「クソッ、クソッ、クソぉぉぉッ!!」
目の前に立ちはだかるを狙って、バノッサは一心不乱に双剣を振るう。
しかし、それらすべては避わされ、刀で受け止められてしまいまったく当たらない。
さらに、自分はこんなに汗をかいているにもかかわらず、彼は息1つ乱すことなく涼しい顔をしていた。
「いい刀だ。年代物のはずなのに、手になじむ」
(ナゼだっ、俺の剣がかすりもしねえのはナゼだっ!?)
自分よりも小さい身体のどこに、この強さがあるというのだろう?
焦りと共に生まれてくるこの感覚。
オプテュスの頭になってからこっち、感じたことのなかったものだった。
それは『恐怖』。
目の前の男が本気を出せば、自分は何もできず死ぬ。
それを確信したからこそ、死への恐怖が生まれたのだった。
「大丈夫。そんなに怖がることはないさ」
「・・・ハッ、なにほざいてやがる」
強がる。
そうでもしないと、メンバーのヤツらに示しがつかない。
「おらぁっ!!」
左から右へ薙いだ右手の双剣を刀で受け止められ、舌打ちしながら左手のそれをに向けて突き出す。
しかし、それは身体を少し移動させただけで見事に空を切っていた。
「さて」
トン、とステップをふみ、後退していく。
双剣の間合いのギリギリ外で着地すると、
「稽古は、終わりだッ」
瞬時に間合いを詰めて、はバノッサの懐へともぐりこんだのだった。
サモンナイト 〜築かれし未来へ〜
第15話 力と強さ
「・・・っ!」
「なっ、なにぃっ!?」
右足を踏み込んで、の刀は頭上 ―― バノッサの持つ剣の根元へと吸い込まれていく。
鉄同士の破壊は無理がある。
だったら、使用者から遠ざけて無力化すればいい。
の狙いは元よりこれだったのだ。
そのための下準備として、ナツミかアヤあたりが、ジンガがいなくなったことで気付くだろう仲間たちが来るであろうと勝手にそう判断し、その時までを稽古と称して時間を稼ぐ。
・・・来なかったらどうしたのだろう?
「っ、ジンガ。無事っ!?」
「助太刀に来たぞ、2人とも!」
いち早く辿り着いたナツミとエドスの声と、の刀がバノッサの持つ剣の片方を弾き飛ばしたのは同時。
「俺のほうはいいから、ジンガの援護を頼む!」
「ちぃ・・・っ!!」
表情をゆがめ、残った剣で彼を斬りつけようとした刹那。
2人に叫ぶようにそう言ったは頭上へ振りぬいた刀の柄を両手で握り、振り下ろされようとしていたバノッサの剣を受け止めたのだった。
「ふ・・・っ!!」
は掛け声と共に、刀を握る手に力を込める。
響くのは甲高い金属音。
バノッサの手を離れた剣は、宙へと舞い上がったのだった。
彼の視線は自然と剣へと向かっていく。
「これで2度目だな」
切っ先をバノッサの喉元に突きつけ、余裕です、と言わんばかりの笑みを見せたのだった。
「さあさあ!ジンガのまわりの君たち、大事なお頭は負けたぞ。わかったらさっさと帰りな!」
くやしさを噛み締めるバノッサの喉元から刃を引き、刀を鞘に収める。
そんなことを言ったって、ごろつきたちが聞くことはないのはわかってはいたが。
バノッサは両の拳を固く握り締め、
「武器がねェだけで、俺様に勝ったとでも思ってやがんのかァーッ!!」
叫び、背を向けていたへと拳を突き出そうとしていた。
「、後ろだ!」
そう叫んだのはガゼルだった。
武器を失ったとはいえ、何をしでかすかわからないのだ。
警戒しておいて損はないと考えてのことだったのだが。
彼のその予感が見事に的中していたのだった。
「食らいやがれっ!!」
バノッサが勢いに任せて拳を突き出す。
「まったく・・・」
視線はずっと前を向いているのに、突き出された拳はむなしく空をきる。
まるで後頭部に目があるかのように、は身体をひねって避わしていた。
「武器があろうとなかろうと、君が俺にまだ勝てないってなんでわからないかな・・・」
突き出された二の腕に左手を添える。
「言わなかったかな?」
耳元で囁くように。
は笑みを浮かべて言う。
「君はまだまだ経験不足だって」
ドス・・・!
鈍い音が2人の間に生じる。
バノッサは空振ったまま動きを止めた上で、目を見開く。
召喚されてきたときと同じように、腹部へ拳を突き出したのだ。
「く、そぉ・・・」
ゆっくりと、バノッサが顔をへと向ける。
ふ、とまぶたを落とすと、その場に崩れ落ちてしまっていた。
『ばっ、バノッサさんっ!?』
ジンガと共に戦列に加わった後続組を尻目に、オプテュスのごろつきたちは自らが慕う彼の敗北に目を丸める。
倒れたバノッサをはひょいと持ち上げると、
「もう、こんなトコでケンカするのはやめるんだ。君たちも俺たちも、街の人たちの迷惑になってるから」
そう言って、ごろつきたちの前にバノッサを横たえたのだった。
確かに、ついさっきまで戦場になっていた繁華街で、自分たちの周囲をサイジェントの街人が取り囲んでいる。
自由に買い物もできず、迷惑なことこの上ないだろう。
ごろつきたちはくやしげな表情を貼り付けてバノッサを抱えあげ、何も言わずにその場を去っていったのだった。
「もう金はいいから、どっかへ消えちまえよ」
「そんなわけにいくか。受けた恩はきっちりと返すのが道理だからな」
場所を移動し、フラットの居間に全員集合していた。
もっとも、険しい表情をしているのはガゼルだけなのだが。
そんな彼の言葉をあっさりと否定し、ジンガはハヤト、トウヤ、ナツミ、アヤの順でその顔を見回し、最後に壁に寄りかかっているを眺めて、
「こんなの強いヤツらが目の前にいるのに、戦わないのは格闘家の名折れだぜ!」
だから、俺っちはアンタたちと戦う!
そう言って、前者の4人を見回した。
「・・・俺、関係ないよな?」
「!?」
ちょっと、風に当たりに行ってくるから。
そう言って、リプレの声を聞かずフラットを出たのだった。
「・・・っ」
なんだか、おかしい。
いつもの俺じゃなかったような、そんな気がする。
成り行きとはいえ、【稽古】と称して戦って見せたせいで余計な恨みまで買ってしまったり、意味のない発言で無駄に怒りを買ってしまっていたり。
端からみれば挑発しているようにしか見えない。
黒いものが自分の周囲を回っているか、他の誰かから伝染したか。
なにか、悪いことへの前兆かもしれない。
「なんだってんだよ・・・」
そんな結論に至ると表情をゆがめ、吐き捨てるように口に出す。
フラットから少し離れたスラムに一角に腰を下ろして、空を見上げた。
「なぁ、隣いいか?」
振り向けば、そこにはジンガが立っていた。
首だけを縦に動かし、座らせる。
「負けたんだな?」
「ああ、盛大にな」
大きな満月を眺めながら、そんな会話を延々と。
そんな中で、ジンガはこう切り出してきたのだった。
「俺っち、あの人たちの側で勉強しようと思うんだ」
「うん、いいんじゃないか?」
「・・・」
「・・・」
会話終了。
あまりのあっけなさにか、ジンガはきょとんとしたまま動かない。
「ジンガ?」
「え、あぁ・・・あまりの簡単さに我を忘れちまった」
たははと乾いた笑みを見せながら、頭を掻く。
それを横目で見つつ、は大きく深呼吸をした。
「本当は『そんなにアイツらの側にいたきゃ、俺を倒してからにしろ!』みたいなコト言うかと思ったんだ」
「なんだよ、それ」
他愛ない会話を繰り返して、には彼がなにかタイミングを図っているかのように見えた。
あの4人の側で修行するのはいいと思う。
それを二つ返事で了承してしまったのだから、他に何を言おうとしているのだろうか?
「他に、何かあるのか?」
「あ・・・あぁ」
あのまま世間話を続けたところで、埒があかない。
だから、は自分から話を聞き出そうと声をかけたのだった。
「あの人たちが言ってたよ。自分たちよりもアンタのほうが強いって」
「・・・・・・」
「俺っちも、さっきの戦闘を見てた。あの白いヤツも相当な腕のはずなのに、まるで赤ん坊扱いでさ」
どうやってそこまで強くなったんだ?
今のはレイド曰く『サイジェント最強』とのことだから、そんな疑問を抱くのは当たり前だった。
話していいのは悪いのか。
数秒思案し、
「それだけ場数、踏んできたんだよ。ちょっと間違えば死んじゃうような修羅場を、な」
全部成り行きで、なんだけどな?
そう言ってジンガへと顔を向けて軽く笑んだのだった。
「アンタなら、わかるんじゃないか?」
「ん?」
突然の問い。
がジンガの疑問に答えてから数分。
沈黙していたジンガから、その問いは発されていた。
「『力と強さは違う』」
「・・・・・・」
「俺っちの師匠の言葉。あの4人にも言ったんだけど、あの人たちを見てたら気になりだしたんだ」
その言葉に、はただ耳を傾けた。
視線は空の、大きな月。
「力と強さは違う。この意味が、アンタならわかるんじゃないかって、思うんだ」
「そうだな、わかるかもしれない。でも・・・」
嬉しそうに目を輝かせる彼を見て、苦笑。
「それは人それぞれ違うと思うんだ。だから俺がそれを言ったとしても、君の役には立たないよ」
「そっか・・・」
ジンガはまるで小さな子供のような無邪気な笑みを浮かべ、
「そうでなくちゃな。簡単にわかっちゃったら、面白くないな」
そう言い放つとすっくと立ち上がると、両手に拳を握り空に掲げた。
「俺っちは、強くなるぞーっ!!!」
その声は、夜も遅いサイジェントの街にこだましたのだった。
「そういうワケだから、これからよろしくな。若師匠!!」
「ぶはっ!?!?」
第15話でした。
なんか、主人公ずいぶんと悪役っぽいですね。
書いてても読んでてもおかしいな〜なんて思ってました。
次回はスウォンイベントに入ります。
順序が違うのではとお思いの方もいらっしゃるかと思いますが、どうかご勘弁を。
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