「ははははは!」
「……ちっ」
夜も深まった京の都。
人々は寝静まり、車も滅多に通ることの無い街中で、2つの人影が対峙していた。
その手には、現代日本では持つことすら許されないはずの凶器を握って、その刃を合わせている。
人影が長い柄を両手で握り、三叉の槍を突き出す。
対する人影は右手に白い残像を残す刀を携えて、繰り出される刺突撃をいなしては間合いを詰めようと一歩を踏み出す。
しかし、連続して刺突を繰り出すその場に隙はなく、その一歩を踏み出す前に背後へ後退させられる。
冒頭の二つのセリフは、それぞれの心情を如実に物語っているわけで。
すでに刃を交え始めてから1時間が経過しようとしていた。
攻撃一辺倒の槍術士に、守ってばかりの剣士。
火花舞い散るアスファルトの上で、それぞれがいずれ来るであろう決着の時を待つ。
それぞれの勝利を確信して。
「はははっ。楽しいよな、戦いってさ!!」
槍術士が嬉々として叫ぶ。
……名をクラウドという。
シンプルな上下着に、青がかったグレーの髪。顔を覗かせる朝日が反射して、対峙していた人影にはまるで銀に輝いて見えた。
そんな彼とは逆に、襟付きシャツを羽織り、デニムのズボンを履いた青年――リバーは眉間にしわを寄せて、神速の一撃一撃を見極めては捌ききる。
汗が滴り落ち、アスファルトに黒い斑点を残していた。
「楽しいわけ無いだろ、疲れるし、痛いし。何より……」
しかし、彼の表情に焦りは無い。
むしろクラウドの笑みの中に、焦りが見え隠れしていることを、彼は見逃さない。
感じた気配に、クラウドは攻撃の手を止めて距離を取る。
石突を天へ、槍の穂先をリバーへ。
まるで上段から突き下ろすような構えを取った彼は、内に秘めた魔力を注ぎ込む。
「刺し、貫き、突き進め……っ!」
その声に呼応し、槍全体を淡い光が包み込む。
すべては、槍自身がいかなる障害をも貫き突き進むためのブースター。
震動を伝えるその手に力が篭る。
視線は顔を伏せ、まるで彼にとっての死神のごとき気配をかもし出す青年へ突き刺さる。
――結局、嬉々とした声も、冒頭の笑い声も。
「ブレイズニール――っ!!」
「めんどうだ」
両者の声が重なり合い、閃光が走り抜ける。
「く……そっ」
クラウドのぐぐもった声が響く。
三叉の槍はその先端を失くし柄に鋭利な切り口を残して、リバーの背後……綺麗に切りそろえられた庭木の中へと消え失せた。
首元に刃を添えられて顔色を青くしたクラウドと、自身の勝利を確信し深い笑みを称えたリバー。
彼らの表情は、冒頭のそれとは真逆のものとなっていた。
クラウドの最大の槍撃はリバーの頬を掠めていただけ。
彼自身その名称を理解していないものの、見惚れんばかりの瞬動術が所狭しと冴え渡ったのだ。
そのため、真っ直ぐ……しかも神速で放たれた一撃を掠める程度ですんでいた、ということになる。
……その力は、『彼ら』にとってただ脅威でしかなかった。
だからこそ、1人になっていた彼を潰さんと、戦うこと、敵を叩き潰すことに貪欲なクラウドが遣わされたというのに。
「くそ……ぉっ!!」
その彼が、まったく歯が立たなかった。
本来ならばこのまま彼を退場させるべきだった。
しかし、リバーはクラウドと距離を取り、刀を鞘へと納める。
……元々、殺す気などなかったから。
情けをかけられた、と表情に怒りと悔しさが表れ、鋭い視線がリバーを突き刺す。
「僕は……っ、狩られるのが、大嫌いだ……っ!」
「なら、もっと力をつけてから挑んでこい……勢いだけで勝てると思ったら、大間違いだぜ。なぁ……」
――所詮はすべて、虚勢にしかなり得なかった。
「戦闘狂」
そんな一言を残して、リバーは京都駅を目指すため背を向けた。
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
大事な話
早朝。
久方ぶりに早起きしたアスカは、朝霧も濃い街中を走っていた。
服装は麻帆良学園支給のジャージ。
長い髪は後頭部で束ねられて、少しばかり端のほつれた白いリボンで結ばれて。
太陽が完全に出きっていない、まだ暗いと言っても過言ではないそんな時間で。
足音は軽快で、踵がリズムよく地面を擦る。
今日は久しぶりなので、適当な距離をゆっくりまったり。
最近おろそかだったからこそ、少しずつ慣らしていこう。
「アスナ、おはよー」
「うわ、早いわねぇ……おはよアスカ」
新聞配達をしていた明日菜に出会い、いつの間にやら手伝わされつつ、気づけば世界樹の前に。
そこでは来る弟子入りテストに向けて修行の余念のないネギと古菲に出会い、その見物。
随分とめかしこんだまき絵と、振り子みたいな木きれを捌ききろうとして身体中に巻きついて宙吊りにされたり、大量の木人君相手に袋叩きにあったり。
巻き込まれているまき絵がひどく可哀想に見えて、苦笑する。
剣の稽古をしていた明日菜と刹那が合流して、本格的な朝練。
「なんと、もうへばったアルか!?」
「す、すいません……」
「こんなの朝練じゃないよぉ〜」
そんな今までの訓練は、マンガや映画のソレを参考にしたらしい。
●
さて。
夢中になれば、時間が経つのは早いもの。
気がつけば、あっという間に放課後である。
「アスカ、授業ちゃんと聞かなあかんよー」
ネギくん、困ってたで?
そんな一言を付け加えて、机に突っ伏したアスカの肩をゆする。
しょぼしょぼとした目を擦りながら、ぐぐぐ、と身体を伸ばすと。
「うう〜ん、気持ちよく寝れたぞっと!」
「あああアースカさん! あなたネギ先生の授業を聞いていなかったんですの!? まったく、今日の授業は今日だけしかないというのに!」
「うあああ、いいんちょさん近い! 近い!」
「相変わらずネギ先生が絡むと見境なくなるなぁ、いいんちょは」
詰め寄ってきたあやかをなだめ、再び集まったのは世界樹前の広場。
亜子と並んで到着してみれば、ネギと古菲、明日菜と刹那の組がすでに出来上がり、稽古が始まっていた。
アスカは刹那から譲ってもらった木刀を取り出して、2人のそばへと歩み寄る。
1人でやるよりも2人、3人で集まった方が稽古の効率もいいし、なにより楽しいから。
そんな中、亜子は1人、考えていることがあった。
「やっぱり……ウチも少しくらいまほー使えるようになっとった方がよさそやね」
修学旅行では、魔力供給がほぼマグレできただけで、あとは守られているだけだった。
先日、なぜかやっていたエヴァと茶々丸との戦闘では、むしろ邪魔になっていた。
アスカは「それでぜんぜんいいから」って言ってくれる。
でも、そんなんじゃ自分自身納得がいかない。
「亜子ぉ、ムズかしい顔して、どうしたの?」
「ひゃっ!?」
考え事の最中は、周りの音が耳に入らなくなることが多い。
だからこそ、亜子は突然かけられた声にびくりと身体を震わせていた。
「な、なんやまき絵かぁ。びっくりさせんといてぇな」
「……別に、びっくりさせたかったわけじゃないんだけどさ」
体操服姿の彼女は、どこか複雑な表情を顔に貼り付けていた。
「アスカとかもそうなんだけどなんか難しい顔してたから、どうしたのかなぁ、なんて」
手に新体操用のリボンを持ってくるくると回しながら、まき絵は聞きたかった言葉を口にした。
「んー、修学旅行でいろいろあったんよ」
彼女は魔法の実在を知らないし、隠匿するものなのだと聞いていたから、亜子はあたりざわりの無いような答えを返す。
そっかー、なんて口にしつつ今度は明日菜と刹那の元へ。
普段は明るく振舞っていても、物事に対して突っ込んで欲しくない時に深く突っ込んでこないところが彼女の美点だと亜子は思う。
……とにかく、自分の身は自分で守れるくらいにはならないと、またアスカに迷惑をかけてしまう。
だから。
「ネギ君、ネギ君」
「あ、亜子さん。どうしたんですか?」
稽古を終えて、部屋へ戻ろうとしたネギを呼び止めていた。
魔法を教わるに当たって、彼以外の魔法使いなんて知っているわけもないからこそ。
「実はな、大事な話があるんよ」
「は、はいっ。なんでしょうか?」
亜子は彼を頼る以外に道はなかったわけだ。
「ウチに、まほーを教えてくださいっ!」
…………
「なるほど、魔法をですか……って、ええぇぇっ!?」
ネギの驚き方は尋常じゃなかった。
それもそのはず。今までごくごく普通の女子中学生だった亜子が、いきなり魔法を教えてくれと来たものだから。
ここ最近の体験が尋常じゃなかった、というのが彼女の言。
……正確には、アスカが転入してきてからだ。
修学旅行の最後の晩、『あの事件』に亜子も参加していたのはネギも知っていた。
だからこそ、その話は彼女なりに考えた結果であり、危険な世界に足を踏み入れる覚悟そのものになるのだと痛感できた。
でも。
「……ですが、亜子さん。修学旅行からもわかるとおり、こっちの世界にはどんな危険があるか」
「それはわかってるつもりや。だからこそ……自分の身は自分で守れるようにならんと」
「う」
もはや返す言葉もなかったりして。
数瞬考えた後、
「……わかりました。では、少し待っていて下さい」
そう言って、自室へと姿を消えた。
「これを差し上げます」
再び姿を現した彼の手には、小さな棒を手に持っていた。
教師がよく使うアルミ製の指し棒のようなもので、先端に星を模したオブジェのようなものがあしらわれていた。
ネギはそれを亜子に手渡して、握らせると。
「僕が昔使っていた初心者用の杖です。これを振りながら“プラクテ ビギ・ナル『火よ、灯れ』”と口にすれば、先端に火が出ます。もちろん、魔力を扱うことができれば、ですけどね」
初心者用の呪文ですね、とそんな一言を付け加えて、実演用にと持ってきていたもう1本を振って見せる。
もちろん、周囲に人がいないことを確認して。
ひょーい、と軽々火を灯して見せた彼を見て拍手して、亜子も同様に杖を握ってみるが。
「あ、ここはどこに人目があるかわかりませんから、人気の無い時間や場所を選んでやってくださいね?」
「おっとと、そやったね。ゴメンゴメン」
お互いに苦笑する。
「魔力の扱い方とかは、アスカから聞いてますか?」
「う〜ん、まあ少しやけどね」
「そうですか」
ネギは亜子のそんな返事に軽くうなずくと、自室の扉を開けて。
「……頑張ってくださいね!」
そんな一言を残して、部屋へと入っていったのだった。
●
「外に誰かいたの?」
「ええ、亜子さんが」
部屋に戻ったネギは、夕飯の並べられたテーブルに腰を下ろし、明日菜の問いに答えていた。
亜子も明日菜同様、半ば成り行きに近い。
しかし、彼女には明日菜にはない『目的』のようなものがあった。
だからこそ、練習用の杖を渡した。
……おそらく、すぐには使えないと思う。
でもきっと彼女は自分なりに努力して、“パートナー”の支えになるだろう。
「亜子さんはすごいです……僕も負けてられませんよ」
「お、ネギくんやる気やなぁ〜」
白飯の盛られた茶碗を乗せながら、木乃香ののんびりした一言。
昼間の稽古を見ていたからこそ、それすらも励みになる。
「僕も頑張るぞーっ!!」
「わ、ちょっとネギ! 危ないでしょうが!」
「あはは、気ぃつけやネギくん」
意気込んで手を振り上げたネギに、明日菜は突っ込む。
テーブルに手が軽くぶつかって味噌汁がこぼれそうになったのだから、咎めるのも無理はない。
しゅんとしつつ落としたその肩の上で。
(アイツも隅におけねえなぁ……にょほほ♪)
含み笑うカモが、明日菜にはむしろ気になっていた。