「小太郎。お前、ネギ少年のトコ行け」
「はぁっ!?」
悪魔脱走の事件が明けた朝。
リバーは朝食後に、そう告げた。
無論、この関西呪術協会の主である詠春は2人のいるこの場にはいない。
内密の話だ。
……もっとも、すでに知られているのだろうけど。
「お前が謹慎中なのはわかってる。でもな、今自由に動けるのはお前だけだ」
京都の一件が尾を引いている。
元々、あの事件があったからこそ小太郎はこの場所にいるのだ。
しかし、今の状況で必ず麻帆良まで行けるのは彼だけ。
手練れの呪術師たちは、襲撃してきた悪魔たちの掃討に未だに駆り出されている今。
警備の手薄なこの状況を、利用する手はないというものだ。
……もっとも、詠春ならば笑って彼の外出を許しそうだが。
「俺よりも、兄ちゃんの方がうまく動けるやろ。別に謹慎中とかってワケでもないんやし」
そんな小太郎の問いに、リバーはからからと笑って見せた。
呆れが混じり、照れを含み、一抹の悲しみさえもが見て取れる、そんな複雑な表情。
次第にその笑い声が小さくなり、ため息に変わる。
「…………」
「……兄ちゃん?」
沈黙の後、
「まぁ、聞け。理由は簡単だ」
小太郎の肩に両手を添えて、
「……俺は、方向音痴なんだ。……………………しかも極度の」
そう告げた。
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
そろそろ
アスカを含めた数人。
というか明日菜と刹那と木乃香と彼の4人だったのだが。
その4人が、ネギと古菲の組み手を見物していた。
彼は今、古菲を師として中国拳法の訓練に励んでいたのだ。
乾いた音が幾重にも響き、実にすがすがしい。
そんな中で、
「う〜ん……」
アスカは周りの話を聞き、首を傾げていた。
理由は簡単。
昨晩、世界樹の前の広場で1人訓練していたネギを、茶々丸がコテンパンにのしてしまったのだ。
……いや、魔法の修行をしたいはずのネギが拳法なんかやってるものだから、それを見てしまったエヴァが拗ねたのだ。
その勢いで茶々丸に命じて、彼をのしてしまったわけだ。
それが直接の原因となって、弟子入り試験の期日がたったの2日になってしまった。
正直な話、2日だけで茶々丸に勝つのは無理だ。
おっそろしく飲み込みが早くても、溢れんばかりの才能があっても。
「じゃあ、エヴァちゃんとこの弟子入りはダメってこと?」
「ネギ先生は格闘については素人ですから……」
「なんとかしてあげたいなぁ」
彼が強くなることは、アスカにとっても明日菜にとっても刹那にとっても、悪いことではない。
少し頼りなかった先生が、強くたくましくなっていく。
大事な家族が、健やかに成長してくれる。
そんな思いがあったりなかったり。
「アスカも手伝ってくればいーじゃない」
「いや、僕のは我流だよ。10年くらい前にタカミチに少し教わっただけ……って、アスナどうしたの?」
「い、いや……なんでも」
ネギがタカミチを師事してていたのは知っていたが、よもやアスカもとは。
あっけらかんにのたまうアスカを見て、詰め寄る気も起きなかった明日菜だった。
「それに、僕の得手は剣だからね。付け焼刃よりもちゃんとした型のある奴の方がいい」
「どちらかというと、アスカさんの場合は剣というよりもアーティファクトですよね」
そんな刹那の一言に、アスカは苦笑しつつ、うなずいた。
「ネギくーん! おべんと作ってきたよーっ!」
そんな時。
どこからともなく、重箱を両手に抱えたまき絵と亜子が現れた。
重箱は何重にも重なっていて、1人で食べるには明らかに多い。
「みんなも食べて」
なんて亜子の一言がなくても、結局食べることになったと思う。
……いや、もったいないし。
「最近はアスカに頼りっきりだったけど、これでも料理得意なんだよー」
ささ、たくさん食べてー♪
なにやら嬉しそうだ。
ネギもまんざらではないようで、たまご焼きをつまんで口へ運んでいる。
「わ、おいしいですよまき絵さん!」
なんて嬉しそうに言うものだからさあ大変。
「でしょでしょ? もっと食べて食べて♪」
強引にネギの口に押し込む。
善意でやっているのだから、それこそ性質が悪い。
小さい胃袋にたくさん詰め込まれて……
「よ、余計に弱くなてしまたアル」
小太りカンフーファイターネギが誕生した。
それに慌てたのは元凶であるまき絵で。
全身をラップでぐるぐる巻きにして、その上に毛布を3枚かぶって、学園サウナで3時間。
新体操部秘伝のダイエット術で、
「あああさらに弱く……」
げっそりカンフーファイターネギが爆誕した。
しかし、小太りしていた彼がたった3時間で虚弱体質ばりのげっそりしてしまうとは……恐るべし新体操部。
「う、ウチも少し参考にしてみよかな」
「いや、死ぬと思うよ」
つぶやいた亜子に、アスカは突っ込みを返したのだった。
●
新体操部のダイエット術の威力を目にした後。
まき絵は忘れてた! と声を上げた。ネギのテストの日である日曜日といえば、まき絵の所属する新体操部の大会選抜テストの日なのだとか。
しかし、彼女の演技は子供だと顧問の先生が言っていたのを聞いて、実は落ち込んでいたのだ。
「しんたいそうね……」
実は、アスカは新体操を知らない。
サッカーとかバスケットとか、メジャーなものならば知識としては知っているが、やったこともない。
ドッヂボールは比較的メジャーだが、知らなかったし、ボーリングも先日初めて。
そんな彼が、新体操なんてスポーツを知っているはずもない。
そんなことを考えてみると、ため息も出るというものだ。
「新体操っていうのは、音楽にあわせて演技する競技なんよ」
「へぇ〜」
はい、よくわかりませんでした。
……
「じ、じゃあさ。せっかくだから見せて欲しいな、しんたいそうってヤツ」
そう。わからないなら、実際に見ればいいのだ。
ジト目で見られたから、なんて理由じゃない。絶対に。
まき絵はもじもじと指先同士をつついて見せるが、ネギの一言が決め手となって、目の前で披露してくれることになった。
手に持ったのはリボン。
他にもボール、輪、ロープ、こん棒の4つがあるらしいのだが、一番ポピュラーなのだそうだ。
テープレコーダーから流れてくる音楽にあわせて、まき絵は靴下だけになった足を動かした。
その後、アスカだけでなくネギも見惚れていた。
音楽にあわせて流れるように舞うまき絵の姿に。
何がよくて何が悪いのかはわからないが、見ている者に元気を与えてくれるような、活発な彼女らしい演技だった。
「僕、新体操のことはわかりませんが、とってもよかったです!」
まき絵さんらしい、まっすぐで美しい演技だと思います!
拳を作って、ネギは彼女の演技を褒め称えていた。
ほめ言葉に照れがないわね、と呟いたのは明日菜。
尋ねてみれば、日本人はそういった感想を恥ずかしがって口にしないことが多いのだそうだ。
テストはネギの弟子入り試験同様、2日後。つまり明後日だ。
試験の結果は、努力のあとについてくるものだ。
そんな言葉があったりするが、期間が果てしなく短すぎることには変わりない。
ネギにとってはそれでも、やるしかないのだ。
もちろん、まき絵も。
「後2日です。一緒に頑張りましょう。まき絵さん!」
そんな一言を最後に、ネギは再び古菲との組み手を始めた。
「ねぇ、アスカ」
「ん?」
ネギの背中を眺めながら、まき絵は呟くように言う。
「ネギ君てさ。カワイイだけじゃなくて……」
瞳を輝かせて、
「けっこうカッコいいかも」
そんな一言を口にした。
……青春である。
しかし、それを聞いたアスカは、別のことを考えていた。
彼の前向きな姿に感化されたのかもしれない。
「明日から、僕も少し訓練しようかな」
もちろん、自分の剣の。
いつ、自分たちを狙って敵が襲ってきてもいいように。
七天書の守護者たちや、その主。
昨夜も、ニュースで取り上げられていた。
路上で突然昏睡状態に陥り、病院に運ばれた人が急増し始めたのだ。
修学旅行から帰ってきてから徐々に増え続け、現在まででのべ100人を超える人が病院に運ばれた。
一般人でも、少なからず魔力は持っているのだ。
木乃香やネギのように、膨大な魔力量を持っている人間は少ない。
だからこそ、彼らの手口が手当たり次第になってきたと言えるだろう。
いずれ来るだろう彼らに対抗できるようにするためには、今のままでは心もとないのは事実だった。
「……そろそろ、訓練を始めてみてもいいかも」
条件はそろっている。
あとは、そのやり方だけだ。
修学旅行で出会った1人の男が、完璧ともいえる瞬動術をしてのけた。
そして一振りの刀に、なんらかの力を付与して、巨大な刃を作り出した。
あれはきっと、咸卦法の応用だ。
以前タカミチが使っていたのを見たことがあったから、その術の存在は知っていた。
しかし、魔力の付与があるからと、今までは無視していた。
でも。
「そう言ってもいられない…………かな」
敵は強い。
自分たちの手に負えないかも知れない。
でも……いや、だからこそ、なりふりかまってはいられないのかもしれない。
大事な友達を、危険に晒すわけにはいかないから。
「アスカ、どないしたん?」
そんなとき、アスカの視界に亜子の顔が入ってきた。
彼女がアスカの顔を覗きこんできたのだけど。
アスカは特に驚く風でもなく、
「いや、僕も訓練しようかな、とか思ったりして」
乾いた笑いと共に、頭を掻いた。