「・・・本気でいくぞ」
眉尻を軽く吊り上げて、は自分を見つめる数多の視線を見据えた。
これから行われるであろう戦闘に対して、あまりにも不公平すぎやしないかという心配が主だったものだろうが。
それこそ、彼には不要な心配だった。
仲間として、守護者(代行)として。
彼らの強さを。そして、自分の力を見極める。
「では・・・」
そうつぶやくの声。
それに連動して、緊張が走りぬけた。
「リィンバウムがエルゴの守護者代行、 ・・・参る」
口にした瞬間、彼の姿は全員の視界から忽然と消えてしまっていた。
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜
第61話 最初の試練
『!?』
彼の姿を見失って、思わず目を見開いた。
今まで目の前にいたはずの彼が、一瞬のうちに消えてしまったのだから。
「!? ・・・スタウト、後ろ!!」
叫んだのはアカネだった。
さすが忍びとも言える彼女だけが、その動体視力で回り込んだの姿を捉えていたのだ。
その声に、スタウトは背後へ振り返る。
大上段に構えた刀を、振り下ろした。
しかし、それは突き出された大剣に阻まれ、刃同士の激突と共に真紅の華を散らす。
「・・・さすが」
「・・・・・っ」
斬撃を片手で受け止めたラムダは、軽く笑む。
は刀をはじかれて背後へ飛び退くと腰を落とし、再びその姿を掻き消した。
「・・・やるぞ、お前ら」
「ガゼル!?」
「呆けてる場合じゃねーって言ってんだ。あいつは本気だぞ」
容赦なく告げられるその声に、ナツミは狼狽した。
久しぶりに再会して、今までのようにバカ笑いしていられる。
あんな楽しい時間が、戻ってきたんだと。
そんなことを考えていた。
この世界に召喚されてからというもの、ゲームにしか出てこないようなファンタジーな状況を楽しんだこともあった。
でも・・・それは間違いだった。
それに最初に気づいたのは、バノッサが魅魔の宝玉を初めて使った時のことだ。
乱発される召喚術。炸裂するたびに地面が抉れ、吹き飛ばす。
ただただ、必死に逃げつづけただけだった。
そして。
「っ・・・」
初めて“死”を身近に感じた。
目の前で爆発を起こす強大な力の余波が、これが現実であることを示していた。
さらに、先日の廃工場でのこと。
自分たちの敵だ、と告げた壮年の男性。
彼の笑みは、自分たちとどこか雰囲気が違っていたから。
触れただけで斬られそうな、強い威圧感を持っていたから。
そして、今。
がまるで幽霊なんじゃないかと思うくらいに、出てきたり消えたり。
「今までの彼は、本気を出していなかったと・・・」
ペルゴの声。
自分たちが苦戦を強いられるあのバノッサを出会ったときから一撃で沈めてきた彼が、今。
自分たちの試験官として、この空間を縦横無尽に駆け巡っていた。
「こっちぃっ!!」
再び金属音。
気配に気づいたガゼルがナイフを振るった先で、は刀を立ててその刃を受け止めていた。
は駆けるスピードを落とすことなく身を屈めて、刀を寝かせる。
ナイフは彼の頭上を空振りし、無防備となったガゼルの襟元を掴むと。
右足を踏んでスピードを殺し、真逆の方向へ左足を踏み込む。
「おおおぉぉぉっ!?」
ガゼルを投げ飛ばした。
狙いはレイドとエドス。
彼らの周囲に一番人が集まっているから、それらを一掃するため、と解釈してもいいだろう。
彼自身が走るよりも速いスピードで一直線に2人を襲い、身体をめり込ませた。
鈍い音が響き、仲間たちが巻き込まれてドサドサと倒れていく。
それを眺めつつ、背後から襲い掛かったジンガの拳をいなして背後へと飛び退いたのだった。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ・・・」
「まったく、型破りにも程かあるぞ」
答えを返すレイドに続いて、エドスが上体を起こしつつつぶやいた。
ジンガはにへばりついて嵐のような拳の乱打を加えているが、それらをすべて躱し、受け流している。
表情には焦りすらも浮かび、最後の一撃を繰り出そうと右手を引いたのだが。
「・・・・・・」
ドスン、という音と共にジンガの身体は宙へと投げ出されていた。
彼の身体は高く舞い上がり、放物線を描いて落下。地面に叩きつけられてむせ返る。
「切り裂け、闇傑の剣!」
その声に、は目を見開いた。
白い光が眩く輝き、5本の黒い剣が姿をあらわした。
ダークブリンガー。闇の力をその身に纏った剣群は、その切っ先を目標へと向ける。
数瞬の後、ダークブリンガーは空気を切り裂くように紫色の光を迸らせながら、一直線に彼へと向かう。
「っ・・・」
しかし、直撃の寸前にその姿を掻き消して。
召喚術を発動させたソルの首筋に、手刀を叩き込んでいた。
「あ」
そんな声と共に、ソルは前かがみに倒れていく。
あっという間の出来事だった。
倒れゆく彼をそのままに、地面に刺さったダークブリンガーの1本を手にとる。
以前から、気になっていたことだった。
シャインセイバーやダークブリンガーって、実は掴めるんじゃないかって。
いい機会だったので手にとって見たのだが。
「持てるし」
そう口にしながら、腕に気を送って強化し、持ち上げる。
重さだけならかなりのものだ。刀身は大人3人分くらいの大きさ。
普通の剣とは違うが、掴めるということは、ソルの魔力がなくならない限り消えないということなので。
「飛んでけーっ!!!」
腰をかがめ、ダークブリンガーをグルングルンと回転させると、遠心力を利用して投げ飛ばした。
ゴオォォ、という風切り音を立てながら、一直線に飛んでいく。
目標は、召喚師組のキール、カシス、クラレットだった。
「うおぉぉっ!?」
「ちょっとまってタンマーっ!!!」
「なんで投げれるんですかぁ〜!?」
慌てるのも無理はない。
ソルが召喚したはずのダークブリンガーを投げ返したのだから。
切っ先はすでに目の前。速度は衰えることなく、真っ直ぐに3人に向かっていて。
3人が3人とも地面に伏せてそれをやりすごそうとしたのだが。
「・・・あれ?」
ダークブリンガーは、魔力を失って送還されていた。
「なんだ、いつもの勢いはどうしたんだよ?」
ふう、と肺の息を吐き出す。
戦闘能力が高いとは言っても、コッチは1人。
頭数だけなら圧倒的不利なはずなのに、が優勢だった。
だからこそ、
「・・・弱すぎ。君たちの力は・・・そんなものだったのか」
期待して損した。
さぞつまらなそうに、そんな言葉を口にした。
彼は試験官。誓約者としての資格を示す対象である4人を試す側。
しかし・・・
「・・・言ってくれんじゃない」
「そうですね・・・そこまで言われては、負けるわけにはいきません!」
つぶやいたのはナツミとアヤだった。
黒いオーラを纏わせて、くくく、と含み笑っている。
「弱すぎ、か・・・上等じゃないか」
「だったら、弱いなりに期待させてやろうじゃん」
それは、ハヤトやトウヤも同様だった。
さらに、その周囲から黒に近い灰色なオーラが吹き出しはじめた。
そんな光景に表情を引きつらせたのは、優勢なはずだった自身のピンチを悟っただった。
・・・マズイ。なんか、非常によろしくない状況に陥っている。
「機界より出でし破滅の咆哮・・・その力を持ちて引き金を引け!!」
トウヤの手のひらで踊る黒のサモナイト石は、鋼色の光を放ちながら天へと消えていった。
息をつく暇もなく、空間が割れる。その先から、ヴァルハラという名の召喚獣が姿をあらわした。
「界へと根付く幻獣の王、怒りをもって敵を討ち滅ぼせ」
ナツミの持つ緑のサモナイト石。
眩く明滅した光はその場で掻き消え、次の瞬間には空からアイギスという名の4つ足の獣が地響きと共に着地していた。
「霊界より来るは偉大な霊竜よ・・・我が魔力に応え、その姿を示せ!」
ハヤトは紫のサモナイト石を高々と掲げ、光がパッと消えたかと思うと、頭上に黒い大穴が出現。
強さを追い求め竜へと姿を変えた天使、レヴァティーンが、穴の縁に手をかけて具現した。
「天空を統べる鬼妖界の龍よ・・・呼びかけに応え、その力をここに・・・」
アヤは赤いサモナイト石を両手で祈るように握りしめると、指の隙間から光が漏れ出す。
虚空より現れるは、長い胴体を持つ龍、ミカヅチだった。
は、元々潜在的な魔力に乏しい。
召喚術の一発で致命傷となるため、ほとんどの術を躱し、避けてきたのだが。
「・・・・・・」
いくらなんでも、コレはマズいでしょう。
は、ただ絶句していた。
ヴァルハラ、牙王アイギス、レヴァティーン、鬼龍ミカヅチ。
リィンバウムを囲む四世界でも最高位の召喚獣たちがここに集結し、そのことごとくが自分を標的にしているのだから。
下位の術でも当たれば致命傷である自分が、この4体の召喚獣たちの攻撃を受けて、耐え切れるだろうか?
・・・・・・・・・・
いや、できない。
「(汗汗汗汗汗汗)」
冷や汗が滝のように流れ出る。
なんだかんだ言って、彼らはかなりの力をつけている。
戦闘力云々ではなく、いち召喚師としての力だ。・・・召喚術も戦闘力に属するのだろうけど。
それは、この際どうでもいいことだ。
今は。
「・・・逃げなきゃ」
アレを防ぎきるすべを、は持ち合わせていない。
いくら個人の戦闘力が高くても、巨大な力でゴリ押しされればあっさり負けるのは確実だった。
しかし、4体の召喚獣たちはもう目の前。
・・・・・・
抗いようがなかった。
「俺たちの力・・・受けてみろよ!!」
身体は、消し炭になりかけた。
「お、おい・・・」
大丈夫か? と声をかけようとしたところで、ローカスはその口を止めた。
彼の視界には、完膚なきまでにやられてしまったの無残な姿。
しかし、どこか元気そうなところがシュールだ。
「ローカスか・・・俺は問題ない。エルゴが助けてくれたよ」
「・・・そうなのか?」
「多分」
せっかく得た守護者を即殉職させてたまるものか。
というのがエルゴの考えであることは間違いないだろう。
まぁ、とりあえず彼らは誓約者としての力を示したので。
「負けた〜、負け負け! さすが誓約者だ!」
地面に寝そべったまま、声をあげた。
『見事だ・・・お前たちの力は、誓約者の名にふさわしい』
受け取るがいい・・・
そう聞こえ、すぐに感じた大きな力。
リィンバウムのエルゴの力だ。
『我はお前たちと誓約しよう。我が力のすべてをもって、誓約者たるお前達の力となることを・・・』
リィンバウムのエルゴが告げた瞬間、地面が崩れ始めるのを見てエドスが声をあげた。
しかし、エルゴたちは『問題ない』と口にする。
彼ら曰く、この地は役目を終えたから消えてしまうとのこと。
『誓約者たりえる者たちよ。我らはお前の来訪する時を待とう』
『われらの守護者と戦い、お前たちが誓約者としての証を手にするときを・・・』
・・・・・
・・・
・
気づけば。
そこは南スラムだった。
気絶していたわけでもなく、エルゴの作った空間など元からなくて、最初からこの場にいたような、そんな感覚だった。
「とりあえず、明日から守護者探しだな!」
口にしたのはハヤトだった。
自分が何のためにこの世界に喚ばれたのか。
原点とも言えるその事柄に、進展があったのだから。
「それじゃあ、帰るとしようか」
レイドの音頭で、面々は踵を返す。
だけは、その場で立ち尽くしていたのだが。
いくら守護者代行とはいえ、仲間たちを敵に回したのだ。
彼は仲間が傷つくことを嫌う。死に対して敏感なのは確かだが、傷つくことで悲しい思いをすることも同義だ。
なのに、覚悟を決めたという理由で多少なりとも傷つけたことに、一抹の負い目を感じていた。
実に、彼らしからぬ行動ではあるのだが。
「ほら、。帰りますよ」
「・・・・・・」
「どうしたんです?」
声をかけてきたアヤを見て、居たたまれなさげに頭を掻く。
「俺は、君たちと一緒にいて・・・いいのか?」
「? なに言ってるんですか。当たり前でしょう」
「でも、俺はみんなを・・・」
「は、自分に課された責務を果たすために私たちと戦ったんです。むしろ、貴方は私たちのために戦ってくれた。そんな貴方を、疎ましく思う理由なんかないですよ」
そう口にして、アヤはにっこりと笑って見せた。
いつも見ていた、彼女の笑顔。
なんだか久しぶりに見た気がして。
「・・・そうだな」
笑みを浮かべたのだった。
というわけで61話。
ちょっと面白味に欠けますね。
もうちょっと凝った感じに出来るような気がしたのですが、
あんまりいい出来とは言えないですね。
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