「ふう・・・」

 楽しかった。
 久しぶりに、『彼ら』の声が聞けて。
 嬉しかった。
 島のみんなが元気みたいで。

 ・・・

 無色の派閥のことはいい判断だったと自分でもそう思った。
 ここは孤児院の庭。
 時間も夜半に近く、大きな月が中天に差し掛かっていた。

「・・・失礼」
「?」

 ふいに、声がかかった。
 空へ向けていた視線を下ろすと、そこには。

「いい夜だな」

 召喚師風の男性が1人、立っていた。
 名は『グラムス・バーネット』。蒼の派閥の召喚師にしてミモザとギブソンの師に当たる人物。
 そして、誓約者たちを派閥本部へ連れて行こうとした張本人だった。

「誰かに用事でも?」

 そんなの問いに首を振り、

「用があるのは・・・君だよ」

 そう告げたのだった。





    
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜

    第74話  終焉へ向けて





「君は、何者だ?」

 それが、グラムスの問いの内容だった。
 数いるフラットのメンバーの中で、なぜかの存在がずっと気になっていたらしい。
 感じる巨大すぎる力の割に、その姿形は召喚獣のそれではない。
 むしろ、仲間たちとも線を引いているような雰囲気が漂っていたり。
 背格好にそぐわぬ雰囲気に、彼が疑問を抱いていたのだ。

「俺は、ただのしがない召喚獣ですよ」

 リィンバウムのエルゴの守護者(代行)という肩書きも付く。
 大きな力を持っていても、無理はないと思えるのだが。

「ギブソンから聞いている。お前さんは守護者の命を受ける前からなにか巨大な力を有している、とな」

 ・・・あのおしゃべりめ。
 そんな考えが頭をよぎった。
 確かに、絶風を開放してみせたりしているためそう思うのも無理はないのだが。
 小さく息を吐くと、グラムスへと向き直った。

「俺を・・・捕らえますか?」
「・・・・・・」

 弁解はしない。
 仲間の助けとなるなら、と力を使ってきたのだから。
 得てきた力も過去の産物だが、今のを確立させる要素の1つなのだから。

「いや、今回の邂逅は偶然だよ。だから、私はここに来ていない。魔王の力を持つと思われる男女とその仲間たちに負けて、逃がしてしまったと報告するだけさ」

 の持つ力は、危険なものだ。
 全部を開放すれば間違いなく世界を滅ぼすことすら可能だろう。
 しかし、彼はそのようなことは絶対しないという確信が、グラムスの中に存在していた。

「しかし、ただの召喚獣というだけでは納得がいかんのでな。君のことを話してくれないか?」

 なに、個人的な興味だ。

 そんなことを口にして、グラムスは軽く笑った。
 黒い瞳をのぞきこんで、その真意を探る。
 月明かりに反射する眼光はそのおだやかな表情とは裏腹に鋭く、まっすぐに自分を見つめている。

 この人なら、話しても大丈夫だろう。

 そう思わずにはいられなかった。

「今から話すことは、他言無用でお願いします」
「・・・もちろんだ」

 そんな前置きをつけてから、グラムスに今までの経緯を話したのだった。
 まず、自分が過去の人間だということ。
 召喚されたのは2度目だということ。
 時間を飛んでここに召喚されたことと、その原因がまったくわからないこと。
 ヴァンドールで起こった事件のこと。

 島のことは伏せておいた。
 いずれ見つかってしまうとは考えても、向こうの仲間たちにはまだ平穏の中を過ごしていてもらいたいから。
 それらをすべて聞いて、最初の感想は、

「・・・とても信じられる内容ではないな」

 そんな一言だった。
 まぁ、そう思うのも無理もない。『20年近くの時間を超えて召喚される』ことなど、過去の事例にだってありはしないのだから。

「信じられなくても、事実ですよ」
「それで、今回の事件が収束したら・・・どうするつもりだ?」
「いなくなってしまった仲間を探して、故郷へ帰りますよ」

 そう約束した。
 大事な人たちと。

「そうか・・・時間を取らせてすまなかったな。お前さんと話ができてよかった」

 なにか情報が欲しければ、聖王都の蒼の派閥を訪ねてくるといい。

 協力しよう、と。
 彼はそう口にすると、に背を向けた。

「お前さんの力は、我らにとっては脅威そのもの。しかし、私にはお前さんがこの世界を危機に陥れるとは思えない」
「・・・・・・」
「ことの善悪や、自分の為すべきことが明確となっている人間に何を言おうが、その強い心が折れることはあるまいて」

 道を、踏み誤るなよ。

 グラムスは最後にそう口にして、夜の街へと消えていった。
 その背中を見送りながら、感じていたのは軽い爽快感だった。
 仲間にすら隠していることを、ぶちまけることができたからだろうか。
 それほど、自分が話してきたことはヘビーな内容だったのか。

 自分のことなのに、自分がわからない。
 でも。

「・・・別にいいや」

 どうでもよかった。
 もうすぐ、一連の事件も収束するだろう。
 そうしたら、自分は元のように旅して回ることになるだろう。
 しかし、なぜか胸がざわついていた。
 この先で自身に降りかかる事象が、不安でしょうがない。

 敵はあのオルドレイクだ。
 年を取っているとはいえ、秘めている力は強大。
 もしかしたら死んでしまうかもしれない。
 あるいは、未だ未知数な第二開放の影響か。
 ・・・否。
 考えるのはやめよう。

 物事は、なるようにしかならないのだから。
 今は、その流れに身を任せよう―――
















「薄気味悪い森だな・・・」

 迷霧の森、という名の通り薄い霧がかかり、空気はよどみ、大地に根付いている木々もほとんどが枯れきってしまっている。
 空を見上げれば、天気もよくない。
 どんよりとした分厚い雲が、この周囲にだけかかっていた。

「悪魔を喚び出す実験を繰り返してきたからだ」

 悪魔の使う力が溢れ出て、歪んでしまっている。
 溢れ出た力が木々を枯らし、空気をよどませているのだと。
 キールは眼前に広がる霧のかかった森を視界に納めたのだった。

「くわしいな」
「そりゃそうだぜ、ローカス。俺たち4人は、ここで召喚術を学んだんだからな」

 魔王召喚の準備として数えられていたのだろう。
 受け皿として生贄になる4人の成長と、召喚術の知識。
 それらを含んでも、この場で一気にやってしまえば効率がいい。

「きっと、儀式は・・・またここでやるはずだよ!」
「・・・急いだ方がよさそうだな」

 カシスの声に対して、が呟いたときだった。

「い〜や、そりゃちっとばかり無理みてえだぜ?」

 スタウトの視線の先。
 そこには無色の派閥に属する黒装束たちに、無数の悪魔たちが自分たちの存在の到達を待ち構えていた。

「黒装束たちには気をつけろ」
「え?」
「奴らは暗殺者としての訓練を受けてるはずだからな。負けを確信すれば自爆だってする」
「なんだって!?」

 声を上げたのはガゼルだった。
 それが普通の反応だろう。自分から死のうとする人間など、今までに見たこともなかったのだから。
 自身の命を自分で絶つことは、普通なら怖いと思うだろう。
 しかし、前方に広がる黒装束たちは別だった。
 そうするように、仕込まれているのだから。

「甘い考えは捨てた方がいい。ここから先は・・・殺るか殺られるか、だ」
さん・・・貴方は一体・・・」

 クラレットの呟き。
 彼女に視線だけを向けて、苦笑してみせる。
 知っているのは、君たちが生まれる前に関わっていたからだと伝えてしまいたかった。
 でも、それはできない。
 グラムスに話したことで少し気持ちも軽くなっているし、何より話した後が厄介だから。
 最後まで、この事実は隠し通そうと決めたから。



「みんな、行こうっ!!」



 ハヤトの声に呼応するかのように、一行は敵軍の中へと突っ込んでいったのだった。







 無数の爆撃音が。
 衝突する金属音が。
 己が敵を吹き飛ばす鈍い音が。
 敵の身体を斬り断つ斬撃の音が。
 気が滅入るような雰囲気をもつ森に響き渡っていた。
 そこに風景を彩る色など存在せず、あるのは灰色か黒か。あるいは赤い血の色か。

 頭数だけなら、圧倒的にこちらが不利。
 なにせ、悪魔が新たに召喚される早さのほうが早いのだから。
 こちらが1体を倒している間に、召喚される悪魔は複数体。
 キリがないどころか、このままではいつまでたっても終わりがない。
 先にこちらが力尽きて終わりだろう。

「どうすればいい・・・っ!」

 これらすべてを殲滅させる力を、は持っている。
 しかし、すべてを打倒したところで無限に召喚されるのだからまったくもって意味はない。

「ったく、次から次へと・・・っ!!」

 悪態つきながら、セシルは整った眉をゆがめた。
 黒装束の召喚師たちはなんとか無力化できた。
 っていうか、召喚術が使えなくなったとたんにこちらへ突っ込んできて自爆を敢行したからだ。
 死に体で、背水の陣。
 それすらもぶっ飛ばして、ためらいもなく懐に隠していた爆弾に火をつけたのだ。
 爆発の前にカイナやエルジンの召喚術が彼らを吹き飛ばしたため、大事にはならなかったのだが。

「新しい世界に・・・栄光あれっ!!」

 島での戦いと同じように、そう声を上げながら彼らは死んでいった。
 そんな経緯もあって、相対しているのは悪魔の軍勢。
 バノッサの憎しみがなくならない限り召喚されつづける、即席の兵士たちだった。

「いっけえぇぇぇぇっ!!」

 双剣のサモナイトソードを弓に変え、出力を抑えながら敵を打ち抜くナツミ。
 思い切り弦を引き絞っているからか、威力は折り紙つきだった。
 一直線に敵を殲滅しているが、その穴はすぐに閉じてしまう。

「飛んでけっ!!」

 トウヤは長剣のサモナイトソードを振るう。
 作り出されたミサイルは放物線を描いて敵軍の真っ只中で爆発を起こしていた。

「力を貸してっ!!」

 杖に変化させたサモナイトソードを掲げて、アヤは召喚術を行使する。
 具現したのは、シルターンの妖怪たちだった。
 ナガレ、ムジナ、クロ、シシコマ、ミョージン。
 無数の召喚獣たちが、アヤの命に従って悪魔たちを打倒していく。
 悪魔1体に複数体という卑劣っぷりだが、戦いにルールなんぞありはしないわけで。
 ・・・やりたいほうだいとはこのことだ。

 それだけエルゴの力を振り絞っているというのに、敵の数は増えていくばかり。
 まるで水道の蛇口から吹き出ている水のように、悪魔たちはその数を増やしていた。

 どうすればいい。
 打開策すら見つからず、歯を立てたところで。

「・・・え?」

 1つの爆撃音が、あたりに響き渡っていた。

「今のは、召喚術!?」

 ミモザの声とともに、



「フハハハハハハッ!」



 笑い声が響き渡った。
 妙にえらそうで、自分たちを見下すような高笑い。

「様子を見に来てみれば、案の定だな平民ども!!」

 イムランだった。

「イムラン様だっ、平民風情がっ!!」

 非常時だというのに変わらない態度に呆気に取られながらも、さらにその背後にいるキムランとカムラン。
 マーン三兄弟が勢揃いしていた。

「んなこと言ってる場合じゃねえだろう、兄貴」
「そうですよ。私たちはケンカをするために来たのではありません」

 やっぱり、それぞれが個性的だった。
 ってか、そこにばっかり目が行ってしまうのは気のせいだと思いたい。

「お前たちが、どうして・・・」

 それは、バノッサが城を襲ったときのこと。
 ただただ怯えきった領主を守っていた三兄弟を助けた借りを、返しに来たのだ。
 あのとき、イムランは自分たちに守られたことを不服そうにしていたのだが、律儀なものだ。

「貴様ら平民に借りを作ったままでは、どうにも寝覚めが悪いのだッ!」
「さあ、ここは私たちに任せてください」
「とっとと行って、あの生意気な小僧をぶちのめしてきやがれ!!」

 マーン三兄弟に見送られ、一行は敵の中を走り抜けて森の奥へと向かったのだった。



 ・・・・・・



 ・・・



 ・



「見えた!!」

 カシスが叫ぶ。
 目の前に広がるのは、魔王召喚のために無色の派閥が作り上げた祭壇だった。
 空には月が浮かび、時刻が夜であることを物語っている。
 それだけ、長い間森の中で戦いつづけていたのだ。
 もう、森の出口は目の前なのだが。


「あ・・・」


 は1人、走る足を止めていた。





 リィン――――






 鈴の音。
 以前街中で聞いた音だが、ずっと覚えていた。
 妙に耳に残った音だったから。






 リィン――――






 耳を澄ます。
 が止まったのを見てか、全員がその場に立ち止まっていた。

「どうしたんだ、!」

 エドスの声。
 自分にしか聞こえないのだろう。
 周囲の仲間たちは、怪訝な顔を自分に向けていた。

「みんな、先に行ってくれ。ちょっと、野暮用がある」

 鈴の音を聞きながら、そう口にした。

「はぁ? こんななにもねえところで何を・・・」
「行きましょう、ガゼルさん」

 問い詰めようと声を上げるガゼルを止めたのは、こともあろうにアヤだった。
 表情は真剣そのもので、その視線は一直線にに向かっている。

「それは、大事なことですか?」
「・・・ああ」
「そうですか」

 それだけの言葉を交わして、アヤはに背を向けた。

「必ず、後から追いついてくださいね」
「・・・もちろんだ」

 アヤは1人、真っ直ぐに祭壇へと向かっていった。
 それを追いかけるように1人、また1人とに背を向ける。
 最後まで彼女たちを追わなかったのは。

「早く行ってくれ。でないと危険だ」
「無論、承知の上でござるよ」

 カザミネだった。
 剣士としての直感が、彼をこの場に踏み留めていたのだ。
 ここにはよくないものがいる、と。

「本当に、追いついてこれるのでござろうな?」
「・・・・・・」

 正直、わからない。
 相手も、なんとなく分かる。
 オルドレイクの護衛獣として側にいた、あの剣士。
 恐ろしいほどの殺気を放つ、シルターンの住人。

「・・・俺は、オルドレイクを倒さなきゃならない」

 島の事件で逃がしてしまった、仲間たちの代表として。
 召喚師たちの都合で切り捨てられた、召喚獣たちの代表として。
 この手で、倒さなければならない。

「だから、大丈夫だ。必ず、追いついてみせる」
「その言葉・・・信じるでござるぞ」

 カザミネは最後にそう告げて、に背を向けた。
 彼が森を抜けた瞬間、出口が霧によって閉ざされてしまう。
 その光景を見つめながらも、ゆっくりと刀を抜き放った。

「・・・・・・」

 真っ直ぐに、正眼に刀を構え、神経を張り巡らせる。
 敵は強すぎるほどに強い。
 一瞬でも気を抜けば、あっという間に殺されてしまうだろう。
 だからこそ神経をどこまでも尖らせて、気配を探った。



 リィン―――



 再び鈴の音。
 柔らかい風がの頬を撫で・・・

「っ!!」

 次の瞬間、自分の背後に向けて刀を振るった。
 すると、誰もいないはずなのに刃の衝突音が響き渡る。
 しかし、そこにはしっかりと細身の刃が存在していた。
 鍔のない白木の柄に焼き入れされた『秋雨』の文字。そして柄尻には小さな鈴。
 思わず恐怖してしまうほどの存在感を持つその男は。


「受け止めたか・・・」
「このくらい当たり前だ。どれだけ修羅場をくぐってきてると・・・」


 刀を握る手に力を込める。
 地面に向いた切っ先をそのままに、

「思ってるんだっ!!!」

 ぶつかっている刀ごと、絶風を右上へと切り上げた。
 刃は離れ、距離が生まれる。
 を越える長身に、動きにくそうな和風の服装。そして、顔まで隠す三角傘。

「やはり、我が目に狂いはなかったようだな・・・よもや斬り返してくるとは」

 街で出会った、あの時から。

「久方ぶりに・・・血を沸かせることが出来そうだ」

 かろうじて見える彼の口元は嬉しそうに、そして楽しそうに。

「そのまま研ぎ澄ませていろ」

 ゆがみきっていた。




「さあ・・・心ゆくまで死合おうではないか!!」



 
 次の瞬間に彼は一気に間合いを詰め、刀がぶつかり合う。


「もうすぐ全部終わるのに・・・こんなところで、時間をかけてたまるかっ!!」


 松楸の烏。
 それが、の聞いた彼の名前だった。






一気に持っていきました。
そのせいで少々長めになってしまいましたが、実はこのくらいが
ちょうどいいのかもしれませんね。
最終決戦へ向けて、そして完結まで後一息といったところです。


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