……突然だが。
明日菜がネギを見ると心臓が高鳴ったり顔が真っ赤になったりする原因がホレ薬だとわかった日の夜。
広い広い屋敷内は、大混乱に陥っていた。
時は夜半を過ぎ、人々が寝静まったあとを狙われたのだ。
「ったく、平々凡々な世界だと思いきや……これはこれでファンタジーな……」
居候と化していたリバーは一人、長い廊下を駆けていた。
その手には刀。感じた力の大きさから、愛刀は不可欠と判断したのだ。
ピンクの花びらの舞う中、多くの怒号や悲鳴を聞きながら彼は感じる大きな力の軌跡をたどり、徐々に強まる力の大きさに眉をしかめる。
力の解放が必要かも……しれねえな。
そんなことを思いつつ、鞘を持つ手に力を込めた。
「リバーにいちゃん!」
「……お」
目先の角から現れた少年を視界に納めると足を止めた。
「コタロじゃねーか。どうした?」
「どうした? じゃねーよにいちゃん!」
自前の獣耳をおっ立てながら、があー、と叫ぶ。
混乱の中なので叫び声が余り大きな声には聞こえなかったようだが。
実のところ、リバーはこの混乱の原因を知らない。
ただ大きな力を感じたから、あてがわれた客間を飛び出してきただけなのだ。
彼の様子からして、かなり大変そうになっていることは間違いなさそうだ。
そんな雰囲気を察すると、
「……何があった?」
たずねた。
「実は俺もよう知らんっ!」
しかし、結局わからなかった。
魔法先生ネギま! −白きつるぎもつ舞姫−
勝負の結果
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
アスカは満身創痍だった。
せっかく買った服もビリビリボロボロで、袖なんか凍り付いてなくなってしまっている。
ズボンの裾も原型を保っておらず膝下までが露出。
瓦礫を背中に、真っ白の大剣を地面に突き刺して膝をついて、つけられた無数の傷を庇いながら息を整えていた。
ここはエヴァ宅。しかし、周囲の景色は麻帆良学園そのもの。
彼女いわく、『学園を模したハリボテの世界』なのだそうで、彼女を縛る結界なんぞあるわけもない。
つまり、全盛期の彼女がまさに全力全開でアスカに襲い掛かってきてこの有様、というわけで。
マスターを伴わない一介の従者が自称とはいえ最強の魔法使いを相手に、完膚なきまでに叩き潰されそうになっているわけである。
しかも、この世界の一日は現実の一日の24分の1。現実での一時間がこの世界での一日分になるわけだ。
つまるところ両者が力尽きるまで戦っていても問題はなく、逃げ場もない。
相手に茶々丸がいる以上、安全な場所など皆無。
「負けて、たまるか……ッ!!」
それでも、彼は立ち上がった。
自分が倒れれば、主が危険に晒されるから。
大切な友達が傷つけられるから。
それになにより、『守る』と誓ったから。
アスカはボロボロの上着を脱ぎ捨てると、ぶつぶつと小さく何かを唱えたのだった。
……
「……え?」
一方、自室で修学旅行の疲れをまったりと取っていた彼の主である亜子が、伏せっていた頭を起こし、きょろきょろと部屋の中を見渡した。
もちろん、何もあるはずがない。何の変哲もない普通の部屋だ。
しかし彼女は、異様な胸騒ぎを感じ取っていた。
「亜子、どうしたの?」
同室のまき絵は、クエスチョンマークを頭上に浮かべて亜子の顔を覗きこむ。
まき絵は煎餅を片手にマンガを読んでいたのだが、亜子の声に顔を向けたのだ。
「……あ。う〜ん、いや、なんでもあらへんよ」
そんな答えをまき絵に告げる。
胸騒ぎの正体すらわからないのに、それを言っても筋ないことだから。
なんの気なく、そんな答えを返したのだ。
「うぅ〜ん、おなかすいたね〜」
「そやね……もうお昼やし」
ゴハン作ろか。
立ち上がる。
冷蔵庫の中身をチェックして、材料がほとんどないことに驚いてみる。
あるのは旅行の帰りに晩御飯作るの面倒だからと購買でアスカが買ってきた食パンだけ。
『粘り強くいこう。』という名前の食パンで、練ったパン生地にすり潰したもち米ととろろを混ぜ込んだ、見るからにねばねばしそうなパンである。
……実際食べたら結構美味しかったけど。
「ゴメンまき絵。今コレしかないみたいやわ」
「食パンかぁ……昨日も食べたからアレだけど、まいっか」
まき絵はそんな一言と共に、某中華ロボの描かれた袋に入ったパンに手を伸ばした。
なぜ中華ロボが描かれているのかは……ぶっちゃけよくわからない。
「そーいえばさ。アスカはどこ行ったんだろね?」
「へ……?」
放たれた何気ないそんな一言が、亜子を揺さぶった。
なぜだかはわからない。事故とはいえ仮契約を果たしてしまったからなのか、あるいは。
「アスカ……」
つぶやく。
契約者の名を、友達の名を。
そして、暴れるくらいに高鳴る心臓。
……間違いなさそやな。
――胸騒ぎの原因は。
「まき絵、ゴメンな。ちょう出かけてくるわ」
「え? 亜子、お昼は?」
「だいじょぶやて。人間、一食や二食抜いたかて生きていけるやん」
靴を履く。
外へと続く扉の取っ手に手をかけ、ひねる。
「いってきま〜す!」
――きっと、大事な友達の窮地を示していたのだ。
……
「……ッ」
身体の節々の痛みに眉をゆがめる。
なにせ、目下の敵は永遠を生きる吸血鬼の真祖。
『人形使い』としての技術すらも卓越し、合気道までもを用いる。
接近すれば糸で拘束され強烈な一撃を見舞われ、離れたら離れたで最高位魔法のオンパレード。
ネギが使っていた魔法すらいとも簡単に使ってみせるのだから、やっかいなことこの上ない。
そして、彼女に攻撃を加えるには従者である茶々丸を突破する必要がある。
大橋での一戦は彼女自身手加減をしていた部分もあったのだろう。
そう思えるほど、茶々丸は強い。
さらに悪いことに、全盛期と同等の魔力を扱える彼女の異名の通り、もう一人。
「ケケケケケ、タッタ一人デココマデヤルタァ、ナカナカジャネェカ」
茶々丸の兄弟ともいえる、チャチャゼロ。
小さな身体とは裏腹にその手には包丁のような巨大なナイフを持ち、それをいともたやすく扱う。
相手が誰でも容赦しないというその言葉どおり、敵と認識したモノを容赦もなく斬る。
三対一。とても一人で相手にできるような布陣ではない。
しかし、頭数の違いが戦場においてそんなことは負けの理由にはなりはしない。
それだけは確実だった。
「マスター、アスカさんを補足しました」
「よし、魔力追尾弾でヤツを撃て……逃げ道を抑える」
言われるがままに、手の巨大なスナイパーライフルに銃弾を装填する。
手の平サイズの大きな弾丸には、エヴァの魔力がコレでもかと納められた一品だ。
葉加瀬聡美作の魔力追尾システムにも抜かりはない。
しかし、弾丸を込めるその速度は余りにゆっくりで。
「茶々丸、なにを手間取っている?」
主であるエヴァに問われるのも無理はなかった。
茶々丸はガイノイドと呼ばれるロボットで、人としての感情は余りに乏しい。
最近ではその表情も豊かになってきて聡美が喜んでいたのだが、この場において感情というものは消した方がいい。
それは彼女でなくても戦いの中に身を置く者ならば常識中の常識だ。
無論、茶々丸もそれを理解しているが。
「いえ……」
身体全体が、銃弾の装填を拒否したがっていた。
「マスター、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……なんだ?」
エヴァは軽い怒りを感じていた。
風の噂に聞いた『白き舞姫』の低すぎる実力に。
アーティファクトの能力は発動すれば脅威だが、その回数は両手で数えられるほど。
時間だけならすでに数時間は戦っているはずなのに、だ。
しかも、自分の障壁を打ち破った『あの技』すら、まだ一度もお目にかかっていない。
そんなことが理由になっていたのだ。
真祖の障壁をたったの一撃で打ち破った。
その事実を消し去りたかった、そして自分本来の力を存分に思い知らせたかった。
というのが今回、彼をけしかけた理由だった。
しかし当の本人はまるで本気を出していないようにも見え、それが逆に怒りをあおっていたのだ。
極めつけは、従者の行動が遅いこと。
せっかちというわけではないもののそれなりに昂ぶっている自分の感情が、どうしても行動を迅速にさせたがっている。
そんな一抹の怒りを孕んだ声に臆することなく、
「今回のアスカさんとの戦いは、本当にやるべきことだったのでしょうか?」
たずねていた。
彼女を含む吸血鬼は、ニンニクや十字架、ネギを……そして何より『退屈』の二文字を嫌う。
永遠を生きる存在だからこその贅沢にも聞こえるが、それが彼らにとっては死活問題なのだ。
今回のエヴァはどこか、自身の力を見せつけるとかプライドが傷つけられたという理由で『退屈しのぎ』をしているのではないかと。
茶々丸は今までの攻防を通して、そんな考えを抱いていたのだ。
「今更なにを言っている。私は最強の魔法使いとしてのプライドを傷つけられた。だから、ヤツを狩る……それだけだ」
ある意味、返ってきた答えは彼女らしいといえば彼女らしいものだった。
「お前こそいったいどうしたのだ、茶々丸?」
逆に、心配されてしまう。
マスターの命令は絶対。それをわかって、今回のような行動をしているのだから。
茶々丸は一瞬口ごもり、意を決して答えを口にする。
「……わかりません」
なぜ自分が主の命に応えることを拒もうとしているのか。
メモリに残った過去のデータをさかのぼり、閲覧した。
自分がなぜアスカを気にかけているのか。
それは、ネギと明日菜を相手に大橋での戦いより以前、とある空き地で二人に襲われそうになったとき。
……そう、あのときだ。
確固撃破のもとに自分に襲い掛かろうとした二人から守ってくれたアスカを見てから。
……あのときから、私は――
「…………」
うつむく茶々丸を一瞥し、エヴァは鼻を軽く鳴らす。
「お前がどうであれ、私がヤツを倒すことに変わりはない。行くぞ……茶々丸、チャチャゼロ」
「アイサー、御主人」
「……はい、マスター」
マスターの命令は、絶対です。
今は、それだけを考えて行動することにした。
魔力追尾弾の装填を終えると、銃口をアスカのいる瓦礫へと向ける。
コッキングレバーを引っ張ると、
「魔力追尾弾、セットアップ」
抑揚のない声で、そう告げた。
……
「いくよ……防御の魔法は豊富かな、吸血鬼さん」
そんな言葉を最後に、アスカの姿は風に消える。
忘れていないだろうか。彼が唯一使うことのできる魔法を。
それだけを極限まで磨き上げ、無詠唱での短距離移動を可能とした彼独特の移動術を。
麻帆良学園都市の端から端へ移動するのはまず無理。世界の裏側に行くなんてもっての外。
でも。
「……っ!?」
「どうした、茶々丸?」
茶々丸の目は大きく見開かれていた。
それもそのはず、今の今まで補足されていたアスカを示す反応が忽然と消えてしまったからだ。
「アスカさんを、見失いました」
ただそこにいたという事実だけを残し、気配も消えている。
……そう。限られた空間での移動ならば、それをこなすことは無問題――!
「何だと……っ!? お前ほどのハイテクの塊でも見失うのか……ってか、ヤツは満足に動けないはずだろう!」
まくし立てるエヴァ。
アスカの実力を見極めて、勝利を確信すらしていたのだ。
以前は未知数だった彼の力もある程度把握でき、その程度を知ったからこそ、全力を出すためにこの場所を選んだというのに。
「どこへ消えたッ!!」
「索敵中…………発見。アスカさんは……」
茶々丸の見上げた先。
そこには。
「ここだあぁぁあっ!!!」
緑の光を剣に纏わせたボロボロのアスカが、手の剣を振りかざしていた。
頭上の陽光がその輪郭を映し出し、刀身が彼の身長を大きく超えていることを理解する。
「ッ!! 『氷楯』!!」
迎撃するまもなく、エヴァは自らを守る楯を形成する。
無論茶々丸をも守るように楯は広がり、少しでもダメージを緩和せんと後退する。
しかし、アスカはそれを逃さない。
振りかぶった大剣を、重力に腕力を加えて振り下ろした。
「くぅっ……!」
ぶつかり合った風の刃と氷の楯。
ずしりと重い衝撃がエヴァの身体を走りぬけ、眉をゆがめた。
ある意味、この状況において自分たちが宙に浮かんでいたことが幸いしただろうか。
いつの間に移動したのか、頭上からの強襲に対応し、ダメージも少なく逃れることができそうだった。
なぜなら足場の存在しないこの空中で、アスカの攻撃はまるで野球のボールをバットで打つかのようにエヴァと茶々丸を吹き飛ばしたのだから。
二人はまっすぐ崩れかけた校舎に突入し、粉塵撒き散らしながらその勢いをが止まる。
背中にかかる衝撃に咳き込みながら、目じりの涙をそのままに前方を睨む。
……まだ、あんな力があったのかと。
アスカはまだ、攻撃の手を休めない。
大剣を持つ手を後ろへ引き、切っ先を二人の消えた校舎へと向けた。
今までに幾度となく使ってきた、最大射程の攻撃手段にして彼の主砲。
「炎よ風よ、絡み合え。炎風連携……」
小さな光が音を立てて爆ぜる。
剣全体が強い光を帯びて、担い手の合図を待つ。
……ただでさえ、この力は自分の手に余る。
制御しきれない力の奔流がアスカを襲い、照準を狂わせる。
大橋ではエヴァのギリギリ横を通っていった。京都では道を作るためだけに放った。
精密な照準は今もできそうにないと、アスカはそれを悟っていた。
しかし、運がいいのか悪いのか、亜子と契約したことで威力が格段に上がっている。
少しくらい照準が狂ったところで、巻き込んで吹き飛ばせる。
それを信じて。
「瞬雷……!!」
主砲発射の第一歩を、踏み出した。
……
「ここは……」
亜子がたどり着いたのは、一軒のログハウスだった。
地面から少し高く作られた床は太く大きな木材で固定され、屋根まで組み上げられている。
扉に手をかけて、引っ張ってみると。
「あ、あれれ?」
扉は音を立てつつ、いとも簡単に開いた。
「お、お邪魔しま〜す……って、うわ」
中はファンシーな人形でいっぱいだった。
人気はまったくといっていいほどなく、しんと静まり返っている。
そんな部屋の奥に、無造作に開かれている両開きの扉を発見した。
「なんや、不気味やなぁ……」
亜子は、ここがエヴァの家だということを知らなかったりする。
それでも、胸騒ぎの元がここにあるからと見切りをつけて、室内へと足を踏み入れる。
もちろん、一抹の罪悪感にかられながら。
周りの人形たちが自分を監視しているようで、妙に恐怖感が強い。
「お〜い、アスカぁ〜……おったら返事してんか」
それでも、彼女は意を決して呼びかけてみる…………返事はない。当たり前だけど。
そのまま奥へと進み、開かれていた両開きの扉の向こうを覗いてみると。
「な、なんやろコレ……?」
台座に乗った球体を発見した。
球体は自ら光を発していて、中には軽く崩れた麻帆良学園の校舎が映っている。
……否。映っているのではなく、ミニチュアの校舎が球体の中に存在しているのだ。
よくできとるなぁ、なんて感想を抱きつつ、亜子はその球体を覗き込む。
校舎の二階当たりから糸のような煙が上がり、穴が開いていた。
煙の奥に誰かがいることを確認した彼女は、それが誰なのか見極めるために球体へ顔を近づけ、目を細めた。
その瞬間。
「わ……」
彼女の身体は光に包まれ、その場から消え去ってしまったのだった。
次の瞬間。
彼女は大きな轟音に目を見開いていた。
崩れかけの校舎に、抉れた地面。この世の地獄とも思えるような光景が、彼女の眼前に広がっていた。
そして、目の前を通り過ぎた眩いばかりの光の束。
以前見たことのあったその光の出所には。
「……ッ、アスカ!!」
全身ズタボロで、息を大きく乱しているアスカの姿があった。
あわてて駆け寄ろうとして、その足が止まる。
……血だらけだったからだ。
亜子は保険委員であるにもかかわらず血が苦手という体質で、血を見れば卒倒してしまうほど。
そんな彼女が、血にまみれた中に飛び込むなど、自殺行為と言ってもおかしくはない。
でも。
『そんなん、気合や! 気合でカバーやねん!!』
修学旅行での一件を思い出す。
今この場所は、とっても危険なのだ。下手したら死んでしまうようなこの場所で、アスカが一人、誰かと戦っている。
修学旅行にて体験したあの一件を通して、自分はこの先どうするかを考えていくと彼に告げた。
実際、今のこの光景や目の前のアスカの姿を見て『怖い』と思う自分がいて。
正直関わり合いになりたくないとも思った。この場所から今すぐ逃げだしたいとも思った。
でも。
「…………」
そうすることをどこかで拒否している自分がいた。
「なんで、ここに……」
アスカの声。
顔に珠のような汗を浮かべたまま、驚きに満ちた表情で亜子を視界に納めている。
意を決し、
「なんや、胸騒ぎがして……」
話そうとしたところで。
「ぐ……っ」
「アスカ!?」
アスカが表情をゆがめて膝をついていた。
亜子はあわてて駆け寄ると、彼の顔を覗きこむ。
そう、覗き込むだけ。魔法に関しては素人な自分には、何もできないから。
だから、心配する以外に行動しようがなかったのだ。
しかし次の瞬間にはアスカは顔を上げ、亜子を守るように手をかざす。
「水よ、我が手に集まり盾となれ……!」
水無月……!
バンショウノツルギが淡く光り、かざした手の先に具現したのは以前茶々丸を助けた青い盾。
飛来したのは複数の魔法の矢で、それらは盾にぶつかると乾いた音と共に霧散した。
「大丈夫、だね。っていうか、亜子。血は……」
「へ?」
気づけば、亜子はアスカの腕の中。
しかも、目の前にはどす黒い血液の染みた服。
さっきまで気にしていたのに、アスカが苦しそうにしていたのを見て忘れていた。
……血が苦手だったという事実に。
「……きゅう〜」
亜子の意識はとび、全体重をアスカに預ける。
そうなったことに慌てたのは、ほかでもないアスカだった。
「ちょっ、うわちょっと亜子どーしたのいったい!? ってか血のこと話した僕がいけないんだった!?」
頼むから起きて〜……
切実だった。
今はエヴァとその従者たちと交戦中。今のこの状態では、間違いなく負ける。
……なにをされるかわかったモンじゃない。
「どっ、どどどどーしよどーしよ! 早くしないと……」
「早くしないと……なんだ?」
気がつけば、目の前にいた。
無傷というわけではないようだが、アザや切り傷が見て取れる。
「え、エヴァさん……」
いつの間にやら、亜子をダシに取られた事実を忘れて、目の前に立った三人を見上げた。
真ん中にエヴァを据えて、アスカから向かって左には茶々丸、右にチャチャゼロ。
エヴァは表情もなくアスカを見下ろしていると、小さく鼻を鳴らして。
「……ヤメた」
「は?」
エヴァはアスカに背を向けた。
「ケガだらけのアスカさんをマスターは案じているのです」
「違うっ! メンドくさくなっただけだ」
理由を述べた茶々丸にエヴァは軽く蹴りをいれる。
突然現れてあっさり気絶した亜子もそうだが、その後のアスカの行動になんとも興をそがれたとか、ただ単に面倒になったとか色々とまくし立ててはいるものの、結局本当の理由は茶々丸のいう部分になるのだろう。
さらに実際は戦いによるダメージも大きいのだろうが、アスカと戦う意味をなくし、面倒になったとも考えられるかもしれない。
「ケケケ、ヤセ我慢ハヨクナイゼ御主人」
「ううううるさいっ!! と、とにかくだ神楽坂飛鳥!」
「え?」
目を覚まさない亜子を庇いながらエヴァを見上げると。
「私の実力を覚えておけよっ、思い上がってるんじゃないぞ!」
変なことを話し始めた。
別にアスカは思い上がっているつもりは一切なく、ただ毎日をまったり過ごせればよかったのだが。
まったり過ごすにしても、今までは生活費を稼ぐために仕事をしていたのだけど。
結局その仕事のせいで魔法使いたちの間に『白き舞姫』なんて通り名で有名になってしまったのが、なんとも複雑。
「べ、別に僕は……って、はは〜ん」
「な……なんだ急にニヤけて」
「エヴァさん、もしかして僕に障壁撃ち抜かれたのが悔しかったんでしょ?」
「なぁ……っ!」
エヴァの顔が真っ赤に染まる。
図星を得ている証拠だ。
「なるほどねぇ。だったら『思い上がって』なんて言うのもうなずけるよ、うん」
「違うと言っている!」
「大丈夫、わかってるって。それだけ悔しかったから、亜子をダシにしたんでしょ?」
「だから違うってゆーとるだろが!!」
先ほどまでのシリアス感はどこへやら。
「でも、アレはちょっと言いすぎだよ。もっとこう、別の言い方が……」
気絶した亜子を尻目に談笑するアスカと茶々丸。
チャチャゼロは顔を真っ赤にして吼える主を見てケケケと笑っている。
「私の話を聞けェっ!」
瓦礫の中を、そんな声がこだましたのだった。
……
「……ってゆーか貴様、男だったのか」
「え……って、はっ、バレたーっ!!」
帰りがけに、そんな一面があったりして。