「くっ……」

 降りしきる雨の中、その細腕からは想像もできないような衝撃がアスカを襲った。桜色の片手剣を持つ、アスカよりも華奢な身体の少女は表情もなく細い剣一振りでアスカを圧倒していた。
 ルビーのような真紅の瞳は暗く、しかし一直線にアスカだけを納めている。
 もう何度目になるのだろう、剣同士の激突は。ぶつかり合うたびに受ける両手が悲鳴を上げ、まるで地面に向けて強く引っ張られるような感覚すらも感じて軽く膝を折ってばかりいる。そんな事実に、原因すらもわからないその感覚に小さく舌打ち。

「あわ、あわわわ……ど、どないしよ」

 背後で杖を手にわたわたと慌てふためいている亜子を気にかける余裕もなく、頭上高くから振り下ろされた長剣をふわりと躱し、空振った剣は地面に叩きつけられた。
 今の2人の距離はほぼゼロ距離。そんな状況で大剣を振るったところで、小回りの利く長剣の前に速さで負ける。実際、斬り返しの速さにはアスカも舌を巻くほど。瞬きのうちに磨きぬかれた鋭い刃が彼の眼前に迫っていた。
 もちろん、それに対応せんとその瞬きの間に1つの判断を下した。剣で防ごうとしたところで間に合わない。防ぐことができないならば、躱すほかない。アスカは軽く空気を吸い込みながら、迫った剣先に負けない速度で背後へと身体を反っていた。桜色の刀身はアスカの眼前、前髪をいくらか斬り飛ばした程度に終わり、さらにそのまま、まるでどこぞのフィギュアスケートの選手のようにしなやかに、やわらかに大きく反りながら地面に両手をつき、両脚を宙へと躍らせた。

 かしゃん、と軽く音を立てて、純白の刀身が地面に寝そべる。さらに伸びきった両脚をできる限り小さく縮め、引き締まった大腿の隙間から真紅の瞳が燃えるような朱の髪を見据え、

「っ……!!」

 両腕と両脚のばねを最大限に利かせて、銃弾のような蹴撃がエクレールへと襲い掛かっていた。
 大きく目を見開くエクレール。とっさに剣を持たない左手を眼前にかざしそのつま先を受け止める。乾いた音が響いたかと思いきや、エクレールの身体はまるでワイヤーにでもくくられているかのように吹き飛んで、久方ぶりともいえる距離が生まれる。
 再び両脚を地面につけたアスカはその視線をエクレールに向け、雨に濡れた髪からゆっくりと水滴が滴り落ちた。

 ……ぽた。

 雨の音が妙に耳に残る。
 先の蹴撃のダメージなどまるでないかのようにふわりと着地したエクレールはうつむいたまま、動きを見せることはなく。

「……たのむ」
「へ……?」

 なにを思ったのか、短くか細い声と共に上げられた顔……暗くにごった瞳に、大粒の涙を溜め込んでいた。
 彼女を含めた7人の男女……ハーヴェスターという名の守護者たちは、『七天書』の所有者……主に対し絶対服従、主の望みこそ自分たちの願いの体現である、はずだとばかり思っていた。
 しかし、それが間違いであることなど、今のアスカや亜子にわかるわけもないのだ。

「主を……わたしの主を、救ってくれ」

 そんな言葉と同時に、魔力を纏った雷が光り、轟いた。



  
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
  
壊れた魔法書



 時間は少しさかのぼる。場所は変わり、目の前に迫った学園祭で使われる出来立てのステージ前。
 彼の心臓が、彼の制御を逃れひときわ大きく高鳴ってから。
 そこから先はまさに、怒涛の一言で言い表せるほどの猛襲を見せていた。習得すらしていない瞬動術を完全に使いこなし、今までに見せたことのないような色のない表情で大の大人……それも爵位を持つ悪魔を上空へ高々と吹き飛ばし、追い討ちをかけるかのように浴びせられる連撃。
 その姿はまるで生前のサウザンドマスターを思わせるが、しかしあくまで一時のことだった。

「な、何やあの動きは!?」
「魔力の暴走オーバードライブだッ!!」

 持ち得る本人ですら使いこなしきることのできないほどの膨大な魔力。
 使われず蓄えられたその魔力の波が、なんらかのきっかけで開放されれば。一時的なものであれ所有者すらも侵食し、その小さな身体の支配を得る。
 内に秘められた魔力が多ければ多いほどに、その力は強くなる。
 叫んだ小太郎ですらかすかにしか視えない速さと、へルマンにすら受けきれない打撃の応酬が、本人――ネギの……、未だ10に満たない年頃の子供の小さな身体に流れる魔力の量を物語っているようだった。
 その量こそまさに、サウザンドマスター……ナギ・スプリングフィールドの息子であることを証明しているといっても過言ではないだろう。
 しかし。

「ふふ、ふはははは! これだよ……これがみたかったのだよ、ネギ君――!!」

 怒りに身を任せた戦いは、その身を破滅に追いやるだろう。
 吹き飛ばされたまま身動きがとれず、それでいて年端も行かぬ少年の突然の変貌に驚きつつも歓喜の声を上げるへルマンは、今までは存在していなかったはずの大きな翼を展開した。
 おとぎ話にでも言い表されている、悪魔の翼。壮年の男性を象っていたヘルマンの姿は、たちまちのうちにいかにも悪魔らしい、彼本来の姿に立ち戻っていた。

 ――うむ、すばらしい。

 ――惜しい才能だ。

 ――将来が見てみたい。



 ――――しかし。



「その才能が潰える様を見るのもまた……」

 がぱ、と裂けているかのように大きな口が開き、光が集まっていく。
 周囲、自身の内から溢れる魔力を一点に集約し、放つは一条の光の線。

「っ!?」

 気付いたところでもう、間に合わない。

「私の楽しみの1つだよ―――!!」
「ねっ、ネギ――!!」

 明日菜の声と同時に、臨界に達した魔力が撃ち出されていた。
 様子だけならばネギの持つ魔法……『雷の暴風』と、さほど変わらないだろう。しかし、その威力には雲泥の差があった。
 もし、ヘルマンが地上でこの光線を放っていたならば、立派に建てつけられたステージはおろか、その場にいる生命のほとんどが消し飛ばされていただろう。消し炭すらも残らぬほどに。

「んなろっ!!」

 そんな高密度の魔力を懐いた光線が放たれる直前、ネギの身体に影がかかっていた。
 それは、ネギの戦いぶりを素直に賞賛しながらもその戦いを否定した、黒髪の少年の影。
 何も考えず、ただ目の前の『敵』を打倒するだけのために行動する……それが感情に左右されたものならば、それこそ行動そのものは単調になる。
 考えなしに突っ込み、一時は圧倒するも、結局は返り討ちになる。
 それを理解できたから、彼はネギを止めるために飛び出したのだ。

「あ、う……」

 バランスを崩したまま地面に不時着し、その身を滑らせて観客席に激突。そのおかげでようやくネギは正気に返り、驚きと共に自身の手のひらを見つめる。
 その手は、小さく震えていた。
 自分が何をしていたかすらおぼろげなまま、しかして殴り、蹴り、魔法を行使した感触だけはしっかりと残っていたのだから。
 そんなネギは気付かない。

「こんの……」

 背後で、小太郎が拳を振り上げていることになど。

「バカちんが――っ!」
「はうあっ!?」

 コミカルな音を立てて、脳天直撃。

「あんな、確かにお前の魔力がすごいのはわかったわ! でもな!!」

 小さい身体で戦い続けてきたからこそ言える、今の戦いの評点。

「今の戦いは最低や! 最悪や! 0点や!」

 それは、低いところまで行くだけ行った先の、点数にすることすらおこがましいほどにヒドイものだった。
 周りは見えていない、決め手がまったくなく、ただただ力でごり押した。力だけにものを言わせたからこそ、戦略そのものがなっていないのだ。

「ったく、頭よさそな顔しとるクセに! おっさんの挑発に簡単にキレよってからに!!」

 アホ!!

 無防備な頬をつねり、引っ張り上げた。

 この戦いは、私怨ではない。あくまで仲間を助けるための、共同戦線なのだ。
 周りが見えず、ただ闇雲に突っ込んでいくだけでは勝てないような相手だからこそ、

あのおっさん、ブッ倒すで」

 その言葉が、軽く握られた拳と共にネギの胸へと叩きつけられたのだった。


 ●


「救ってくれって……どーゆうことやろ?」

 亜子は首をかしげて、そんな言葉を口にした。
 ネギまでとはいかないものの、高い魔力をその身に宿している亜子にはアスカが以前話していた。彼自身が魔力を奪われた後、修学旅行を終えて彼女が杖を手にし、アーニャの手を借りて魔法を行使したあの時に。
 自分は彼と同じように、『搾取』の対象になりうるからと。そう言っていたアスカの力を文字通り『搾取』した目の前の少女剣士がしかし、今は威厳どころか覇気すらない。剣士としての輝きは薄れてなお、敵意に似た鋭い気迫が2人を突き刺している。

「なぜ今まで気付かなかったのだろうと、いまさらに……わたしたち、取り返しがつかなくなった今だからこそ思う」
「なにを、言ってる?」

 いったい、どうなってしまったというのだろう。
 彼女たちはもちろん、この街の魔法使いたちを狙う明確な『敵』なのだ。そしてそれはエクレールを含んだ七天書の守護者たちも同じはず。
 そんなエクレールがなぜ、敵である自分たちに助けを求めて来るのだろう。
 ……それでいて、言葉とは裏腹に全身から溢れんばかりの剣気を放っている彼女は、一体どういうつもりなのだろう。
 悲しげに、それでいて握られている剣に力がこもっているのはなぜだろう?
 理由はある意味で彼女たちらしい、しかし生粋の『人間』である2人には到底わからない。特殊を通り越し、科学の発達した現代社会では思わず目をぱちくり、耳をを疑うような、そんな理由。

「なぁ、いったいどないしたん?」

 ウチらでよければ―――

 ここは戦場だ。そんな場所で話を聞くなどと、アスカを軽く押しのけて進み出つつ甘い言葉を放とうとした亜子をさえぎるように。
 エクレールは剣を振り構え、とん、と地面を軽く蹴りだした。しかし、その初速はすでに彼女の持ち得る最速を誇り、亜子の優しげな表情も変わらぬまま彼女を肉薄した。

「マズいッ!!」
「へ――ひゃあっ!?」

 突然のことだったこともあり、アスカはとっさに亜子を片手で抱き込む。
 腕の中で目を白黒させつつ顔を真っ赤にしている彼女を気にする暇もなく、大剣を突き出した。刹那、上段に構えていた長剣が彼へと襲い掛かる。

「んぎ……っ!?」

 ずん、と彼ののしかかる見えない力に表情をゆがめる。同時に、頭上から透明な液体がアスカの頬へと滴り落ちていた。
 それは、普段の彼女からは見ることすらもできないだろう、作り物とはいえど彼女が持つ心の嘆き。

 そのたった一雫が、鋭い剣気に包まれたエクレールの本当の気持ち。
 真に迫ったその気持ちが、彼女自身の言葉の中にある真実味を強めていた。

「え……?」

 頬に感じた水気に
 大剣で隠れていたエクレールの顔を見上げると。

「ちょ、アスカあかんて…………あら?」

 アスカが見上げ目を見開いたのと同時に、顔を真っ赤にしたまま聞こえなくなった剣戟に亜子もアスカの腕の合間から見上げ、同時にエクレールをその双眸に収めていた。
 エクレールは凛々しい表情とは間逆、アスカと似た赤い瞳に大粒の涙を今にも溢れんばかり溜め込んでいたのだ。

「わたしは……いや、七天書は……我ら、守護騎士ハーヴェスターは……」

 刃はぶつかり、まるで花火のように散る火花。
 赤い花が散るたびにアスカにのしかかる見えない重石は徐々にその重さを増していく。

 懐いた気持ちに抗うように。
 まるで糸のついた人形のように。
 背後で、巨大なに、操られているかのように。


「今までずっと、壊れていた」


 まるで絞り出すかのように彼女はそれだけを口にして、両手に握った剣に力を込めた。






ヘルマン編ですが、次回か次々回あたりで終われそうです。
そのまま、おそらく短くなりそうな七天書編に入ります。長さ的には、おそらく10話まで
いかないでしょう。なんていうか、今日この更新の時点でもはやクライマックスっぽいですし(汗。


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