「ずいぶん冷えると思ったら、雪だわ」
鬼神の谷。
サイジェントの北に位置し、標高からして高めのとても谷とはいい難い場所だったりする。
ちらちらと雪が舞い、目の前には赤い鳥居。
その奥には池と、滝。
日光に反射し水面が光を帯び、幻想的な光景を作り出していた。
ミモザが言うとおり気温も低く、吐き出される息は白い。
「ささささ、寒いわよ・・・」
「うにゅうぅ・・・さ、さぶいですの〜」
エルカとモナティの感想はまったく同じで、言葉のタイミングも同じ。
「真似すんなっ!」とモナティに突っかかるエルカは寒さで鼻先を赤く染めていた。
「なあ、本当にエルゴはここにあるのかよ?」
「あるよ。俺が守護者代行を言い渡されたときに聞いたし、間違いない」
寒さに手を擦り合わせるを見やるが、ガゼルの顔からは疑いが晴れない。
・・・深い意味はないだろう。いつもは上着の前を全開にしているものを、今は完全に閉じて寒気を遮断しようとしている。
つまり、彼も寒いのだ。寒いから、早いトコ試練を終わらせて、さっさと帰ろう、というわけだ。
他にも、鳥の鳴き声とか一切なく、滝の音しかしないっていうのも疑いの原因なのだろうが。
「ひ、ひゃっくしょん!!」
「うわっ、汚いわねぇ!!」
「ふにゅうう・・・」
相対するエルカに思いっきりくしゃみを吹きかけ、鼻をすする。
「いったん、火をおこして休息しようか。機械廃墟を経て、歩き詰めだったからな」
「んじゃ、燃えそうな枯れ枝でも集めるとしようかね」
レイドの提案で一行は、枯れ葉や枯れ枝などを集めて、火をおこしたのだった。
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜
第65話 鬼神を統べる巫女
「幽谷ってのはこの場所であってると思うけど、社ってのが謎ね」
「え? 社って、神社のお社のことじゃないのか?」
ミモザの一言に、驚いたようなハヤトが答えを返していた。
名もなき世界とシルターンに存在する、神道の神を祭り、祭祀や参拝のための建物。
簡単に言ってしまえば、神様を崇めるための建物だ。
建物の前には大きな鳥居がでん、と建っており、荘厳な雰囲気が漂う。
正月や高校の合格祈願に、ハヤトだけでなくトウヤやアヤ、ナツミもも、訪れたことがあった。
「ジンジャに、トリイ?」
だからこそ、リィンバウムには崇める対象となる神たる存在がいないため、住人たちが知らないのも無理はないというものだ。
「とりあえず、赤いんだよ。で、中をくぐれれるようになってる。丸い柱がでーんて立ってるはずだからすぐ分かると思うけど」
稀に石造りの鳥居があったりするので、赤だけとは限らないんだけど。
は説明にそんなことを付け加えていた。
「みんな、この先に妙な建物が会ったぞ!」
突然、知らせてきたのは「周囲を探索してくる」と谷の奥へ消えたスタウトとローカスだった。
急いできたのか息を荒げて、ローカスは自分が来た方向を指差す。
「ったく、雪のせいで走りづれえったら……よくわからんが、真っ赤な柱がでーんと……」
「それ! 鳥居って、それのことよ!!」
びし、とスタウトを指差し、ナツミは声を上げた。
「それじゃ、行ってみようか」
レイドの提案で、一行は2人が見つけたという鳥居の前へやってきたのだが。
そこには真新しい真紅の鳥居と、その奥に神社らしい和風な建物。
「懐かしいねぇ」
嬉しそうにそう口にしたのは、アカネ。
シルターンの出身なのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが。
目の前に見える滝からは湯気がたっており、それが水ではないことがわかる。
天然の、温泉というヤツだ。
そんな他愛もない雑談をしていたのだが、
「エルゴの試練を受けられるというのは、貴方がたでしょうか?」
そんな言葉に、気づいて見れば社の前に1人の女性が立っていた。
「お待ちしておりました。私はこの鬼神の谷でシルターンのエルゴをお守りする者・・・」
女性はにっこりと微笑む。
白と赤の巫女服に身を包み、黒い長髪をみつあみにして2つに結わえてある。
顔立ちは少女のもので外見だけなら大人には見えないが、どこか落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「【鬼道】の巫女・カイナと申します」
名前を告げて、女性――カイナは、深く、深く一礼したのだった。
【鬼道】・・・島でシルターンの鬼人親子や護人が使っていたものと同じ術だろうか。
正式に名前を聞いたことはなかったが、彼らが使っていたのは召喚術とは違い世界の自然現象を操る術。
それが彼女の言う【鬼道】なら、戦うと厄介なことこの上ない相手だ。
なにせ、相手は自然そのものなのだから。
「君が守護者なのか?」
「はい、そういうお役目を頂いております」
レイドの問いにも、カイナはやんわりと答えを返す。
外見だけならまだ子供にも見える。
「信じられんな。とても、そうは見えん」
だからこそ、ローカスはそんなことを口にしていた。
「ローカス。外見で判断するのはよくない。俺だって一応守護者なんだぞ?」
それに、今は一緒にいるエスガルドだって機界の守護者だ。
機械兵士が守護者になるくらいなのだから、子供が守護者だったりしたって、なにも違和感はないというものだ。
「たしかに、私は非力な娘でしかありませんが、彼・・・リィンバウムの守護者さんの言うように・・・」
そのとき、彼女が持っていた数粒の赤いサモナイト石が光り、次の瞬間には鬼神たちが姿を表していた。
「鬼神たちの力を借りて、お役目を務めております」
「守護者代行だ、だ・い・こ・う!」
機械廃墟に続いて2度目だ。
完全にを守護者と認識してしまっている。
この調子でいったら、次の剣竜の峰でも同じように言われてしまうだろう。
・・・別にどうでもいいことなのだが、彼はあくまで代行の2文字を強調したいのだろう。
「え? お兄さん、ホントの守護者じゃなかったの?」
「守護者代行だよ。守護者としての任を受けてはいるけど、次の守護者が決まるまでのつなぎだよ、エルジン」
「ソウダッタノカ・・・我ラハ、オ前ガ守護者ダト聞イテイタ」
なんてことだ。
ヘタしたら、このままなし崩し的に正式な守護者になりかねん。
これは是非とも話し合いの場を設けたいものだが、相手はこの世界の神的な存在。
簡単に会うことはできないだろう。
はエスガルドの一言を聞いて、がっくりと肩を落としたのだった。
「それでは、試練を始めるといたしましょう」
『!?』
その言葉に、全員が表情に険しさを纏わす。
試練といえば機械廃墟同様、戦ってその力を示さねばならないから。
「さあ、貴方がたの力を・・・私に見せてください!」
戦闘が、始まった。
「俺たちは目の前の鬼神たちを足止めしとくから、お前らはあいつを叩け!」
ガゼルから飛んだ怒号だった。
高低差がある上に、鬼神たちの頭数が多い。
1人1体相手をしても、足りないくらいだったりする。
しかも、そのほぼ全員が炎を具現化して遠くから攻撃してくるからタチが悪い。
「ですが・・・」
「相手は数が多い上に【鬼道】を使う! 全部を相手してたら日が暮れる!」
だからこそ、大元を叩くのだ。
鬼神たちを召喚し、統率しているのはカイナ。彼女を無力化してしまえば、他を叩くのは楽だと踏んだのだ。
最初に声を放ったガゼルも、アヤの声にかぶせるように叫んだも。
返事を聞く前に、は目の前の1まわりも2周りも大きな体躯の鬼神に向き直る。
得物は巨大な野太刀。
長さだけでもの、ひいては大の大人すべての身長を軽々と越える。
さらに、力も強い。
気を抜けばあっという間に斬られてしまう。
「っ!」
高々と振り上げた野太刀を躱すと、ドゴン、という音とともに地面が割れる。
腕力の強い証拠だ。
砂煙を上げてめり込む刀身は、そのままのいる方向へと転進し、彼に襲い掛かった。
「・・・行くよ!」
「はいっ」
先頭を切ったのは、先の機械廃墟でエルゴの力を得たトウヤだった。
敵は何より数が多い。
自分たち4人が介入したところで、司令塔のカイナを放置することになり、敵が増えていくだけになってしまう。
だからこそ、フリーの自分たちが動かなければならない。
「っ!」
ローカスの声が響いた。
鬼神の放った野太刀の背がを襲い、彼を吹き飛ばしたのだ。
彼は刀で防いだものの、体重の関係上高々と空を舞う。
しかも、身動きが取れない上に落下する先でもう1体、赤い皮膚の鬼神が大斧を携えて待ち構えていた。
タイミング合わせて振りぬこうとしているようだ。
もちろん、下に鬼神が控えていることは知っている。
だからこそ、
「っ!!」
腰をひねり真正面に鬼神が来るように強引に身体を向けると、大上段に刀を構えた。
気を練り、刀に乗せる。
落下のスピードに腕力を上乗せて刀を振り下ろすが、そこは肉弾戦に特化した鬼神。
横に構えていた大斧をの態勢に関わらず振り回し、ちょうど正面で激突。
甲高い金属音と共に鬼神の足を、地面に数ミリめり込ませた。
「……たたっっっっっっ斬れぇっ!!」
渾身の気合とともに発される声に、まるで呼応しているかのように刀が軽く光る。
大斧の刃に刀の刃が食い込んだかと思うと、そのままガガガガ!! と音を立てて、鋼でできているはずの斧を真っ二つに斬ってしまっていた。
もっとも、切り口だけを見ると刃物に斬られたというよりは“砕かれた”と称した方が分かりやすいくらい、ゴツゴツとしている。
砂煙を上げて地面に落ちた大斧の片方を見て、さらに自分の持っている大斧を見て、赤い鬼神は目を丸める。自慢の斧を真っ二つにされてしまったわけだから、無理もないのだが。
障害のなくなった刀は勢い止まらず地面に突き刺さり、地面に亀裂を作り出すが、それを気にすることなく武器を失った鬼神を斬りつけた。
「4人とも、なにやってるんだ! 急いでくれ!!」
今更ながら、の戦いぶりに圧倒されていた。
他の人とは違う、スマートではないのだが力強く、何より人を惹きつける。
剣舞でもやらせれば、いくらでもお金を稼げるかもしれない。
「ごめん! みんな、もう少し頑張ってくれ!」
トウヤが叫ぶ。
エルゴの力が宿った鋼色の長剣を片手に、カイナに向けて走り出す。
それに続くように、3人が駆け出した。
もちろん、4人の行方を阻む鬼神の存在はいるわけで。
「邪魔だっ!」
トウヤは自分よりも一回り大きく、自分の剣より長く太い剣を持った鬼神と刃を合わせたのだった。
「トウヤっ!」
「君たちは行け! 僕はコイツを仕留めてから追いかける!!」
一筋の汗を流しながら、トウヤはちらりと3人を見やる。
その黒い瞳には強い光が宿っていて、向けられた視線さえも「行け」と自分たちを促しているようにも感じられて。
「ハヤト、アヤ……先行くよ!」
「よしっ」
「分かりました!」
トウヤの邪魔をしないようにと軽く迂回し、先へ進んだのだが。
「またかよっ!?」
またしても鬼神が行く手を阻んでいた。
大の大人くらいの大きさの鬼神で、両の手に短剣を1本ずつ所持しているのが見える。
「ここはあたしにまかせて、あんたたちは先へ!」
「でも・・・」
「いーから! さっさと行く!」
ナツミは自身の二の腕くらいまである長さの右の双剣を、
「でえぇぇぇっ!!」
力いっぱい繰り出した。
相手の鬼神はそれを2本の短剣をクロスして受け止める。
力で押し合えば、もちろん負けてしまうので。
「ぁあああっ!!」
空いた左手の剣を繰り出す。
ぶっちゃけ、双剣など使ったことはいままでにない。
だからこそ、いい練習相手なのだ。
双剣に慣れるための。そして、相手の技術を盗み、自分の物にするための。
負けるわけには・・・いかない。
「2人になっちまったな」
「仕方ないですよ。私たちで、カイナさんのところまで行きましょう」
皆さん、私たちを彼女のところへ行かせるために戦っているのですから。
アヤはそう口にして、朱色に染まった短剣型のサモナイトソードを握りしめた。
「!?」
三度現れたのは、3体の鬼神だった。
カイナはもう目と鼻の先だというのに、これでは先へ進めない。
ここまでか、と歯噛んだ、そのときだった。
「「打ち砕け、光将の剣!! シャインセイバー!!!」」
5本の剣が具現し、次々と鬼神たちを貫き、地面に突き刺さっていく。
淡い光を放ち、鬼神ごと消えていく。
「クラレット!?」
「ソルさん!!」
鬼神たちの相手をキールとカシスに任せて、応援に来たのだ。
もっとも、今日だけで2戦目なので、魔力が心もとないのだが。
それでも心強いことこの上ないというものだ。
「ほら、彼女のところへ行くんだろ?」
「私たちも、お供します」
軽く息を切らしながらも、にい、と笑ってみせるソルと、視線を真っ直ぐ2人にぶつけて、うなずくクラレット。
そんな2人に向けて微笑みかけると、
「よ〜し、行くぞ!」
司令塔のカイナは、目の前。
というわけでカイナ登場しました。
前回のエルジン・エスガルド戦よりもかなり長くなっている上に、まだ終わってません。
キリが良かったのでココで切ったわけですが、
66話書き上げても終わりませんでした(苦笑)。
えらい扱いの差、これいかに。
←Back Home Next→