ロンドンに着き観光を満喫した2人は、その日の夕方にホテルへとチェックインしていた。
 街中に立ち並ぶ商店街にまぎれて建っている、街を一望できるホテル。旅行扱いということで代理店で予約してもらった部分が大きかったので、泊まる場所を選べなかったがこれならば上々といったところだろうか。
 もっとも、基本的に活動時間は夜。今日のところは明日からの調査のために英気を養うために……寝る。
 ちなみに部屋は亜子と同室。寮でも同じ部屋だからという理由もあるだろう。フロントの人もアスカを女だと思っているようで、特に奇異の目を向けることもなかった。
 いいのか悪いのか、正直微妙な部分である。

「ふへ〜」

 亜子は疲れを大きな息と共に吐き出し、ベッドへダイブ。
 ピーター・パンで有名な時計塔『ビッグ・ベン』に、第二次世界大戦中に不思議と爆撃を受けなかったというセント・ポール大聖堂。東のはずれに位置する、世界最大のダイアモンドで有名なロンドン塔にタワーブリッジ。
 本来ならバッキンガム宮殿や大英博物館にも行ってみたかったのだが、2人してウインドウショッピングに興じていたりもしたため時間が少なすぎた。

「さて。調査は今晩からやるから、とりあえず寝ようか。眠いと感覚も鈍るし」
「うん……せやね」

 亜子はアスカに顔を向けて微笑む。そんな彼女の微妙な変化に、アスカは怪訝な表情を見せていた。
 ……いつもの笑顔じゃない、と。
 普段なら、ぱっと花が咲いたように笑う彼女だが、今は無理してどこか作り笑いをしているような感覚を覚えた。
 感情の変化に鋭いアスカだからこそ気づけたのかもしれないが、逆の意味ではそれが普通なのだろう。
 彼女と自分はパートナー。それ以前に、大切な友達だから。

「なにか、悩みとかあるでしょ?」
「……う」

 何を考えているのか、何を悩んでいるのか、聞かずにはいられなかった。



  
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
  
遭遇! 犯人の正体は?



「お前たち2人の魔力容量は強大だ。これはトレーニングなどでは強化しにくい、いわば天武の才。ラッキーだと思え」

 アスカが任務のために銀行からお金をおろし、明日菜と会話していた日の夜。
 ネギはエヴァンジェリンの家で彼女から教授を受けていた。今の彼に必要な能力の強化を最優先とし、小手先の技術は後回し。それが師である彼女の決定だった。
 ちなみに彼女が『2人』と言ったのは、同じように木乃香も魔法使いになると決めたためであった。木乃香は膨大な魔力を有しているとはいえ、ドが付くほどの初心者。まず必要になってくるのが、自身の魔力を自由自在に操ることだろう。
 今の2人は、自身に秘められた力のすべてを使いこなすことのできない、ただの『タンク』。
 それらすべてを使いこなすことができるように、『精神力の強化』と『術の効率化』を図る必要があるのだが。

「うぅ〜、アスナさんとケンカしちゃった……どうしよぉ」
「まーまー、ネギくん」

 肝心の2人はエヴァンジェリンの話を少しも聞いておらず、特にネギはいじけて床に『の』の字を書いていた。

「貴様ら、人の話を聞かんかーっ!!!」

 怒り心頭、叫ぶのも無理はない。


 ……


「木乃香、お前には詠春から伝言がある」

 2人の顔を自分へ向けさせ、エヴァンジェリンは再び話を戻す。
 父詠春からの伝言、それは『真実を知った以上、本人が望むなら魔法についていろいろと教えてやってほしい』というものだった。
 ある意味、伝言というよりはエヴァンジェリンに頼み込んでいるような言い方ではあるが、魔法について教えることのできるのはネギ以外にはエヴァンジェリンしか居ないだろう。
 彼の人選はある意味で誤っていないと言えた。

「――確かに、お前のその力があれば……偉大なる魔法使いマギステル・マギを目指すことも可能だろう」

 本人が望むなら。世のため人のため、その力を役立てるというのなら。そして、自身の人生を多くの困っている人たちの助けとするのなら。
 ……一朝一夕では決められない。決められるわけもない。
 人間には無限の可能性が秘められている。得意なことを生かせる職に就くことだってできるだろうし、今はまだ中学生の身の上。高校大学と、学生生活をエンジョイしたいという思いもあるだろう。

「う〜ん……」
「お嬢様……」

 これからの人生を、どう生きていくか。
 木乃香はいきなり、人生の岐路に立たされていた。

「さて、次はぼーやだ」

 すでに下地のできているネギ。技術や能力についてはさておいて、必要になってくるのは実戦経験だ。
 戦闘経験などほとんどないに等しい彼はこれから、修行の方向性を決める必要があった。
 選んだ選択肢によって、トレーニングの内容が大きく変わってくる。今後、戦場に身を置く者としてどうしていきたいか。それが今後の修行の指針になる。

「修学旅行での戦いから、お前の進むべき道は2つ考えられる」

 2つあるのうちの1つは、戦闘において前衛を従者パートナーに完全に任せきり、後ろから強力な術を放つ『魔法使い』。
 もう1つは魔力を付与した自身の肉体をもって、従者と共に戦う『魔法剣士』。
 修行は共に困難だが、身に付ければそれは自信になる。極めればそれこそ、戦いのエキスパートにもなれるだろう。

「魔法使いと魔法剣士ですか……」
「修行のためのとりあえずの分類だ。どちらにも長所短所はあるし、強くなってくればこの分け方は意味をなさなくなる。私や白髪の少年のようにな」

 ネギは思案した。先日――エヴァンジェリンの元へ弟子入りする前から、少しずつ中国拳法を学び始めている。
 その時間を無駄にはしたくないが、かといって強力な術が不要だというわけでもない。強くなれば分類は意味をなさないとは言っているが、果たしてどうするべきか。

「1つ、聞いてもいいでしょうか?」
「なんだ」
「サウザンドマスターのスタイルは?」

 ネギの問いに、エヴァは軽く笑みを浮かべる。わかっていたのだろう。その問いを口にすることを。
 父であるサウザンドマスターを追いかける限り、話に上るだろうと言うことくらい。

「……さっきも言ったように、強くなってくると2つの分類に意味はなくなる。だが、あえて言うなら奴は――」

 彼は強い。だからこその『サウザンドマスター』。皆が驚くその知名度。

「『魔法剣士』。それも従者の力を必要としないほど強大な、だ」

 その答えに、ネギは満足したかのように笑みを浮かべたのだった。


 ●


 さて、舞台はロンドンへと戻る。
 時刻は夜。月が中天へと差し掛かり、金色の輝きがよりいっそう増す時刻。
 人気のない、霧がかったロンドンの街。その中を闊歩する3つの影を月光が捉えていた。

「…………」

 ゆっくりと歩を進める挑発ポニーテール。その袖先にしがみついている1つの影。そして、ポニーテールの隣を歩く小さな影。
 アスカに、亜子に、アーニャである。前者2人は仕事で。そしてアーニャは依頼人として。
 彼女は魔法使いだ。しかし、戦闘経験はネギ同様ほぼ皆無と言っていいだろう。できることといえば、アスカが戦うその後方で攻撃魔法の支援を行うことくらいだろうか。
 亜子はアスカにしがみつき、おずおずとついていっている。実際、魔法に触れてからそれほど経っていない彼女はただ、アスカの戦いを見守っているしかできないのだ。
 以前ネギにもらった簡易杖はポケットに忍ばせてあるものの、正直何ができるかわからないまま。

 ……

 事の起こりは4時間前。「悩んでいないか」というアスカの問いに、亜子は首を縦に振っていた。
 この場所で、命のやり取りをしようというときに遠慮などしてはいられない。だからこそ、彼女は抱いている悩みを打ち明けた。

 依頼人――アーニャとのやり取りを聞いて、死ぬほど場違いだと思ってしまったと。
 魔法についての知識がほとんどなく、仕事の邪魔をしてしまうのではないかと。
 そして何より、自分がアスカの足かせになっているのではないだろうかと。

 魔力を扱うことすら満足にできず、いくら練習してもその片鱗すら見て取れない。
 アスカに隠れて練習していたとネギからもらった杖を見せたとき、アスカの表情に微妙な色が浮かんだ。
 修学旅行からも時間が経ち、未だに結論が出ない自分に嫌気すら差していたのだろう。
 こんなどんよりとした気持ちになったことなど初めてだと、彼女は口にした。
 ……それは、些細なことだった。実際、アスカも初陣の時はそんな気持ちだった。失敗するかもしれない、とか仕事にならないのではないか、とか。
 初めから魔法と向き合っていたかいなかったかの差はあるものの、このときの亜子にとっては重大なことだったのだ。

 ……

 それを今、暗がりの中を歩く彼女は思い返していることだろう。
 もし、自分のせいでアスカが怪我をしたら。自分がいたから迷惑をかけたら。
 ネガティブ思考になるのは、仕方ないと思う。

「!」

 アスカは袖先にある亜子の手をとる。
 弾かれたかのように顔を上げた亜子を安心させるように微笑むと、

「大丈夫だよ。きっと、いい方向に進んでいくから」

 やさしげな声で、そう告げた。
 実際、自分だって何とかなった。バックアップしてくれる人間が誰一人いなくても何とかなるのだから、自分とアーニャがいる時点である意味、亜子は恵まれているとアスカは思う。

「仲良いのね」
「悪いよりよくないかな?」
「悪いなら日本からわざわざ、ロンドンくんだりまでこないと思うけど?」
「…………」

 ああ言えばこう言う、というのはこのことだろうか。
 パートナーだから、というのもあるのだろうが、ルームメイトだしクラスメイトだし、なにより友達だし。
 そんなときでも亜子は無言でアスカの背後を歩いていた。
 しばらく無言が続いた後。

「わぷ」

 ぽす、とアスカの背にぶつかる亜子。突然立ち止まった彼に気づかなかったのだ。
 同様に立ち止まっているアーニャの表情は硬い。彼女もほぼ初めてと言える実戦なのだ。緊張、不安がないわけがない。
 硬く握られた小さな拳が、震えていた。

「大丈夫だよアーニャ。落ち着いて」
「う、うん……って、わかってるわよそんなこと!」

 真っ赤になって顔を寄せるアーニャを尻目に、感じ取れる魔力に眉をひそめる。
 膨大といえるほどの魔力。敵意こそないものの、未知の存在ならばそれこそ危険を伴うだろう。
 ……まずは、話をすることだ。
 話をした上でその危険性を見極めて、必要ならば狩る―――それが、アスカの仕事だ。

 ポケットから仮契約カードを取り出しながら、背後の亜子へ視線を向ける。
 不安げに見上げてくる彼女に苦笑しながらも、その一言を告げる。

「亜子」
「……うん」
「力、借りるね」
「…………うん。ウチもがんばる」

 カードが一振りの大剣へと姿を変える。大きくて無骨な、白い刀身が夜の闇に映える。
 同時に、彼が纏う雰囲気も変わる。普段の前向きな彼はなりを潜め、1人の戦士へと変貌した。背後の亜子はそれを感じて、ゆっくりと距離をとる。
 少しでも助けになろうと、簡易杖を握り締めた。……自信の魔力を付与した、いつかのように。
 魔力は、空気や水といった万物に宿るエネルギー。
 扱い方こそ口頭で聞いたものの、あれからそれなりに時間が経ったが結局一度たりとも成功していない。初心者用の始動キーから始まる炎の魔法。たった一粒のローソク程度の炎を灯すことすらまったくできない。
 ……でも何か助けになれればと思う。

「契約執行、30秒……神楽坂飛鳥」

 つぶやく。
 しかし、変化が訪れることなく、アスカとアーニャは突如現れた人影と対峙する。
 その姿はアスカがいつか見た男性だった。

「やっぱり、あなた達だったんだね」
「お前さんはいつかのお嬢さんじゃないか……まーなぁ。私たちの仕事は主のためのものだからな。そのためならなんでもするってものさ」

 ラフな服装に肩まである黒い髪を邪魔にならないようにひとつにまとめ、手には全体を覆いつくすほどの手袋……もといナックルを装備している。
 修学旅行中に出会った、黒ずくめの男の人。

「アーニャの魔力が目当て、だよね」
「まあね。その年で大きい魔力は貴重だからな……悪いけど。それから……」

 影は視線を亜子へ向ける。

「そこのお嬢さんもかなりの魔力を持ってるみたいだから。手土産にはちょうどいいさ」

 その一言に亜子はびくりと身体を震わせた。同時にアスカの表情に険しさが宿る。

「2人に手を出してみろ……そうなったら僕は、君を絶対に許さない」
「おやおや。怖い怖い」

 影は苦笑する。
 ナックルに包まれた両拳を身体の前で打ちつけ、力強さを見せ付けた。インパクトの瞬簡に接触面から火花が飛び散る。

「私はバルドだ……って、前にも言ったかな」
「神楽坂飛鳥。アスカだよ。こっちは亜子、アーニャ」
「そか。それで…………戦るかい?」

 言うまでもない。亜子やアーニャの魔力を狙っているって言うのなら、全力でそれを阻止する。
 もはや話は必要ない、といったところだろうか。

「アーニャ、バックアップお願いね」
「うん……任せて!」
「亜子は……余裕があって、できそうだったららアーニャと一緒にバックアップ。もちろん……魔法でね?」
「アスカ………………うん、任せてや!」

 笑顔を見て、再び表情を引き締める。
 これから始まるのは、長くて短い戦いの時間だ。

「相手が相手だから気が進まないけどなぁ……ま、仕方ないか。それじゃ行こうか、ガーベルブレイカー」

 両手のナックルが、鈍い光を帯びた。



「七天書・守護者ハーヴェスターが三、バルド……魔力の量は充分かな――?」





最後、Fate風に終わらせてみましたよ。
ちなみにこのバルドという男、モチーフはFateの主人公、衛宮士郎くんなんです。
もっとも、戦い方やキャラデザなんかはぜんぜん違いますが、
言動だけなら、少しくらい似せることができたのではないでしょうか?


参考:「ロンドン旅行写真集」
URL:http://www7.plala.or.jp/walk_in_UK/walk/london/london_top.htm


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