「やー、楽でいいな。文明の利器だな……電車というのは」

 京都駅で購入した駅弁をむしゃむしゃと口へ運びながら、リバーは満面の笑みで呟いた。
 ここはただ座っているだけで東京へまっしぐらな、夜行列車の車両の一角だ。
 運のいいことに、回りに人の姿がなかったからこそ、リバーの呟きが誰かに聞かれることもない。
 夜景を窓越しに眺めながら食べる駅弁は、また格別だった。

「お、この魚うめぇーっ!」

 地図とにらめっこして、歩くこと丸1日。
 目的の電車とようやくめぐり合えたリバーは、切符と少しばかりの旅費を手に。

「う〜ん、東京まで5時間か……そのあとで確か電車を乗り換えないといけないから……麻帆良までは気が抜けねえな、こりゃ」

 先行した小太郎を追いかけつつも、優雅な旅。
 さて、彼が追いかけている小太郎はというと……

「ぜ、ゼェっ、ぜぇっ!」

 とある森の中を歩き回っていた。
 汗をでろでろと流しながら、頭にくっついている耳をぴんと立てて自身の現在位置を探る。
 無論、その手には地図が握られているが、彼の荒っぽい旅のおかげでビリビリに破けて、もはや見る影もない。
 そんな中で、彼は肩で息をしながら、自身の向かう前をにらみつけ、一歩を踏み出した。

「京都出てから気づいたんやけどな……」

 呟いたところで今更なのだ。
 過ぎていった時間はタイムマシンでもない限り戻ってこない。
 それでも。

「麻帆良行くのに徒歩はないやろ徒歩はァ―――ッ!!」

 叫ばずにはいられなかった。

 犬上小太郎、10歳。

「リバーにいちゃんのアホォ―――ッ!!」

 初めて、人に対して殺意を抱いた瞬間だった。

「っていうか、もっと早う気づけや俺―――ッ!!!!!」



  
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
  
意外にうっかりさん?



 さて、リバーが寝台特急『GALAXY』に乗り込んで少し遅めの夕食といわんばかりに駅弁を開き、小太郎が樹海の真っ只中で雄叫びを上げたのと同時刻。
 ここ麻帆良学園都市の名物ともいえる世界樹の前で、ネギとエヴァ、茶々丸、チャチャゼロは向かい合っていた。
 エヴァが指定した約束の期日。約束の場所。約束の時間。
 彼女を魔法の師とするための、ネギの弟子入りテストの日、時間がやってきたわけだ。

「ネギ・スプリングフィールド、弟子入りテストを受けに来ました!」

 階段下からネギ。

「よく来たな、ぼーや……では、早速はじめようか」

 階段上からエヴァ。
 すでに日付も変わった時間帯であるにもかかわらず、彼らを照らす月の光は平等にすべてを照らしてくれている。
 まるで、2人の立合いを応援してくれているようだった。
 そんな中で、エヴァは弟子入りの条件を提示した。

「お前のカンフーもどきで茶々丸に一撃でも入れられれば合格。手も足も出ずに貴様がくたばればそこまでだ」
「その条件で、いいんですね?」
「ん? あぁ……いいぞ」

 笑みをたたえ、今までになく自身の存在感を醸し出すネギを前にして、エヴァは彼の背後――なぜかついてきてしまっていたギャラリーへと目を向けた。
 階段の影で横一列に並び、ネギのテストを見守る彼の教え子たち。
 和泉亜子、大河内アキラ、明石裕奈、近衛木乃香、桜咲刹那、佐々木まき絵、神楽坂明日菜、古菲。
 そして、彼女たちの中に混ざってネギを見守っている1人の少年。
 彼を視界に納めた時点で、彼女は1つ……とってもいいことを思いついた。

「茶々丸さん、お願いします」
「お相手させていただきます」

 すでに臨戦態勢にある2人。
 その間に水を差すのは無粋とも言えたのだが、彼女的には、
 この場の主導権は自分にあるからと。

「いや、待て茶々丸」

 立合いに、水を差した。


 ●


 ネギと茶々丸。
 2人が対峙している光景を・・・否、ネギの後姿を眺めて、アスカはどこか感慨に耽っていた。
 ウェールズではなにかあれば泣いていた彼が今、こうして1人の戦士として戦う姿が見られるとは思ってもみなかったから。
 彼の成長を、義理とはいえ彼の家族として嬉しく思った。
 そんな中。

(……ん?)

 1つの視線を感じた。
 ネギの応援をしている友達を見回して、さらに視界を遠くへ伸ばしてみる。
 キョロキョロと周囲を見回して、さらに気配を探ってみる。
 七天書の守護者たちがどこに潜んでいるのかわからない状況まで、来てしまっているから。
 先日のニュースで、ついに東京都で被害者が出た。
 彼らは今、正体不明の昏睡状態で目を覚ます気配すらないという。今までが貧血と似た症状だった分、被害の規模が拡大しつつある。
 ……由々しき事態だった。
 この場でもし連中が襲い掛かってきたらと思うと、背筋が凍りつきそうだ。

(ん、違うみたいだ……って)

 結局、視線の主は実は少し離れた場所にいた。
 アスカから見てネギと茶々丸をはさんだ奥。

 ……エヴァだ。
 エヴァはアスカと目が会うと。

「(……フ)」

 面白いもの見つけた、といわんばかりに、しかしどこか禍々しい笑みを彼に見せつけた。
 同時に彼を襲ったのは、いわゆる『イヤな予感』だった。

「茶々丸さん、お願いします」
「お相手させていただきます」

 互いに礼。
 何事も礼節は大事だと言わんばかりに、ネギと茶々丸は軽く頭を下げる。
 同時にネギは簡易魔法の杖を、茶々丸は腰に巻いていた黒いパレオを取り払った。
 ……が。

「いや、待て茶々丸」

 エヴァが今にもぶつかりそうな2人を止めていた。
 同時に、視線が一瞬アスカへ向かう。
 その視線に一抹の恐怖感を覚え、アスカは自身の予感が的中したのだと悟った。

「ふふ……いーことを思いついた。お前がぼーやの相手をする必要はない」
「……は?」

 ネギの素っ頓狂な声。
 彼女の言葉に驚いているのだろう、いきなりの突飛な発言に同時にあいた口がふさがらなくなっている。

「せっかくだ……別のヤツに相手をしてもらおうか」
「ま、まさか……」

 エヴァの声に、アスカはつい呟いてしまう。
 彼女はネギに向けていた視線を移動させて、

「神楽坂飛鳥。貴様がぼーやの相手をしろ」
『え――――ッ!?』

 その場にいた全員が、思わず声を上げていた。
 それはそうだろう。ギャラリーとして見物に来ていた少女たちのほとんどが、ネギの相手をアスカが務めることになるとは思ってもみなかったのだから。
 実際、彼女たちのほとんどは彼が戦えることを知らない。
 彼の得手は剣なのだが、無手でも充分に戦えることを古菲は知っている。
 だからこそ、突然なこの状況に、思わず眉間にしわを寄せていた。

「まずいアル。相手がアスカとなると、今までの訓練が水の泡アルよ」
「な、なんで?」
「アスカは強い。茶々丸の力はわからんアルが……」

 尋ねたのはアキラだった。
 ネギやまき絵との訓練にアスカも付き合っていて、なんらかの武術を嗜んでいることくらいは彼女も知っていた。
 しかし、ここで彼が名指しされるとは、露にも思っていなかった。
 そして、それは彼女の問いに答えた古菲も同じだった。
 修学旅行へ行く前に、一度手合わせしたときに感じた、彼の力は。

「今のネギ坊主には過ぎた相手アル」

 敵に回ればまさに脅威、とも言えた。……もっとも、性格的にありえない話だが。
 アスカは達人としての領域に近い。しかも、中国拳法の極意であるカウンターすらいともたやすく放ってくる。
 ネギとの訓練を直接見ていたわけじゃないから、茶々丸に勝つ方法として教えた作戦を彼は知らない。
 しかし、数回拳をあわせればあっという間に察されてしまうだろう。
 そしてなにより、あの歩法。
 瞬動術とは違う、空気と混ざり合うかのような移動術。
 彼が自力で編み出した確かな力。

「な、何で僕? 普通に茶々丸でいいじゃ……」

 それは、先日の手合わせでも彼女を大いに翻弄した。

「……バラすぞ?」
「ぐ……」

 先日のガチバトルで、エヴァと茶々丸、そしてチャチャゼロの3人にはアスカの秘密が露見してしまっていたという事実があったりする。
 アスカの秘密とは無論、彼が男だということ。
 それにもかかわらず麻帆良学園女子中等部に所属しているという事実を。
 なので、『バラす』と言われてしまえばアスカに反論の余地はない。
 観客席と化していたギャラリーの中から飛び出して、無言でネギと相対する。
 それほど、彼からすればその秘密が露見するのは死活問題なのだ。

「バラすって、なにを?」
「さ、さぁ……なんやろね」

 木乃香に突然話を振られた亜子は、少し動揺しつつも首を傾げてみせる。
 彼女はなんとなく、わかっていた。
 彼の秘密が何なのか、を。

「亜子、もしかして……」
「うん」

 そして、それはこの人も。
 明石裕奈。図書館島での騒動でアスカが男であることを知ってしまった1人だ。

「エヴァちゃん、アスカのこと知ってたんや……」
「確かに、アスカが逆らえないのも無理ないね」

 2人は顔色を青くしてネギと相対したアスカを見て、思わず苦笑してしまった。
 そして、アスカは黒く笑うエヴァを見上げて。

「あの人はわるい魔法使いじゃない……ワルだ。正真正銘のワルで、あくまだ。間違いない」
「あ、アスカ……なに言ってるの?」

 うつむいたまま呟くアスカを見て、ネギは心配そうに声をかける。
 これから拳をあわせるとはとても思えないのだが、死活問題である事実がこの場所で露見してしまうのは非常によろしくない。
 だからこそ、戦わざるを得ないわけで。

「……む! 仕方ない。じゃ、戦ろうか」
「…………」

 ネギは躊躇していた。
 相手は自身の家族ともいえる存在だからこその、しり込み。
 しかし、それは戦わないことへの理由にはならない。むしろそれは、ただの逃げだ。
 だからこそ、いつまでたっても動きを見せないネギを、軽くにらみつけた。

「僕の身を案じているなら、気にしなくていいよ……全力で行くから」
「……っ」

 挑発に等しい一言。
 彼は相手がネギであっても戦い、勝利する気概があるのだ。
 だからこそテストとはいえ家族と戦うことを良しと認めることに戸惑うネギの身体を竦ませた。

「ナギを……サウザンドマスターを追うんだろ?」

 その一言に、ネギは目を見開いた。
 今はまだ駆け出し魔法使いとして修行の最中だが、最終的な彼の目標は父であるサウザンドマスターを探し出すこと。
 6年前の雪の日から、そのためだけに必死になって魔法を覚えてきた。
 強くならねば、きっと追いつけない……あの背中に。

「彼を追うなら、僕くらい一跨ぎで超えてみなよ」

 それは、やはり挑発だった。
 彼の目標を引き合いに出して、戦わせようと差し向ける。
 ……もちろん、そんなことをアスカもしたくはない。しかし、せざるを得ないのだ。
 確かに、押し付けられた立合い。しかし心の片隅で、精神的に強くなったネギと戦いたいという純粋な思いがないわけじゃなかった。
 実際、まだ対等に闘うには早すぎる。
 中国拳法を習い始めてまだ一週間と経っていないし、なにより体そのものの作りが違いすぎた。

「僕も君も、彼の背を追いかけてる。だから、同じ共感できるし、幼いその年で立派だと思う」
「アスカ……」
「でも、必死に追いかけている道の前に立ちはだかってるのが身内だから、なんて理由で目をそむけて逃げるのは……やめて欲しいと僕は思うわけで」

 彼も実際、同じようなことを経験した。
 かなり昔の話になるが、仕事の最中に幻術を得意とする魔法使いのその幻術にまんまと嵌ってしまったことがあったのだ。
 嵌ってしまえば後は簡単。敵の大切な人に敵意を向けさせ、攻撃させる。もちろん、反撃なんかできやしない。
 結局その大切な人の幻を倒して、幻術を打ち破ったわけだが、そのときに作ってしまった傷跡は、未だに背中にくっきり残っている。アスカが入浴時に端で小さくなっていたのは、男だからという理由だけじゃなく、生々しい傷跡を見せたくなかった、なんて理由もあったりした。
 だからといって、大切な人をおいそれと傷つけたいわけじゃない。
 必要なのは、そう在ろうという強い気持ちだけなのだ。

「たった一撃。掠るだけでも君は勝てるんだから。これほど破格の勝利条件は……ないよ?」

 着ていたジャケットを脱ぎ捨てて、身軽なシャツ1枚になると、気を纏う。
 発される淡い光が闇夜に映え、流れるような残像を生み出した。


 ●


「ねぇ、さっきさ。アスカが妙なこと口走ってなかった?」

 唐突に言葉を発したのは、アスカの主張を聞いていた明日菜だった。
 つい今しがた、自身が耳にした言葉が実は幻聴だったんじゃないかと彼女は本気で思っていたりするわけだ。
 そして、周囲のクラスメイトたちに向けた視線は、どこか複雑な色を宿している。

「うん、ウチも聞いた。やっぱり間違いやなかったんや」
「私もです」

 木乃香も刹那も、明日菜と同様に耳を疑っていたらしい。
 そして、返事すらしていない古菲やまき絵や、アキラもそれは同じだったようで。
 目をしぱたかせたり、ぶるぶると首を左右に振ってみたりと、反応は様々だ。
 そんな中、

「あちゃ〜、自分からバラしてどうするかにゃー」
「アスカって、たま〜にうっかりさん?」

 裕奈と亜子は互いに苦笑し合っていた。
 アスカが不意に漏らした事実を、以前から知っていたかのように。
 ……否、実際に知っていたのだ。
 アスカが男だというただ一点の事実を。

 女子校の中に男子が1人。
 そんな非常識な状況を認識して、最初に彼女たちが思ったことは。

((あの顔で男はないでしょ〜……))

 それ以前の問題だった。


 ●


「……わかったよ、アスカ」

 軽くうつむいたまま、ネギは静かに言葉を発した。
 その言葉と共に上げられた表情には決意が宿っていて、自分の言葉が間違いなんかじゃなかったのだと嬉しく思う。
 その瞳は爛々と輝き、先ほどまでの表情は消えうせている。
 ……これでいい。これでいいんだ。
 でも。

 なにか嫌な予感がするのは、気のせいだろうか?

 そんなことを思いつつ、

「では、はじめろ!!」

 彼らの話を目前で聞いて、『青すぎる……』と顔を真っ赤に染めたエヴァの合図で、ネギの弟子入りテストがようやく開始されたのだった。





はい。いろいろとすんませんでした。
アスカくんもせっかく特殊な立場なのだから、ということで、
少し気を使わせてみました。
正体をさらに数人にばらしつつ、次回はvsネギ戦となります。


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