降り止むことのない雨の中。
 しんと静まり返った学園都市を、2つの人影が跳ねる雨水を気にせずひたすら走っていた。
 ひしひしと感じる魔力の昂ぶりに眉をひそめ、改めてその力の本流を探ろうと神経を尖らせる。

「う、うはぁ……あかん、アスカちょう待ってや〜」

 目をバッテンにして、もう降参といわんばかりに両手を上げて、亜子は走っていた足を止める。
 濡れて張り付く髪をうっとおしげに掻き上げ、長年愛用の白い紐で1つに結わえ、両膝に手をついて息を整えている目の前の少女を見て肩を竦めた。
 ただ焦りが前に出てしまった。今までになく空気が違い、それが彼を走れ走れと命令を下している。急がないと間に合わないと、長く付き合ってきた直感が告げている。
 しかし、ここで焦ってはいけないのだろう。
 急いで間に合わせなければならない。それでいて、必要なことがここにある。
 ……急がば回れ、という言葉もあるように。

「あはは、ごめんね。ちょっと……胸騒ぎがしてさ」

 ある一点から感じる魔力。
 一つはネギだとわかる。しかし、もう一つは……

「っ!」

 脳裏をよぎる一つの影。姿かたちこそおぼろげで、それでいてなお彼を恐怖に駆り立てる。
 ただ突っ立っているだけで歯が立たず、悔しい思いをした6年前。はらはらと降り落ちる細かな雪は真紅の炎によって一瞬で焼き尽くされ、すでに麻痺して痛みはおろか熱すら感じない身体で誓ったあの晩。
 ずきん、と身体が鈍い痛みを訴える。傷は完全に癒えているはずなのに、過去の記憶がその痛みを蘇らせる。
 完全なトラウマだ。でも……あの時とは違う。
 そう自分に言い聞かせて、特に痛みを感じる肩に手を置いた。

「なにか……起こっとるん?」

 そんな彼女の真剣な表情に、小さくうなずく。

「亜子にもわかるはずだよ」
「ほんまに?」
「うん。いい? 目を閉じて、心を中をからっぽにするんだよ」
「ん〜……?」

 顔をしかめつつ、言われるがままに目を閉じてみる亜子。しかし、いくら魔法の力があるとはいえ一朝一夕で身につくようなものじゃないのだから。
 見えないものを感じ取るということがどれほど難しいことか。それはもちろん、アスカだって承知している。しかし、わかるまで試せばそれはいつか力になる。彼女が魔法使いになるというのなら、むしろそれはトレーニングとしてはうってつけともいえるだろう。
 無論、そう簡単に感じられるはずもない。

「ん〜〜〜〜……?」
「……たはは」

 首を傾げる亜子を見て、しかたないかな、といわんばかりにアスカは苦笑する。
 まだかけだしもかけだし、ぺーぺーもいいところな彼女だ。これから、ゆっくり力をつけていけばいいと思う。

「や、や、違うんよ! なんやこう……もわーんとしたなんか変なのが」
「……っ!?」

 感じた違和感。それは。

来たれアデアットっ!!」

 むしろ彼女はアスカ以上の感度を持つ、アンテナを持っていたことになる。
 手に宿る白亜の大剣に衝撃が走る。火花が飛び散り、のしかかる強い衝撃が治ったばかりの腕に響いて表情がゆがんだ。
 大剣の刃の上に見えるのは長剣。

「久しいな」
「君は……」

 かつて見たそれは、意識が飛ぶ寸前に焼きついた薄い桜色。
 自身の魔力を理由も告げずに奪い取り消えていった、燃えるような赤い髪の持ち主。

「……エクレール!」



  
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
  
揺れる心と戦う理由



「この一帯に結界を張らせていただいた。全力で戦って大騒ぎしても、周囲に気付かれることはないよ」

 ヘルマン従えていたスライムたちを撃退し、相対するネギと小太郎。必死の努力により手にした格闘術で、ネギは小太郎顔負けの肉弾戦を繰り広げた。
 さらに、ネギは修得したばかりの無詠唱魔法を放つが、ぶつかる直前にまるで弾かれたかのようにかき消された。
 目を見開いたのはもちろんネギだ。先制攻撃にと放った一撃も同じようにかき消されたのだ。なにかを仕掛けているのか、彼の持つ特殊な力なのか。今のネギには見当もつかないことだった。
 そしてそれは、彼を再び封じるはずの魔法の瓶を使っても同じ。彼が魔法を発動するたびにヘルマンは平然とそれをかき消し、なぜか明日菜が悲鳴を上げる。
 このからくりはヘルマンが自ら暴露していたのだが、それはネギの攻撃手段を半減させる状況へと陥ってしまっていた。

 からくりの正体は明日菜が持つレアスキル『魔法無効化能力マジックキャンセル』の賜物。
 攻撃そのものが魔力で出来ている限り、彼女はいかなる攻撃をも掻き消しての行動を可能にする。それはある意味、魔法使いたちにとっての脅威の象徴とも言えた。
 明日菜が首にかけているネックレス。それを媒介にして、ヘルマンがそのスキルを流用していたというわけだ。

「さて、私もそろそろ本気を出させてもらおうか」

 両手にはめた黒い手袋をはめなおし、その手には拳を握る。
 そして、次の瞬間には。

「っ!」
「マジかよ!?」

 ――悪魔パンチデーモニッシェア・シュラーク!!

 まるで大砲のような拳撃が、一瞬のうちに観客席を木っ端微塵に破壊していた。
 間髪入れず放たれる拳の大砲。本気と言うにふさわしい、単調ではあるが近づくことすら至難の技。そんな中で2人同時に放ってみた『白き雷』と『犬上流・空牙』は、言うまでもなく掻き消される。
 放出系の魔法はもはや使えない。ならば。

「拳で語りたまえ!」

 軽快なステップで距離をつめ、至近距離から放たれた拳は2人の背後の客席を砕く。
 辛うじて躱したネギは衝撃の余波を感じ取りつつもヘルマンの奥……自身の教え子の皆をみやった。
 ……心配だと言わずともわかるような表情でこちらを見ている。

 助けなきゃ!!

 判断から行動までのネギの行動は早かった。
 ヘルマンの真横を通過し、杖を片手に風に乗る。

「ああっ!!」

 気合のこもった声と共に杖は超低空飛行、さらに加速する。
 しかし、そんな彼の手は届かない。ヘルマンは左足を軸として回転し、ネギが横を通り過ぎていくのを追いかけるように拳を繰り出す。力こそ先ほどの比ではないが、速度に重点を置いて威力を殺した一撃。それは確実にネギを捕らえ、低空を飛行していた彼はバランスを崩し、数度バウンドしつつも腕を突っ撥ねて体勢を整える。

「ネギッ!」

 明日菜の声が響く。彼女は彼女で一刻も早く自由になろうと身をよじるが、両腕を拘束され吊るされている状態ではやはり身動きがとれず、ただもがいているだけとなってしまう。

「姐さん、姐さん!」

 そんなときだった。
 足元から声が聞こえ、見下ろした先には。

「カモ!?」

 ずいぶん久しぶりに登場したオコジョ妖精、カモミールだった。
 後からやってきた3人の中で明日菜のペンダントの存在にいち早く気付いたのは、他でもない彼だった。明日菜が首にかけているペンダント。それが、彼女のスキルを流用している要素なのだと。

「待ってな、今そのペンダント取ってやるぜ」

 明日菜の表情に笑みが宿る。今の彼は、この状況下における一抹の希望なのだから。彼がペンダントをはずしてくれさえすれば、ネギの魔法もヘルマンへ届くのだ。
 しかし。

「え゛……」

 がし、とカモの胴を掴み上げられる。さらにその小さな身体は浮かび上がり、ばたばたともがくものの掴まれたその手はしかし動かない。

「うおお、しまった! 離しやがれー!!」
「このアホガモーッ!!!」

 この間、2分ほど。ものの2分ほどで、明日菜の懐いた希望は潰えた。
 結局カモはのどかたちのいる大きな泡に押し込められ、無力化される。

 まったく、何のためにでてきたのやら。

 地面から吹き出る魔力。真下から思い切り殴りつけられたかのような強い衝撃。それを躱しきれず、受けきることも出来ず、ネギと小太郎はそれを甘んじて受けてしまっていた。さらに一瞬にして距離を詰め、轟、が頭につくほどの乱打の応酬。一撃一撃が防御の上からダメージを蓄積し、体力を削り取っていく。

「やれやれ、この程度かね」

 小さく息を吐き出し、失望したかのようにヘルマンはネギを見下ろす。
 強さの次元が違う、と例えてもいいだろう。相手は異世界に住まう悪魔で、人間ではない。人間でも魔法が使えるのは、今のこの状況ではただ付け焼刃にしかなっていない。一朝一夕で学んだ格闘術など、何の役にも立っていなかった。
 その事実にネギは表情をゆがめつつも立ち上がる。

「小太郎君、大丈夫!?」
「アホ、まだいけるわ!」

 変化が使えりゃな、なんて愚痴ってみるものの、先の京都での一件で能力を封じられている。
 言うだけで無駄。意味もない。
 強いヤツに出会えたことは小太郎にとっては喜ばしいことだが、自分の力が制限されていたら望んでいたガチ勝負を繰り広げることも出来やしない。
 ……なんて皮肉。京都を出る前に封印の解除をしてもらっておけばよかったと愚痴ったところで、もはや後の祭りだ。

「先ほどの動きは良かったが……どうやら私が手を下すまでもなかったようだね」

 残念だよ、と立ち上がった2人……否、ネギに告げた。
 顔を見合わせ、地面を蹴りだす。杖を槍代わりにして突き出すネギと気を纏った拳を握り、強く大きく踏み込んだ一撃を繰り出す小太郎。しかし、それすらもヘルマンは涼しい顔で受け止めいなし、反撃とばかりに力の渦を溜めつつただ突き出す。

「いや、違うな」

 目標は小太郎。目にも止まらぬ速度で放たれた拳はもはや気付く間もなく、彼の胴へと吸い込まれた。アスファルトを砕きながらようやく止まった彼は、走る痛みに苦悶の表情を見せる。

「私が思うに君は……本気で戦っていないのではないかね?」

 どくん。

 心臓が跳ねた。早鳴り、その音が妙に耳に響く。
 本気で戦っていないなんて、そんなことは……ありえない。そう自分で自分に言い聞かせる。
 エヴァンジェリンと戦ったときも、京都での一件も、そして今も。僕は力の限り戦っていた……はずなんだ。

「やれやれ……」

 ヘルマンが一歩を踏み出す。戦闘中とは思えないほどゆっくりとした足取りで近づく。
 帽子のつばで隠れて、表情は見えない。しかし、それを見ていたネギはなんとなくだが理解できた。彼が考えていることが、おぼろげに。
 彼はただ、自分に何かを伝えたいのだと。
 依頼人クライアントとの契約とは違う、彼の私情を絡めた行動。それは、ネギの心を大いにかき乱していた。

「なら尋ねよう。君は……何のために戦うのかね?」

 どくんっ!

 さらに跳ねる心臓。
 戦う理由ではない。自分が戦うことで、なにを得ることが出来るのか。
 ……そんなこと、考えたこともなかった。
 ネギは今まで、強くなるために修行を繰り返してきた。強くならなければ、あの大きな背中に追いつくことが……届くことすら出来ないと思ったから。

「小太郎君を見たまえ……実に楽しそうに戦うな」

 ヘルマンの言うとおり、彼は戦いを楽しんでいた。戦うことを楽しみにしてきた。戦うことを生きがいにしていると言っても、過言ではないだろう。
 それに比べて、とヘルマンは言葉をつないだ。小太郎を一度見やり、再び視線をネギへと戻す。

「君が戦うのは……強くなるのは、仲間のためか?」
「…………」

 否定できない。
 実際、今戦っているのは仲間を……友達を助けるためだ。
 そのためだけにこの場にいて、そのためだけに己の力を行使している。
 しかしそれは……

「くだらない。実にくだらないぞ、ネギ君……期待ハズレだ」

 ただの義務感から導かれた行動だ。
 自分が先生で、彼女たちは自分の教え子だから。助けるのは当然だと、考えてしまった。
 しかし、それがなぜくだらないのか。それが彼にはわからない。

「戦う理由は、常に自分だけのものだよ。そうでなくてはいけない」

 この、一言を聞くまでは。

「『怒り』、『憎しみ』……『復讐心』などは特にいい。誰もが全霊で戦える」

 例えば、身近な人間に不幸があったとき。
 例えば、だまされて陥れられたとき。
 例えば、大切な人が殺されたとき。

 残された人は悲しみ、怒り、憎しみを懐く。人間とは、そういうものだ。そしてそんなとき、人間は信じられない力や行動力を発揮する。
 それはただの自己満足かもしれない。しかし、そうせずにははいられないのが人のさがというものだから。

「君が戦う理由は、一般人を巻き込んだという責任感かね? それとも、助けなければという義務感? ……実につまらない。義務感などを糧にしても、決して本気になどなれないぞ、ネギ君」

 そんなヘルマンの言葉の端々に、ネギは否定の意思を送る。しかし、それは受け入れられることはなかった。
 目の前の男性は、何もかもわかった上でそんな口上を語っているのだ。

「それとも……」

 だからこそ、この答えを最後に告げる。


「あの雪の日から逃げるためかね?」


 どくん……っっ!!


 今までになく、心臓が大きく跳ね上がる。まるで心臓そのものがトランポリンでも楽しんでいるかのように、大きく高く蠕動する。
 まだ小さな身体のまだまだ小さな心臓こころが、大きく大きく揺さぶられる。

「な、んで……」

 絞り出した声は渇ききった喉でかすれていた。
 否定したいのに、声が出ない。違うと言い張りたいのに、身体が思うように動かない。
 違うはずなのに、その心とは裏腹に身体はその問いに肯定しているかのように大きく高く鳴っている。
 心で否定していても、身体は正直。ものは言いようだとよくもまあ言ったものだ。

「ちっ……違っ」
「そうかね」

 ようやく出た否定の声にヘルマンは小さく笑う。
 きっとこの答えも、彼にとっては想定範囲内。そしてこれから行うことに対する反応もきっと……すべて想定の範囲内なのだろう。

「では……」

 帽子に手がかけられる。壮年の男性の姿をしていたその表情や輪郭が、帽子を取った瞬間にすべてが変わっていた。
 それは、人の姿をしていなかった。ラグビーボールに両目と口の穴を開けたかのような顔に、左右に曲がりくねり伸びた角。穴の奥におぼろげに見えるのは、彼の目と口。
 それこそ、まさに。




 どくん――――っっっっ!!!!




「そうだ……君の仇だ、ネギ君」

 6年前の雪の日。
 ネギたちの住む村を壊滅に追いやった、憎き爵位級悪魔の1人であった。





ヘルマン編、終わりませんでした(苦笑。
この話までで終わらせるはずでしたが、思いがけなく長引きました。
とりあえず次回でヘルマン編を終わらせて、本格的に『七天書編』に入れたらと思ってます。


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