……ええと。
みなさん、こんにちは。
麻帆良学園女子中等部3-A、5番の和泉亜子です。
ウチは今、ロンドンへ向かう飛行機の中にいます。ゴールデンウィークを利用して海外旅行へ洒落こんでみたいねん! ……なんて、ワガママ言ったわけやありません。
まぁそのぉ……色々と浅くて深い理由がありまして。
隣で鼻提灯作って寝てるのは友達のアスカ。
今年からクラスメイト兼ルームメイトになったわけですが、実はアスカは男の子なのです!
……
事情云々については、みなさんはよぉく知ってるもんやと思います。
今回、ウチがロンドンに向かっているのは、彼のお仕事に付き合っているからなんです。
おとといの夜に突然、
「僕、仕事に行くことになったんだ」
と言い出しまして。どこかとたずねてみれば、なんとヨーロッパ。イングランドはロンドンという長旅。
クラスメイトのゆーなやアキラに、ゴールデンウィークは海へ行くと聞いていたのでどうしようかと思っていたわけなんですが。
……実はウチ、アスカのパートナーなんです。
え? なんのパートナーかって? ……まぁ、世の中には数々の不思議現象があるわけです。
今に至るまでにも色々と現実離れした出来事を経験しまして、自分自身の将来にすら関わる大事件だったりもするわけです、はい。
突然に突きつけられた非現実と、決めなきゃならないことがあって。
そのためにウチはこうして、アスカと一緒にロンドンへ向かっています。
「……ふぅ」
下には雲。
上には空。
海水浴には絶好のお天気!
でも、ウチは自分から、危険な場所へ飛び込もうとしていたりします。
……ここにいるのが自分の意思。せやから、別に後悔はしてないんですが、みんなと遊べないのがちょっと残念。
「さて、と」
そんなわけで、目的地まではまだまだ時間がかかるんで、ウチもアスカ同様寝てよかと思います。
では、おやすみなさ〜い……
……
「……こ、あ……っ!」
「むぅ……」
まどろみの中、聞こえた声に気づき閉じていた眼を開くと。
「起きたね。着いたよ。荷物もって降りようか」
「ふへ……?」
目の前には、自分を見つめるアスカがいた。
少しだけ寝ているつもりが、えっらい勢いで爆睡してしまったみたいです。
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
ロンドン到着
「「うぅ〜、っん!」」
飛行機から降り、アスカと亜子。2人して搭乗口の前で大きく体を伸ばす。
長い時間ずっと座席に座りっぱなしだったのだから、無理もないというもの。
何せここロンドンは日本のほぼ真裏。9時間ほども時差のある国だ。時差ぼけも激しく異常に眠い。
しかし、アスカは遊びに来たわけではないのだ。
依頼を名指しで受け、引き受けた。ちょうどゴールデンウィークという都合の良さもあり学校を休むことにはならないと思われそうだが、今回はいつもと違っていた。
「ねむい〜」
隣にはパートナーである亜子がいた。
薄い色の髪をショートボブに切りそろえ、休日に着るような私服を着、しょぼしょぼな目をこすっている。
彼女の感覚からすれば遊びに来たのと同義であるからして、というか今から緊張したところで仕方ないので、仕事をするにあたってはいい傾向といえた。
「依頼人さんは?」
「うん。えーっとね……1階ターミナルを出たところにいるらしいね。黒いローブを着てるって」
「名前がわからんって、不便やね」
実は、2人とも依頼人の名前を知らないのだ。
近衛学園長「行けばわかる」などとのたまっていたが、結局のところ苦労するのは自分たちなのだ。
素直に教えてくれればいいじゃん、と考えてしまうのは無理もないというものだった。
税関審査を終え、荷物を受け取る。
すでに入国審査も済ませており、周囲は人でごった返していた。
おのぼりさんよろしくきょろきょろと周囲を見回し、目印である黒いローブを着た人物を探す。
しかし。
「おらんなぁ」
「おかしいな……何かあったのかなぁ?」
行き交う人々はしきりに首を動かす2人を見ては通り過ぎていく。
本来ならせっかくのゴールデンウィーク。観光の1つや2つするべきなのだろうが、仕方ない。
そのあたりはアスカも、そして亜子も納得済み。
とりあえず今、2人の思いは一刻も早く仕事を終わらせて部屋でゆっくりすることが第一だった。
探すこと十数分。
少し高い視点で探してみよう、ということでアスカがぴょんぴょんとジャンプしながら探したところ。
「あ!」
「アスカ、みつけた?」
「うん、多分ね。行こっか」
一際高い時計塔のふもとのベンチに、小さな黒い人影を確認した。
フードをかぶっていることもあり、表情は伺えない。
まだまだ華奢な体つきからすると、おそらく自分たちよりも年下の子供のようだ。
実際、依頼人の中には子供のような身体を持った人もいた。
変化魔法などで身体を変化させていたり、なにかしらの病気を持っていたり。一般の場合は後者が多いだろう。
あるいは、エヴァンジェリンのように呪いを受けていたり。
果たして今回はどうかな、と。
アスカは依頼人の年の頃を考えては、1人苦笑していたのだった。
そして。
『こんにちは』
流暢な英語を発したアスカの声に、依頼人らしきローブの人はおもむろに立ち上がった。
ネギとどっこいどっこいの背丈。
フードの隙間から見える顔立ちは、いつか見た弟分と幼馴染の少女を彷彿させる。
……っていうか。
『……あれ?』
トーンの高い声で、ローブの人は素っ頓狂な声を上げた。
その声に首をかしげると、おもむろにフードを取り払う。
中から現れたのは。
『アスカなのっ!?』
「へ……もしかして、アーニャ?」
ネギの幼馴染にしてアスカの妹分でもある、今はここロンドンで占い師をしているはずの少女の顔だった。
●
「まさか、アーニャが依頼人だったとはね」
「仕方ないじゃない。事態はいろいろと深刻なのよ」
アスカの一言に、アーニャと呼ばれた少女は頬を軽く膨らませ、今回の依頼の内容をかいつまんで話していた。
彼女は日本語を話している。ネギと同様に勉強していたのだろう。亜子でも話がわかるように、というアスカのちょっとした配慮だった。
足元まで届く長い茶髪に、くりくりとした同色の瞳。
ネギとともに魔法学校を卒業し、占い師としての最終修行をしている最中である彼女。
まず最初に、本来なら今回の依頼は今の彼女の保護者的な魔法使いが行うはずだったという。
駆け出し、しかも仮免許真っ最中の彼女がこんな依頼をできるはずもない。
「その人、あたしの先輩占い師なの。でも……昨日」
「なるほどね」
結論から言えばつい昨日、アーニャの先輩魔法使いも魔力を根こそぎ奪われた、ということだ。
「依頼はすんでるから、って言われてあそこにいたんだけどさ。まさかアスカが『白き舞姫』だったとは思わなかったわよ」
「……僕だって不本意だよ、こんな二つ名」
再会してから、3人は近くのオープンカフェに移動してきた。
二つ名についてを軽くいじった後、
「そういえば……」
と、アーニャは亜子へと視線を移動させる。
もちろん、彼女は亜子のことをまったく知らない。
「彼女は和泉亜子さん。今の僕のクラスメイト兼ルームメイト兼パートナー」
「ふうん、いつもアスカがお世話になってます」
「い、いえいえこちらこそ。いろいろお世話になってます」
あせあせと遅くなった挨拶を返す。
互いに自己紹介を済ませると、じーっと亜子の顔を凝視する。
へー、クラスメイト兼ルームメイト兼パートナーね……
「って!」
ちょっとまて! といわんばかりに立ち上がり、ずいとアスカに顔を寄せた。
「パートナーってどーいうこと!? ネカネさんじゃないの!?」
「いやまぁ、いろいろあってさ」
修学旅行のときのアレは、まさしく事故と言えるだろう。
その事故によって亜子の持っている力の大きさがわかったようなものだったのだが、ある意味あのときの主催であるカモミールと朝倉が巻き込んだようなものだった。
そんな一件があったからこそ、彼女はここにいるわけだ。自身の未来のために。
だからこそ、彼は守ると決めた。
彼女は『この場所』にいる限り、守り抜いてみせると。
「……ネカネさんに、なんて言い訳するつもり?」
「う゛……」
一通りの経緯を話した後、アーニャから発されたのはこんな一言だった。
本来なら連絡を入れるべきなのだが、何をされるかわからないという一抹の恐怖心に勝つことができず、ずるずると今に至っていた。
「そ、そんなことよりほら! 仕事だよ仕事! 僕らはこのために休み返上で来たんだよっ! ね、亜子!?」
「へっ!? ……うんまぁ、そやね」
「む〜、ちゃんと連絡しときなさいよ。後が怖いから」
結局、アスカはここでもうやむやにしてしまったわけだが。
「それじゃ、仕事の話をしましょうか」
アーニャのこの一言に、亜子は瞠目していた。
すべてを見透かされてしまいそうなくらいに鋭い、その視線に。
実際、彼女は自分を見ているわけではないのだ。見ているのは、隣に座っているのアスカ。当の彼も、表情を変えていた。
先ほどまでの和やかな雰囲気が、一瞬のうちに消えてしまったのだ。
「事の始まりは今から2週間くらい前。1人の魔法使いが昏睡に陥って、病院に運ばれてからのことよ」
それは、自分が今まで踏み入れたことのない世界。
「普通の病院じゃただの貧血ってことになってるけど、実際はもっと深刻」
常に危険が伴う、魔法の世界。
自分が踏み入れることになる、未知の世界だった。
「その人の魔力が根こそぎ奪われてたのよ……それも、短時間で」
……あはは。ウチ、死ぬほど場違いやん。
なんて、考えてしまうのも無理はない、というものだった。
「なるほどね。それはその人が、なんらかの魔法を使ったってワケじゃないんだね?」
「ええ。周囲に魔法の痕跡はまったくなかったらしいわ。本人がまだ目覚めないから、情報も少なくて」
アーニャは整った眉を寄せ、顔をテーブルへと落とした。
「それから2週間。出没時刻は主に真夜中。被害者は20人を超えたわ。多いときなんか、一度に3,4人が一晩で」
「それは……深刻だね」
人死にが出ていないとはいえ、本当の依頼者はこれを不可思議、由々しき事態と考えたのだろう。
魔力だけが根こそぎ奪われている。これは、他でもない七天書の守護者の誰かの仕業。そんな答えを導き出すのに、時間はかからなかった。
これは、学園長から聞いた話そのままだった。
いくら殺していないとはいえこのロンドンの魔法使いたちに敵対し、暗躍している。
来てよかった、とアスカは思う。
「だから、ここは巷で噂の『白き舞姫』に力を借りよう、と思ったらしいわ」
アーニャは最後にこの一言を発し、口を閉ざした。
『白き舞姫』の部分だけ強調しているのは、気のせいだろうか?
「もう、それは言わないでってば。とりあえず、話はわかったよ。今夜から少し調べてみるよ」
「ありがとう、アスカ」
「いえいえ」
『白き舞姫』の正体が知り合いだとわかったからか、アーニャの口調は砕け気味。
年のころはまだまだ子供だ。そうなってしまうのも仕方ないというものだろう。それでも、しっかり依頼の内容を詳細に話して聞かせるその姿は、立派な魔法使いそのものだと、アスカは思う。
アスカは財布から小銭を取り出すと机の上に置き、
『お金、ここにおいてきますねー!』
と、せっせと働いているウェイトレスさんに話しかけていた。
席を立つ。
「さ、亜子。いこっか」
「……へ? どこへ?」
「どこへって……観光だよ、観光。せっかくロンドンまで来たのに、仕事だけなんて僕はヤダし」
「あ、それじゃああたしが案内するわ。このあたりは、もう庭みたいなものだから」
「ダメで〜す。アーニャはちゃんと自分の仕事をすること」
「えーッ!?」
和やかな雰囲気が戻ってきている。
「……」
2人の会話を聞きながら、亜子はぼんやりと考えていた。
ついこの間まで、何も知らない一般人だった自分と彼らでは、何が違うのか。
挙げられる項目はいくつもあった。
平和だとか、そうでないとか。危険だとか、そうじゃないとか。
「……そか」
結局、行き着いた答えはそれら以前の問題だった。
一連の会話から推測するに、魔法使いたちは一般人と比べ規模が小さいからこそ、仲間意識が強い。
だからこそ、同胞たちが傷つけば黙ってはいられない。
問題だったのはただ、自分たちがどうしたいか。
魔法使いという人種は、それを重視して言葉を交わし、行動している。
守りたいから守る。倒したいから倒す。
ただ一途に、それを思っているだけなのだ、と。
「ほら、亜子。観光行こう」
「うんっ!」
だったら、ウチも魔法使い流でいくわ!
これが、思案をめぐらせ得た、1つの答えだった。