召喚儀式場へ一行は足を踏み入れていた。
 中天には純白に輝く月を臨み、断崖絶壁で囲まれた中心にそびえたつ尖った岩が、この場所の特異性を物語っている。

「ここは・・・」
「マナが異常なまでに濃い・・・いや、濃すぎる・・・!!」
「魔王召喚のための準備とはいえ、ここまで・・・いや、ここまでしないとダメなのね、きっと」

 ギブソンやミモザの言う通り。
 なぜなら、濃密とも取れるサプレスの魔力が充満しているのだから。
 そして、中央に積み上げられた石塔のふもとに少年が一人、たたずんでいる。

「やっぱり、来てしまったんですね・・・」

 カノン。
 シルターンの鬼と人間の間に生まれた少年だった。
 悲痛とも取れる彼の表情のなかには、居場所を守ろうと足掻く彼と、反対に自分の居場所となっている人間の進む道を正したいと苦悩する彼が垣間見えるようだった。

「貴方たちだけには、来てほしくなかった・・・バノッサさんが欲しいと望んだすべてを持っている、貴方たちには」

 あの人の心をかき乱し、追い詰めてしまう人だから。

 彼はただ、バノッサと一緒にいたいだけだった。
 スラムに住んでいて生活が苦しくても、騎士団に追いまわされようとも。
 カノンには、彼だけが唯一の拠り所であり、家族だったから。

 誓約者たちを見て心をかき乱されるバノッサは、それに耐えるために宝玉へと縋る。
 宝玉を行使することで、自分は選ばれた人間なんだと暗示をかけて、宝玉の奥にいる人物の操り人形となっている。
 歪んだ道へと進んでしまっている。
 それが、カノンには許せなかった。

「引き返してくださいっ! ここから、今すぐに!!」

 カノンは優しい。
 優しいからこそバノッサが歪んでしまっても、オプテュスのゴロツキたちに見限られても、ついていこうとする。
 家族を失いたくなかったから。

「じゃないと、バノッサさんは・・・ボクは・・・」

 こんなこと、したくない。
 バノッサさんがそれを望んでも、ボクは・・・

「貴方たちのことを、殺さなくちゃならなくなってしまう!!」

 敵意すら感じる視線を、カノンは正面に立つ4人へ向けたのだった。





    
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜

    第75話  虚構の世界





 無数の斬撃がを襲う。
 視て捉えられるのは残像に近い銀光と背筋の凍るような殺気と高揚感だけだった。
 それでも自分を奮い立たせ、迫る連撃を捌き攻撃に転じる。
 一撃と受け流して、地面が凹んでしまうほどに強く踏み込む。
 濃密な気を纏った左の拳が唸りを上げた。

(当たるっ!!)

 そう確信する。
 相手は攻撃後で無防備。刀で切り返すことすらできない。
 だからこそ、懐に飛び込んだの判断は正解とも言えた。
 しかし。

「え・・・っ?」

 確実に捉えたと思っていた一撃が、空を切った。
 目の前にいるはずの男性が・・・忽然と消えてしまっていた。
 突き出された拳の勢いが風を生み出し、枯れた木々を揺らす。

「・・・ふむ、曇りなき刃に戸惑いすら感じぬ一撃・・・見事なり」
「なっ!?」

 声が聞こえた。
 ありえない、そう思った。
 ちらりと背後を見やると、そこには。

「だが、惜しかったな」

 大上段に刀を振り構えた松楸の烏の姿があった。
 鍔の存在しない白木の柄から切っ先にかけて、炎のような淡い光が吹き上げている。


 マズイ・・・アレヲ、クラッテハイケナイ。


 本能が全身に危険信号を送る。
 無意識のうちに身体をひねり、刀を持った右手を振り上げた。
 態勢がとにかく悪かったが、何もしないよりはマシというもの。
 今までに培ってきた経験が、ここに来て生きはじめていたのだが。

「今一歩、詰めが・・・甘いっ・・・!!」

 力の篭もった渾身の一撃が、に襲い掛かった。
 行き詰まった自分と、渾身を込めた生きた一撃。
 どちらが強いかなど、一目瞭然だった。

「がっ・・・ああぁぁぁぁっ!!!!」

 受け止めた刀ごと地面に押し倒し、のしかかる重圧がを押し潰していた。
 2人を中心に、直径10メートルほどのクレーターが形成される。
 それほどに、敵の一撃は大きなダメージを与えていた。

 強い重圧に押されて、全身の傷という傷から血が噴き出す。
 すでに痕だけのはずの古傷からも、真紅のそれが白いシャツを染め始めていた。














 バノッサを苦しめたいんじゃない。助けたいんだ。

 そう告げたハヤトの瞳には、強い光が宿っていた。

 自分たちの心の弱さを棚に上げて、責任を押し付けて。
 欲しいものを手にしたいなら、自分自身が変わり自分から動かなければ、何も得ることはできない。
 それをしなかったのは、君たちだろう、と。
 君の理屈は間違っている、とガゼルとエドスが付け加えて。

 しかし。

「哀れみのつもりかよ、はぐれ野郎?」

 現れたバノッサの表情は、ハヤトの一言を彼方へと吹き飛ばしていた。
 俺様はそんなこと望んじゃいない。
 てめェに救われなくても、俺様は俺様の道を行くだけだ。
 止まるつもりなんかない。
 そんな感情が、表情からも見て取れていた。

「バノッサ、お前はあの男にだまされてるんだ!!」
「なにィ?」

 声を上げたのはソルだった。
 オルドレイクの息子だが、誓約者たちを元の世界に還したい、という思いを固め、父と決別した4人。
 それぞれが、強くバノッサを射抜いていた。

「召喚の儀式が成功すれば、あなたの意識は魔王に喰われてしまいます!!」

 魔王の受け皿として、利用されているんだと、彼に続いてクラレットが必死になって説得するが。

「クククク・・・関係ねぇなァ?」

 あざ笑い、一蹴した。

「俺様が魔王に喰われようが喰われまいが、同じことなんだよ」
「なに・・・?」

 キールの怒気すら孕んだ声。
 まるで次に出てくる言葉がわかっているかのように、強く歯を立てている。

「この世界を滅ぼすことが、今の俺様の望みなんだからなァ・・・」

 居場所がないから。
 どれだけ望んでも、欲しかったものは手に入らない。
 だったら、こんな世界は要らない。
 必要ない。

「だから・・・世界も、てめェらも、俺様自身も、全部・・・ブッ壊してやるっ!!!」

 もう説得の余地すら、彼には存在しなかった。
 誓約者たちの存在が、バノッサの持っていたプライドを根底からぶち壊した青年の存在が。
 彼を取り巻いていたすべてが、取り返しのつかないところまで歪みきってしまっていた。
















「・・・・・・」

 刀身に付いたおびただしい赤を振り払い、和服の男性はその場に立ち尽くしていた。
 即席で完成している大きなクレーターには血の華が咲き乱れ、真っ白だったシャツを真紅に染めたが倒れ、動かない。

「あっけないものだな・・・」

 自身の得意分野である接近戦に持ち込んだのは良かった。
 攻撃を受け流し、カウンターの要領で迷うことなく攻撃に転じたことも及第点。
 しかし。

「我に接近戦を挑むには、些か不足だったな」

 なにが、とは言わない。
 手の内を知らない相手との立会いを、経験していないわけではない。
 しかし、今回は相手が悪かったとしか言いようがなかった。

「見てのとおり、我も接近戦は得意分野でな・・・さて、と」

 目の前の男は、まだ生きている。
 自身の目に光が宿っていないからこそ、分かる。
 心臓が脈打つ音や、骨が軋む音。
 目が見えないことによって得ることのできた、新たな目とも言える驚異的な聴覚があるからこそ。
 視界がさえぎられてしまうというのに、戦闘の邪魔にしかならないというのに。
 彼が顔深くまで三角傘を被っている理由が、これだった。

「些か不満ではあるが・・・仕方あるまい。ここまでの男だったと言うことか・・・」

 銀光が天に振り上げられる。
 逆手に柄を握り、目の前で死んだように動かない青年の胸を穿てば、それで終わり。

「・・・・・・」

 この男には、かつて刃を交えた男の姿が・・・面影があったというのに。
 だからこそ、死合ってみたいと思えたのに。
 あのときのような、血の沸き立つ死闘ができたかもしれないというのに。

「結局の所・・・貴様とは見えることはできぬのだな、轟雷よ」

 松楸の烏は未だ倒れ動かないに向けて、その凶刃を振り下ろしたのだった。



 ・・・


 ・・


 ・



 意識はあった。
 全身が剣や槍で突かれたようにとにかく痛い。
 でも、手や足がなくなっているわけじゃない。感覚だってある。
 目を閉じたまま軽く指を動かしてみると、痛みはあるもののこれまたしっかりと動く。

 でも、正直動くのが辛かった。
 全身の傷という傷が開いて、このまま眠ってしまいたいとも思える。

(いやいやいや、ダメだ)

 眠ってしまおう、など考えてはいけない。
 約束した。
 必ず帰ると。
 約束した。
 必ず追いかけると。
 誓った。
 オルドレイクのたくらみを止めてみせると。
 だから、ここで死ぬわけにはいかない。
 どれだけ身体が痛かろうが、意識を飛ばそうが、今この状況を打開して先へ進まねば。
 ここは、自分にとっては通過点でしかないのだから―――





「ぬ・・・っ?」

 がきん、と切っ先が地面に突き刺さる。
 ・・・手応えを感じなかった。
 むしろ、まったく動きを見せない身体をすり抜けて地面だけに刺さったような。
 そんな感覚。
 そして。

「おぉ・・・っ!!」

 歓喜した。
 まだ、楽しめる。
 ギリギリの感覚を、刹那の世界を。

 彼の背後、クレーターの縁に。

「・・・俺は、先へ進む。こんなところで、止まってなどいられない。だから―――」

 かつての轟雷の将の姿があった。否、その姿がかつての轟雷の将と重なった。
 シルターンの出身ではなく、鬼人でもない、彼と。

「―――絶風、第一開放」

 切っ先を歓喜に打ち震える松楸の烏へと向けて、呟いた。
 純白の刀身は風を纏い、縁を淡い緑の光が包んでいく。
 荒れ狂うほどの暴風が、彼とその周囲に吹きつけた。

「素晴らしい力―――やはり、我が目に狂いはなかった・・・!!」

 血が沸き踊る。
 この者と戦いたい、死合いたい。

 『秋雨』という銘を持つ愛刀を地面から抜き、を正面に自然体のまま立ち尽くした。
 刀は右手に、切っ先を右斜め下――真っ赤な血で染まった大地へ。

 無形の位。
 構えを取らないからこその『位』。
 反撃を重点に置くため、あらゆる攻撃に対応でき、隙を作っておきながらも隙がない。
 の攻撃をひたすら待つその姿は、究極の集中力を得る。
 目が見えない分聴覚を冴え渡らせ、自身の経験と研ぎ澄まされた感覚が周囲を支配する。

 じゃり、という地面を擦らせる音が聞こえる。
 吹き付ける風の音が・・・『絶風』という銘の魔剣の咆哮が聞こえる。

 迷霧の森の一角を陣取ったこの空間・・・さらにその内部、松楸の烏の間合いの空間を。
 そしては、この空間の『風』のすべてを支配していた。

「・・・」
「―――」

 沈黙。
 荒れ狂う風の音だけが耳に入り、その中では刀を鞘へと納めた。
 抜刀術。
 この立合いで決めようというのだ。だからこそ、自身の攻撃で最速を誇る居合の構えを取った。
 赤黒から真紅へと変わった瞳が真っ直ぐに射抜き、腰を落としたまま足に力を込める。

 身体中が痛い。
 でも、今は風が後押ししてくれているから、きっと対等かそれ以上に刃を合わせることができるだろう。
 あとは自分の意志と、絶風の力を信じるだけ。

「・・・参る」

 大地を蹴った。
 初速から最速の領域へ突入し、松楸の烏の領域へと侵入する。
 無形から耳と経験を以って敵を認め、松楸の烏は刀身に真紅の光を宿し、振るう。
 は鞘走らせながら絶風の力を解放した。
 無数の鎌鼬かまいたちを発して敵を切りつける、風を味方につけた今の彼の最高の攻めだった。

 両者とも、守ることをしない。
 やるかやられるか。それだけが、今の2人の頭を支配しきってしまっていた。
 甲高い音を上げてぶつかり合った刃は拮抗し、火花を上げては風に乗って消えていく。
 ならば、どちらが優勢なのか。
 それは、力でも経験でもなかった。

「くく、ははははは!! いいぞ、いいぞ!! これだ、我はこれを待っていたのだ!!」

 無数の鎌鼬に身体を切り刻まれながらも、松楸の烏は声を上げて笑う。
 痛みを感じないのか、とも取れる言動だが、痛みを感じるからこそ彼は笑うのだろう。
 感じる痛みにこそ、彼は高揚感を抱いているのかもしれない。

 そんな彼を見て、は一抹の哀れみをその顔に宿していた。
 戦うことでしか自分を保つことができない彼。
 果てしなく強さだけを追い求めて、自身の居場所すらも曖昧な彼。
 力だけを追い求めた結果として視力を失ない、戦いだけを追い求めてしまったのかもしれない。
 だから、ここで。

「行くぞ、絶風・・・」

 きっとこの先、自分に見合う力を持った者など現れないだろう。
 いたとしても、今回のように勝手に決めて勝手に始めた死闘など誰が望むだろうか。
 いや、きっといない。

 だからこそ、ここで幕を引こう。
 それが、戦いだけに生きる者を鎮めるために、必要なことだから―――

「ぶち抜けえェェェ――――ッ!!!」

 の声に呼応したかのように、絶風がうなりを上げた。
 松楸の烏の周囲を舞う鎌鼬はその威力と量を増し、拮抗し火花を上げる刃に力が篭もる。
 少しずつ、徐々に力の均衡が崩れていく。

「ぬ・・・ぅ!?」

 松楸の烏から笑みが消える。
 余裕がなくなったのだ。自身が少しずつ押されていることが分かったから。
 柄を両手で握りしめ、目の前の刃を押し返そうと力が篭もる。
 しかし、周囲を乱舞している鎌鼬がそれを許さなかった。
 傷自体はそれほど深くないとはいえ、全身を切り裂かれているのだから、無理もない。

 そして。






「ぐ、はぁ・・・っ」

 『秋雨』の銘を持つ刀身を根元から折り、逆袈裟に、松楸の烏の身体を致命傷なほどの大きな傷をつけたのだった。
 刀の勢いに押し出された赤い血が宙を舞う。
 は彼の背後、離れたところで身体の勢いを緩め、止まる。
 肉を斬り裂く感触がリアルに残り、刀身にへばりついている血液が自身がやったことをさらにリアルに告げていた。

「お、おぉ・・・」

 ばしゃり、と血液の塊を吐き出し、その場に膝をつく。

「そうか・・・我は、負けたのだな・・・」

 荒い息をつきながら、自嘲めいたように笑う。
 そして、振り返ることなく。

「往け。ここはすでに、お前のいるべき場所ではない」

 告げた。
 血に染まった大地も周囲を取り囲む濃い霧も、自分が倒れればすべてが消え去るから。
 そう。
 この森は、召喚儀式を邪魔されないようにと彼が作り上げた、虚構の世界だったのだ。
 招くべき者は通し、招かれざるものは悪魔の力を以って排除する。
 リィンバウムと、召喚儀式場を繋ぐトンネルのようなものだった。
 それをやってのけているのだから、オルドレイクに頼まれたとはいえど作り出すにはさぞ力を使ったことだろう。

「じきにこの場は消失する。巻き込まれる前に、森を抜けろ」

 力なく指差した先。

 そこに、外へと続く出口がある。

 最後にそう口にして、松楸の烏はその場に倒れ伏したのだった。







「・・・すまない」

 うつぶせに倒れた松楸の烏を見ながら、目を伏せた。
 本当なら、このような結末など迎えたくなかった。
 誰も犠牲にならずにすむのなら、それが一番。でも、現実にはそうはいかない。

 歯痒い。

 ままならない現実への呪詛とともに、は指差された先へと駆け出したのだった。








というわけで、オリキャラ『松楸の烏』はここで幕を引きました。
もう少しうまい立ち位置があれば良かったんですが、
私の力ではこれ以上の描写は不可能でした。

性格もかなり変わってしまっていますね。
本来、彼は戦闘狂ではないと思います。
考案してくださった水の羊さまには、なんとお詫びすればいいやら……orz。


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