「しかし、未だに信じられないわよね」

 ガラス作りのテーブルを前にして、明日菜はうなった。
 緑と青の双眸が1人の少年を見据えて、動かない。
 ここは、女子寮643号室。
 明日菜と木乃香と、ネギにあてがわれた部屋である。

「うんうん。どっからどー見ても女の子にしか見えへんし」
「そうですね。今までもまったく気付きもしませんでした」

 うなる明日菜と同様にうなずいていたのは、木乃香と刹那である。
 木乃香はネギのプライベートスペースにて、彼の傷を治療しているのだが、もちろん魔法などまだまだ使えない。
 手作業での手当てだ。

「よく今までみんなを騙してこれたわね〜」
「うぐぅ……」

 そんな話の矛先になっているのは、他でもない。

「僕だって、別に騙そうと思って騙してるわけじゃないんだよ……一応」

 神楽坂飛鳥という、れっきとした男である。
 昨晩の一件で結構な人数に秘密を知られ、根掘り葉掘り聞かれたもののとりあえずは黙認してくれるということで片がついた。
 苦笑するアスカを前にして、明日菜はなにかを思いついたかのように目を見開く。
 同時に低い笑い声を上げていた。

「な、なに……?」
「アンタ、何も知らない私たちの裸……見たわよね?」
「……っ!?」

 知らなかった彼女たちに罪はない。
 しかし、性格上押しに弱いアスカは今まで、断ろうにも断りきれない状況だった。
 風呂場とか、体育の着替えとか。
 アスカはそれを普通に見ていたわけで。

「確かに、今から考えれば着替えやお風呂のたびに真っ赤になっていたのもうなずけますね」

 実は男でしたー、なんて状況に、明日菜はもちろん怒りを隠せないわけで。

「け……」
「け?」

 ふるふると拳を震わせて。

「見物料払えェ―――ッ!!」
「そんなんでいいのかぁ―――いっ!?」

 ドカーンっ!

 アスカは吹っ飛ばされていた。



  
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
  
ご指名です



「ネギくんネギくん! 受かったよ選抜テスト!!」
「わぁ、おめでとうございます。まき絵さん!」

 その後、頭からピューピュー血を噴出させたアスカに遭遇しながらも、まき絵と亜子は643号室へ飛び込んできていた。
 彼がいないうちに茶々丸が部屋を訪れて、ケガに効く薬をわざわざ持ってきてくれたらしいが、なぜか643号室でお茶汲みなんぞをしていたりする。
 ちなみにアスカは明日菜の鉄拳で窓から外へ吹っ飛ばされて、哀れにも落下、雄々しく茂る木々たちによって一命を取り留めたのだ。
 その時から同時にまき絵の選抜テストの合格とネギの弟子入り決定を祝して騒がしくもお茶会が始まったわけだが。

「……相変わらず騒がしい部屋です」
「あはは……」

 夕映とのどかが643号室の呼び鈴を押していた。

「はいはーい……あれ、夕映ちゃんに本屋ちゃん……それに……っ!?」

 彼女たちの背後にいた男性に驚きながらも嬉しそうな表情を見せた。
 明日菜は長くその男性を慕っていたから。
 突然の訪問に驚きながらも嬉々とした表情をしていたのだ。

「高畑先生!?」
「やぁ、明日菜君。聞きたいんだが、こっちにアスカ君はいるかい?」
「私たちは、ネギ先生に内密の話があるのですが……」

 そんなわけでお茶会は解散、ネギと明日菜は夕映とのどかに連れられて図書室へ行ってしまった。
 明日菜はどこかがっくりと肩を落としていたのだが。
 同時にアスカはタカミチに連れられて学園長室へ。
 なんでも、学園長が彼をお呼びらしい。
 自分を呼び出す一番の理由は仕事の依頼だろう。しかし、だとすれば携帯電話で呼び出してくれればよかったのだ。
 それができないほどの理由が、あるのだろうか?

「学園長、アスカ君を連れてきました」
「おぉ、すまんのう高畑君」

 学園長室。
 ホントに人間か? と思えるほどに長い頭を持つ学園長はいつもこの部屋にいた。
 ……たまたま顔を出せばいるだけなのかもしれないが。
 長く白いひげを撫でながら、窓から外を眺めていた爺さんは振り返り、

「呼び出してすまんのう、アスカ君」

 ほっほっほ、と年寄りらしく笑って見せた。


 ●


「ネギ先生……」

 ところ変わってここは図書室。
 ネギ、明日菜、夕映、のどかの4人は学習用の机に大きな紙を広げていた。
 以前修学旅行から戻る際に、詠春からサウザンドマスターの手がかりとして渡された地図の暗号の解読を頼んでいたのだ。
 今回はその手がかりが見つかった、ということで『内密の話』だったわけだが。

「オレノ、テガカリ……?」

 実は意外に簡単に手がかりが見つかっていた。
 日本語、カタカナで、さらにシンプルな自画像までが描かれたサウザンドマスターの手がかり。
 日本語だったから見逃しちゃったのかなー!? なんていいながら嬉しそうに笑うネギを見て明日菜は思わず突っ込みを入れていた。

「ネギ、あんた時々スゴイバカでしょ?」

 と。

 閑話休題。

 いとも簡単に手がかりを見つけて浮き足立っていたネギだったが。

「ひとつ、ハッキリさせたいことがあるです」

 という言葉の後に続いた夕映の一言に驚きを隠し得なかった。
 彼女自身、こういった状況であることが信じられなかったりするわけだが、修学旅行の一件のおかげで認めざるを得ない。
 突然撒かれた煙で人が石になってしまったり、この平和な世界で人知を超えた戦いを目前にしてしまったから。

「あなたは、魔法使いですね?」
「えうっ」
「何故、使を秘密にしなければならないのか、その理由も気になりますが、今はもっと気になることがゴロゴロあるです」

 エヴァンジェリンが強力な魔法使いであること。
 木乃香や学園長も魔法使いであること。
 世界中にかなりの規模の魔法使いの社会が存在するということ。
 そして、この麻帆良学園という学園都市のこと。
 そのすべてを、会話からの推察や世界樹、広大な地底図書室といった小さな手がかりからすべて推測、言い当ててしまっていた。
 夕映は決して頭が悪いわけじゃないのだ。ただ、勉強が嫌いなだけで。
 いざとなれば頭の回転は速くなるし、彼女を相手に論じればまず勝てる相手はいないだろう。

「そこで本題なのですが……」

 と、彼女はここで本題を切り出した。
 今まであまりに普通すぎた彼女の生活が、ここにきて一変、刺激のありすぎるものへと変貌してしまったのだから。
 あのような人知を超えたを見てしまえば、いても立ってもいられなくなる。
 彼女はそういう人間なのだ。

「もし手がかりを調べに行くというのなら、私たちも連れて行ってはくれないでしょうか?」

 この学園や、ネギたち魔法使いのことを知りたい。
 それが、今の彼女が最優先とする行動だった。


 ●


「で、僕になにか用事なんですか?」
「ふむ」

 クッションのきいたイスに身を預けて、老人はうなる。
 言うべきか言わざるべきか、迷っているようにも見えて、長い沈黙が彼らを支配していた。

「お前さんに仕事の依頼が来ておるんじゃよ」
「……は?」

 今はまさに準備に徹する時の、はずなのだ。
 来る、とわかりきっている脅威に備えて。
 連中は『魔力』を欲している。この麻帆良学園は、格好の餌場ともいえるのだから。
 住人たちを守るためにも、戦力は多いにこしたことはない……はずなのだが。

「七天書のことを最優先にすべきなんじゃろうが、先方がどうしても、と言うものでな」

 そんな学園長の話を聞いて、考えてみる。
 今、自分はネカネから言われた任務を遂行中。正式なものではないものの、始まりが少しばかり強引だったものの大事な家族の頼みだからこそ、今となっては半分あきらめてもいる。
 仕事など、学園内のことだけでいいものだと思っていた。
 しかし。

「場所は?」
「ロンドンじゃ」

 場所はイギリスのロンドン。長旅になる。
 なぜ彼が呼ばれたのかというと、最近関東地方にまで伸びてきた昏睡事件が最近、ロンドンでも多発し始めているという報告を受けたからだった。
 ロンドンといえば、魔法使いたちの集落だってあるはずなのに、なぜか。
 ……答えは簡単。

「すでに、大半の魔法使いたちは魔力を奪われて昏睡状態。とても動ける状態ではないらしいのじゃ」

 そこで、原因を同一の集団を考えて唯一交戦経験のあるアスカに白羽の矢が立った、と。
 大まかな理由はそんなところだ。
 魔力を奪われた魔法使いたちは大半が不意を突かれ、抵抗する間もなくやられてしまった。
 つまり、それほどの手練がロンドンに居ついているということになる。

「…………」

 期日は来週の数日間のみ。
 あるいは原因を掴んで退治、あるいは捕縛できれば即任務達成。
 難度はさておき、かなり自由度の高い仕事と言えた。

 しかし、昨今の魔法使いたちは一体何をしているやら、である。
 いくら不意を突かれたとは言っても、戦闘経験に長けたパートナーだっていたはずだ。
 それなのに手も足も出なかった、ということは相手は複数か、あるいは相当の実力の持ち主か。
 達成の難しい任務であることには間違いないだろう。
 小さくため息を吐く。

「わかりました。その任、お受けいたします」
「おお、そうかそうか。助かるぞい」

 しかも運がいいのか悪いのか、来週はゴールデンウィークでほとんど休み。
 ともあれ今日は日曜日だから、月曜日に準備して火曜日に出発。3日間任務に当たって帰ってくれば、週末には帰ってこれるはず。
 その間に事が起こりやしないかと心配ではあるが、この麻帆良学園には多くの魔法先生や魔法生徒たちがいる。数では圧倒的に上なのだから、遅れをとることはないだろう。
 アスカはくるりと学園長に背を向ける。

「それじゃ、準備がありますので、これで」
「うむ、よしなに頼むぞい」
「お任せです」

 扉を開けて、外へ。
 タカミチは学園長室をでることなく、立ち尽くしたまま動くことはなくて。

「……その手のプロはやっぱり違いますね」
「彼もまだ15じゃ。本来なら学業をおろそかにはして欲しくないのじゃが……」
「仕事の話になった途端、目の色が変わりましたしね」

 大人になりかけともいえる15歳。
 まだまだ子供といってもいい年齢であるにもかかわらず、彼の独特な真紅の目は妥協を許さない『魔法使い』そのものと言えた。
 ここにいる2人の大人たちは、まだ年端も行かない子供をある意味での戦地へ追いやっているのだ。
 世のため人のため、なんてお題目を掲げて、指名されたからという理由で大人たちは何もせず送り出すだけ。
 タカミチも学園長も、文句1つ言わず仕事を引き受けてしまった彼の無事を祈ることしかできないのだ。

「……無力ですね、僕たちは」
「そうじゃな。情けない大人じゃ、ワシらは」

 タカミチの言葉にうなずき、学園長――近衛近右衛門は頭を垂れたのだった。


 ●


「さて、帰ったら早速用意をしなくっちゃ。パスポートと応急手当セットと……」

 あまり大荷物にはできない。
 旅行ではなく、あくまで仕事としていくわけだから。
 私服と仮契約カード、軍資金と戦闘装束、そしてパスポートと言ったところだろうか。
 アスカ自身、大荷物を好んでいないため、極力軽装で仕事を行っている。身軽だし、なにより動きやすいから。
 今回は遠出になるとはいえ、仕事は仕事。普段と変わらず持ち物は不要。

「みんなになんて言えばいいかな……」

 むしろ問題はそこだった。
 学園は休み。ある意味ではそれが理由になるのだが、問題は亜子だ。
 正直に言えばついてくる可能性は高い。パスポートを持っているかどうかはさておいて。
 そんな彼女をどう言いくるめるか。それが目下の課題だったりする。

 結局どうするのか……魔法の世界に足を踏み入れるのかという問いの答えをまだ、聞いていない。
 もし回避するというなら、魔力そのものを封印して、元の生活に戻る事だってできる。
 修学旅行での一件でそれを決める、という話になっていたのだが、お互いの話題にすら上らない。
 踏み入れるならそれで血の克服だってしなければならないし、今回の仕事でもそれを見る可能性が高い。
 だからこそ、まだ……行かせたくない。

「とにかく、何とかしよう」

 結局そんな結論に至って、意気揚々と敷地内を闊歩する。

 西日の朱が、彼の顔を明るく照らしていた。
 まるで彼の進む道が、明るく開けているかのように。






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