まずい。


「あ……」


 まずい……


「2人とも……」


 バルドの拳に滾る黒い閃光。
 それが、今。


「っ……!!」
「飛んで、け―――!!」


 放たれた。
 狙いは背後の2人。接近戦を仕掛けていたことが仇になった。亜子とアーニャのところから自分のいるこの場所まで、ずいぶんと距離が出来てしまっていた。もしそれが彼の計算によって成り立っていたものなら、彼はすごい智謀の持ち主だ。
 走る。脇目も触れることなく、ただまっすぐ。
 黒い集束砲はまさに、彼の渾身の一撃。止めねば、2人ともいらぬ怪我を負いかねない。
 だからこそ、走るスピードは初速より最速。亜子の魔力で強化された身体は軽く、まるで風になっているかのような感覚。
 しかし、そんな気分に浸ってなどいられない。

「伏せろ―――!!」

 普段の言葉遣いもなくなり、必死な声が今いる空間を侵す。

(間に合え、間に合え、間に合え―――)

 それだけを考えて、それでも。

(間に合わない……!?)

 亜子とアーニャが、黒に包まれた。



  
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
  
姉出没につき厳重注意
  


「あ……」

 亜子の表情に恐怖が走る。
 無理もない。目の前に迫った“死”が、自身を犯したから。
 アスカは遠い。ただ走って守りきれるような距離ではない。

「っ!!」

 思わず目をぎゅっと閉じた。
 しかし。

「大丈夫よ、アコ」
「え……」

 隣のアーニャは笑みを浮かべていた。
 不敵に。まるで自分たちは助かるのだと確信しているかのように。
 黒はすでに目の前。

「『炎楯』……!!!」

 声と同時にアーニャは杖を眼前に突き出し、障壁を作り出していた。守りの力などほとんどない、薄い薄い魔法の壁。
 本来ならあっさり破られてしまうものなのだが。
 アーニャのそれは、ヒビを入れながらも2人の身を守っていた。彼女の表情が苦痛にゆがむ。威力だけならネギの最大魔法である雷の暴風にも劣らぬ……いや、威力だけならそれ以上。
 そんなバカげた威力の魔力砲を彼女は苦しくも数秒、守りきれた。

 その数秒。たった数秒が、彼女たちの命運を分けることになる。

「きゃあっ!!」

 ガラスが割れたような音を鳴らして障壁は破壊された。しかし、彼女が守ったその数秒が、

「亜子、アーニャ―――!!」

 アスカを2人の下へとたどり着かせていた。
 白亜の大剣が青い光を帯び、突き出された手の先に新たな障壁……水のようにたゆたう魔法の壁を作り出していた。
 同時に腕にかかる強すぎる衝撃。その衝撃は、アスカの瞬雷ケラヴノスを大きく凌駕していると、彼自身そう感じた。
 歯を食いしばる。
 このままでは2人を守りきれない。亜子の魔力を借りているはずなのに、守っても守っても守りきれないほどの威力。
 その脅威に、表情をゆがめた。

 黒が、たゆたう楯を突き抜ける。すでに頭が覗き、これ以上は無理だと悟る。

「2人とも、逃げて……ッ」

 苦しげに言う。突き出した腕は小刻みに震え、歯を立てる。
 ずむ、という音を立ててアスカの守りをゆっくりと抜けてくる黒い魔力は衰えというものを知らない。

「そんな……アスカを置いて逃げられへんよ!」

 亜子は声を荒げる。心優しい彼女は、今この場所で自分だけ安全な所へ逃げることだけはしたくなかったのだ。
 たとえ自分が傷つくことになろうと、大事な友達が傷つくことはとても嫌だから。
 しかし、今の状況においては力が発現したばかりの亜子に出来ることは皆無。むしろ、アスカの背後にいる分だけアスカにとっては邪魔な存在とも言えた。
 それに何より、彼が今の状況を許さない。

 あらゆるものから守ると決めたから。
 義務ではなく、自分が心のそこからやりたいと思えたこと。
 そう思えたからこそ、今この状況は彼にとっては不本意そのもの。返ってきた亜子の答えを聞いて、少し強めに歯を立てた。

「いいから言うこと聞いて! このままじゃみんなで死ぬから!」
「嫌や、ウチは逃げへん!」

 もちろん、敵を前にして逃げたくないのはアーニャも同じ。しかし、彼女は冷静だった。
 自身の張った楯は壊され、アスカのそれでさえ防ぎきれないその砲撃魔法。生き残るためには多少の犠牲は必要不可欠。しかし、大事な友達であるアスカを見殺しにはしたくない。
 それでもなお、彼女は私情を吹き飛ばし、亜子の手をとった。

「アーニャちゃん!?」
「……急いで。でないとアスカが助からないわ」
「え……」

 自分が逃げれば、アスカが助かる……?

 目の前で自分の手を引く少女は、何を言っているのだろうか。
 破られつつある楯を前にして助かるわけがないと亜子はアスカの状況から悟っていた。
 そんな亜子の気持ちなど知らないと言わんばかりに、アーニャは彼女を強引に連れてアスカのそばを離れる。亜子は必死になって振りほどこうとしているものの、身体強化の魔法をかけているのか一向に動きを見せず、なすがままとなっていた。
 そんな2人を横目に、小さく息を吐き出す。
 楯が破られるのは時間の問題だ。そうなれば、自分は目の前の砲撃をもろに受けることになる。
 回避する術はもはやない。

「…………」

 ナイス、アーニャ。

 アスカは小さく笑みを浮かべる。それと同時に。

 パァンッ!!

 楯は黒の渦に飲まれて、ガラスのように割れて消えた。
 同時にアスカは、少しでもダメージを減らそうと局部強化で両足へ魔力をまわす。強化された両足で、地面をけりだす。

 じゅう、という音が、妙に耳に残っていた。


 …………


 視界を覆い尽くしていた黒は、夜の空へと消えていった。
 宣言どおり、バルドの姿はすでにない。逃げる、というよりはむしろ撤退を図ったと言っても過言ではないだろう。
 実際、彼はまだ戦えた。それでも撤退したのは、『白き舞姫』たるアスカのほかに、亜子とアーニャがいたからである。駆け出しとはいえ優秀な魔法使いであるアーニャと、目覚めたばかりであるにも関わらず修学旅行の時のように契約執行をやってのけた亜子。
 3対1という圧倒的不利な状況で挑みかかるなど、愚の骨頂。
 ……と判断したのだ。
 だからこそ彼は逃げの一手を選び、自身の持ちうる最高の技を繰り出した。そこまでしなければ逃げられないと本能的に理解していたから。

 七天書を守る七騎士。彼らはそれぞれを象徴する武具を持ち、その秘めた力を解放できる。
 “絶技ナンバーズ・ウェポン”という、それぞれの武具特有の力があるのだ。
 バルド自らが装備しているナックルの名を告げたのが、その合図。術者の魔力を吸い上げ、それを1つにまとめたり、武具に乗せたりと使い方は様々。
 彼の場合は“砲撃”。接近戦にそぐわぬものの、7人の中でも最高の威力を誇る一撃だった。

 ……そんな一撃をその身全体で味わうことがなかっただけ、マシといったところだろうか。

「ぐ……っ!」

 着地後、痛みに駆られ押せつけたのは自身の左腕。楯を張るために突き出していた腕だった。
 直撃こそ免れたものの、その代償として支払ったのは、左腕。骨が綺麗に折れ、皮膚が爛れていて、とても直視できるような状態ではなかった。
 でも、動かせる。これなら、治せる。
 そんな結論を導き出すと同時に彼に襲い掛かったのは、強烈な眠気。身体全体が、回復を望んでいたのだ。

「「アスカっ!!」」

 亜子とアーニャの声。
 彼女たちには傷もなく、むしろ元気そうだった。

 薄れていく意識の中で、思う。
 守りきれてよかった、と。


 ●


「「アスカっ!!」」

 その姿を確認して駆け寄ろうとした亜子とアーニャだったのだが、そのままふらりと倒れ伏していた。
 そんな光景に血相を変えたのは亜子。一目散に駆け、倒れたアスカの身体を抱き上げると。

「う……」

 彼の左腕が、見るも無残な状態になっていた。
 思わず目をそむける。こんなときこそ自分のサポートが役に立つ、とか考えていても、それは一般人としての感覚。
 正直、何をすればいいのかわからなかった。

「どうしよう、どうしよう……」

 うろたえたのは、亜子だけではなく、アーニャも同じだった。
 治癒の魔法でも使えたらよかったのだが、残念ながら習得しきっていないから役に立たない。
 近くに人もおらず、救急車を呼ぶことも出来ない。というか、呼べたとしてもなんていって説明したら良いやらわからない。

「アスカ、しっかりしいや。今、なんとかするさかい……」

 苦痛にゆがむアスカの表情を見、亜子は思案した。どうすればいいのか、と。

「……そや!」

 ひらめいたのは、自分が知る唯一の魔法使いであるネギに連絡を取ることだった。
 運がいいことに携帯電話も装備済み。国際電話はお金がかかるが、この際そうも言っていられないというもの。
 急いでボタンを押すものの、耳に届いたのはコール音のみ。
 結局、連絡を取ることが出来ないままとなっていた。

 ちなみに、このときのネギはというと。

「サメが拳法使った――!?」
「じょ、冗談じゃねぇって! 兄貴、逃げるんだ!」


 HEEEEEEEELP!!!


 習ったばかりの中国拳法がまったく通用しない魚類……サメ(に扮した古菲)に追い掛け回されていたりする。
 閑話休題。

 結局、通話終了ボタンを押す。
 ネギのアドバイスは見込めないとすると、亜子にとっての頼りはアーニャとなるのだが、彼女もいっぱいいっぱいといった状況。
 ほとんど初めての状態で戦場に立ったのだから、仕方ないといえばそこまでなのだが。
 というわけで、2人して途方にくれていたのだが。



「大丈夫。……私に任せて」
「……あ」

 いつの間に現れたのか、1人の女性がアスカの前に腰を落とし、彼を抱いていた亜子に向けて微笑んでいた。
 つやのある金の髪に空のような青い瞳。
 周囲を漂うやさしげな雰囲気。
 にっこりと微笑んだその笑顔が、アスカが死ぬかもしれないという亜子の思いを見事に吹き飛ばしていしまっていた。

「ね、ね……」

 アーニャは、その姿を認めたとたんに身体を小刻みに震わせている。
 今は非常事態だというのに。アスカが危険な状態だというのに。
 ぱっちりと目を見開き、アスカの身体に当てた手を輝かせ、治癒を施す女性を凝視する。

「ネカネさん……っ!?」
「へ?」
「ネギとアスカがいつもお世話になってます。イズミアコさん」

 その女性の名は、ネカネ・スプリングフィールド。
 ネギの姉であり、アスカの元パートナーである女性が、にっこりと笑いかけていた。






はい、恐怖の姉登場です。
ここだけのスポットですけどね。このあと、ようやくヘルマン編に入れそうですが、
正直面倒くさがってあまり書かない可能性が高いです。問題なのは、その後ですからね。


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