのメンバーが我を取り戻しを援護するために剣を抜いた。
無数の剣戟の中で、ハヤトはカノンの頬に手を触れる。
・・・まだ温かい。
しかし、徐々に熱は消えていく。
助けたい。
助けられるなら。
望みがあるなら。
人の死を初めて目の当たりにして、頭の中が混乱しているのかもしれないとも思った。
「ハヤト・・・」
トウヤは見かねて、ハヤトの肩に手を置くと、ゆっくりと首を横に振った。
彼は、考え方が現実的なのだ。
人間は、死んでしまえばそこまで。生き返ることなどあり得ない。
悲しいことだけど、それが現実だと。
「俺さ、認めたくないんだよ。俺たちが関わったせいで、カノンが死んだんだってこと」
南スラムと北スラムは、危ういながらも均衡を保っていた。
南のフラット、北のオプテュスというように。
しかし、それも終わりを迎え、急展開を見せることになった。
・・・異世界の住人である4人の介入によって。
すべての原因は、魔王を召喚しようとした無色の派閥なのかもしれない。
でも、喚ばれた自分たちがフラットに関わっていなければ、今回のようなことにはならなかったのかもしれない。
バノッサも力を得ようとすることもなかったし、頻繁に小競り合いをすることだってなかったはずだ。
「俺たちがここにいるってことを、否定したくないんだ。だから・・・」
「そんなの、あたしたちだって同じだよ。人の死なんて、見たくて見てるわけじゃないし」
「できることなら、誰の犠牲もないほうがいいと私も思います。それに私たちの存在を自分で否定したくはありませんよ」
「・・・みんな、甘いね。でも・・・悪くない」
周りでは仲間たちが必死なって戦っている。
助けなきゃ、って思うけど、心のどこかが自分たちをこの場に留めていた。
「ここは俺たちの世界じゃない。もしかしたら、願いが叶うかもしれない!」
無力な自分。
戦うことしかできない自分。
だけど、ここにいる罪も何もない少年の犠牲など、認めたくない。
だから。
「頼む! カノンを助けてくれ!! エルゴたち!!」
ハヤトは大きく声を上げたのだった。
次回、最後の守護獣が飛び出します。
オリジナルを読んでくださっている方々ならば、きっと分かってくれると思います。
ご都合主義上等の我が駄文ですが、飽きずに最後まで読んでくださると嬉しいです。
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