閃光のような一撃。
 紙一重で躱したアスカは、はらりと舞い落ちる自身の髪を視界に納めて冷や汗を流した。
 鍛え抜かれた腕から放たれる大きな拳は、さながらたった一発で街を消し飛ばすほどの威力を持つ爆弾。その威力の源は間違いなく両手を二の腕まで丸々包み込んだ黒いナックルだということ。それだけはたった数回の衝突で理解できた。
 左右一対のそれはまるでお互いを認め合っているかのように呼応し、禍々しさを感じないさわやかな黒の魔力が立ち上っている。
 局部的な身体能力の向上。魔法使いの従者パートナー魔法使いマスターから受ける魔力供給とよく似ていた。
 自分の得物は大振りの剣。片や相手の武器は自らの拳。速力で勝っているのはどちらか、というのは自明の理というものだった。
 武器の差が、どうしてもアスカの行動を制限していた。

「……っ」

 手も足も出ず歯痒い状況に、歯噛みした。こうも速力が違うのでは、何もかもが後手後手に回ってしまう。
 真白い大剣を巧みに操り、繰り出される黒い雨を受け、躱し、防ぎきる。
 インパクトの瞬間。飛び散る火花、はじけて輝く互いの魔力…………否。アスカのそれは彼のものではなく、契約者である亜子のものだ。仮契約によって結ばれたラインをたどって流れる奔流は、やはりネギの姉であるネカネのそれとは雲泥だった。
 今いるこの場所はロンドン。日本と比べれば、かなりウェールズに近い位置にいるというのに、だ。

「……猛れ、焔よ」

 まるで呪文のようなフレーズを口ずさみ、アスカはその期を窺う。
 休むことなく自身を襲う黒い雨。繰り出す男は涼しい顔のまま。
 刃が熱を帯びる。
 魔力を借り、付与する。その魔力は刃を走り、熱を発して炎を纏う。それは四大元素を操ることを得手とするバンショウノツルギの本領。
 相手の武器が自らの身体ならば。

「……む」

 バルドの顔に怪訝が浮かぶ。拳の先から膨大な熱が出ているのだから、無理もない。インパクトから両者の武器が離れるまでにも、剣の熱は拳を焼く。
 次第に黒い煙が小さく立ち上り始めた。
 熱を帯びた刃が空気を斬り裂き、小さく振動を起こす。それを手のひらに感じながらも、その柄に力を込める。

「やああっ!!」

 拳の雨が刃の熱にかげりを見せる。それはまさに好機だった。
 右足を軸に、一回転。剣の重量にプラスして、魔力を付与されている上に鍛え抜かれた細腕に込められたアスカの腕力。さらに遠心力を上乗せした大振りの一撃。
 剣速は高速。軽く浮かべた左足を大きく踏み込み、

「ぬお……っ!?」

 何の躊躇もなく目の前の黒を薙ぎ払った。



  
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
  
その目覚めは突然に



 バルドは高速の斬撃に目を丸め、感じた熱風に表情を歪めた。
 受け止めることはできる。しかし、受け止めれば腕が使い物にならなくなる。
 直感的にそう判断し、背後へと大きく跳躍した。

「……すごい」

 つぶやいたのはアーニャだった。ネギのそれとは違う、木でできた杖を片手にその場を動けずにいた。
 無論それは、隣の亜子も同様だった。修学旅行の時とは違う、激しく壮絶な命のやり取り。争いを好まない彼女は、その光景にとにかく妙な感情に揺れに揺れていた。
 自分は血が苦手。見ただけでも卒倒してしまうほどに。そんな自分が、このような場に立っていることがどこか可笑しくて。同時に、争いごとを嫌うだけに少しばかりあるのは嫌悪感。しかし、それと同時に思う。自分を守って戦っている彼に、無理はさせたくないと。
 クラスメイトだから。ルームメイトだから。……友達だから。傷ついて欲しくない。

 杖を持つ手に力がこもる。
 先端に象られた星が小さくゆれ、ほのかな光が灯っていた。

「あぁっ、援護しないと……」

 長く茶色の髪が揺れる。杖の先に赤の光を灯らせて、バルドへと向ける。しかし。

「あう……」

 動けない。動いたところで正直、自分の力が役に立つとは思えない。
 向けていた杖が、小刻みに揺れていた。
 ……怖い。初めて立った戦場で、アーニャはその流れに呑まれていた。

 詠唱しなきゃ。魔法使わなきゃ。アスカを助けなきゃ。先輩魔法使いの仇をとらなきゃ。

 でも、無理だと悟ってしまった。今の自分の力では、助けるどころか足を引っ張るだけだとわかってしまった。
 アーニャは2人のぶつかり合いをただ、見つめているだけ。

「アーニャちゃん、アーニャちゃん」
「ふへ!?」

 突然、声をかけられた。それは、つい数時間前に出会ったばかりの少女のもの。
 肩に手を置き自分を心配そうに見つめている姿が、どこかウェールズにいるネカネと重なった。ぜんぜん似ていないというのに。

「な、なんですか?」

 表情を軽く引きつらせ、その表情を亜子へと向ける。彼女は、震える自分を心配している。そしてそれ以上に。

「あの……ウチにも何か、できることないかなぁ思て」

 必死になって戦う彼の助けとなるべく、自分を頼っていた。 
 彼女は魔法を知ってから日が浅い。大きな魔力を有しているとわかっただけの、初心者用の魔法すら扱えないド素人。
 そんな彼女が、今の状況下でできることを探している。
 ……自分とは、大違いだった。
 こういった戦闘の類は、自身の方が一日の長があるというのに。
 同時に理解した。

 修行とは、なにも街の片隅で占いばっかりしているだけではない、ということに。
 魔法使いとして生きていくなら、場面にだっていつか遭遇するものなのだから。

「アスカ1人に戦わせたないし。争いごとは嫌いやけど、友達が傷つくのはもっと嫌やし」
「そう……そうね。そうよね!」

 そう。出来ないなら出来ないなりに出来ることを考えればいい。一見矛盾しているようにも聞こえるが、それが今の自分たちに出来ることなのだから、仕方ない。
 魔法が出来るなら、でも役に立たないと思うなら、役に立つように頭を使えばいいのだ。
 まだまだ駆け出しとはいえ、この身は魔法使い。今はただ、敵に勝つことだけを考えよう。

「それじゃあ……って貴女、その杖」
「これ? これはネギ君にもらったんよ。少しくらいまほー使てもええんやないかなーとか思うてな」

 でも、と亜子は続ける。

「ウチ、修学旅行のとき以来さっぱりなんよ。……なんとかならんかなぁ?」

 彼女も必死なのだ。まったくそのようには見えないが。ほんわり笑みを浮かべた彼女の雰囲気は、とてもじゃないが戦いの真っ只中とは思えない。それでも、彼女は必死に自分の出来ることを探している。
 出来ることといえば、それは魔法。修学旅行以来からっきしの彼女の力だが、こういうときに使えないで何が力か。
 アーニャも亜子の事情は聞いていた。ネギや木乃香とまではいかないものの大きな魔力を有していることや、その力を使いこなすことができずもてあましたままにしていることを。
 アスカから聞いたのはそこまでだったのだが、手のひらに乗る小さな杖を見て驚いていた。
 今まで普通の平和な世界を生きていた彼女が、自分から危険な世界へ足を突っ込んでいるのだから。

「……うん。なんとかなる。なんとかなるわ!」

 貴女に魔法を使わせてあげる!

 手の震えも消えた。恐怖感も吹き飛んだ。あとは、できることを……魔法の力でアスカの援護をするだけだ。
 周りに人の気配はない。敵はあの黒い男1人だけ。だからこそ、バックアップに集中できるのだ。自分も、亜子も。

「いいかしら。とってもいい方法を教えてあげる……」

 それは、アスカを助ける策。奇抜でもなく、特殊でもない。ただただセオリーにのっとって行う、たった一度の援護魔法。
 自分でなく、亜子へ。裏の裏の裏技だ、と先輩に教わった1つの策。自分が教わったように、自分が聞いたとおりに伝える。
 ……無駄だと思っていたが役に立つとは思わなかったが。

 そんな1つの方法が、和泉亜子という少女が魔法使いとして目覚めるきっかけとなるわけである。


 ●


 どんっ。

 踏み込んだ足がコンクリートにめり込んだ。これは1つの合図だった。この後飛んでくるのは、銃弾の如き一発の拳。
 下手から繰り出されるそれは風を切り、空気を押し出し、触れたすべてを吹き飛ばす悪魔の一撃。
 アスカは舌打つ。
 この拳撃は、今のアスカでは紙一重で躱すのがやっとなのだから。

 正直な話、状況は切迫していた。疲れを知らないのか、相手の攻撃は緩まるどころかむしろ早く、重くなっていた。
 手が痺れている上に、体力も底をつきつつある。今まで何度も同じような仕事をこなしてきたが、今回ばかりは荷が重すぎた。
 勝てない、という要素はない。しかし、この場所で自身の持つ大剣アーティファクトの力を引き出すのは自殺行為と言えた。
 今、自分は気を使って両腕に力を与えている。タカミチの下でようやく手にした彼の力だ。今までならネカネから魔力が自分に力……魔力を与えてくれていた。しかし今はそれがまったくないのだ。
 契約執行というバックアップのない今のアスカは、自身の力を引き出して戦っているのだ。
 つまり、魔力の付与がない彼が自分自身の魔力を使ってその力を解放すれば、魔力は枯渇してバタンキュー。そうなれば亜子とアーニャは魔力を奪われて、ヘタをしたら二度と目を覚まさないかもしれない。

 ……そんなの、イヤだ。

 茶色のポニーテールが暴れる。肌の上で跳ねた汗が目の前を通り過ぎていく。
 守ると決めた。最後まで守り抜くと決めた。それは義務じゃない。守りたいから守っている。
 友達だから。大切だから。大事だからこそ、失いたくないから。

「……っ!」

 だからこそ、剣を握る手に力を込めた。
 取り落とさない。この手は絶対に放したりはしない。放せばそれは、自分の命があの拳で吹き飛ばされるときだ。
 ……そんなときだった。

「え……?」

 どくん―――。

 感じるのは魔力。ネカネのそれとは違う、蒼く澄み切った力。
 力があふれる。
 これは……

 戦闘中だというのに、その目を背後へ向ける。その視線の先に立っていたのは――

「あ……」

 亜子だった。透き通るような蒼い光をその身に纏い、先端に星をあしらった杖を握って立っていた。
 蒼。彼の新たなパートナーは、広い広い空の色に包まれ、目覚めの時を迎えたのだ。
 目が語っていた。『がんばれ』と。『ウチも一緒に戦うから』と。

「…………」

 無理しちゃって。

 思わず苦笑する。彼女は争いを好まないことくらい、アスカは承知していた。だからこそ、今の状況に苦笑してしまうのも仕方がないというものだった。
 でも。

「これなら……ッ!」

 アイツに勝てる。そう確信した。同時に見えたのは、アーニャの魔法。炎の魔法を得意とする彼女は、野球のボール程度の大きさの炎弾を数個、自身の周りに浮かべている。
 彼女も魔法使い。肝が据わっているのはお互い様というものだ。
 その目は黒い男に向かっている。彼女も自分なりに考えて、今このときを行動をしているに違いない。そうでなければこれから先、この世界を生きてなんかいけるわけがないのだ。

 僕も、負けてはいられないか。

 笑みを浮かべた。同時にイメージする。
 相手を打倒するために、力の解放を促す。巻き起こるは風。輝くは純白の剣。輝きながら振るわれるその剣は、バルドの嵐のような拳を巧みに受け止めていた。
 衝撃の重さも感じない。あれほどギリギリだった拳撃も、今なら視える。

「炎よ大地よ、絡み合え……」

 相手は近接戦闘を主とする。だったらこっちも、それに合わせるだけ。
 目の前で、敵を吹き飛ばす。吹き上げる力に激突し、宙を舞う様をイメージする。
 亜子から流れる魔力を帯び、黄金に光り輝く剣が空気に触れ、爆ぜる。

「いっけぇーっ!!」

 アーニャの声。それと同時に、炎弾が火花を散らしながらバルドへ向けて襲い掛かった。

「ちっ……!」

 舌打ち、跳躍。背後へ跳んだ。今しがたまでバルドがいたところをアーニャの炎弾が通り過ぎる。アスカの目の前を横切り、それでもなお驚きを見せずに剣を振り上げた。
 持ち手は逆手。地面に突き刺すのだ。そのためだけに、アスカは無防備になる。
 ……そう、ただ自分は。

「龍陣剣……ッ!!」

 ただまっすぐ、剣を地面に突き刺す。
 目の前の敵を滅するために。

 黄金の円が浮かび、陣を布く。この陣は起爆剤。アスカを中心に5メートル。ほどなく、剣先からの魔力を受けた地面が大爆発を引き起こした。


 煙で視界がふさがれる。
 バルドはさらに背後へ跳んだのだろう。元気な気配が見て取れた。
 しかし、戦意はない。出会ったときからなかったのだが、つい今まではむしろ戦うことを楽しんでいたような節があった。
 そんなそぶりも、感じられないまま、煙が晴れる。

「ち、魔法使いがいるとやっぱ、厄介だな……」

 仕方ないな、とバルドは口にした。
 拳同士を打ち合わせて、その両腕に魔力を通わせる。
 立ち上るは黒。今までになく膨大で力強いそれは、彼の周りを回り回ってふよふよと浮かんでいた。

「……なにをするつもり?」
「はは。なに、簡単なことだよ。アスカちゃん」

 緊張感のないちゃん付けに、アスカは小さく息を吐き出す。表情には笑みを浮かべている。自身の敗北を少しも感じていない、活力に溢れた笑み。

「悪いが今回は――逃げさせてもらうよ」

 剣を構えたままのアスカに向けて、そう告げた。
 今は夜。これだけの大音量を響かせれば、街中の人々が起きだしてくるだろう。だからこその選択なのかもしれない。
 こっちは追いかける立場にあるからこそ、逃げられればまた追いかけるだけ。しかし、逃げる側は自由なのだ。どこへ逃げたって何ら問題はない。

「お前さんも奥の手を見せてくれたわけだし。だったら、それに報いるのが仁義ってもんだ。だから……」

 そう―――それがたとえ、遠く離れた外国であろうとも。


「うなれ――――ガーベルブレイカー…………!!」

 大きく引いた両手から、風が巻き起こった。黒を纏い荒れ狂う風が3人を吹き付ける。
 同時に感じたのは、膨大な魔力の塊。声と同時に膨れ上がったのだ。その量は自分の放った龍陣剣と同等か、それ以上。

「拳闘士の武器が、拳だけだと思うなよ!!」

 両手に集まっていたのは、凝縮された魔力の塊だった。引き合おうとする両手のそれらを、その力にしたがって合体させる。
 まるでアスカが瞬雷ケラヴノスを放つときのように、大きく右拳を引いていた。
 その光景を、顔を覆いつくした手の隙間から見、同時に確信する。彼自身が、滾る魔力を打ち出す砲台なのだと。そして、自分たちに襲い掛かろうとしているのが瞬雷と同じの集束砲なのだと。
 ……もう、あまり時間はない。

「2人とも、伏せろッ!!」

 振り向いて、とにかく声を上げた。
 同時に走り出す。2人を守るために。


「飛んで、け―――っ!!!」


 バルドの拳がうなりを上げた。





バルドのほう……げふげふ、必殺技が飛び出しました。
七騎士たちは、それぞれが持つ武具の名を呼ぶことで、固有の力を発揮するようにしてます。
ってか、その方がいいかなと思いまして。

う〜ん、どっかであったようなこの表現。


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