「しかし・・・」

 信じられないことばかりだった。
 どっかと机に足を乗せたガゼルは、不貞腐れたように頭を掻いた。

 バノッサもオルドレイクも城から立ち去ってしまったため、一行はフラットへ戻ってきていた。
 尋常ではない殺気を放出しながらも、深手を負ったがどこから来たのか。
 誓約者たちが使えた召喚術の元となるもの。
 キール、カシス、ソル、クラレットの立場と正体。
 そして、彼ら黒装束の組織の目的。
 信じられないようなことばかりが立て続けに起こり、今この場にいる全員の頭を混乱させてばかりだった。

「彼らはどうしている?」
「みんなして、部屋に閉じこもっちまってるよ」
の様子は?」
「・・・相変わらず。ケガは召喚術でほとんど塞がってるけど、まだ寝込んだまま」

 ラムダの問いにはローカスが、エドスの問いにはリプレがそれぞれ答えを口にして、芳しくない状況に息をつく。
 セルボルト家の当主にして、強大な力を持つオルドレイクと、彼が召喚した召喚獣『松楸の烏』。
 そして、魅魔の宝玉を武器とするバノッサ。
 彼らのほとんどが、ケタ違いの力を持っている。
 それに対し、こちらはただ戦闘経験の豊富な人間が揃っているだけの集団。
 召喚師も、今ここにはエルジンとカイナ、そしてミモザとギブソン。
 誓約者も、彼らを助ける召喚師も、彼らの力となっていた親友も。

 今は、とても戦える状態ではなかった。





    
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜

    第72話  時を越えしもの





「いけ」

 サモナイトソードを変化させ、ミサイルを打ち出したトウヤだったのだが。
 オルドレイクのかざした漆黒の長剣によってそのミサイルもあっけなく霧散していた。
 彼らの目の前に発生した、薄く黒い膜によって。

「所詮はエルゴのひとかけら・・・他愛も無い」

 試練に打ち勝ち、誓約してきたエルゴの力をオルドレイクは「他愛も無い」の一言で済ませてしまう。
 それほどに、彼の持つ漆黒の剣の力と、それを担う彼の力があまりにも巨大であることを意味していた。

「くっ・・・」
「トウヤ、抑えろ。今の俺たちが束になったところで、奴らには勝てん」

 だったら、今は逃げることと、情報を得ることが大事だ。

 トウヤを押し留めたラムダは、静かに一言告げた。
 確かに彼は友達を傷つけられて、怒りに我を忘れていた。
 それはも同じ事で、オルドレイクを見た途端に豹変したことがその証拠。

「でも・・・っ!」
「トウヤ。悔しいのはわかるけど、今は分が悪いわ」

 落ち着いて、とミモザはトウヤの肩に手を乗せて、言い聞かせるようにそう口にした。
 その言葉に歯を立てながらも、トウヤは剣を元の姿に戻す。

「貴様が、黒装束たちの親玉か?」
「いかにも・・・我が名はオルドレイク。セルボルト家の当主なり」

 以外の全員が、ここで彼の名を知ることになった。
 自らが召喚師にして、黒装束たちの頂点に立つ彼の目的は。

 『この世界を滅ぼし、新たな世界を作り出すこと』だった。

の言った通りになってしまったか・・・」

 つぶやいたのはギブソンだった。
 ここに来る前の話し合いで、彼はオルドレイクと同じことを言っていた。
 そして、同じような組織と戦ったことがあるということも。

 本来なら、人間の力ではできるはずが無い。
 でも、彼らはそれを可能にした。

 サプレスの悪魔たちの頂点に君臨する、魔王の召喚。
 数年をかけて完璧なまでに準備を行い、儀式さえ一度行った。

「そうであろう、我が子らよ?」

 そう口にして、その目を向けたのは。

「お前ら・・・」

 誓約者たちを必ず還す、と口にしていた、召喚師たちだった。

「答えよ・・・キール、ソル、カシス、クラレット!?」

 彼らはうつむき、同時に小さくうなずいてみせた。

「そのとおりです、父上」

 4人を代表し、キールが答えを述べた。
 彼らは魔王召喚の儀式の最高責任者。サプレスのエルゴの力すらも利用して、魔王そのものを召喚しようとしたのだ。
 しかし、その儀式は失敗に終わり、多くの召喚師たちの命とサプレスのエルゴを失ってしまった。
 さらにその失敗によって召喚されたのが、4人の学生たちだった。
 ハヤト、トウヤ、ナツミ、アヤ。
 4人のその身に、分割された魔王の力の一部を取り込んで。

「だからこそ、お前たちが我々の役に立つ存在かどうかを見極めるために、我が子らはお前たちに近づいたのだ」

 使えるなら、利用する。
 使えないなら、排除する。
 それが、彼らのやり方だから・・・






 閑話休題。






「・・・う」

 背中に感じる柔らかな感触に気づき、目を開いた。
 視界に広がる木の天井。
 無事に戻って来れたんだな、ととりあえず安堵する。

「ちっ・・・」

 肩口に感じる小さな痛みに、思わず舌打ちをする。
 黒装束たちの親玉――オルドレイクを見た途端に、周りのことなどどうでも良くなってしまったのだから。
 そのくせ果敢に飛び込んだはいいものの、『あれ』から何年も経過している今、その実力を見誤った上に敵が複数であることすら忘れていた。
 らしくないな、と自嘲しつつも、彼の持っていた『剣』について思考を巡らせる。

 常世の狂王ヘルハーディス。
 形状だけなら『碧の賢帝』や『紅の暴君』、そして『果てしなき蒼』と酷似していた。
 狂気を喰らい力へ変える、封印の魔剣。

 ・・・否。封印の魔剣ではないだろう。あれは彼の剣。
 かけがえのない仲間である赤の髪の女性の持つ『果てしなき蒼』と扱いだけなら同じだろう。
 己を侵食せず、心の強さを力とする蒼の剣。
 抜剣すれば姿形が変わるはずなのだが、そうならなかったところを見ると、いまだに使いこなせていないと考えてもいいだろう。
 というか、それだけが窮地に落とされた自分たちの唯一の救いだった。

「っ」

 身を起こすと、痛みが走り抜ける。
 それでも、耐えられない痛みじゃない。
 刀を手にとって、は居間へと続く扉を開いたのだった。





さん・・・!」

 最初に気づいたのは、廊下に近かったモナティだった。
 包帯の上からいつもの白いシャツを羽織っていて、なんだかとても痛々しい。
 腰のベルトには刀が差されていて、いつでも戦闘ができますといわんばかりの様子で。

「ダメじゃない、勝手に起きちゃ!」
「大丈夫だよ、リプレ。心配してくれて感謝する」

 いつものだった。
 あのときのような、押し寄せる衝動だけで行動するような彼ではなかった。

「本当に大丈夫なのですか?」

 そんなペルゴの問いにも、苦笑を見せてはうなずいていた。
 彼が痛みを押してここへきたのには、自分が今まで体験してきたことを話さなければならなかったから。
 その話が、今回の組織に関係してきているから。

「あれ、なんだか人が足りないけど・・・」
「あぁ・・・」

 ハヤトたちのことだった。
 彼らだけを除いても、総勢8人がこの場にいないことになる。
 人が少ないなと感じるのも無理はなかった。

 レイドが代表して、が気絶してからのことを口にする。
 ハヤトたちの中にある力がエルゴのものではなく、サプレスの魔王の力であること。
 キールたちがオルドレイクの子供だったこと。
 黒装束たちの目的が、が言っていたとおりだったこと。
 それらを聞いたが最初に放った一言が、

「やっぱり・・・」

 だった。
 なにが『やっぱり』なのか。
 それはすべて、自分が体験してきたことに繋がる。
 だからこそ、

「じゃあ・・・今までのことも踏まえて、俺の話を聞いて欲しい」

 一言、そう口にした。








 …………









「そんなバカな・・・」

 声に出したのはギブソンだった。
 彼は性格上、自分が納得できないことを認められない。
 だからこそ、

「十数年の時間を超えてきた」

 なんていうおとぎ話みたいな一言を認めきれずにいたのだった。

 が最初に召喚されたのは、帝国領沖に位置する小さな島。
 あまりに突然な出来事に戸惑いこそあれ、島の住人たちは自分を受け入れてくれた。
 島の住人たちはみな、元の世界に還れなくなってしまったはぐれ召喚獣。
 だからこそ、外部から入ってきたリィンバウムの人間たちを拒絶、排除しようとした。
 でも、人間たちは諦めなかった。
 2人の男女を中心に自分たちのことを認めてもらおうと奔走し、結果的に島の住人たちは彼らを受け入れた。

 そして、同時に現れた帝国軍との戦いを経て、島を襲撃した『無色の派閥』。
 先人たちが遺したという施設を手にするために、島へと進軍してきたのだ。
 その派閥の大幹部として君臨していたのが、オルドレイク・セルボルト。
 島の仲間たちや漸く和解できた帝国軍の人たちを虐殺し、自分たちの強さを見せつけた。

 なぜ、そんなところに現れたのか。
 理由は簡単。その島は昔、無色の派閥の始祖が人工的にエルゴを作り出すための実験場だったのだから。


「それが起こったのが・・・十数年前。つまり、ここに来る前のことだったんだ」
「人工的にエルゴを作り出す・・・そんなことできるわけ」
「そうだよギブソン。できるわけなかった。核識・・・エルゴの力の受け皿となった人間の精神が崩壊してしまったから」

 その人間は心をゆっくりと壊しながらも、島を守るために戦った。
 核識という立場を利用して、島そのものを鉄壁の要塞にして。

「そして、彼は勝った。島から無色の派閥を追い出したんだ」

 核識だった1人の青年の命を、代償として。

「もともと、無色の派閥の連中は『新世界を創る』というお題目を掲げて実験を重ねてたんだ」

 だから、は以前言ったのだ。
 『同じような組織と戦ったことがある』と。

「俺たちは、再び島に現れた無色の派閥と戦った。で、俺がここにいるということは、もちろん勝って、追い出したってことになるな」
「それじゃは、その島から?」

 アカネの問いに、は首を横に振った。
 彼は事件後1年間、リィンバウムについてを必死になって勉強していた。
 そして『元の世界に還る』という目的の元、自由気ままな旅に出たのだ。
 その結果、訪れた闘技都市でお金に目がくらんで闘技大会に参加したせいで戦いに巻き込まれ、それが終わったかと思えば今度は『ここ』へ召喚された。

「それって、全部自分が悪いんじゃない」
「それ言ったらおしまいだろ、エルカ」

 過去を振り返ったせいでそのときの記憶が蘇り、大きくため息をつく。
 結局のところ、島の事件後は自身の行動が原因なのだから。



「で、さっき言ってた『やっぱり』っていうのは?」
「オルドレイクの子供なんだろ、あの4人。奴の雰囲気とよく似てたから、もしかして、って」

 確証はなかったため、言えなかった。
 それに、言えば自分がどこから召喚されてきたのか話さねばならなかったから。
 同じ世界の友人たちに、無駄に心配させたくなかった、というのも少しばかり入っていた。
 そして。

「オルドレイクの・・・ひいては無色の派閥全体の目標が『新世界の創造』だ」

 方法こそ違うものの、今回もあのときと同じことをしようとしている。
 それを含めて、は島の仲間たちを虐殺した彼らを許すことはできなかったのだ。

「だから、いざ奴を目の前にしたら、ついカッとなっちゃったんだ。ヤツは・・・俺が、倒さなきゃならないんだ! 島の・・・仲間たちのために!! って感じで、さ

 怖いくらいに殺気を出して、態度すらも豹変させるほどに、にとってはつらい出来事だったのだろうと。
 それが、彼の話から強く感じたことだった。

「このことは、あの4人には言わないでおいてくれないか?」

 今は、オルドレイクのたくらみを阻止することが最優先だと思うから。

 は最後にそう口にして、苦笑して見せた。

「お前は・・・それでいいのか?」
「いいさ。っていうか、そうじゃなきゃきっとダメなんだよ」

 世界を守るためとか、偽善じみたことではない。
 ただは、仲間たちの無念を晴らすためだけにオルドレイクと戦うのだ。
 今回、彼らを倒すためには、間違いなく4人の誓約者たちの力が必要になる。

「だから、さ。よろしく頼む」

 はそれだけを口にして、深く頭を下げたのだった。







3連載での話を、少々細かめに表現してみました。
書き終えてみて、行数が妙に少なかったから急遽書き入れたというのは内緒です(爆)。
そして……夢主ケガの治り早すぎ。


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